59話 思惑が交差する蓬莱編 Ⅰ
青空を駆ける三つの影。
晴明が召喚した式神――夜天と黒翼。
そして、茜と共に空を舞う赤龍シン。
三者は海鈴の案内で、一直線に南の海を飛び続けていた。
しばらくすると、海鈴が前方を見つめながら静かに口を開く。
「皆さん……。」
「あそこです。」
一同も前方へ視線を向ける。
そこには、一面を覆い尽くすような白い霧。
まるで海と空の境界を隔てる巨大な壁のように、静かに広がっていた。
美雪は夜天の背から、その先を見つめる。
「ここが……ニライカナイ……。」
霧の向こうには、島の輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。
恒一は少し驚いたように口を開く。
「結界で見えないようにしてあるんじゃなかったのか?」
海鈴は小さく頷く。
「はい……。」
「でも、何十年かに一度だけ、結界が弱まる時期があるそうなんです。」
晴明は静かに結界を見つめながら口を開く。
「なるほど。」
「何を動力としている結界かは分からない。」
「だが、どんな術であれ、維持し続けるには相応の力が必要だ。」
「今は、その力を補充する時期なのだろう。」
晋作は腕を組みながら苦笑する。
「ってことは、夜の帝国はそのタイミングを狙って攻め込んだって訳か。」
総司も頷いた。
「そうだろうね。」
「以前、ルシアンの話ぶりからすると、夜の帝国は何百年も前から存在している。」
「そのくらい長い時間をかけて、この時を待っていたのかもしれない。」
セレナは前方の結界を見据えながら海鈴へ尋ねる。
「海鈴ちゃん、どこから入ればいいの?」
海鈴は迷いなく答えた。
「結界へ、そのまま突入してください。」
「私が一緒なら、きっと通れるはずです。」
晋作はシンの首筋を軽く叩き、笑みを浮かべる。
「分かった。」
「行くぞ、シン!」
「グオォォォォッ!」
シンは力強く咆哮し、大きく翼を広げる。
夜天と黒翼もそれに合わせるように速度を上げた。
三体は一直線に、白き結界へと飛び込んでいく――。
――シュゥゥゥ……
白い霧の結界を抜けた、その瞬間だった。
「……!」
目の前に広がった光景に、一同は思わず息を呑む。
そこには、これまで見たこともない世界が広がっていた。
透き通るような蒼い海。
海底まではっきりと見えるほど澄み切った海水が、陽の光を受けて宝石のように輝いている。
島を囲むように広がる白い砂浜。
その奥には、深い緑を湛えた原生林がどこまでも続き、巨大な樹木が天へ向かって枝を伸ばしていた。
色鮮やかな花々が咲き誇り、見たこともない鳥たちが空を舞う。
さらに島の中央には、雲を突き抜けるほど巨大な霊峰がそびえ立ち、その頂からは幾筋もの滝が流れ落ち、川となって島全体へ生命を与えていた。
島の各地には、自然と調和するように集落や神殿、石造りの建造物が点在している。
まるで島そのものが、豊穣の神々に守られた聖域のようだった。
柔らかな潮風が頬を撫でる。
その風には草花の香りと、どこか神聖な気配が混ざっていた。
空気そのものが違う。
魔力とも霊力とも異なる、澄み切った生命の力が島全体を包み込んでいる。
総司は思わず目を見開いた。
「……これが。」
「ニライカナイ……。」
美雪も目を輝かせる。
「すごい……。」
「まるで別世界……。」
晴明は静かに島全体を見渡した。
「これほどまでに濃密な霊気……。」
「外界から隔絶され、人々が自然と共に生き、その営みを守り続けてきた証なのだろう。」
セレナは静かに微笑む。
「まさに伝説の島ね。」
「これなら蓬莱と呼ばれた理由も分かるわ。」
海鈴は故郷を見つめ、小さく息を吐いた。
「……ただいま。」
帰って来られた安堵。
だが、その故郷は既に夜の帝国の侵攻を受けている。
海鈴の胸には、故郷を守りたいという強い想いが静かに込み上げていた。
海鈴は島の景色を見渡しながら、湖のほとりを指差した。
「あの湖の近くに、私が住んでいた村があります。」
「それと、この神珠……『蓬莱の珠の枝』を祀っていた神殿も。」
海鈴は総司たちへ振り返る。
「まずは、そこへ行ってもいいですか?」
晋作は力強く頷いた。
「ああ、分かった。」
そう言うと、シンの首を軽く叩く。
「シン、今の聞いたな?」
「降りるぞ。」
「グルルッ。」
シンは小さく鼻を鳴らすと、大きな翼を広げ、海鈴が示した湖畔へ向かってゆっくりと降下を始めた。
夜天と黒翼も、その後を追うように高度を下げていく。
やがて一行は、湖のほとりへ静かに降り立った。
透き通った湖面は鏡のように空を映し、周囲には青々とした木々が生い茂っている。
シンの背から降りた海鈴は、辺りを見回し、小さく安堵の息を吐いた。
「この辺りは……まだ荒らされていないですね。」
「良かった……。」
美雪は周囲を見渡し、思わず笑みを浮かべる。
「すごく綺麗なところだね。」
セレナも心地よさそうに深呼吸した。
「ええ。」
「空気も澄んでいて、本当に穏やかな場所ね。」
女性陣が景色に目を奪われる中――。
総司はふと表情を引き締めた。
「……晋作、晴明。」
「気付いてる?」
晋作はニヤリと笑う。
「ああ。」
「囲まれてるな。」
「一、二、三……いや、それ以上か。」
晴明も静かに周囲へ視線を巡らせた。
「気配からして、おそらく島の人々だろう。」
その瞬間――
「動くな!!」
鋭い怒声が森の中へ響いた。
一同が声のする方へ視線を向ける。
すると、木々の陰から次々と人影が姿を現した。
男も女も弓を構え、その鋭い鏃は総司たち全員へ向けられている。
先頭に立つ青年が鋭い眼差しで睨みつけた。
「何者だ!」
「部外者が、この島へ簡単に来られるはずがない!」
「夜の帝国の手の者か!」
総司は静かに一歩前へ出る。
「いや、俺たちは――」
その言葉を遮るように、海鈴が声を張り上げた。
「控えなさい!」
その一声に、その場の空気が止まる。
海鈴は青年へ真っ直ぐ視線を向けた。
「この方たちは、私の客人です!」
青年は目を見開いた。
「姉さん!」
海鈴は静かに頷く。
「海斗。」
「みんなを下がらせて。」
海斗は困惑した表情を浮かべる。
「だけど……!」
海鈴はゆっくりと首を横に振った。
「さっきも言ったでしょう?」
「この方たちに敵意はありません。」
「だからお願い……。」
「みんなを下がらせて。」
海斗はしばらく葛藤していたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かった。」
そして背後の仲間たちへ向き直る。
「全員、構えを解け!」
「攻撃中止だ!」
村人たちは戸惑いながらも、ゆっくりと弓を下ろしていく。
海斗は改めて総司たちへ視線を向けた。
「……で?」
「姉さん。」
「こいつらは何者なんだ?」
そこで海斗は、海鈴が大切そうに抱えている枝へ目を留める。
「……っ!」
「その珠の枝……!」
海鈴は静かに頷いた。
「大丈夫。」
「ちゃんと、ここにあるわ。」
そう言って神珠の枝を見せる。
海斗は安堵したように息を吐いた。
海鈴は続ける。
「それと、この人たちは私たちを助けるために来てくれたの。」
「夜の帝国に占領されつつある、このニライカナイを救うために。」
海斗は眉をひそめる。
「この状況を……助ける?」
総司たちを上から下まで見回すと、不信感を隠さず口を開いた。
「姉さんは昔から人が良すぎる。」
「騙されてるんじゃないのか?」
「『助けに来た』なんて都合のいいことを言って、本当はニライカナイへ入り込みたいだけかもしれないだろ。」
海鈴は海斗を真っ直ぐ見つめ、静かに首を振った。
「それはないから安心して。」
セレナが一歩前へ出る。
「改めて自己紹介するわ。」
「私たちは世界機構『ISEA』所属、日本国防衛省特殊事象対策チーム『AX班』よ。」
「夜の帝国のような存在へ対処するために活動している。」
「侵略なんてするつもりはないわ。」
「それに今回は、夜の帝国が関わっているから海鈴ちゃんへ協力することにしたの。」
セレナは優しく微笑む。
「私はAX班リーダー、セレナ・マク・リアス。」
「安心して。」
海斗は驚いたように呟く。
「日本国……。」
「外の世界の人たち……。」
晴明も穏やかに微笑んだ。
「あなた方からすれば、その表現で間違いありません。」
海斗は少し考え込み、小さく息を吐く。
「協力してくれることには感謝する。」
「だけど……。」
「長老様へお伺いを立てないと、俺の判断だけでは決められない。」
周囲の村人たちも、不安そうに総司たちを見つめていた。
その時だった。
「……やはり来たか。」
低い声が響く。
「しかも神珠の護り手まで連れて。」
総司たちは一斉に振り返る。
そこには、ISEA発足式へ現れた銀髪の男が静かに立っていた。
総司は咄嗟に菊一文字へ手を添える。
「美雪ちゃん。」
「セレナ。」
「茜。」
「千代女さん。」
「みんなを頼む。」
「うん!」
「分かったわ。」
「えぇ。」
「任せて。」
四人は即座に海鈴たちの前へ回り込む。
男は小さく肩をすくめた。
「そんなに殺気立たなくてもいい。」
総司は一歩前へ出る。
「俺たちへ宣戦布告したのは、お前たちだ。」
男は苦笑する。
「否定はしない。」
「だが俺自身は——」
その言葉を遮るように、空から重々しい声が降ってきた。
「ルシウス。」
「何をしている。」
全員が空を見上げる。
六枚の黒い翼を広げた堕天使が、悠然と空へ浮かんでいた。
「明確な敵だ。」
「しかも我らの求める神珠まで持っている。」
「奪うには絶好の機会ではないか。」
冷たい視線をルシウスへ向ける。
「……これだから混血種は。」
ルシウスは舌打ちする。
「チッ……。」
「サマエル。」
「見張っていたか。」
晴明は静かに目を細めた。
「六枚翼の堕天使……。」
「サリエルとは格が違うようですね。」
サマエルは冷たく見下ろす。
「貴様らと話すことなどない。」
ルシウスは魔剣へ手を掛けた。
「話くらいはしたかったんだがな。」
「仕方ない。」
「その神珠——貰い受ける。」
魔剣が抜き放たれる。
同時に総司も地を蹴った。
キィィィン!!
菊一文字と魔剣が激しくぶつかり合う。
ルシウスは笑う。
「良い剣だ。」
「一太刀で決めようとする剣。」
「ルシアンが話していた。」
「東洋の青い羽織を着た剣士。」
「君のことだったか。」
総司は刃を押し込みながら答える。
「だったら。」
「どうする?」
ルシウスは刀を払い、後方へ飛び退く。
魔剣を正眼へ構え、静かに名乗った。
「夜の帝国。」
「魔人族貴族騎士。」
「ルシウス・フォン・リヒト。」
総司も静かに刀を構える。
脳裏に浮かぶのは、新選組の誠の旗。
「ISEA所属。」
「AX班。」
そして、真っ直ぐルシウスを見据えた。
「新選組一番隊隊長。」
「沖田総司。」
ルシウスは口元を吊り上げる。
「やはり君だったか。」
「沖田総司。」
サマエルは鼻で笑う。
「騎士の礼儀か。」
「無意味だ。」
「どうせ殺す相手に名など必要ない。」
その瞬間だった。
「五行変転――剣の舞!」
「急急如律令!!」
無数の霊剣がサマエルへ襲い掛かる。
サマエルは空中を滑るように回避する。
晴明は静かに微笑んだ。
「こちらも忘れないでいただきたい。」
サマエルは晴明を見据える。
「術師か。」
「なるほど。」
「貴様がサリエルを退けた陰陽師……。」
「安倍晴明。」
晴明は軽く笑みを浮かべる。
「名をご存知とは光栄ですね。」
――バンッ!!
乾いた銃声が響く。
銃弾がサマエルへ一直線に飛ぶ。
「俺も忘れてもらっちゃ困るな。」
晋作がリボルバーを構え、不敵に笑う。
サマエルは片手で銃弾を弾き飛ばした。
「下等生物を一匹一匹覚える趣味はない。」
晋作はさらに引き金を引く。
「そうかよ。」
「だったら、嫌でも覚えさせてやるよ。」
キィィィン!!
甲高い金属音が湖畔へ響き渡る。
続けざまに――
ギィン!
ガギィン!!
火花を散らしながら、菊一文字と魔剣が幾度となく激突する。
総司は最小限の動きで間合いを詰める。
無駄を一切削ぎ落とした足運び。
相手の隙を見出し、一太刀で決着をつけることだけを追求した、侍の剣。
対するルシウスは、重厚な魔剣を巧みに操りながら真正面から受け止める。
大きく踏み込み、力強く薙ぎ払い、剣の重みと体格を生かして相手を押し切る。
騎士として鍛え上げられた、正統派の剣技。
鋭さを極めた一閃と、重厚さを極めた斬撃。
互いに異なる剣の理が、激しい火花を散らしてぶつかり合う。
キィン!!
再び刃が激突し、衝撃が周囲の草木を大きく揺らした。
ギギギギッ――!!
互いの刃が噛み合い、鍔迫り合いとなる。
総司とルシウスは至近距離で睨み合う。
ルシウスは不敵な笑みを浮かべた。
「やはり良い太刀筋だ。」
「正面から受けたと思えば、瞬時に刃の角度を変え、こちらの剣を逸らしながら次の一太刀へ繋げる。」
「受け流しながら攻める……。」
「この時代にも、これほどの剣士がいたとはな。」
総司は力を込めながら答える。
「騎士とは何度か戦ったことがある。」
「だけど、あんたほどの腕は初めてだ。」
ルシウスは小さく笑った。
「光栄だ。」
互いに一歩も譲らないまま、刃が軋みを上げる。
ギギギギッ……
そのままルシウスは周囲へ聞こえないほど小さな声で囁いた。
「……なぁ、沖田。」
「この場を切り抜けたら、今夜……村の外れにある大岩まで来い。」
「話がある。」
総司は眉一つ動かさず答える。
「俺は別にないけどね。」
ルシウスは肩を竦める。
「そう言うな。」
「少しは聞け。」
「夜の帝国の情報……欲しいだろ?」
総司の表情が僅かに変わる。
「夜の帝国の情報?」
ルシウスは静かに頷いた。
「そうだ。」
「さっきも言いかけたが……。」
「俺には、お前たちへ敵意はない。」
ルシウスは鍔迫り合いのまま、総司を鋭く見据えた。
「いいか?」
「必ず来い。」
「今から大技を放つ。」
「土煙に乗じて、全員で姿をくらませろ。」
総司は眉をひそめる。
「……は?」
ルシウスは不敵に笑った。
「信じるかどうかは、お前次第だ。」
「だが、生きて情報が欲しいなら来い。」
そう言うと総司を押し返し、大きく後方へ跳ぶ。
魔剣を天へ掲げ、高らかに叫んだ。
「――魔剣解放。」
「デュランダル!!」
その瞬間、魔剣を包むように青黒い魔力が渦を巻く。
凄まじい魔力の奔流が周囲の空気を震わせ、大地が低く唸りを上げた。
ルシウスは両手で魔剣を握り締めると、その力を一気に振り下ろす。
「ブラック・インパクト!!」
ズガァァァァン!!
轟音とともに、青黒い巨大な斬撃が大地を一直線に駆け抜ける。
地面は深く抉れ、何本もの大樹が一瞬で切り裂かれた。
巻き上げられた土砂や岩石、木片が爆発するように四方へ飛び散り、瞬く間に濃い土煙が辺り一面を覆い尽くす。
視界は完全に閉ざされた。
総司は咄嗟に叫ぶ。
「みんな!」
「一旦引く!」
その声を聞いた晴明と晋作も、サマエルとの戦闘を中断してすぐさま駆け寄る。
海斗も叫んだ。
「当てがある!」
「こっちだ!ついて来てくれ!」
「分かった!」
総司を先頭に、一行は海斗の声を頼りに土煙の中を走り始めた。
上空ではサマエルが冷たく呟く。
「逃がさん。」
右手を掲げると、幾本もの黒い魔力の槍が生み出される。
「貫け。」
魔槍は一斉に土煙の中へ放たれた。
――ガキィィン!!
しかし、その全てが何者かによって弾き返される。
サマエルは目を細めた。
「……そこか。」
さらに右手を掲げ、巨大な魔力を掌へ収束させる。
黒い魔力球が急速に膨れ上がっていく。
その時だった。
ヒュンッ――!!
白い霊光を纏った一本の破魔矢が一直線に飛来する。
ドッ!!
破魔矢は寸分違わず魔力球の中心を射抜いた。
「なにっ!?」
破魔矢から放たれた神聖な霊力が黒い魔力を一気に浄化していく。
バシュゥゥゥ……
凝縮されていた魔力は音を立てて霧散し、巨大な魔力球は跡形もなく消え去った。
サマエルは静かに目を細める。
「……魔を打ち消す矢か。」
やがて土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには深く抉れた大地と、切り倒された木々だけが残されていた。
総司たちの姿は、既にどこにもなかった。
ルシウスは土煙の向こうを眺め、小さく息を吐いた。
「……逃げられてしまったか。」
「逃げ足だけは速いようだ。」
サマエルは鋭い視線を向ける。
「わざと土煙を起こしたんじゃないのか?」
ルシウスは肩をすくめた。
「ある意味では、そうなるな。」
手にしたデュランダルを軽く見つめる。
「この魔剣――デュランダルの斬撃を、奴らがどう切り抜けるのか見てみたかった。」
「避けられずに斬られる程度なら、それまでの相手ということだ。」
サマエルは目を細める。
「……奴らを試したと?」
「ああ。」
ルシウスはあっさりと頷く。
「そのつもりだった。」
「よもや戦わずに逃げるとは思わなかったがな。」
サマエルはしばらくルシウスを見つめていたが、やがて鼻で笑った。
「……まぁいい。」
「お前が何を考えているかは知らん。」
「だが、妙な真似をすれば――」
「帝国がどうなるか、分かっているだろうな?」
その言葉に、ルシウスの表情がわずかに曇る。
しかし、すぐにいつもの笑みへ戻した。
「もちろんだ。」
「そのことは肝に銘じている。」
「心配はいらない。」
サマエルは冷たく言い放つ。
「……だといい。」
六枚の黒い翼を羽ばたかせると、そのまま空の彼方へ飛び去っていった。
静寂が戻る。
ルシウスは一人、青空を見上げる。
そして、小さく苦笑した。
「……やれやれ。」
「どうしたものか。」
しばらく黙って空を見つめた後、小さく呟く。
「……なぁ、ルシアン。」
その呟きだけが、静かな湖畔に消えていった。
戦場から離れたAX班たち--------
海斗はその場で足を止め、大きく息を吐いた。
「……ここまで来れば、なんとか大丈夫だろう。」
海鈴も肩で息をしながら周囲を見回す。
「皆さん……大丈夫でしょうか?」
晋作は後方へ視線を向ける。
「どうやら、巻けたみたいだな。」
恒一は森の奥へ目を向けた。
「一応、後方を確認してきます。」
「千代女さんも良いですか?」
千代女は静かに頷く。
「えぇ、行くわよ。」
「では。」
次の瞬間。
サッ――
二人の姿は一瞬で木々の間へ消えていった。
セレナは感心したように苦笑する。
「さすが忍びね。」
「あの瞬時の動きは真似できないわ。」
そして茜へ視線を向けた。
「それにしても今回は茜がお手柄ね。」
「あの堕天使が凝縮していた魔力……破魔矢で打ち消したでしょう?」
茜は照れくさそうに頭を掻く。
「気付いてたんだ。」
「なんとな〜く黒い光が見えてて……。」
「ヤバそうだなって思って撃っただけなんだけど。」
美雪も笑顔で頷く。
「多分、あれは追撃用の広範囲攻撃だったと思う。」
「それを一発で射抜くなんて、さすがだよ。」
茜はほっと胸を撫で下ろした。
「無我夢中だったけど……。」
「うまくいって良かった。」
晋作も感心したように笑う。
「ほんと大したもんだ。」
そして総司へ向き直る。
「それにしても総司。」
「なんで引いた?」
「あの場なら、そのまま戦っても良かったと思うが?」
晴明も総司を見る。
「海斗さんたち現地の方々を巻き込みたくなかった……それもあるとは思う。」
「でも、それだけじゃない顔をしていたね。」
総司は少し黙った後、小さく息を吐いた。
「……実は。」
そうして、ルシウスとの鍔迫り合いで交わした会話を全員へ話した。
話を聞き終えた晴明は腕を組む。
「なるほど。」
「夜の帝国内でも、堕天使側と騎士側で思惑が違う……そんなところかな。」
晋作も静かに頷く。
「きな臭いな。」
「少なくとも一枚岩じゃないことだけは、これでハッキリした。」
茜が首を傾げる。
「でも……罠って可能性は?」
晋作は首を横へ振った。
「もし罠なら、あんな手の込んだ逃がし方はしねぇ。」
「あの時点であの大技の斬撃を直撃させるつもりで放てば、それで終わってたはずだ。」
「わざわざ土煙を利用して逃がす必要なんてない。」
晴明も静かに続ける。
「あの魔剣……デュランダルと言ったかな。」
「かなりの力を秘めた魔剣だった。」
「その力があれば、十分可能だっただろうね。」
セレナは総司を見る。
「で?」
「どうするの?」
「行くの?」
少し微笑みながら続けた。
「行くなら、私も行くわ。」
「AX班のリーダーだからっていうのもあるけど……。」
「ルシアン絡みなんでしょう?」
その時だった。
「つまり、ゲイ・ボルグ絡みの連中ってことだな!」
突然聞こえた声に、その場の全員が一斉に振り返る。
「「「!?」」」
そこには腕を組みながら立つクー・フーリンの姿があった。
セレナは呆れたように額へ手を当てる。
「あんたねぇ……。」
「いつの間にいなくなって、急に現れるのやめてくれる?」
「それより、どこ行ってたのよ!」
「こっちは大変だったんだから!」
クー・フーリンは苦笑する。
「悪い悪い。」
「近くにはいたんだ。」
「気配を消して様子を見てた。」
「お前たちが引いた後、あいつらの会話も聞いてたぜ。」
総司たちの表情が変わる。
「騎士どもは、何かを堕天使側に握られてる。」
「それが何かまでは分からねぇ。」
「だが、それだけは間違いない。」
美雪は考え込む。
「それが分かるのが……今夜かもしれないってことだね。」
そして総司を見つめる。
「どうするの?」
総司は苦笑した。
「気付かれなければ、一人で行くつもりだったんだけど。」
「一人で!?」
美雪は思わず声を荒げる。
「何考えてるの!?」
「もし何かあったらどうするの!」
総司は困ったように笑う。
「だからこそ、今みんなに話したんだ。」
美雪は小さくため息をついた。
「もう……。」
その空気を壊さないよう、海鈴がおずおずと口を開く。
「あの〜……。」
「お取り込み中で申し訳ないんですが……。」
「そろそろ移動しませんか?」
海斗も頷いた。
「この森を抜けた先に隠れ家がある。」
「そこから地下通路で村まで行けるんだ。」
「それに……。」
「あなた達をどうするかもあるから、まずは長老と話をしてほしい。」
セレナは全員を見回した。
「そうね。」
「千代女たちには位置情報と帰投ルートを送信しておくわ。」
「まずは村へ向かいましょう。」
全員が頷き、再び歩き始める。
歩きながら、晴明はセレナへ小声で尋ねた。
「……今夜、本当に行くつもり?」
セレナは迷うことなく答えた。
「当然でしょ。」
「私のことも含まれている話なんだから。」
晴明は静かに笑う。
「決意は固いようだね。」
「なら、私も同行しよう。」
「万が一に備えて。」
セレナは少し驚いたように振り返る。
「いいの?」
晴明は短く頷いた。
「もちろん。」
それだけ言うと、再び前を向く。
しばらく歩くと、森の奥にひっそりと建つ小さな建物が姿を現した。
海斗は入口の扉を開く。
「ここから先が地下通路だ。」
「足元が暗いから、気を付けてくれ。」
一行は静かに頷き、暗い地下通路へ足を踏み入れた。
59話 完




