4話 二振りの槍とセレナの過去 前編
ガチャッ――
扉が開く。
「……どうぞ」
美雪が、少しだけ遠慮がちに言う。
先に中へ入る。
その背中を見て。
総司は一瞬だけ、扉の前で足を止める。
「……お邪魔します」
静かに、そう言ってから。
中へと入った。
部屋の中は、静かだった。
整えられた空間。
余計なものは多くないが、どこか柔らかい。
「……普通でしょ?」
振り返りながら、美雪が言う。
少しだけ照れたように。
「そんなことないよ」
総司が、ゆるく首を振る。
少しだけ視線を巡らせて。
「やっぱり、女の子の部屋って感じがする」
「……え?」
美雪が、少しだけ驚いたように見る。
「そうかな」
少し照れたように笑う。
「うん」
総司が、やわらかく頷く。
その一言に。
美雪の表情が、少しだけ緩む。
「……よかった」
ぽつりと呟く。
袋をテーブルの上に置く。
「……あ、そっか」
小さく呟く。
「お酒、このままだとぬるくなっちゃうね」
袋を持ち上げる。
「先に冷蔵庫入れてくる」
キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開ける音。
缶を入れる、軽い音。
そのあと。
湯呑みを二つ取り出し。
お湯を注ぐ。
「はい」
一つ差し出す。
「ありがとう」
総司が受け取る。
二人、向かい合うように座る。
まだ少しだけ距離はある。
静かな時間。
湯気が、ゆっくりと揺れる。
「こういう時間も、いいね」
総司が、ぽつりと呟く。
「……うん」
美雪が、小さく頷く。
少しだけ、間。
「……ね」
美雪が、静かに口を開く。
「総司くんってさ」
少しだけ迷うようにして。
「こういうの、嫌じゃない?」
「こういうの?」
「その……」
言葉を探す。
「誰かと、こうやって過ごすの」
一瞬、視線が合う。
すぐに逸らす。
「嫌じゃないよ」
総司が、やわらかく返す。
「むしろ……」
少しだけ間を置いて。
「落ち着く」
「……そっか」
美雪が、少しだけ笑う。
そのまま、湯呑みに視線を落とす。
「……なんかさ」
ぽつりと、呟く。
「ちょっと安心した」
「どうして?」
総司が、ゆるく聞き返す。
「なんとなく」
少しだけ笑う。
「総司くんって、そういうの苦手そうだったから」
「……そう見える?」
「うん、ちょっとだけ」
「まあ……」
少しだけ考えて。
「得意ではないかも」
「やっぱり」
くすっと笑う。
でも、その表情はどこか柔らかい。
「でも」
総司が、静かに続ける。
「美雪ちゃんとなら、問題ないかな」
「……っ」
一瞬、言葉が止まる。
それから。
「……それ、ずるい」
小さく笑う。
でも、少しだけ顔が熱い。
「そう?」
「うん」
湯呑みを口に運ぶ。
静かな時間が、また流れる。
総司が、ふと視線を上げる。
少しだけ、言葉を選ぶように。
「……また」
一拍。
「来てもいいかな」
「……え?」
美雪が、少しだけ目を見開く。
そのまま、少しだけ視線を逸らして。
「……うん」
小さく、頷く。
「いいよ」
少しだけ、照れたように笑う。
「……そっか」
総司が、やわらかく頷く。
少しだけ、間。
「……じゃあさ」
美雪が、少しだけ視線を逸らす。
「今度は私が行ってもいい?」
「……」
一瞬、静かになる。
それから。
「うん」
総司が、ゆるく頷く。
「もちろん」
「……ほんと?」
少しだけ顔を上げる。
「うん」
短く返す。
「いつでもいいよ」
「……そっか」
小さく笑う。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
ほんの少しだけ。
二人の距離が、近づいていた。
――ピンポーン。
静かな空気を切り裂くように。
インターホンが鳴った。
「……っ」
美雪が、わずかに肩を揺らす。
「……来たね」
立ち上がる。
「うん」
総司も、ゆっくりと立ち上がる。
玄関へ向かう足音。
ガチャッ――
「遅くなったー!」
扉が開いた瞬間。
明るい声が、一気に流れ込んでくる。
予定していた時間よりも、およそ二十分ほど遅れていた。
「ちょっとさ、エレベーターなかなか来なくて」
セレナが、軽く肩をすくめる。
「あと、途中でちょっと寄り道もしちゃってね」
「“ちょっと”な」
晋作が、軽く笑う。
その横で。
「お邪魔します」
晴明が、静かに頭を下げる。
「お、お邪魔します……」
茜も、少し遠慮がちに続く。
――少し前。
マンションのエレベーター前。
「……あら」
先に来ていたセレナが、ふと振り返る。
「奇遇ね」
「お前もかよ」
晋作が、袋をぶら下げながら近づく。
「買い出し?」
「そっちもでしょ」
軽く視線を交わす。
その後ろで。
「……なるほど」
晴明が、小さく呟く。
「この時間帯に揃うということは……」
一拍。
「少し、間を置いた方が良さそうですね」
「お、察しがいいな」
晋作が、にやっと笑う。
「じゃあ、少し時間潰すか」
エレベーターのボタンを押しながら言う。
「……どうする?」
セレナが、わずかに笑う。
ほんの一瞬。
意味を含んだ間。
「まあ」
肩をすくめる。
「少しくらい、いいんじゃない?」
「……だな」
晋作も、小さく笑う。
「せっかくの時間、邪魔するのも野暮か」
「でしょ?」
「え、えっと……?」
茜が、きょとんとしたまま周りを見る。
「どういうことですか……?」
小さく首を傾げる。
「……気にしなくていいですよ」
晴明が、やわらかく言う。
「大人の配慮、というやつです」
「は、はい……?」
まだよく分かっていない様子の茜。
その反応に。
セレナが、くすっと小さく笑う。
「そのままでいいのよ」
軽く肩を叩く。
「え、えぇ……?」
戸惑ったままの茜。
そのまま。
エレベーターの扉が閉まる。
――現在。
「……」
美雪が、一瞬だけ言葉を止める。
「……そ、そうなんだ」
少しだけ視線を逸らす。
「……まあ」
総司が、小さく呟く。
それ以上は、何も言わない。
「いいじゃない」
セレナが、にやっと笑う。
「たまにはそういうのも」
その一言で。
さっきまでの空気の意味が、少しだけ形になる。
「さ、入っていい?」
「……うん、入って…」
美雪が、小さくでも明るく頷く。
一気に、賑やかな空気が流れ込んできた。
みんなで座卓を囲んだところで
「よし、とりあえず――」
セレナが缶を持ち上げる。
「じゃあ――仕切り直しの」
少しだけ口元を緩める。
「乾杯」
缶が軽くぶつかる音。
プシュッ、と開く音が重なる。
一気に、場の空気が緩む。
「はぁー……やっと一息つけるわね」
セレナが、ソファに軽く体を預ける。
「さっきはさすがにちょっと荒れたな」
晋作が、苦笑する。
「四体程度でしたら、特に問題はありませんでしたね」
晴明が、静かに言う。
「でも、みんな無事でよかったです」
茜が、小さく頷く。
「そうだね」
総司が、やわらかく返す。
「連携も悪くなかったと思う」
「でしょ?」
セレナが、少し得意げに笑う。
そのまま、少しだけ間。
「……あれ?」
ふと、晋作が茜の方を見る。
「そういやお前、酒飲める歳だっけ?」
「え?」
一瞬きょとんとしたあと。
「飲めますよ!」
少しだけむきになる。
「私だって二十一ですし!」
「お、ちゃんと大人じゃねぇか」
晋作が、軽く笑う。
「なんか意外ね」
セレナが、くすっと笑う。
「え、なんでですか!?」
少しだけ頬を膨らませる。
「いや、なんとなく」
「……でも」
美雪が、やわらかく口を挟む。
「確かに、ちょっと可愛く見えるかも」
「美雪さんまで!?」
「悪い意味じゃないよ」
少しだけ笑う。
「うん」
総司が、穏やかに続ける。
「落ち着いてるけど、どこか素直な感じがするからかな」
「……」
少しだけ言葉に詰まる茜。
「ふふ」
晴明が、静かに微笑む。
「年相応、というのは良いことですよ」
「むしろ、そのままでいるのが一番です」
「……は、はい」
少し照れたように頷く。
そのやり取りに、軽い笑いが広がる。
緩んだ空気。
でも――
「……で」
セレナが、ふと声のトーンを落とす。
場の空気が、わずかに変わる。
「本題なんだけど」
その一言で。
全員の意識が、自然とそちらへ向く。
「……そろそろ」
缶を軽く揺らしながら。
少しだけ視線を落とす。
「話しておいた方がいいと思うのよね」
一拍。
「先ずはゲイ・ボルグのこと」
空気が、静かに張り詰める。
「それと――」
ゆっくりと顔を上げる。
「それに付随する、私の過去のことも」
その言葉は。
軽くはなかった。
「ゲイ・ボルグっていうのはね」
セレナが、軽く缶を揺らしながら言う。
「ケルト――アルスター神話に出てくる槍」
「クー・フーリン、でしたか」
晴明が、静かに口を挟む。
「そう」
セレナが頷く。
「その英雄が使ってたものよ」
「英雄の槍、ってことか」
晋作が、軽く言う。
「まあね」
肩をすくめる。
「普段使う分には、ちょっと厄介な槍ってくらい」
「“ちょっと”で済むのか、それ」
晋作が苦笑する。
「でも――」
セレナの声が、わずかに落ちる。
「投げた瞬間、話が変わる」
空気が、静かに張り詰める。
「一度放たれたら、絶対に外れない」
「……避けることも、できないのかな」
総司が、静かに口を開く。
「そう」
セレナが、ゆっくりと頷く。
「心臓を、必ず貫く」
一瞬の沈黙。
「……じゃあ」
総司が、わずかに視線を上げる。
「どうやって防ぐのかな、それは」
「……基本的には、防げないわ」
セレナが、あっさりと言う。
「当たることが決まってるものを、どうこうするっていうのは」
少しだけ肩をすくめる。
「普通は無理」
「“普通は”ということは」
晴明が、静かに口を挟む。
「例外が存在する可能性はある、と」
「……ええ」
セレナが、わずかに視線を落とす。
「例えば――」
一拍。
「それ以上の因果で上書きするか」
「あるいは」
缶を軽く揺らす。
「そもそも“投げさせない”か」
「……なるほど」
晴明が、小さく頷く。
「発動前に潰すか、理そのものに干渉するか」
「どっちにしても、まともじゃないな」
晋作が、苦笑する。
「でしょ?」
セレナが、わずかに笑う。
「だから言ってるのよ」
「普通の武器じゃないって」
一拍。
「それだけじゃないわ」
セレナが、続ける。
「投げた瞬間、数十本に分かれて襲う」
一拍。
「三十本近くに、ね」
「は?」
晋作が、眉をひそめる。
「一本じゃなくなるのかよ」
「え、そんなの……」
茜が、言葉を失う。
「……ただし」
セレナが、少しだけ視線を落とす。
「必ずそうなるわけじゃない」
一拍。
「使い手次第ってところね」
「……制御が必要、ということですか」
晴明が、静かに言う。
「ええ」
セレナが、小さく頷く。
「ただ投げればいいってものじゃないの」
少しだけ笑う。
「だから厄介なのよ」
「扱えるやつが持つと、ってことか」
晋作が、息を吐く。
「そういうこと」
セレナが、軽く缶を揺らす。
「単体だけでなく、戦域そのものを制圧できる」
晴明が、静かに続ける。
一拍。
「戦局をひっくり返す、というのは――そういう意味ですか」
「……ええ」
セレナが、小さく笑う。
「理解が早くて助かるわ」
少しだけ、間。
「……まあ」
セレナが、軽く視線を上げる。
「こういうのは、別にこれだけじゃないけどね」
「……どういうことですか?」
茜が、少し身を乗り出す。
「アルスター神話だけでも」
セレナが、指折り数えるように言う。
「ブリューナク、ゲイ・ジャルグ、ゲイ・ボウ、カラドボルグ、フラガラッハ……」
「まだあるのかよ……」
晋作が、呆れたように呟く。
「北欧神話なら」
セレナが続ける。
「トールの槌や、グングニル」
「……他にも」
少しだけ間を置く。
「キリスト教圏なら、ロンギヌスの槍とかね」
「それらも……同じように?」
美雪が、静かに問う。
「さあね」
セレナが、肩をすくめる。
「でも」
少しだけ視線を細める。
「存在してても、おかしくはないでしょ?」
「……」
一瞬の沈黙。
「現に」
晴明が、静かに口を開く。
「天の逆鉾や梓弓が実在している以上」
一拍。
「他の神話体系の武具が現出しても、不思議ではありません」
「ってことは……」
茜が、小さく呟く。
「まだまだある、ってことですか……?」
「……そういうこと」
セレナが、静かに答える。
「……」
一瞬の沈黙。
「……日本にも」
晴明が、静かに口を開く。
「それに類するものが存在する、という話はあります」
「ええ」
ゆるく頷く。
「例えば――須佐之男命が手にしたと言う剣」
一拍。
「天叢雲剣」
「……須佐之男命が八岐大蛇から取り出した剣、だったかな」
総司が、静かに口を開く。
「草薙剣――天叢雲剣」
少しだけ、記憶を辿るように。
「ええ、その通りです」
晴明が、ゆるく頷く。
「他にも、八咫鏡や八尺瓊勾玉といった神具が伝わっています」
「いわゆる“三種の神器”ってやつだな」
晋作が、軽く息を吐きながら言う。
「帝の家で保管しているとかそう言う話だった気がするが…」
晴明が、頷きながら静かに続ける。
「ええ、その天皇家が保管してるのも本物かどうかって話です」
「現に、天の逆鉾や梓弓が存在している以上」
一拍。
「三種の神器を含め他の神話体系の武具が現出しても、不思議ではありません」
「ってことは……」
茜が、小さく呟く。
「まだまだある、ってことですか……?」
「……そういうこと」
セレナが、静かに答える。
その言葉は。
軽くはなかった。
少しの沈黙。
誰も、すぐには口を開かない。
「……」
総司が、静かにセレナを見る。
一拍。
「……じゃあ」
やわらかい声。
でも、その問いは真っ直ぐだった。
「どうして、セレナがそのゲイ・ボルグを持っているのかな」
部屋の空気が、わずかに変わる。
軽さが消える。
視線が、自然とセレナに集まる。
「……」
セレナは、少しだけ目を伏せる。
缶を、軽く揺らす。
中の音が、小さく響く。
「……そうね」
小さく、息を吐く。
「そこが、一番大事な話かもね」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は。
さっきまでとは、少し違っていた。
セレナが、小さく息を吐き缶をくるりと回す。
「それを語るには、ここから話すかな?」
一拍。
「実は私」
少しだけ、肩をすくめる。
「父親がアイルランド出身でね」
軽い口調のまま、続ける。
「遺跡調査を生業にしてた人」
「……」
誰も口を挟まない。
「で、母親は日本人」
少しだけ視線を上げる。
「伊勢神宮に関わる巫女だったの」
空気が、わずかに変わる。
でも――
「だから私」
セレナが、あっさりと言う。
「アイルランド人と日本人のハーフなのよ」
その言い方は、どこか軽かった。
「……」
一瞬の沈黙。
「……伊勢の地の巫女の家系……」
茜が、小さく呟く。
何かを思い出すように。
「それって……」
少しだけ顔を上げる。
「天の逆鉾と、関係あるんじゃ……」
「……」
空気が、わずかに変わる。
「……よく分かったわね」
セレナが、少しだけ目を細める。
「え……」
茜が、少し驚いたように目を見開く。
「やっぱり……」
一瞬、迷うようにしてから。
「一応私も」
小さく息を整える。
「梓弓を受け継ぐ、巫女の家系ですから……」
「……なるほど」
晴明が、静かに頷く。
「だから気づけた、ということですか」
「は、はい……」
少しだけ照れたように頷く。
「ええ」
セレナが、静かに続ける。
「無関係じゃないわ」
缶を、ゆっくりとテーブルに置く。
「むしろ――」
一拍。
「かなり深く、繋がってる」
「……なるほど」
晴明が、静かに呟く。
「日本神話側との接点は、そこにありましたか」
「……」
総司は、何も言わず。
ただ静かに、その話を受け止めていた。
「――父の仕事の都合でね」
セレナが、静かに言う。
「昔から、いろんな遺跡に連れて行かれてたの」
少しだけ視線を落とす。
「……その中で」
一拍。
「アイルランドの、とある遺跡に行った時のこと」
缶を、ゆっくりと置く。
「――あれが、全ての始まり」
その言葉を最後に。
視線が、遠くへ向けられる。
――冷たい風が、吹いていた。
空は重く、曇っている。
湿った土の匂い。
崩れかけた石造りの遺跡が、静かに佇んでいた。
まだ幼い足取りで、石の上を進む。
少しだけ、不安定な足場。
「セレナ、あまり奥に行くな」
父の声が、後ろから聞こえる。
「はーい」
軽く返事をする。
でも、足は止まらない。
気になる。
どうしてか分からないけど。
奥に、何かある気がした。
「……」
足が、止まる。
崩れた石の隙間。
子どもが一人、ようやく通れるくらいの大きさ。
その奥に――
“それ”はあった。
黒く、鈍い光を放つ槍。
ただそこにあるだけなのに。
目が、離せない。
「……きれい」
思わず、そう呟く。
ゆっくりと、手を伸ばす。
なぜか分からない。
でも、目が離せなかった。
触れてみたいと――
ただ、そう思った。
指先が、触れた。
――その瞬間。
ドクン、と。
心臓が、強く脈打った。
「……っ」
息が、詰まる。
何かが――流れ込んでくる。
熱い。
焼けるような感覚が、腕から胸へと駆け上がる。
「……なに……これ……」
視界が、揺れる。
景色が、歪む。
遺跡のはずの景色が。
一瞬、別のものにすり替わる。
――赤い空。
――血の匂い。
――無数の叫び声。
知らないはずの光景。
なのに――
「……知ってる……?」
口から、思わず言葉が漏れる。
足が、震える。
頭の中に。
誰かの記憶が、流れ込んでくる。
槍を構える感覚。
敵を貫く手応え。
命を奪う、確かな感触。
「――――」
言葉にならない。
ただ、分かる。
これは、自分のものじゃない。
それでも――
消えない。
胸の奥で、何かが脈打つ。
まるで。
“それ”が、生きているみたいに。
「……っ」
膝が、崩れる。
視界が、一気に暗くなる。
意識が、遠のいていく。
最後に見えたのは――
黒く光る、その槍だった。
「セレナ……?どこだ!」
父親の声が遺跡の奥へ響く
「――セレナ!!」
倒れてるセレナを見つけた瞬間だった。
父の声が響く。
足音が、荒く近づいてくる。
「っ……!」
崩れた石を乗り越え、父が駆け寄る。
その表情が、一瞬で変わる。
「……なんだ、これ……」
地面に倒れたセレナ。
その手には――
黒い槍が、握られていた。
「離せ……!」
父が、慌てて手を掴む。
引き剥がそうとする。
「……っ、くそ……!」
離れない。
まるで、張り付いているかのように。
「セレナ! 聞こえるか!」
揺さぶる。
反応は、ない。
呼吸はある。
だが、意識がない。
「……まずいな」
父が、低く呟く。
そのまま、顔を上げる。
「――凪!!」
声を張り上げる。
遺跡の外へ向かって。
「来てくれ!!」
足音が、静かに近づいてくる。
現地調査用の軽装。
動きやすさを重視した装い。
だが――
その佇まいだけは、どこか異質だった。
凪が、姿を現す。
その視線が。
セレナの手元へと落ちる。
黒い槍。
一瞬。
わずかに、目を細める。
「……これは」
空気が、変わる。
「ただの遺物じゃないわね」
ゆっくりと、手をかざす。
触れはしない。
ただ、感じ取るように。
「……強い“何か”が、絡みついている」
「……外せるか?」
父が、低く問う。
「……無理ね」
凪が、静かに首を振る。
一瞬。
視線を向ける。
「ブレンダン」
静かに、名を呼ぶ。
「ここでは無理よ」
その一言で。
判断が、確定する。
「……ああ」
ブレンダンが、短く頷く。
「場所を変えましょう」
「……日本か」
「えぇ、私の実家よ!」
凪が、迷いなく言い切る。
一拍。
そのまま、ブレンダンを真っ直ぐに見据える。
「……私たちの、大切なセレナのためにも」
静かに、しかし強く。
「急いだ方がいいわ」
その言葉には。
迷いはなかった。
「……ああ」
ブレンダンが、短く頷く。
その決断は、もう揺るがない。
セレナを、しっかりと抱え直す。
その手にある槍は。
変わらず、離れないままだった。
一瞬だけ、視線を周囲へ向ける。
崩れかけた遺跡。
作業員たちの気配。
「――全員に通達だ」
低く、しかしはっきりと告げる。
「この遺跡の調査は中止する」
一拍。
「理由は追って説明する!すぐに撤収準備に入れ!」
「撤収は副責任者のショーンに任せる!」
一拍。
「完了したら報告を入れてくれ!」
迷いのない声だった。
その判断の重さが。
場の空気を、わずかに張り詰めさせる。
「……すぐにここを発つぞ!」
小さく呟く。
もう、振り返らない。
そのまま――
遺跡を後にした。
4話 完
4話のつもりがかなり長くなったので、4話前編と5話後編としております、
お楽しみいただければ幸いです。




