5話 二振りの槍とセレナの過去 後編
――日本。
伊勢の地。
静かな森の奥。
その一角にある、神社へと辿り着く。
砂利を踏む音が、やけに大きく響く。
「……ここだ」
ブレンダンが、小さく呟く。
その腕の中で。
セレナは、意識を失ったまま。
だが――
その手に握られた槍は、離れない。
「……急ぐわよ」
凪が、迷いなく歩き出す。
その足取りに、躊躇いはない。
まるで――
ここが自分の場所であるかのように。
奥へ。
迷うことなく進んでいく。
やがて。
人影が現れる。
神社の関係者と思われる者たち。
だが――
その視線が凪に向いた瞬間。
空気が変わる。
「……お帰りなさいませ」
一人が、深く頭を下げる。
それに続くように。
周囲の者たちも、静かに頭を垂れる。
「説明は後!神主は何処に!?」
凪が、短く告げる。
その声には。
一切の迷いがなかった。
「――はい、奥の本殿でございます」
即座に動き出す。
誰一人として、疑問を挟まない。
「……こっちよ、ブレンダン」
凪が振り返る。
その目は、すでに“伊勢の地の巫女”のものだった。
奥へと続く道。
そこから先は――
明らかに、空気が違っていた。
やがて。
一人の男が、静かに姿を現す。
年老いてはいる。
だが、その佇まいには揺るぎがない。
この場の“主”であることを。
言葉にせずとも、理解させる存在だった。
「……久しいな」
低く、重い声。
その視線が、凪へと向けられる。
「凪」
名を呼ぶ。
それだけで。
場の空気が、わずかに張り詰める。
「……ええ」
凪が、静かに応じる。
だが、その目は逸らさない。
「何の用だ」
宮司の声は、冷たい。
「お前は――この家を出たはずだ」
一歩、踏み出す。
その圧が、空気を押す。
「……分かってるわ」
凪が、静かに答える。
「でも」
一拍。
「今は、その話をしている時間はないの」
視線を、真っ直ぐに向ける。
「この子を見て」
ブレンダンの腕の中。
意識を失ったセレナ。
その手に握られた、黒い槍。
「……」
宮司の目が、わずかに細められる。
だが――
「断る」
短く、言い切る。
「ここは、お前の都合で戻っていい場所ではない」
その言葉は、重かった。
「……そう」
凪が、小さく息を吐く。
ほんの一瞬だけ。
目を閉じる。
そして――
再び、開く。
「……それでも」
一歩、前に出る。
「この子は、私の娘よ」
声が、少しだけ強くなる。
「そして――」
言葉を、区切る。
「あなたの、孫でもある」
――沈黙。
その一言が。
場の空気を、変えた。
宮司の視線が。
ゆっくりと、セレナへ向けられる。
黒い槍。
絡みつく“何か”。
「……」
わずかに。
息を吐く。
「……中へ運べ」
低く、しかし確かな声。
「すぐに準備をする」
一拍。
「――孫のセレナのためにな」
その一言は。
先ほどまでの冷たさとは、どこか違っていた。
そして――
ゆっくりと、続ける。
「……久々に娘が実家を頼ってきた」
静かな声。
だが、その奥には確かな情があった。
「それも、重大な内容…それが孫のことときた……」
視線が、セレナへと向く。
「親としては――」
わずかに息を吐く。
「子が頼ってくるというのは、嬉しいものだよ」
「母さんと一緒に、凪も準備しておいで」
少しだけ、声の調子が変わる。
宮司としての響きに戻る。
「あれだけの力……どうなるかは分からん」
一拍。
「だが、ちゃんと見届けることだ」
その言葉は、命令であり――
同時に、家族としての願いでもあった。
そして。
視線が、ブレンダンへと向く。
「……ブレンダンさん」
「あなたもだ」
静かに、だがはっきりと告げる。
「境内の隅に控え、最後まで見届けなさい」
「これは――」
わずかに間を置く。
「お前たち家族の問題でもある」
その言葉で。
場の意味が、はっきりと定まる。
周囲が、一斉に動き出す。
「……っ」
凪の肩が、わずかに震える。
こらえていたものが。
静かに、溢れ出す。
「……ありがとう……」
小さく、震える声。
一拍。
「……お父さん」
その言葉と共に。
一筋の涙が、頬を伝った。
境内の奥。
人の気配が遠のいた場所。
そこに――
御神体が祀られていた。
静寂。
風すら、遠慮しているかのような空間。
その前に。
セレナの身体が、静かに横たえられる。
その手には。
黒い槍――ゲイ・ボルグ。
未だ、離れない。
「……」
凪が、ゆっくりと歩み出る。
その姿は、すでに先ほどとは違っていた。
白を基調とした、儀式用の装束。
その隣に。
同じく装束を纏った、母の姿。
二人は、並ぶ。
静かに。
そして――
手に取る。
榊。
葉が、かすかに揺れる。
凪が、ゆっくりと口を開く。
「――高天原に神留まり坐す、掛けまくも畏き神々の御前にて」
その声は、澄み渡る。
空間そのものに、染み込むように。
母が、言葉を重ねる。
「此の地に満つる穢れを祓い、禍を退け――」
榊を、ゆっくりと振る。
空気が、震える。
見えない何かが。
確かに動く。
「異なる理より来たりし力を鎮め――」
凪の声が、続く。
その視線は。
セレナの手の槍へと向けられている。
「この身を侵すことなきよう、御力を以て鎮護し給え」
榊が、強く振られる。
その瞬間。
空気が、張り詰める。
「願い奉る――」
一拍。
「畏畏申す」
その言葉が。
静寂の中に、深く落ちた。
――その瞬間。
セレナの手にある槍が。
ドクン、と脈打った。
「――畏畏申す」
その言葉が、落ちた瞬間。
空気が――変わった。
静寂が、深く沈む。
次の瞬間。
御神体の鏡が、わずかに揺らぐ。
「……来る」
凪が、小さく呟く。
鏡の奥。
本来なら、映るはずのない場所。
その向こう側に――
“何か”がある。
淡く。
しかし確かに。
存在している。
「……来るわ」
母が、静かに目を細める。
言葉と同時に。
セレナの手にある槍が、反応する。
ドクン――ッ
強く、脈打つ。
「……っ!」
空気が、歪む。
見えない圧が、広がる。
まるで――
拒絶するかのように。
「……そう簡単にはいかない、か」
凪が、榊を握り直す。
その目は、逸らさない。
「当然ね」
母が、静かに答える。
「向こうも“意思”を持っている」
次の瞬間。
セレナの身体が、わずかに浮いた。
槍が、強く光る。
赤く。
禍々しく。
「――っ!」
空気が、裂ける。
鏡の奥。
そこにある“何か”の気配が。
それに応じるように、強くなる。
二つの力が。
ぶつかる。
交わる。
「……始まったわね」
凪が、静かに呟く。
これは――
ただの儀式ではない。
“神具同士の干渉”だった。
凪が、一歩前へ出る。
榊を、強く握る。
その声は――
先ほどとは違っていた。
「――高天原に神留まり坐す、掛けまくも畏き神々の御前にて」
響く。
空間そのものを震わせるように。
「此の地に満つる禍、穢れを祓い――」
母が、重ねる。
声と声が、重なり合う。
「異なる理より来たりし力を――」
凪の視線が、槍を射抜く。
「今ここに、断ち切り給え」
榊が、強く振られる。
空気が、裂ける。
「この身に宿りし異形の力を鎮め――」
母の声が、さらに深くなる。
「あるべき理へと還し給え」
鏡が、揺らぐ。
その奥。
“何か”の気配が、明確になる。
「御力を以て――」
凪が、言い切る。
「その繋がりを断ち、鎮護し給え」
一拍。
全てを込めて。
「願い奉る――」
空気が、止まる。
そして。
「畏畏申す」
一斉に笛と太鼓の音が鳴り響く
――その瞬間。
鏡の奥から。
光が、溢れた。
――その瞬間。
音が、消えた。
風も。
呼吸も。
笛と太鼓の音以外、止まる。
「……」
誰も、動けない。
御神体の鏡。
その奥が――
“開いた”。
それは、空間ではなかった。
奥行きも。
広がりも。
存在しているのに、理解できない。
ただ一つ、確かなのは――
“そこに、何かがいる”という事実。
「……っ」
ブレンダンが、息を呑む。
だが、声は出ない。
出せない。
それは――
人が、見ていいものではなかった。
ゆっくりと。
“それ”が、こちらを認識する。
空気が、澄み切って沈む。
重く。
深く。
押し潰すように。
セレナの手にある槍が、激しく脈打つ。
ドクン――ッ!!
拒絶するように。
抗うように。
だが――
遅い。
「……」
凪が、一歩も引かずに立つ。
その視線は、逸らさない。
「来るのよ、我が手に…」
静かに、告げる。
その言葉は。
命令ではない。
“受け入れる覚悟”だった。
次の瞬間。
鏡の奥から――
“それ”が、降りてくる。
光ではない。
形でもない。
だが確かに。
“力”そのものが、顕現する。
空間が、軋む。
現実が、歪む。
それでも。
ゆっくりと。
形を、持ち始める。
一本の――
槍。
だが、それは。
ただの武器ではない。
世界の境界を、定めるもの。
理を、断つもの。
「……天の……」
母が、震える声で呟く。
「逆鉾……」
完全に、顕現する。
その瞬間。
空気が、正される。
歪みが、整えられる。
“あるべき形”へと。
そして――
向けられる。
セレナへと。
「――来るわよ、セレナ!」
凪の声が、落ちる。
次の瞬間。
二つの“理”が――
――ぶつかった。
その瞬間。
音が、戻る。
「――ッ!!」
セレナの身体が、大きく跳ねる。
手に握られた槍が、激しく光る。
赤く。
荒々しく。
拒絶するように。
「……っ、強い……!」
凪が、歯を食いしばる。
押し返される。
神の力でさえ。
簡単には、抑え込めない。
その時――
再度笛の音が、鋭く響いた。
続いて。
太鼓が、打ち鳴らされる。
ドン――ッ!!
ドン――ッ!!
一定の律。
揺るがぬ拍。
まるで。
暴れる力を、縛るように。
「――合わせて!」
凪が、叫ぶ。
榊を、強く振る。
母もまた、同時に動く。
「祓い給え!」
「鎮め給え!」
声と。
音と。
神威が――
重なる。
「……まだ……!」
凪の額に、汗が滲む。
視線は、逸らさない。
「なら――」
一歩、踏み込む。
その目が、強くなる。
「断つしかないわね」
鏡の奥。
天の逆鉾が――
応じるように、光を強めた。
だが。
それでも。
槍は、止まらない。
「……まだ……!」
凪の額に、汗が滲む。
視線は、逸らさない。
その時――
「……未熟だな」
低く、重い声が落ちる。
空気が、変わる。
「……っ」
凪が、わずかに目を見開く。
その声の主を。
知っている。
「神を相手にするなら――」
一歩、踏み出す。
宮司が、前へ出る。
その手に。
榊。
「一人で背負うな」
その言葉は。
叱責であり――
導きでもあった。
その隣に。
凪の母も、静かに並ぶ。
三人。
一直線に。
セレナを囲むように立つ。
少し離れた場所で。
ブレンダンは、ただ見つめていた。
拳を、強く握りしめる。
何もできない。
それでも――
願わずにはいられない。
(……頼む)
言葉にはならない祈りが。
胸の奥で、燃える。
「……行くぞ」
宮司が、静かに告げる。
次の瞬間。
声が、重なる。
「――高天原に神留まり坐す」
低く、深い声。
場を支配する響き。
凪と母が、続く。
「掛けまくも畏き神々の御前にて――」
凪の母が、さらに重ねる。
三つの声が。
一つになる。
「この身に宿りし禍を祓い――」
榊が、一斉に振られる。
「あるべき理へと、鎮め給え」
笛が、鳴る。
太鼓が、打つ。
声と。
音と。
祈りが――
重なる。
「御力を以て――」
宮司の声が、響く。
「断ち、鎮め、護り給え」
その言葉に。
全ての想いが、込められる。
「願い奉る――」
一拍。
三人、同時に。
「畏畏申す」
――その瞬間。
ブレンダンの願いもまた。
静かに、重なった。
――その瞬間。
弾けた。
空気が。
光が。
音が――
すべてが、一気に解き放たれる。
「――っ!!」
セレナの身体が、大きく反り返る。
次の瞬間。
カラン、と。
乾いた音が、地に落ちた。
黒い槍――ゲイ・ボルグ。
その手から、離れる。
「……っ、離れた……!」
凪が、息を呑む。
だが――
消えない。
そこに、在り続けている。
静かに。
ただ、沈黙している。
まるで――
“主を得た”かのように。
「……違う」
宮司が、低く呟く。
その目は、セレナを見ている。
「力が残ったのではない」
一拍。
「認められたのだ」
静かに、言い切る。
「その槍に――」
わずかに、目を細める。
「“使い手”としてな」
「……使い手……」
凪が、小さく繰り返す。
その胸元。
淡く、黒い光が脈打っている。
それは、侵食ではない。
拒絶でもない。
ただ――
確かな繋がり。
その時。
鏡の奥。
天の逆鉾が、静かに応じる。
白い光が、揺れる。
そして。
ゆっくりと。
“形”を持つ。
一本の槍として。
現れる。
荒ぶることはない。
ただ、そこに在る。
“正すための力”として。
やがて。
静かに。
地へと降り立つ。
セレナの――
左側に。
一方で。
黒き槍。
ゲイ・ボルグは。
変わらず、そこに在る。
セレナの――
右側に。
二つの槍。
対を成すように。
静かに並ぶ。
黒と白。
異質と秩序。
相反するはずの力が――
一人の少女を中心に、存在している。
「……天の逆鉾とは」
宮司が、ゆっくりと口を開く。
その声は、静かで――重い。
「はるか昔」
「この国が、まだ形を持たぬ頃」
「イザナギ、イザナミの二柱の神が――」
視線は、御神体へ。
「天よりこの地を見下ろし」
「その鉾をもって、混沌をかき混ぜた」
静寂の中。
その情景が、浮かぶように。
「滴り落ちたものが、形を成し――」
一拍。
「この国は、生まれた」
わずかに、目を細める。
「すなわち」
静かに、言い切る。
「天の逆鉾とは――」
「“無から有を定めるもの”」
空気が、張り詰める。
「境を引き」
「理を定め」
「あるべき世界を、創り上げる力だ」
そして。
視線が、右へ。
黒き槍へと向く。
「対して――」
声音が、わずかに変わる。
「その槍は」
「既に定まった理を――」
一拍。
「覆し、貫き、結果を強制する」
低く、言い切る。
「逃れ得ぬ一撃」
「因果を固定する槍」
その言葉が、重く響く。
「創るものと」
「決めるもの」
わずかに、息を吐く。
「本来、交わることのない二つの理だ」
だが――
視線は、セレナへ。
その中心へ。
「それを同時に従える」
静かに。
だが、確信を持って。
「この子は――」
一拍。
「特異だな」
空気が、深く沈む。
その中心で。
セレナは――
静かに眠っていた。
左右に。
二つの槍を従えて。
静寂。
張り詰めていた空気が。
ゆっくりと、ほどけていく。
「……」
凪が、そっと膝をつく。
セレナの傍へ。
震える手で。
その頬に触れる。
「……セレナ」
呼びかける声は。
どこまでも優しかった。
「……」
返事は、ない。
だが――
わずかに。
指先が、動く。
「……っ!」
凪の目が、見開かれる。
「お父さん……!」
思わず、声が漏れる。
次の瞬間。
セレナの瞼が――
ゆっくりと、開く。
ぼんやりとした視線。
焦点が、定まらない。
「……あ……」
小さな声。
かすれた、弱い音。
「……ここ……どこ……?」
その一言で。
凪の中で張り詰めていたものが。
一気に崩れた。
「……っ……!」
言葉にならない。
ただ、強く――
抱きしめる。
「よかった……」
震える声。
涙が、溢れる。
「本当に……よかった……!」
「……セレナ」
低く、優しい声。
ブレンダンが、ゆっくりと近づく。
その大きな手が。
そっと、セレナの頭に触れる。
「よく、戻ってきたな」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
「……お父さん……?」
セレナが、小さく呟く。
その声に。
ブレンダンは、静かに目を細めた。
「……無事で、何よりだ」
その言葉には。
すべてが込められていた。
「……セレナ」
今度は、別の声。
凪の母が、静かに歩み寄る。
その表情は、どこまでも穏やかだった。
「もう、大丈夫よ」
そっと。
手を重ねる。
包み込むように。
「よく頑張ったわね」
その言葉に。
セレナは、わずかに目を潤ませる。
そして――
「……うん……」
小さく、頷いた。
「……」
宮司は、少し離れた場所で見ていた。
そして。
ゆっくりと、口を開く。
「……目が覚めたか」
ぶっきらぼうな声。
だが――
その奥は、どこか柔らかい。
「……じいじ?」
セレナが、首を傾げる。
その呼び方に。
わずかに、間が空く。
「……ああ」
短く、応じる。
「無事で、何よりだ」
それだけだった。
だが――
その一言で。
十分だった。
やがて。
時間は、ゆっくりと動き出す。
――それが。
すべての始まりだった。
……。
――現在。
「……ってことがあったのよ」
セレナが、静かに語り終える。
グラスの中で、氷が軽く音を立てる。
しばしの沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
「……」
最初に口を開いたのは――
総司だった。
「……すごい話だね」
穏やかな声。
だが、その瞳は真剣だった。
「ただの“強い力”じゃないってことは、よく分かったよ」
少しだけ、微笑む。
「……大変だったね」
その言葉は、軽くない。
ちゃんと受け止めた上でのものだった。
「……ふふ」
セレナが、小さく笑う。
「でしょ?」
軽く返すが。
どこか、救われたような表情だった。
「……でも」
ふわりとした声が、重なる。
美雪だった。
「セレナが、ここにいるってことは」
少しだけ、優しく微笑む。
「ちゃんと乗り越えたってことだよね」
一歩、距離を縮めるように。
「だから――」
まっすぐに。
「すごいと思う」
その言葉は、柔らかい。
だが――
しっかりと届く。
「……ありがと」
セレナが、少し照れたように笑う。
「いや……」
今度は、晋作が頭をかく。
「スケールがデカすぎて、ちょっと現実感ねぇな」
苦笑混じり。
だが――
「けどよ」
少しだけ、真面目な声になる。
「お前が無事でよかったってのは、本音だ」
飾らない言葉。
それが、一番伝わる。
「……ありがと」
セレナが、もう一度、素直に返す。
「……」
茜が、静かに口を開く。
「やっぱり……繋がっていたんですね」
その視線は、セレナへ。
「天の逆鉾と……ゲイ・ボルグ」
ゆっくりと、言葉にする。
「相反する力を、同時に持っているなんて……」
少しだけ、息を呑む。
「……すごいです」
その言葉は、純粋な尊敬だった。
「まぁな♪」
セレナが、少し得意げに笑う。
だが――
「でも」
少しだけ、表情が変わる。
「まだ、全部は使いこなせてないけどね」
その一言に。
空気が、少しだけ引き締まる。
「……なら」
晴明が、静かに口を開く。
その声音は、落ち着いている。
「これから、ということですね」
一拍。
セレナを、まっすぐに見据える。
「力とは、扱う者次第で形を変えるものです」
穏やかに。
だが、芯のある声で。
「そして――」
わずかに、間を置く。
「セレナは、すでに選ばれている」
その言葉は、重い。
だが。
優しくもあった。
「ならば」
一歩、わずかに近づく。
「その力の意味も、使い方も」
静かに。
はっきりと。
「共に見極めていきましょう」
その言葉は――
提案ではない。
「セレナの隣に立つ者として」
断言だった。
「……ふふ」
セレナが、小さく笑う。
「頼もしいじゃない」
少しだけ、肩の力が抜けたように。
「じゃあ――任せたわよ、晴明」
その言葉に。
「……ええ」
晴明が、静かに頷く。
短い返答。
だが、それで十分だった。
二人の間に。
確かな信頼があった。
「ははっ」
晋作が、楽しそうに笑う。
「なんかもう、出来上がってんな」
肩を回しながら。
「まぁいい」
少しだけ、顔を上げる。
「面白くなってきたじゃねぇか」
その一言で。
空気が、変わる。
「……」
総司は、静かにその様子を見ていた。
そして――
小さく、笑う。
「うん」
柔らかく。
穏やかに。
「面白くなってきたね」
その言葉は。
どこか楽しげで――
どこか、鋭かった。
「これで」
茜が、静かに言う。
「本当の意味で、揃いましたね」
その時だった。
「……ってことはよ」
晋作が、ふと口を開く。
軽い調子。
だが、その目は笑っていない。
「そのゲイ・ボルグを」
一拍。
視線が、セレナへ向く。
「夜の西洋貴族が狙ってるってことは――」
空気が、わずかに変わる。
「ただの武器目当てじゃねぇよな?」
その一言で。
場が、静まる。
「……ええ」
セレナが、静かに頷く。
その表情は、先ほどまでとは違う。
戦う側の顔。
「分かってると思うけど」
グラスを置く。
小さく音が鳴る。
「狙いは――私よ」
その言葉は。
重く、はっきりと落ちた。
「……なるほど」
晴明が、静かに目を細める。
「器としての適合者」
淡々と。
だが、鋭く。
「あるいは――」
一拍。
「その力ごと、奪うつもりでしょうね」
「はっ」
晋作が、鼻で笑う。
「随分と分かりやすいじゃねぇか」
肩を回す。
「要するに――」
ニヤリと笑う。
「喧嘩売ってきてるってことだろ?」
その言葉に。
「……そうだね」
総司が、静かに頷く。
その笑みは、柔らかい。
だが――
目は、鋭い。
「だったら」
一歩、踏み出すように。
「受けて立つしかないかな」
その一言で。
空気が、完全に変わる。
「……ええ」
セレナが、笑う。
強く。
迷いなく。
「望むところよ」
その瞬間。
その瞬間。
六人の意志が――
完全に、重なった。
5話 完
次回更新は早くて3日以内遅くて7日以内にできればと考えてます。
お付き合いのほどよろしくお願いいたします




