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56話 国際機構発足と宣戦布告

――式典会場内。


「なるほど……」


聞き慣れない声が響く。


一同が振り返る。


そこには二人の男女が立っていた。


一人は浅黒い肌に長い黒髪を後ろで束ねた男性。


もう一人は、凛とした佇まいの金髪の女性軍人。


二人とも落ち着いた表情で松平たちを見つめている。


松平が静かに歩み寄る。


「待たせたな。」


男性は小さく首を振った。


「いえ。」


「我々も今来たところです。」


松平が一同へ視線を向ける。


「紹介しよう。」


「こちらはアメリカ代表団だ。」


男性が一歩前へ出る。


「初めまして。」


「ノア・レッドホークです。」


「アメリカ先住民族のシャーマンとして、本作戦へ参加しています。」


穏やかな声だった。


続いて女性が前へ出る。


「エミリー・ウォーカー。」


「アメリカ空軍所属です。」


「よろしくお願いします。」


軍人らしく簡潔な自己紹介だった。


松平も頷く。


「こちらは日本代表。」


「特殊事象対策チーム『AX班』だ。」


総司たちも一歩前へ出る。


「沖田総司です。」


「よろしくお願いします。」


「雪城美雪です。」


「よろしくお願いします。」


「安倍晴明です。」


「よろしくお願いいたします。」


続いて晋作、セレナ、クー・フーリン、茜、美咲たちも順に挨拶を交わす。


互いに軽く頭を下げ、初対面らしい穏やかな空気が流れる。


その時だった。


ノアの視線が、晴明の装束で止まる。


「……失礼。」


「その装束は、陰陽師のものですか?」


晴明は微笑みながら頷いた。


「はい。」


「安倍晴明と申します。」


その名を聞いたノアが、わずかに目を細める。


「なるほど……。」


「東洋にも、我々と似た思想を持つ術師がいるとは聞いていました。」


「本日、お会いできて光栄です。」


晴明も穏やかに微笑む。


「こちらこそ。」


「私も、異なる文化の術に触れられることを楽しみにしております。」


二人は静かに握手を交わした。


それは敵意でも対抗心でもない。


互いの文化と歴史を尊重する者同士の、最初の挨拶だった。


互いの文化と歴史を尊重する者同士の、最初の挨拶だった。


その様子を見届けると、エミリーが静かに口を開く。


「皆さんとは、これから同じ目的のために協力することになります。」


「どうぞよろしくお願いします。」


「こちらこそ!」


総司が笑顔で答える。


美雪たちもそれぞれ頷いた。


すると、松平が静かに口を開く。


「では、次へ向かおう。」


ノアも穏やかに頷く。


「また後ほど。」


松平も軽く会釈を返す。


「失礼する。」


一同はアメリカ代表団と別れ、次の代表団のもとへ歩き始めた。


松平は歩みを進めながら、静かに口を開いた。


「先ほど紹介したのはアメリカ代表だ。」


「だが、この場に集まっているのは彼らだけではない。」


一同も歩調を合わせながら周囲へ視線を向ける。


会場内には各国の代表団が思い思いに言葉を交わし、それぞれの文化を感じさせる装いが目を引いていた。


民族衣装に身を包む者。


礼装の軍服を纏う者。


格式あるスーツ姿の者。


その姿は実に様々だった。


「イギリスをはじめ、EU各国、アジア、中東、オセアニア……。」


「まだまだ多くの国々が参加している。」


松平は淡々と続ける。


「全員を紹介していたら、それだけで今日が終わる。」


「必要になれば、その時に紹介しよう。」


「今日は顔だけ合わせる程度と思っておけ。」


「それ聞いて安心しました。」


総司が苦笑する。


「流石に一度じゃ覚えきれないですよ。」


「あはは……。」


美雪も思わず笑みを零した。


「私も同じです。」


「まぁ、そのうち嫌でも顔を覚えることになるだろ。」


晋作が肩をすくめる。


その時――


会場内に開会を告げるチャイムが静かに鳴り響いた。


♪――


談笑していた各国の代表たちが次々と会話を切り上げ、スタッフの案内に従って会場中央へと歩き始める。


「始まるみたいだね。」


総司が小さく呟く。


「あれだけ人がいるのに、一斉に動き出すと迫力がありますね……。」


美雪も思わず周囲を見渡した。


先ほどまで賑やかだった会場は、次第に静けさを取り戻していく。


各国の代表たちが整然と並び、それぞれ決められた席へと着いていく。


松平が一同へ視線を向けた。


「我々も行くぞ。」


「はい。」


一同は頷き、スタッフの案内に従って歩き始める。


案内された席は、日本代表として一つにまとめられていた。


AX班。


ヴァルキリーズ。


そしてジャンヌとラファエルは、それぞれフランス代表席へと着席する。


「なんか……」


総司が辺りを見回しながら苦笑する。


「本当に世界規模なんだな。」


「ええ。」


晴明も静かに頷く。


「これほど多くの国の代表が一堂に会する機会など、そうあるものではありません。」


「少し緊張してきたかも……。」


美雪が小さく笑う。


「大丈夫だ。」


松平が短く言う。


「いつも通りでいい。」


その一言に、一同の肩から少しだけ力が抜けた。


やがて会場の照明がゆっくりと落とされる。


ざわめきも静まり返り、広い会場は張り詰めた空気に包まれた。


ステージ中央へ、一人の司会者がゆっくりと歩み出る。


司会者は会場全体を見渡し、深く一礼した。


「皆様、本日はご多忙の中、本式典へご列席いただき、誠にありがとうございます。」


落ち着いた声が会場中へ響き渡る。


「近年、世界各地では従来の科学だけでは説明のつかない特殊事象が数多く確認されています。」


「それらは一国だけで対応できる問題ではなく、今や国境を越えて協力すべき課題となりました。」


各国の代表たちが真剣な表情で耳を傾ける。


「本日の式典は、その新たな国際協力体制の第一歩となる歴史的な場です。」


一拍置き、司会者はゆっくりと続けた。


「それでは、本構想を主導してまいりました、日本代表、防衛省将補・松平様より、ご挨拶をいただきます。」


静まり返った会場。


松平はゆっくりと席を立つ。


一切の無駄がない動きで壇上へと歩みを進める。


会場中の視線が自然と彼へ集まった。


演台の前に立つと、会場を静かに見渡す。


そして、一礼した。


「日本代表、防衛省将補の松平です。」


「本日は、ご多忙の中お集まりいただき感謝する。」


一拍置く。


「近年、世界各地で発生している特殊事象。」


「各国は、それぞれ独自に対応を続けてきた。」


「成果もあった。」


「だが、それ以上に見えてきたものがある。」


会場は静まり返ったまま、その言葉に耳を傾ける。


「特殊事象は国境を選ばない。」


「ならば、それに対処する我々もまた、国境という枠組みだけに縛られるべきではない。」


「一国で出来ることには限界がある。」


「だからこそ、本日この場を設けた。」


「目的は一つ。」


「各国が持つ知識、技術、経験を共有し、特殊事象へ共同で対処する体制を構築すること。」


松平は淡々と告げる。


その声に力みはない。


しかし、一言一言が会場へ重く響いていく。


「本日、この場をもって、新たな国際協力体制を発足する。」


一拍。


「名称は――」


「International Special Event Agency。」


「日本名、『国際特殊事象対策機構』。」


「通称――ISEA。」


その瞬間。


背後の大型スクリーンに、新たなエンブレムと『ISEA』の文字が映し出された。


会場の各所から、小さなどよめきが広がる――。


「各国には、それぞれ長い歴史がある。」


「育まれてきた文化も違う。」


「思想も違う。」


「剣の在り方も違えば、術の在り方も違う。」


「武を極めた者。」


「術を極めた者。」


「知を磨いた者。」


「科学を発展させてきた者。」


「その歩んできた道は、それぞれ異なる。」


一拍置く。


「その違いは、優劣ではない。」


「それぞれの国が、その歴史の中で導き出した答えだ。」


会場は静まり返っている。


「特殊事象は、その答えを選んではくれない。」


「一つの知識だけで解決できる問題でもない。」


「一つの国だけで守り切れるものでもない。」


「だからこそ。」


「我々は互いの違いを理解し、認め合い、必要な時に力を合わせる。」


「それが、ISEAの存在意義だ。」


松平はゆっくりと会場を見渡す。


「この組織は、誰かが誰かを指揮するための組織ではない。」


「誰かの文化を塗り替えるための組織でもない。」


「それぞれが、それぞれのまま。」


「国境を越え、必要な時に手を取り合う。」


「そのための場所だ。」


静寂が流れる。


誰一人として言葉を発しない。


松平は最後に一言だけ告げた。


「諸君。」


「本日より、我々は新たな一歩を踏み出す。」


「その一歩が、人類の未来にとって価値あるものとなることを期待する。」


そう言って静かに一礼した。


そう言って、松平は静かに一礼した。


――静寂。


広い会場を、張り詰めた空気が包み込む。


誰一人として口を開かない。


それぞれが松平の言葉を胸の内で噛み締めていた。


やがて――


パチッ……


一つの拍手が響く。


その音をきっかけに、もう一つ。


さらにもう一つと拍手が重なっていく。


気が付けば、会場全体が大きな拍手に包まれていた。


各国の代表たちは、それぞれの想いを込めるように拍手を送り続ける。


総司は、その光景を見つめながら小さく息を吐いた。


「……すごい。」


「松平さんの話で、会場の空気が変わった。」


「ええ。」


晴明も静かに頷く。


「理想を語るのではなく、現実を語る。」


「だからこそ、多くの人の心に届いたのでしょう。」


美雪も、どこか誇らしげな表情を浮かべる。


「なんだか……松平さんらしい演説だったね。」


「全くだ。」


晋作が腕を組みながら笑う。


「余計なことは何一つ言わねぇ。」


「でも、一番言いてぇことだけは、ちゃんと伝わる。」


「だから、あの人なんでしょうね。」


セレナも穏やかに微笑んだ。


しばらくして拍手が落ち着くと、司会者が再び演台へ歩み出る。


「ありがとうございました。」


「防衛省将補・松平様。」


司会者は一礼すると、会場を見渡した。


「それではここで、本機構の設立にご賛同いただきました各国代表者の皆様をご紹介いたします。」


その言葉に、各国代表たちの視線がステージへと集まる。


「なお、本日ご紹介するのは各国を代表してご出席いただいている代表者の皆様です。」


「本機構には、本日ご列席いただいている国々以外にも、多くの国と地域が賛同を表明しております。」


その一言に、会場には改めてどよめきが広がる。


総司が小さく呟いた。


「……思ってた以上に、大きな話なんだな。」


松平はステージ脇から静かにその様子を見つめていた。


その表情は変わらない。


だが、新たな時代が確かに動き始めたことだけは、その場にいる誰もが感じ取っていた――。


司会者が再び演台へと歩み出る。


「それではここで、本機構の設立にご賛同いただきました各国代表者の皆様をご紹介いたします。」


司会者の進行に合わせ、各国代表が順に紹介されていく。


そのたびに拍手が送られ、それぞれの代表が軽く一礼を返した。


日本。


フランス。


アメリカ。


イギリス。


そしてEU諸国をはじめ、アジア、中東、オセアニア――。


世界各国の代表者たちが、この歴史的な瞬間を見届けていた。


穏やかな空気が流れる。


誰もが、新たな時代の幕開けを感じていた、その時だった。


――ガンッ。


突然。


会場中へ重い衝撃音が響く。


「……!」


全員の視線が、一斉に会場入口へ向く。


コンコン……


静まり返った会場に、ゆっくりと足音が響く。


まるで、その場を支配するかのように。


やがて、一人の男が姿を現した。


漆黒の外套を羽織り、その内側には黒銀の鎧。


長い銀髪が揺れ、紅い瞳が会場全体を静かに見渡している。


腰には、一振りの西洋剣。


柄まで黒く染められたその剣は、鞘に収められたままにもかかわらず、禍々しい気配を放っていた。


その男は歩みを止める。


そして――


ゆっくりと笑みを浮かべた。


「まずは、祝福しよう。」


低く響く声。


会場中が静まり返る。


「国際特殊事象対策機構――ISEA。」


「その発足、実に喜ばしい。」


その声音には祝福の言葉とは裏腹に、底知れない不気味さが滲んでいた。


誰も口を開かない。


男は静かに会場を見渡す。


そして――


「だからこそ。」


一拍。


「この場を借りて、宣戦布告させてもらおう。」


「宣戦布告……だと?」


会場の空気が一変する。


各国代表たちの表情から笑みが消え、それぞれが男を鋭く見据えた。


ヴァルキリーズの面々も即座に警戒態勢へ移る。


神崎が一歩前へ出る。


速水、榊原、霧島も周囲へ視線を巡らせた。


ノアは静かに目を細め、その場に漂う禍々しい気配を探る。


エミリーも僅かに姿勢を低くし、いつでも動けるよう構える。


その中で――


松平だけは表情を一切変えなかった。


静かに男を見据え、淡々と問い掛ける。


「……何者だ。」


男は薄く笑う。


「安心しろ。」


「今日は貴様らの晴れ舞台だ。」


「主役を奪うつもりはない。」


一拍。


「私は祝いの言葉を述べに来ただけだ。」


その言葉に、会場の誰一人として安堵する者はいない。


男自身も、それを理解しているようだった。


「世界が一つになろうという、その志。」


「実に素晴らしい。」


「我々も歓迎しよう。」


男は会場全体をゆっくりと見渡す。


「だからこそ――」


口元の笑みが深くなる。


「その第一歩を、絶望から始めてもらう。」


重苦しい魔力が一層強まる。


誰も動かない。


いや、動けなかった。


男はゆっくりと右手を腰の剣へ添えた。


「既に我らは、一つの地へ手を伸ばした。」


「外界から隔絶され、永き時を生き続けた神秘の地。」


その言葉に。


晴明の瞳が僅かに細められる。


男は静かに告げる。


「――ニライカナイ。」


その名が、静まり返った会場へ重く響いた。


「――ニライカナイ。」


その名が、静まり返った会場へ重く響いた。


「……!」


総司の瞳が鋭くなる。


美雪も思わず息を呑む。


晴明は静かに男を見据え、表情一つ変えない。


晋作も腕を組んだまま、男から視線を外さなかった。


セレナとクー・フーリンも、僅かに身構える。


男は、その反応を見逃さない。


「ほう……。」


「その反応。」


「どうやら、無関係ではないようだ。」


薄く笑みを浮かべながら続ける。


「我らは既にニライカナイへ侵攻した。」


「永き時を外界から隔絶され続けた地。」


「その結末は、もはや語るまでもあるまい。」


会場の空気が凍り付く。


各国代表たちも、その言葉の意味を測りかねていた。


ノアが静かに口を開く。


「……ニライカナイ。」


「日本に伝わる伝承の地ではないのですか?」


晴明は答えない。


男が代わりに口を開く。


「伝承。」


「そう思いたければ、それでも構わん。」


「だが、我らにとっては現実だ。」


一拍。


「そして。」


男はゆっくりと会場を見渡す。


「我らが探している者が一人。」


「侵攻の最中、我らの前から逃れた小娘だ。」


腰の剣へ添えられた手に、僅かに力が入る。


「その娘が持つものは、我らにとって必要不可欠。」


「故に問おう。」


男の紅い瞳が、日本代表席を静かに射抜く。


「その娘は――どこにいる。」


静まり返る会場。


誰一人、答えない。


男は小さく笑う。


「……その沈黙。」


「答えは聞けた。」


その瞬間だった。


総司の姿が消える。


「!!」


次の瞬間には、男の眼前。


抜刀。


鋭い一閃が、迷いなく男の首筋を狙う。


――キィィィィン!!


甲高い金属音。


男は腰の西洋剣を抜き放ち、その一撃を受け止めていた。


火花が散る。


二人の視線が交錯する。


「……ほう。」


男が僅かに笑う。


「速いな。」


総司は答えない。


刀を押し込みながら、静かに口を開く。


「その質問に答える義理はない。」


男は総司の刀を受け止めたまま、口元に薄い笑みを浮かべた。


「……実に冷静だ。」


「否定も肯定もしない。」


「情報を与えぬために剣を選ぶか。」


総司は視線を逸らさない。


「お前に話すことはない。」


短く、それだけ答えた。


刃と刃が軋む。


火花が散り、二人の間に張り詰めた空気が流れる。


男は僅かに目を細めた。


「なるほど。」


「だからこそ、厄介だ。」


「だが、それで隠し通せると思うな。」


「我らは必ず見つけ出す。」


「どこへ隠そうとな。」


総司は刀へさらに力を込める。


「……そうか。」


「なら、お前はここで止める。」


その言葉と同時に、男の口元がわずかに吊り上がった。


「出来るものなら、な。」


瞬間――。


男の西洋剣から、禍々しい魔力が溢れ出す。


黒い瘴気が刃へ絡み付き、周囲の空気が震え始めた。


「っ……!」


総司は咄嗟に後方へ飛び退く。


次の瞬間。


轟ッ!!


黒い斬撃が一直線に駆け抜け、大理石の床を深く切り裂いた。


爆風が会場全体へ吹き荒れる。


「きゃっ!」


美雪が思わず身構える。


各国代表たちも一斉に距離を取った。


エミリーは即座にノアの前へ出る。


「ノア!」


「ああ。」


ノアも静かに男を見据える。


「尋常な魔力ではない……。」


会場中が騒然となる中、男はゆっくりと剣を下ろした。


「紹介がまだだったな。」


漆黒の剣を肩へ担ぎ、静かに笑う。


「私は夜の帝国の者。」


「それ以上を知る必要はない。」


「今は、な。」


その言葉に会場の空気がさらに張り詰める。


夜の帝国――。


その名だけは、AX班の誰もが知っていた。


サリエル。


ルシアン。


そして捕縛したアザル。


これまで幾度となく交戦してきた、世界の裏で暗躍する敵。


だが、目の前の男は、その誰とも違う。


総司は刀を構え直し、静かに男を見据えた。


「……初めて見る顔だ。」


男は薄く笑う。


「ああ。」


「貴様らと会うのは初めてだからな。」


男は砕け散った氷の破片を払い落とすように、ゆっくりと肩を鳴らした。


その表情には焦りも怒りもない。


ただ、余裕だけがあった。


「別に逃げなくてもいい。」


静まり返った会場へ、低い声が響く。


「言ったはずだ。」


「今日は式典への祝賀。」


「そして――宣戦布告。」


一拍置く。


「それと、神珠の在り処を確認しに来ただけだ。」


男はゆっくりと総司たちへ視線を向ける。


「戦闘をするつもりはない。」


その口元が僅かに吊り上がる。


「今日は……な。」


総司は刀を構えたまま、一歩も退かない。


「……信用できると思うか。」


男は小さく肩をすくめる。


「信用など求めてはいない。」


「だが、無意味な戦いは好まん。」


「我らにも目的がある。」


「そして貴様らにも守るべきものがある。」


男は会場全体を見渡した。


避難を始めた各国代表たち。


その様子を一瞥すると、再び総司へ視線を戻す。


「今日は顔を見に来ただけだ。」


「ISEA。」


「そして、沖田総司。」


男の紅い瞳が細められる。


「ルシアンが興味を示す理由も……少しは理解できた。」


会場には、再び張り詰めた沈黙が流れた。


男はゆっくりと魔剣を下ろした。


紅い瞳が、総司たちを静かに見据える。


「神珠は――必ず貰い受ける。」


低く響くその一言に、会場の空気がさらに張り詰める。


総司は刀を構えたまま、一歩も動かない。


「……。」


男は小さく笑みを浮かべた。


「では――またな。」


その言葉を最後に、男の身体から黒い靄が立ち昇る。


シュゥゥゥ……


禍々しい魔力が霧となって広がり、その姿をゆっくりと包み込んでいく。


「……!」


美雪が目を見開く。


「転移術……?」


晴明が静かに呟く。


次の瞬間。


ボンッ――。


黒い霧が一気に弾けた。


会場に残ったのは、微かに漂う魔力の残滓だけ。


男の姿は、跡形もなく消え去っていた。


静寂。


誰一人として言葉を発しない。


やがて総司がゆっくりと刀を納める。


「……逃げられたか。」


晴明は男が立っていた場所を見つめたまま、小さく目を細める。


「ええ。」


「ですが、目的だけははっきりしました。」


美雪も不安そうに呟く。


「ニライカナイ……神珠……。」


「海鈴ちゃんと、何か関係があるのかな……。」


その言葉に、その場にいたAX班の面々は静かに顔を見合わせた。


誰も答えを持ってはいない。


だが一つだけ確かなことがあった。


ニライカナイ。


そして神凪海鈴。


保護した一人の少女を中心に、新たな戦いの幕が静かに上がろうとしていた――。


 56話 完

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