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50話 Kingdom of Astraldia エピローグⅡ


――アストラルディア王城。


戦争終結から二日。


王都は今も、勝利と和平を祝う熱気に包まれていた。


城下からは、楽団の演奏や民衆の笑い声が聞こえてくる。


世界を懸けた戦いを乗り越えたとは思えないほど――王都には平和な空気が流れていた。


その頃。


AX班と異世界の英雄達へ用意された客間区域でも、束の間の休息時間が訪れていた。


夕刻から始まる三国合同の戦勝祝賀会。


その準備のため、一同はそれぞれ部屋へ戻っていた。


セレナが、大きく伸びをする。


「はぁ~~……ようやく終わったって感じね」


美雪も、窓の外を見ながら小さく笑った。


「こうして静かなの、久しぶりかも」


総司も頷く。


「最近ずっと戦ってたからね」


晋作が、ニヤリと笑った。


「今日は流石に休め。宴までは戦闘禁止だ」


「当たり前でしょ」


セレナが呆れたように返す。


その後ろで、晴明も王城内を見渡していた。


「……城中かなり慌ただしいな」


ラファエルが苦笑する。


「三国規模の宴だからな」


その時――。


侍女達が、一礼しながら近付いてきた。


「皆様、祝賀会用の衣装をお持ちしました」


その後ろには、大量の衣装箱。


茜が、目を丸くする。


「えっ……私達の分まで?」


「はい」


侍女が微笑む。


「異世界の英雄の皆様は、本日の主賓ですので」


晋作が吹き出した。


「主賓扱いかよ」


「まぁ世界救ったしね」


セレナが肩をすくめる。


侍女達が、それぞれ部屋へ案内を始めた。


女性陣。


男性陣。


別れて進んでいく。


総司が、軽く手を振る。


「じゃ、また後で」


「うん!」


美雪が笑い返した。


そして――。


戦いを終えた英雄達は。


束の間の休息と、祝宴の準備へ入っていくのだった。


一方――男性陣の部屋。


こちらにも、大量の礼装が並べられていた。


だが。


女性陣のような華やかなドレスとは違う。


並んでいるのは――。


羽織袴。


陣羽織。


礼装軍服。


聖騎士装束。


それぞれの国と時代に合わせた、格式高い正装だった。


晋作が、思わず目を丸くする。


「おぉ……」


並ぶ衣装を見渡す。


「こっちはちゃんと俺達向けか」


総司も、少し驚いたように笑った。


「凄いね……ちゃんと合わせてくれてる」


侍女が、すぐに説明する。


「こちらは、皆様の世界より送られてきた設計図を元に仕立てた物になります」


「設計図?」


総司が目を瞬かせる。


すると――。


晴明が、小さく息を吐いた。


「……松平さんか」


侍女が頷く。


「はい」


「“異世界でも正式な場に相応しい格好を用意しろ”との事で」


晋作が、思わず吹き出した。


「仕事早ぇな、あの人」


その言葉に。


総司も苦笑する。


「絶対もう全部想定してたでしょ……」


並んでいたのは。


新選組正式礼装を基調にした総司用羽織袴。


晋作用の黒基調長羽織礼装。


真田幸村用の六文銭入り礼装陣羽織。


信長用の黒金装飾陣羽織。


坂本用の海援隊紋入り和装礼服。


さらに――。


晴明用には、高位陰陽師装束を現代的に再構築した白黒礼装まで用意されていた。


晴明が、その衣装を見ながら呟く。


「……妙に完成度高いな」


「絶対松平さん楽しんでるよねこれ」


総司が苦笑する。


ラファエルも、自身の白銀騎士礼装を見ながら頷いた。


「こちらも、オルレアン側仕様か」


侍女達が、嬉しそうに頭を下げる。


「皆様は世界を救った英雄ですので」


「王城としても、最大限の礼を尽くさせていただきました」


信長が、黒金の陣羽織を羽織りながら笑う。


「ふっ……悪くない」


戦場の英雄達は――。


今度は、それぞれの誇りを纏い。


祝宴へ向かおうとしていた。


一方――女性陣の部屋。


そこには。


色鮮やかな礼装が、数え切れないほど並んでいた。


和装風ミニスカドレス。


西洋貴族風ドレス。


宝石装飾入りの高級礼服。


戦場とは無縁に思えるほど、華やかな空間だった。


茜が、最初に声を上げる。


「わぁぁ……!!」


目を輝かせながら、一気に衣装棚へ駆け寄った。


「見てこれ! めちゃくちゃ可愛い!!」


セレナも、深紅のドレスを軽く摘まみながら笑う。


「へぇ……ちゃんと私達向けに寄せてあるじゃない」


ジャンヌは、静かに純白の礼装へ触れる。


「細部まで、とても綺麗です……」


その時――。


侍女が、柔らかく一礼した。


「こちらの衣装ですが、皆様の世界より送られてきた設計資料を元に仕立てられた物になります」


美雪が、ぱちりと瞬きをする。


「設計資料……?」


千代女が、穏やかに微笑んだ。


「……松平さんね」


侍女が、頷く。


「“異世界でも正式な場に相応しい礼装を用意しろ”とのご指示でした」


セレナが、呆れ半分で笑う。


「本当に仕事早いわね、あの人」


並んでいたのは――。


それぞれの戦闘服や個性をベースに再構築された祝宴礼装。


セレナ用には。


黒と紅を基調にした洋風ミニスカドレス。


大胆なスリットとレース装飾を取り入れた、大人びた高級礼装。


ジャンヌ用には。


白銀と蒼を基調にした聖騎士風ミニドレス。


神聖さと気品を両立したデザイン。


そして――。


美雪、茜、千代女には。


和装を基調にしたミニスカ礼装が用意されていた。


雪柄を取り入れた白銀和装ドレス。


桜と朱色を基調にした巫女風礼装。


黒紫を基調にした艶やかな忍装束風ドレス。


どれも。


普段の衣装を残しながら、祝宴仕様へ昇華された特別な一着だった。


茜が、嬉しそうに和装ミニドレスを胸元へ合わせる。


「これ絶対可愛いよね!?」


美雪も、自分用の白銀和装ドレスを見つめながら少し照れたように呟く。


「……なんかちょっと恥ずかしいかも」


千代女が、柔らかく笑った。


「でも似合いそうよ?」


ジャンヌも、優しく頷く。


「きっと皆さん驚かれますね」


すると――。


セレナが、ニヤリと笑った。


「特に総司とか」


「っ!?」


美雪の顔が、一気に赤くなる。


「な、なんでそこで総司くんが出てくるの!?」


セレナが、面白そうに肩をすくめた。


「いや絶対反応するでしょ、新婚だし?」


ジャンヌも、くすっと小さく笑う。


「きっと驚かれると思います」


その瞬間――。


美雪が、恥ずかしそうに頬を押さえながら言い返した。


「そ、それはみんなもでしょ!!」


部屋が、一瞬静まる。


そして――。


茜が、一気に真っ赤になった。


「えっ!? わ、私も!?」


千代女も、少しだけ苦笑する。


「まぁ……否定は出来ないわね」


ジャンヌも、困ったように微笑んだ。


「ラファエルも驚かれるかもしれません……」


だが――。


セレナだけは、余裕そうに笑っていた。


「私は別に?」


その直後。


全員の視線が、一斉にセレナへ向く。


「「絶対嘘」」


「なんでよ!?」


女性陣の笑い声が、部屋へ響く。


戦いの後だからこそ感じられる。


穏やかで、温かな時間だった。


しばらくして――。


王城内の準備室の扉が、次々と開き始めた。


最初に現れたのは――男性陣だった。


総司は、浅葱色を基調にした祝宴用羽織袴。


普段の隊服を思わせる意匠を残しながらも、銀刺繍が施された格式高い礼装になっている。


晋作は、黒を基調にした長羽織礼装。


赤い差し色と装飾が、いつもの不敵な雰囲気をさらに際立たせていた。


晴明は、白と黒を基調にした高位陰陽師礼装。


長衣と外套が重なった荘厳な姿は、まさしく“異界の術師”そのもの。


信長は、黒金の豪奢な陣羽織。


王者のような威圧感を纏っている。


幸村も、六文銭入りの赤黒礼装を身に纏い。


坂本は、海援隊紋入りの和装礼服を軽く着崩していた。


ラファエルもまた、白銀の聖騎士礼装へ身を包んでいる。


晋作が、周囲を見ながらニヤリと笑う。


「おぉ、なんかそれっぽくなったじゃねぇか」


「晋作も十分似合ってるよ」


総司が苦笑する。


その時――。


反対側の扉が、ゆっくり開いた。


女性陣だった。


最初に現れた瞬間――。


空気が、止まる。


美雪は。


白銀を基調にした和装風ミニスカドレス。


雪柄の刺繍が入った袖と、細く締められた帯。


肩と鎖骨を淡く見せる上品な着崩し。


短いスカートから覗く白い脚線美。


銀髪と合わさり、幻想的な色気すら漂わせていた。


茜は、桜模様入りの巫女風ミニドレス。


白い肩を見せるアレンジに、赤い帯飾り。


柔らかな胸元のラインと、ふわりと広がる短い袴風スカートが、可憐さと艶やかさを同時に引き立てている。


千代女は、黒紫を基調にした忍装束風ドレス。


太腿を覗かせる大胆なスリット。


身体へ沿う細身のシルエット。


落ち着いた笑みと相まって、大人の妖艶さを纏っていた。


そして――。


セレナ。


黒と紅を基調にした洋風ミニスカドレス。


大胆に開いた胸元。


腰のラインを強調する細身のデザイン。


長い脚を際立たせるスリット入りスカート。


黄金の髪を掻き上げる仕草一つで、周囲の視線を奪うほどの存在感だった。


ジャンヌもまた。


白銀と蒼を基調にした聖騎士風ミニドレスを纏っている。


上品さを崩さないまま、美しい脚線と肩を見せる気高いデザイン。


神聖さと女性らしさを兼ね備えたその姿は、まるで聖女そのものだった。


数秒。


完全な沈黙。


そして――。


晋作が、最初に口を開く。


「……おいおい」


苦笑混じりに頭を掻く。


「これは反則だろ」


茜が、顔を真っ赤にする。


「な、なんですかそれ!」


総司も、少し呆然としていた。


その視線が、美雪へ向く。


美雪が、少し照れながら視線を逸らした。


「……やっぱり変かな?」


総司は、静かに首を横へ振る。


「いや」


少し笑う。


「凄く似合ってる」


その瞬間――。


美雪の顔が、一気に赤くなった。


セレナが、横でニヤニヤしている。


「はいはい、ごちそうさま」


「セレナさん!?」


再び、笑い声が広がる。


戦場を越えた英雄達は――。


会場の熱気が、さらに高まり始めていた。


酒。


料理。


音楽。


各国の将や英雄達が、戦勝を祝い笑い合っている。


会場の熱気が、さらに高まり始めていた。


酒。


料理。


音楽。


各国の将や英雄達が、戦勝を祝い笑い合っている。


その時――。


会場入口側が、再びざわついた。


衛兵が、大きく声を上げる。


「追加来賓到着!!」


重厚な扉が開く。


そこへ姿を現したのは――。


黒い和装礼服へ身を包んだ松平だった。


静かな威圧感。


鋭い眼光。


王侯貴族が並ぶ空間ですら、自然と空気を支配する存在感。


その後ろには――。


五人の男女が続いていた。


揃いの礼装。


だが、どこか軍人らしい空気を纏っている。


長身の男。


短髪の青年。


無精髭気味の男。


軽く笑みを浮かべる男。


そして――。


白を基調にした女性用礼装へ身を包んだ、一人の女性。


総司達が、少し驚いたようにそちらを見る。


「松平さん?」


総司が首を傾げる。


「後ろの人達って……」


松平が、静かに歩み寄った。


「紹介しておこう」


五人が、一歩前へ出る。


「航空自衛隊特務飛行隊“ヴァルキリーズ”だ」


その言葉に。


AX班側の空気が、少し変わる。


セレナが、興味深そうに目を細めた。


「へぇ……」


「空で戦ってた人達って事?」


松平が頷く。


「そうだ」


「今回の異世界航空支援を担当した部隊になる」


その瞬間――。


晋作が、ニヤリと笑った。


「おぉ、あの鉄の鳥の連中か」


総司も、小さく笑う。


「戦場じゃゆっくり話せなかったもんね」


最初に、長身の男が敬礼した。


「隊長の神崎鷹也です」


続いて、短髪の青年。


「速水蒼真っス」


無精髭気味の男が、軽く肩をすくめる。


「榊原誠」


軽く笑みを浮かべる男が、片手を上げた。


「霧島隼人。よろしく」


最後に――。


女性隊員が、小さく一礼する。


「如月美咲です」


その瞬間。


茜が、ぱっと笑顔になる。


「わぁ、女性パイロットさんだ!」


如月が、少し苦笑する。


「まぁ、一応ね」


その横で。


速水が、美雪達の礼装姿を見て目を丸くしていた。


「うわ……」


「皆さん、思った以上に凄いっスね……」


「どういう意味よそれ」


セレナが笑う。


「いや、戦場だと分からなかったんで!」


霧島も、苦笑しながら頷いた。


「正直、全員もっとゴリゴリの戦闘狂かと思ってた」


「失礼ねぇ」


セレナが肩をすくめる。


その時――。


神崎が、静かに総司達へ頭を下げた。


「改めて」


「空からですが、皆さんの戦いは見ていました」


一拍。


「ありがとうございました」


その言葉に。


総司も、静かに笑う。


「こっちこそ」


「空からの援護、かなり助けられました」


戦場で共に戦った者達。


だが、こうして顔を合わせるのは初めてだった。


それでも――。


互いに、“同じ戦場を生き残った仲間”だという空気が自然と出来上がっていた。


そして。


松平が、静かにグラスを置いた。


その場にいたAX班とヴァルキリーズの面々へ視線を向ける。


「今後――」


低く落ち着いた声。


「ヴァルキリーズは、航空支援が必要な任務に限りAX班と合同で行動する」


その言葉に。


場の空気が、少し変わった。


総司が、目を瞬かせる。


「え?」


セレナも、意外そうに眉を上げた。


「正式連携って事?」


松平が、静かに頷く。


「今回の戦闘で分かった」


「次元案件において、航空戦力は極めて有効だ」


さらに続ける。


「そしてヴァルキリーズ側も、既に通常任務の領域を超えている」


神崎が、静かに腕を組む。


「つまり、次元災害案件限定で共同運用する訳ですね」


だが――。


松平は、小さく首を横へ振った。


「限定はしない」


全員の視線が向く。


松平は、静かに続けた。


「その時の内容による」


「航空支援が必要なら出す」


「不要なら動かさん」


簡潔。


だが、それが松平らしかった。


晋作が、ニヤリと笑う。


「合理的だな」


霧島も、肩をすくめる。


「まぁ戦闘機で妖怪退治ばっかしてたら国防怒られますしね」


速水蒼真が、苦笑する。


「でも異世界はまた行ってみたいっス」


晴明が、小さく笑った。


「次はもう少し穏やかな任務だといいけどね」


その横で。


総司も、静かに頷いていた。


これから先――。


AX班とヴァルキリーズは。


必要に応じ、同じ空と戦場を駆ける事になるのだった。


その時――。


会場奥の楽団演奏が、静かに止まった。


ざわついていた宴会場の空気が、ゆっくり静まっていく。


赤い絨毯の先。


大扉が開かれた。


現れたのは――。


アストラルディア国王レオニス。


リディア皇帝。


そして、ディスタル共和国主席レヴィン。


三国の頂点に立つ者達だった。


豪奢な礼装。


王としての威厳。


だが、その表情には。


戦いを終えた者達特有の疲労も滲んでいる。


会場にいた全員が、一斉に姿勢を正した。


レオニス国王が、ゆっくり前へ進み出る。


その視線が――。


AX班。


オルレアン。


新選組。


円卓。


織田軍。


源氏軍。


真田軍。


海援隊。


そして異世界から集った全ての英雄達へ向けられた。


やがて。


レオニス王が、静かに口を開く。


「異世界より訪れし英雄達よ」


低く響く王の声。


「改めて、感謝を述べたい」


会場が静まり返る。


「其方らが居なければ」


「この世界は、確実に滅んでいた」


その言葉には。


誇張ではない、本心が込められていた。


リディア皇帝も、静かに続ける。


「我ら三国は、長く争い続けてきた」


黄金のマントを揺らしながら、真っ直ぐ英雄達を見る。


「だが、其方らは命を懸けて我らを救った」


「敵味方すら関係なく、世界そのものを守るためにな」


レヴィン主席も、小さく頷いた。


「……共和国を代表し、礼を言う」


短い言葉。


だが、その声音は真剣だった。


そして――。


レオニス王が、ゆっくり頭を下げた。


周囲の貴族達が、息を呑む。


「そして」


「突然、異世界より其方らを呼び出した事」


一拍。


「王として、謝罪する」


リディア皇帝も。


レヴィン主席も。


同時に頭を下げた。


三国首脳が揃って頭を下げる光景に――。


会場全体が、息を呑んだ。


総司達も、少し驚いたように目を見開く。


セレナが、小さく息を吐く。


「……ここまでやるんだ」


晴明も、静かに目を細めた。


「本気で責任を感じているんだろうね」


その時――。


総司が、静かに前へ出た。


「顔を上げてください」


その声に。


三国首脳が、ゆっくり顔を上げる。


総司は、小さく笑った。


「確かに急だったし、大変だったけど」


一拍。


「でも、誰かが戦わなきゃ世界は終わってた」


静かな声。


「だから、俺達は戦っただけです」


その横で。


晋作も、豪快に笑う。


「そうそう」


「今さら謝られても困るって話だ」


セレナが、肩をすくめる。


「結果的に世界救えたんだから、まずは祝勝会しましょ」


会場に、小さな笑いが広がる。


張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなった。


レオニス王も――。


ようやく、小さく笑みを浮かべた。


「……そうだな」


「今宵は、英雄達を讃える夜としよう」


その言葉と共に――。


再び楽団の演奏が鳴り響き。


王城の祝宴は、本格的に幕を開けた。


祝宴が続く中――。


松平だけは、少し離れた場所から会場全体を静かに見渡していた。


笑い声。


音楽。


乾杯。


世界を救った者達の穏やかな時間。


だが――。


松平の目だけは、どこか鋭いままだった。


その時。


背後から、低い声が響く。


「あなたが、あ奴らのトップじゃな?」


振り返れば――。


オーディン。


そして、その隣にはクー・フーリンが立っていた。


周囲の喧騒とは、明らかに違う空気。


まるで。


そこだけ神話の領域が切り離されているかのようだった。


松平が、静かに目を細める。


「北欧の主神殿か……」


オーディンが、小さく頷いた。


片目が、鋭く松平を見据える。


「其方らには、伝えねばならん事がある」


低く重い声。


「世界蛇――ヨルムンガンドについてじゃ」


松平は、表情を変えない。


「神話は知っている」


「ラグナロクにて世界を滅ぼす存在」


クー・フーリンが、壁へ軽く寄り掛かりながら笑う。


「話が早ぇな」


オーディンは、静かに続けた。


「ならば理解も早いだろう」


「今回、呼び出された我ら“神話存在”についてもな」


会場の喧騒が、少し遠く感じる。


オーディンの声だけが、静かに響いた。


「今回の侵攻は終わった」


「だが、ヨルムンガンドは死んではおらん」


「次は、より大きな侵攻となる可能性が高い」


松平の目が、僅かに細まる。


「ほう……」


オーディンは続けた。


「故に」


「我らがこの世界へ現界した意味」


「そして今後、何が起きるか」


「其方らには知ってもらう必要がある」


松平が、静かに頷いた。


「……では聞こう」


その時。


オーディンが、会場側へ視線を向けた。


「だが」


「彼らにも来てもらいたい」


その視線の先には――。


総司達。


AX班。


そして、ジャンヌ達オルレアンの面々。


松平が、小さく息を吐く。


「沖田」


その声に。


総司達が振り返った。


「雪城、弓月、セレナ」


「晴明、高杉も来い」


さらに視線を向ける。


「ジャンヌ、ラファエルもだ」


セレナが、空気の変化を察する。


「……何かあるわね」


晴明も、静かに目を細めた。


オーディン。


クー・フーリン。


神話存在が揃っている時点で、軽い話ではない。


やがて――。


AX班。


オルレアン。


そして松平は。


オーディン達に導かれるまま、会場隣の巨大バルコニーへ出た。


夜風が吹き抜ける。


眼下には、祭りで賑わう王都の灯り。


その空の下で――。


神々の話が、始まろうとしていた。


晴明が、静かに腕を組む。


「今回は、“谷”という地形も有利に働きました」


夜風が、白衣を揺らした。


「ですが――」


その目が、鋭く細まる。


「前回の侵攻よりも、規模そのものは明らかに大きかった」


一拍。


「あなたが言いたいのは」


「世界蛇には知能があり、経験から戦略を組み立ててくる可能性もある――という事では?」


オーディンが、静かに頷いた。


「その通りじゃ」


重い声。


「そして、あの小型や大型」


「あれらは恐らく、ヨルムンガンドから生み出されたもの」


「あるいは――」


片目が、夜空を見上げる。


「滅ぼした世界のエネルギーを取り込んだ存在であろう」


総司達の表情が、僅かに険しくなる。


オーディンは続けた。


「ワシも、ヴァルハラよりユグドラシルを通し」


「九つの世界を見続けてきた」


「だが――」


低い声。


「奴の行方は追えなんだ」


その時だった。


セレナが、ふと眉を上げる。


「……ん?」


視線を向けた。


「今、“ヴァルハラ”って言った?」


オーディンが、静かに視線を返す。


セレナは続けた。


「それって北欧神話の死後の世界よね?」


「アースガルドじゃないって事は……」


一拍。


「ラグナロク後って事?」


空気が、少し変わる。


セレナの目が、鋭く細まった。


「この召喚って、生きてる時代から呼び出されるんじゃなかった?」


オーディンが、静かに頷く。


「左様」


「通常、人は召喚された時点――」


「即ち、生きている時間軸から呼ばれる」


その声が、少し低くなる。


「だが、“神”となる者達は違う」


夜風が吹き抜ける。


「それぞれの居る場所より呼び出される」


「ワシならヴァルハラ」


「神話体系ごとの世界からな」


そして――。


オーディンは、小さく目を細めた。


「一つ訂正しておくが」


「ヴァルハラは、単なる死後の世界ではない」


「ある意味では“死”」


「だが、死ではないと言った方が近い」


その片目が、茜を見る。


「日本で言えば――高天原」


茜が、僅かに目を見開いた。


「高天原……」


さらに。


オーディンは、クー・フーリンへ視線を向ける。


「ケルトであれば――ティル・ナ・ノーグ」


セレナが、すぐに反応した。


「じゃあ……」


クー・フーリンを見る。


「セタンタ、あなたもティル・ナ・ノーグから?」


クー・フーリンが、眉をひそめた。


「いや、俺は違ぇ」


腕を組む。


「前にも言っただろ」


「俺はメイヴとの戦に向かう途中で、光に包まれて気付いたらこっちにいた」


「だから通常召喚された奴らと同じはずだ」


そして、少し呆れたように言う。


「てか急にセタンタ呼びかよ……」


セレナが、肩をすくめた。


「なんとなく」


だが――。


オーディンが、静かに口を開く。


「左様」


「この者は、半神半人」


「故に、生きている時間軸から呼ばれておる」


クー・フーリンが、少し真顔になる。


オーディンは続けた。


「通常ならば」


「召喚された者達は、元の時代へ戻る」


「記憶を保持する者もおれば、失う者もおる」


その声が、少し重くなる。


「だが――問題は」


片目が、クー・フーリンを見据えた。


「半人である、このケルトの光の神子よ」


クー・フーリンが、眉をひそめる。


「……俺か?」


「元のところに戻るんじゃねぇのか?」


オーディンは、静かに首を横へ振った。


「其方は半神故に」


「ティル・ナ・ノーグへ引かれておる」


夜風が、静かに吹き抜ける。


「このままでは、元の時代へ戻れぬ」


その言葉に。


空気が、一気に張り詰めた。


セレナも、目を見開く。


「……え?」


オーディンは、低く続ける。


「これを解決せねば」


「歴史改変が起こる」


クー・フーリンが、黙ったまま夜空を見上げた。


いつもの軽口は――。


もう、無かった。


重い沈黙が、バルコニーを包む。


クー・フーリンも、珍しく言葉を失っていた。


だが――。


オーディンは、静かに続けた。


「同じ“神”であっても」


「神話体系が違えば、深く干渉は出来ぬ」


その片目が、ゆっくり細まる。


「故に――」


グングニルを、静かに持ち上げた。


「この者を呼ぶ事にした」


次の瞬間。


ブゥン――……


空気が震えた。


神槍グングニルが、夜空を切り裂くように振るわれる。


その軌道から――。


黄金の神光が溢れ出した。


眩い輝き。


神気。


まるで空間そのものが開いていくような圧力。


総司達が、思わず目を細める。


晴明ですら、僅かに目を見開いた。


「……空間召喚」


神の領域。


人の術式とは、根本から違う。


やがて――。


黄金の光の中から。


一人の人影が、ゆっくり姿を現した。


長身。


神々しい気配。


ケルト神話特有の霊威。


その瞬間――。


クー・フーリンが、盛大に舌打ちした。


「……チッ」


全員の視線が向く。


クー・フーリンは、露骨に嫌そうな顔をしていた。


「親父かよ……」


光の中から現れた男が、静かに目を開く。


金にも近い長髪。


鋭い眼光。


全身から漂う圧倒的神性。


そして――。


どこかクー・フーリンに似た空気。


男は、静かに周囲を見渡した。


やがて。


その視線が、クー・フーリンへ向く。


「久しいな」


低く響く声。


「セタンタ」


クー・フーリンが、露骨に顔をしかめた。


「その呼び方やめろっつってんだろ……」


セレナが、小さく目を見開く。


「まさか……」


晴明も、静かに呟いた。


「ケルト神話の……」


オーディンが、静かに告げる。


「光の神」


「ルー」


その瞬間――。


バルコニーの空気が、再び大きく変わった。


神々しい光が、静かに収束していく。


現れた男――ルーは。


その鋭い瞳を、真っ直ぐクー・フーリンへ向けた。


「話はオーディンより聞いている」


低く、それでいてどこか軽さも感じさせる声音。


「セタンタ」


小さく笑う。


「お前、自分の時間軸から吐き出されたらしいな」


クー・フーリンが、盛大に眉をしかめた。


「不可抗力だ!!」


腕を組む。


「俺が望んだ訳じゃねぇよ!!」


ルーは、どこか面白そうに笑う。


その雰囲気は、どこかクー・フーリンに似ていた。


「まぁ、そこは理解している」


だが――。


次の瞬間。


その表情が、僅かに真剣になる。


「だが現状」


「お前には、二つしか道が無い」


夜風が吹き抜ける。


「ティル・ナ・ノーグへ来るか」


「あるいは――」


その視線が、総司達へ向いた。


「この者達と共に歩むかだ」


空気が、静かに張り詰める。


クー・フーリンが、僅かに目を伏せた。


「……つまり」


低い声。


「俺は、もう元の場所には戻れねぇって事か」


ルーは、静かに答える。


「“お前”はな」


その言葉に。


クー・フーリンが、眉をひそめた。


「……どういう意味だ?」


ルーが、静かに夜空を見上げる。


「お前は、この世界へ来た時点で」


「ティル・ナ・ノーグへ接続してしまった」


「恐らくは精霊達の悪戯か」


「あるいは、半神としての性質故だろう」


一拍。


「結果として」


「お前は、既に“隔離”された存在となっている」


総司達も、真剣な表情になる。


晴明が、静かに目を細めた。


「……隔離」


ルーが頷く。


「オーディンから話を聞き、歴史改変を止める為に

、こちらでも調べた」


「そして分かった」


その黄金の瞳が、クー・フーリンを見る。


「お前の時間軸は――既に分岐している」


ジャンヌが、僅かに目を見開いた。


「分岐……?」


ルーが、静かに頷く。


「そうだ」


「言うなれば」


「一つだった時間軸が枝分かれした状態」


夜風が、静かに吹き抜ける。


「“同じ一人”でありながら」


「違う選択をした者が、二人存在しているようなものだ」


セレナが、小さく息を呑む。


クー・フーリン本人も、珍しく完全に黙っていた。


ルーは、静かに続ける。


「つまり――」


「本来の歴史を進む“クー・フーリン”は存在する」


「だが」


その視線が、今ここにいるクー・フーリンへ向く。


「お前は、そこから外れた別個体となった」


その瞬間――。


バルコニーの空気が、一気に重くなった。


その空気を破ったのは――晋作だった。


「……ちょっと待て」


腕を組みながら、鋭く目を細める。


「それって、俺と晴明も同じ原理か?」


全員の視線が向く。


晋作は続けた。


「俺たちは、前回の次元イーター戦で呼ばれた」


「本来なら、戦いが終われば元の時代へ戻るはずだった」


一拍。


「なのに気付けば、総司達と同じ“現代”に居た」


その横で。


晴明も、静かに頷く。


「えぇ」


夜風が、白衣を揺らす。


「さっきの話では」


「通常、召喚された者は“呼ばれた瞬間”へ戻るはず」


その目が、オーディンを見る。


「ですが、我々はそうではなかった」


静寂。


オーディンが、ゆっくり目を閉じる。


そして――。


「……其方らもか」


低い声。


片目が、静かに総司達を見る。


「今のルーの話を踏まえるなら」


「其方らにも、似たような事象が起きたのであろう」


セレナが、僅かに眉をひそめた。


「つまり?」


オーディンは、ゆっくり続ける。


「何らかの“力”」


「あるいは、“意思”が働いた」


夜風が吹き抜ける。


「現に」


「其方らが現代へ現れても、過去の改変は起こっておらぬ」


「歴史そのものは維持されている」


その声が、重くなる。


「だとすれば」


「本来の時間軸とは別に、“分岐”が形成された可能性は高い」


その瞬間――。


誰も言葉を発さなかった。


静かな沈黙。


自分達が、“本来の時間”から外れている。


その現実が、改めて突き付けられる。


やがて――。


千代女が、静かに口を開いた。


「……確かに」


穏やかな声。


「私と総司君は、また少し違うみたいね」


総司が、そちらを見る。


千代女は、夜景を見ながら続けた。


「総司君は、死にかけたところを松平さんに呼び出されて」


「治療されて、今に至る」


総司も、小さく頷いた。


肺を蝕む病。


死の間際。


あの時の記憶は、今でも鮮明だった。


千代女は、小さく肩をすくめる。


「でも私は、最後そのものが曖昧なのよ」


「行方不明――そんな扱いだったはず」


晴明が、静かに目を細めた。


「つまり」


「歴史上“消えても矛盾が少ない者”ほど、現代へ定着しやすい可能性もある……」


オーディンも、静かに頷く。


「あり得るな」


その時だった。


クー・フーリンが、苦笑混じりに頭を掻いた。


「……なんかよ」


「思った以上に面倒な話になってきたな」


誰も否定は出来なかった。


今、自分達は――。


“時間”そのものへ触れ始めていたのだから。


クー・フーリンが、夜空を見上げながら苦笑した。


「北欧の主神様に話があるって言われて付いて来てみりゃ……」


頭を掻く。


「まさか、こんな話になるとはな」


いつもの軽口。


だが、その声音には僅かな戸惑いも混じっていた。


クー・フーリンは、ふとルーへ視線を向ける。


「ティル・ナ・ノーグには――」


一拍。


「戦いはあるのか?」


その問いに。


ルーは、呆れたように鼻で笑った。


「ある訳が無かろう」


夜風が、黄金の髪を揺らす。


「永遠の精霊と神々の楽園だぞ」


「争いとは、最も遠い場所だ」


クー・フーリンは、静かに目を伏せた。


「……そうか」


その横顔を見ながら。


セレナは、少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。


やがて――。


ルーが、静かに続ける。


「無論、今すぐ決める必要は無い」


「だが期限はある」


その黄金の瞳が、クー・フーリンを見据えた。


「皆が、元の世界と時代へ帰るまでだ」


静かな声。


クー・フーリンは、数秒黙り込んだ後――。


「あぁ」


小さく笑った。


「それで十分だ」


その時。


茜が、おずおずと手を上げる。


「あ、あのぉ……」


全員の視線が向いた。


茜は、少し困ったように言う。


「晋作さんと晴明さんに関しては……」


「これまで通りで良いんですか?」


ルーが、静かに腕を組む。


「歴史改変が起きておらぬなら」


「ひとまず問題は無いだろう」


晴明が、静かに目を細めた。


「ですが」


「何の力が働いたのか――」


その視線が、オーディンとルーへ向く。


「お二方の力をもってしても、分からないのですか?」


オーディンが、静かに息を吐く。


「断定は出来ぬ」


「だが、予想はある」


片目が、ゆっくり細まった。


「日本は特殊じゃ」


「高天原」


「そして、天竺由来の仏の世界」


「双方が混在しておる」


夜風が吹き抜ける。


「故に」


「双方の力が干渉している可能性は高い」


晴明が、小さく頷いた。


「……なるほど」


「陰陽道もまた、双方の力を扱う」


「祝詞と真言」


「確かに、それはあり得るでしょう」


その時――。


オーディンが、さらに続けた。


「そして、もう一つ」


「可能性がある」


セレナが、すぐに反応する。


「……LINKの事?」


オーディンが、静かに頷いた。


「左様」


その声が、低く響く。


「いつしかヴァルハラにも噂が流れた」


「“繋がり”を力へ変える者達が現れ」


「世界の危機へ立ち向かう――とな」


美雪が、僅かに目を見開く。


「繋がり……」


ルーも、静かに口を開いた。


「ティル・ナ・ノーグでも」


「精霊達が囁いておった」


その黄金の瞳が、総司達を見る。


「“繋がりを力へ変える者達が現れた”――とな」


ジャンヌが、小さく息を呑む。


「私達が……そう?」


オーディンが、静かに頷く。


「恐らくはな」


夜空を見上げる。


「だが」


その片目が、鋭く総司達を見据えた。


「どのような力であれ」


「力に飲まれる事だけは避けよ」


静かな威圧感が、空気を震わせる。


ルーも、静かに続けた。


「其方達二人――」


晋作と晴明を見る。


「分岐したのも、その力故かもしれん」


「世界を救えとは言わぬ」


一拍。


「だが、その力は如何様にもなる」


夜風が、静かに吹き抜ける。


「何のために使うか」


「それを決めるのは――君達自身だ」


静かな夜風が吹き抜ける。


誰も、すぐには言葉を発さなかった。


LINK。


分岐。


神話世界。


そして――時間軸。


あまりにも壮大な話だった。


だが、その沈黙を破ったのは松平だった。


「……話は分かった」


低く落ち着いた声。


全員の視線が向く。


松平は、静かにクー・フーリンを見る。


「クー・フーリン」


「共に来るのであれば、こちらは歓迎する」


短い言葉。


だが――。


それは、正式な受け入れを意味していた。


クー・フーリンが、少し目を丸くする。


松平は続ける。


「それだけ伝えておく」


それ以上は語らない。


だが、それが逆に松平らしかった。


クー・フーリンは、数秒黙った後――。


ふっと笑った。


「……変な奴らだな、お前ら」


その横で。


セレナも、小さく笑う。


「今さらでしょ」


松平は、それ以上何も言わず。


そのまま踵を返した。


「戻るぞ」


祝宴会場の光が、再び近付いてくる。


その時だった――。


バルコニー側の扉が、勢いよく開かれる。


「いたか!!」


重い足音。


現れたのは――ガルディアスだった。


赤黒の礼装姿。


だが、その雰囲気は相変わらず戦場の騎士そのもの。


ガルディアスは、総司達を見るなり眉をひそめる。


「探したぞ」


腕を組む。


「そんなところで何をしている?」


その直後――。


少し呆れたように息を吐いた。


「せっかくの祝勝会だ」


会場側からは、賑やかな笑い声が聞こえてくる。


ガルディアスは、不器用そうに言った。


「お前達がいなければ、盛り上がらんだろうが」


その言葉に。


一瞬、全員が目を瞬かせる。


そして――。


晋作が、真っ先に吹き出した。


「ははっ!!」


「騎士団長様が寂しがってるぞ総司!」


「晋作……」


総司が、苦笑する。


その横で。


セレナが、ニヤニヤしながらガルディアスを見る。


「へぇ〜?」


「随分素直になったじゃない」


ガルディアスが、露骨に顔をしかめた。


「うるさい」


だが――。


その表情は、どこか柔らかかった。


総司も、小さく笑う。


「……じゃあ戻ろうか」


夜風が吹き抜ける。


神々の話は終わった。


だが――。


それぞれの胸の中には、まだ新たな運命の気配が残っていた。


総司達が、会場へ戻ろうと歩き始める。


祝宴の灯り。


賑やかな音楽。


温かな喧騒が、再び近付いてくる。


だが――。


その中で、一人だけ足を止めている者がいた。


鷹宮恒一だった。


じっと、王城上層部を見上げている。


千代女が、不思議そうに振り返る。


「恒一君?」


穏やかな声。


「どうしたの?」


恒一は、少しだけ目を細めたまま答えた。


「……先、戻っててください」


その言葉と同時。


シュッ――!!


恒一の姿が、一気に跳んだ。


軽やかな着地。


さらに。


壁面を蹴りながら、驚異的な速度で王城外壁を駆け上がっていく。


茜が、思わず目を丸くする。


「えぇっ!? はやっ!?」


晋作も、感心したように笑う。


「おぉ……忍びらしい動きだな」


その横で。


千代女だけは、静かに城上部を見つめていた。


そして――。


小さく呟く。


「……あの人のところ、かな」


夜風が吹き抜ける。


その頃――。


王城上部。


巨大な城壁の縁へ、恒一は静かに降り立っていた。


ピタリ、と動きを止める。


その視線の先。


月明かりの下。


一人の男が、城壁へ腰掛けていた。


風に揺れる忍装束。


鋭い眼光。


常人とは明らかに違う気配。


男が、静かに口を開く。


「……お前の動き」


低い声。


「忍びか」


恒一は、静かに一礼した。


「はい」


その目が、真っ直ぐ男を見る。


「伊賀系列」


一拍。


「あなたの直系の血筋です」


夜風が、強く吹き抜ける。


恒一は、静かに告げた。


「霧隠才蔵さん」


その瞬間――。


男の目が、僅かに見開かれた。


「……何?」


数秒。


沈黙。


そして次の瞬間――。


霧隠才蔵が、思わず立ち上がる。


「俺の子孫かぁ!?」


珍しく素っ頓狂な声が、夜空へ響いた。


恒一は、静かに頷いた。


「そうなります」


少し困ったように笑う。


「……というか、そう伝えられてます」


夜風が、二人の間を吹き抜ける。


霧隠才蔵は、しばらく無言のまま恒一を見つめていた。


やがて――。


「いや待て」


額を押さえる。


「俺、まだ子孫とか出来る年でも状況でもねぇぞ?」


「しかも未来から来たって事は、結構先だろこれ」


恒一も、小さく肩をすくめた。


「俺も同じ事思いました」


「なので、多分かなり後の世代なんだと思います」


才蔵が、盛大にため息を吐く。


「うわぁ……」


空を見上げる。


「未来の子孫と会うとか、忍び人生でも想定外すぎるだろ……」


だが――。


次の瞬間。


才蔵の目が、鋭く細まった。


「けど」


スッ、と立ち上がる。


「動きは確かに伊賀だな」


その瞬間。


才蔵の姿が消えた。


「っ――!」


恒一が、即座に反応する。


ギィンッ!!


月光の中、火花が散る。


才蔵のクナイ。


それを――。


恒一は、大型のサバイバルナイフで受け止めていた。


重厚な刃。


軍用寄りの実戦仕様。


忍びらしからぬ武器。


才蔵が、目を丸くする。


「……おぉ?」


恒一が、静かに押し返した。


「いきなり危ないですよ」


「忍びに油断は禁物だろ?」


二人が、一気に距離を取る。


城壁上。


月明かりの中で。


互いが互いの構えを見る。


才蔵は、明らかに楽しそうだった。


「面白ぇ」


その目が、恒一のナイフを見る。


「だが、随分デカい得物使うな」


恒一が、ナイフを軽く回す。


「一応は自衛隊員なので……」


軍用寄りの重厚な刃が、月光を反射する。


「現代戦向けです」


そして――。


恒一は、少し口元を緩めた。


「それに、あなたも刀を使うでしょ?」


才蔵が、僅かに眉を上げる。


「……見てたのか」


恒一が頷いた。


「戦場で」


「あの大きめの刀」


「かなり独特だったので印象に残ってます」


才蔵が、ニヤリと笑う。


「まぁな」


後ろ腰へ帯剣していた大太刀へ手を掛ける。


スラリ――。


月光を浴びた刃が、鋭く輝いた。


「忍びだからって、クナイだけとは限らねぇ」


その瞬間だった――。


「ちょっとぉぉぉ!!」


バンッ!!


勢いよく城壁側の扉が開かれる。


そこへ現れたのは――千代女だった。


両手には、グラスとワインボトル。


やや呆れた顔で二人を見ている。


「何やってんの!?」


「せっかく三人で飲もうと思って、酒持って来たのに!!」


その言葉に。


才蔵と恒一の動きが、ピタリと止まる。


数秒。


沈黙。


そして――。


才蔵が、ゆっくり千代女を見る。


その目が、鋭く細まった。


「……お前も忍びか?」


千代女が、軽く胸を張る。


「私は望月千代女」


穏やかな笑み。


だが、その立ち姿には確かな忍びの気配があった。


そして――。


さらりと言う。


「で、そこの恒一君の彼女よ」


その瞬間。


才蔵の表情が固まった。


「……は?」


目を見開く。


「望月って、あの甲賀の!?」


さらに。


恒一と千代女を交互に見る。


「てか彼女ぁ!?」


恒一が、少し気まずそうに視線を逸らした。


千代女は、どこか楽しそうに笑っている。


才蔵は、数秒沈黙した後――。


盛大に吹き出した。


「はははははッ!!」


大太刀を肩へ担ぐ。


「未来の忍び、自由すぎんだろ!!」


夜空へ、笑い声が響いた。


千代女は、ワインボトルを軽く掲げながら笑った。


「って事で――」


恒一の隣へ並ぶ。


「恒一君のご先祖様」


グラスを差し出す。


「お祝いの席だし、一緒に飲みましょ?」


才蔵が、グラスを見る。


そして――。


じとっとした目で千代女を見た。


「……ご先祖様って」


眉をひそめる。


「あんた、俺と同じ時代だよな?」


「まぁね?」


千代女は、悪びれもなく頷いた。


「でも時間飛び越えさせられて、今未来にいるし?」


肩をすくめる。


「そこは……ほら」


笑顔。


「暗黙の了解って事で!」


そして次の瞬間。


スゥ――……


空気が、僅かに冷えた。


千代女の笑顔はそのまま。


だが。


蛇のような威圧感が、才蔵へ向け放たれる。


「歳誤魔化してるんじゃ、とか言うんじゃないわよ?」


才蔵が、ピシッと固まった。


「……はい」


恒一が、思わず視線を逸らす。


その直後――。


才蔵が、ふと何かを思い出したように目を細めた。


「待てよ……」


「戦場で八岐大蛇出してたのって……」


千代女が、にこっと笑う。


「あぁ」


軽く頬を掻く。


「やってみたら出来ちゃった」


てへっ――という軽い感じで笑う。


数秒。


沈黙。


才蔵が、頭を抱えた。


「やってみたら出来ちゃったって……」


深いため息。


「ほんと面白い奴らだな、お前ら……」


だが。


その口元は、笑っていた。


やがて――。


才蔵は、差し出されたグラスを受け取る。


夜風が吹き抜ける。


静かな月夜。


異世界の王城。


未来の子孫。


同じ時代の忍び。


そして、未来へ生きる忍び達。


才蔵は、グラスを軽く掲げながら小さく笑った。


「……異世界でもなけりゃ」


一拍。


「こんな事、まず無ぇよな」


月明かりの下。


三人のグラスが、静かに打ち鳴らされた。


――祝勝会会場。


煌びやかな灯り。


鳴り響く音楽。


無数の笑い声。


会場内は、先程まで以上に大きな熱気へ包まれていた。


円卓の騎士達は、酒を片手に騎士談義で盛り上がり。


ランスロットと前田利家が腕比べの話を始めれば、ガウェインと羽柴秀吉が陽気に笑い合う。


織田信長ですら。


珍しく穏やかな表情で、アーサー王と杯を交わしていた。


さらにその近くでは――。


源義経と弁慶も、各国の英雄達と酒を酌み交わしている。


弁慶が、豪快に笑いながら巨大な杯を掲げた。


「はっはっは!! 異国の酒も悪くないですなぁ!!」


その横で。


義経は、少し苦笑しながら杯を口へ運ぶ。


「飲み過ぎるなよ、弁慶」


だが。


その表情は穏やかだった。


それぞれが理解している。


この宴が――。


もしかすると、“最後”になるかもしれないと。


だからこそ。


誰もが、国も時代も越えて親睦を深めていた。


その時――。


「総司ぃ!!」


賑やかな声と共に、永倉新八が大股で近付いてくる。


既にかなり酒が入っている。


「これから祭りの方に繰り出すんだが、一緒にどうだ!?」


その後ろでは。


藤堂や斎藤。


さらに土方も歩いてきていた。


永倉は、そのまま勢いよく続ける。


「土方さん!! あんたも行くぞ!!」


「美雪さんも!!」


「高杉も弓月さんもどうだ!?」


茜が、少し目を丸くする。


「え、街のお祭りですか?」


永倉が、豪快に笑った。


「おう!!」


「王都全体が大騒ぎらしいぞ!!」


その横で。


土方が、小さく息を吐きながら口元を緩めた。


「……せっかくだ」


総司達を見る。


「行こうか」


美雪が、そっと総司の袖を引いた。


「どうする?」


柔らかく微笑む。


「総司くん」


総司も、少し会場を見渡した。


笑い声。


酒。


異世界の英雄達。


その光景に、小さく笑う。


「……行ってみる?」


美雪の表情が、ぱっと明るくなる。


「うん!」


その直後――。


晋作が、ニヤリと笑った。


「行こうじゃねぇか」


そして。


隣にいた茜へ視線を向ける。


「ほれ、茜もな」


ウインク。


茜が、一瞬ぽかんとした後――。


「えっ!? ちょ、急に何そのノリ!?」


顔を赤くする。


晋作が、楽しそうに笑った。


「祭りってのは、騒いだもん勝ちだろ?」


その言葉に。


周囲から、小さな笑い声が広がる。


異世界の夜は――。


まだまだ終わりそうになかった。


50話 完

 

 

 

 

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