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26話 霧に潜む処刑者編Ⅰプロローグ

――フランス。


夜は深く、石造りの街は静まり返っていた。


古き城壁に囲まれた都市。

昼間の喧騒は完全に消え、残るのはわずかな灯りと、重く沈んだ空気だけ。


湿り気を帯びた石畳に、淡い光が反射する。


その中心。


人の気配のない回廊を、一人の男が歩いていた。


コツ……コツ……


規則正しい足音だけが、静寂を刻む。


黒の装い。

無駄のない歩み。


その存在は、静けさの中に溶け込みながらも――

明確に、この場を支配していた。


ルシアン・フォン・ナハト。


彼はただ前を見据えて進む。


だがその眼差しは、単に前方を捉えているものではない。

思考し、選別し、計算している――そんな静かな知性が、その奥に宿っていた。


「……相変わらず、単独行動か」


背後から、低い声が響く。


ルシアンは足を止めない。


ただ、わずかに視線だけを動かした。


闇の中から、一人の男が現れる。


黒いローブ。

その周囲だけ、空気が歪んでいる。


距離は近いはずなのに、輪郭がはっきりと定まらない。


魔術による干渉。


それだけで、並の存在ではないことが分かる。


「……何の用だ」


ルシアンは振り返らぬまま、短く問う。


魔術師は、肩をすくめた。


「報告だ」


一歩、前へ出る。


足音はない。


それ自体が異質だった。


「“奴ら”が来る」


その一言で、空気がわずかに軋む。


ルシアンの足が止まる。


ゆっくりと振り返る。


赤い瞳が、魔術師を射抜く。


「……奴らとは?」


低く、問う。


魔術師は口元を歪めた。


「日本の異能の連中だ」


一拍。


「この前、俺の部下がまた一人捕まってな」


軽く言う。


「どうやら、この拠点のことを吐いたらしい」


沈黙。


わずかに空気が沈む。


だがルシアンは動じない。


「……部下の躾がなっていないんじゃないのか?」


淡々とした声音。


責めるでもなく、ただ事実として処理するように。


魔術師が笑う。


「はは……手厳しいな」


だが、その笑みに反省はない。


「まあいい」


軽く手を振る。


「対策はこれから仕掛ける」


その言葉と共に、空気の密度がわずかに変わる。


すでに何かが動いている。


そんな確かな気配。


そして――


魔術師の視線が、わずかに鋭くなる。


「ところで、ルシアン」


間を置く。


「お前、最近何をコソコソやっている?」


探るような声。


ルシアンは、わずかに目を細める。


「……別に何もしていない」


短く答える。


それ以上は語らない。


魔術師は、その反応を見ながら――


わずかに笑みを深める。


「……そうか?」


そして。


何気ない調子で、しかし確実に核心へ触れる。


「ゲイ・ボルグ」


その言葉が、静かに落ちた。


空気が止まる。


完全な静寂。


ルシアンの指先が、わずかに止まる。


ほんの一瞬。


だが確かに――反応した。


「……それがどうした」


声は変わらない。


だが、温度がわずかに下がる。


魔術師は肩をすくめる。


「いや」


軽く笑う。


「気になって聞いてみただけだ」


その言葉には、含みがあった。


沈黙。


互いに動かない。


視線だけが交錯する。


そして――


ルシアンが、ふっと笑う。


「……くだらん」


低く、吐き捨てる。


そのまま背を向ける。


再び歩き出す。


コツ……コツ……


足音が遠ざかる。


魔術師はそれを見送りながら、目を細める。


「……やはり」


小さく呟く。


「何かあるな」


その声は、闇に溶けた。


一方。


ルシアンは歩みを止めない。


だが――


誰にも見えない位置で。


わずかに、口元が歪む。


「……嗅ぎ回るか」


低く呟く。


「好きにすればいい」


一拍。


赤い瞳が、細くなる。


その奥に宿るのは――確信。


「だが」


ほんのわずかに、愉悦が混じる。


「手に入れるのは、私だ」


その言葉は、誰にも届かない。


夜の中へと、静かに沈んでいった。


――日本・都内。


午後の光が、街にやわらかく差し込んでいる。


休暇の空気は、まだどこかに残っていた。


だが――


ピッ。


その空気を断ち切るように、SDの通知音が鳴る。


それは、全員に同時に届いていた。


「……来たか」


総司が、小さく呟く。


画面には、簡潔な一文。


“AX班、本部へ集合”


それだけ。


だが、その一行で――空気は切り替わる。


「……呼ばれたね」


美雪が、静かに言う。


ほんの少しだけ、表情が引き締まる。


「うん」


総司が頷く。


短い返事。


それで十分だった。


――


AX班本部・執務室。


扉が開く。


「失礼します」


六人が、順に入室する。


すでに――


松平は席についていた。


腕を組み、静かに待っている。


全員が揃うのを確認すると――


「……揃ったか」


低く、落ち着いた声。


それだけで、場の空気が締まる。


「夜の帝国に関する情報だ」


一拍。


誰も動かない。


視線が、自然と松平に集まる。


「君たちが萩へ遠征している間――」


ゆっくりと、言葉が落ちる。


「こちらで動きがあった」


間。


「幹部と思しき人物の配下と見られる者を、捕縛した」


「……へぇ」


晋作が、わずかに口元を歪める。


椅子にもたれながら、軽く言う。


「千代女さん、やるじゃねぇか」


軽口。


だが、その声音には確かな評価が滲んでいる。


「その幹部って……」


セレナが、腕を組んだまま口を開く。


視線は鋭い。


「アザルを護送中に襲撃してきたやつ?」


一瞬の間。


「そうだ」


松平が、短く答える。


迷いはない。


「尋問の結果――」


一拍。


「捕らえた者はフランス人」


「そして」


「人間の協力者に過ぎない」


その言葉に。


「……人間?」


美雪が、少しだけ驚いたように呟く。


「それって、見分けつくんだ……」


一瞬、考えて。


「千代女、すごいね」


素直な感想。


「ええ」


晴明が、静かに頷く。


「諜報の精度としては、かなり高い部類ですね」


「海外には複数の拠点がある可能性がある」


松平が続ける。


「だが」


資料を一枚、机に置く。


「現時点で具体的に判明しているのは――一つ」


視線が、全員を捉える。


「フランス」


一拍。


「カルカソンヌ」


その名前が、静かに落ちる。


「……カルカソンヌ?」


セレナの眉が、わずかに上がる。


記憶を辿るように。


「もしかして……」


一瞬、考えてから。


「呪われた聖騎士の伝承とかある……あのカルカソンヌ?」


その言葉に。


「……うわ」


茜が、小さく肩をすくめる。


「それ普通にホラーじゃん」


少しだけ腕を抱く。


「ちょっと無理なんだけど」


「いやいや」


セレナが、軽く笑う。


肩をすくめる。


「今さらでしょ?」


「妖怪だの怨念だの、散々やってきてるじゃない」


「……いや違うじゃん!」


茜がすぐに返す。


「そういうのと西洋のやつって、なんか違うんだって!」


「雰囲気とか、文化的に怖い感じあるし!」


「……まあ、それは分かる」


晋作が、苦笑する。


「和と洋で“怖さの質”違うよな」


「話を戻すぞ」


松平の一言。


それだけで、空気が締まる。


一瞬で。


「カルカソンヌは」


「“拠点の一つ”である可能性が高い」


一拍。


「現時点での有力な手がかりは、それだけだ」


誰も口を挟まない。


「だが――」


視線が、全員に向く。


「そこを押さえれば」


「他拠点の情報を得られる可能性は高い」


沈黙。


そして。


「……行けるか?」


静かに、問う。


一瞬。


ほんの一瞬だけ、空気が止まる。


そして――


「「え!?」」


六人、同時に声を上げる。


「フランスに!?」


「そうだ」


松平は、微動だにしない。


「……いや」


総司が、小さく息を吐く。


額に手を当てる。


「これ……選択肢ないよね」


苦笑混じりに。


「やるしかない流れだよね」


「その通りだ」


即答。


逃げ道はない。


「今回は」


松平が続ける。


「望月と鷹宮も同行させる」


「……え?」


美雪が、目を見開く。


「8人で?」


「現地調査および諜報を含めた任務だ」


「敵の拠点である以上」


一拍。


「情報は多いに越したことはない」


「……いや」


晋作が、肩をすくめる。


少し笑う。


「それってつまり――」


一瞬、間を置いて。


「“行ってこい”ってことだろ?」


「そうだが?」


迷いなく、肯定。


「……」


全員、無言。


だが――


(認めたな……)


(完全に押しにきてる……)


(圧、強い……)


言葉にしない共通認識が、場に広がる。


その中で。


「……ねえ」


美雪が、そっとセレナに寄る。


小声で。


「この前のお土産、経費で落としたからじゃない?」


「……ああ」


セレナが、わずかに笑う。


「あり得るわね」


「タイミング的に完璧だもの」


小さな、共有。


「というわけでだ」


松平が、締めに入る。


「今回が――初の海外遠征となる」


一拍。


「準備を万全に整え、出発しろ」


命令。


それ以上でも、それ以下でもない。


「……了解」


総司が、静かに応じる。


「はい」


「ええ」


「……行くしかないか」


それぞれが、受け入れる。


その時。


「もう一つ」


松平が、言葉を続ける。


空気が、再び締まる。


「AX班6名、および望月」


一拍。


「本日付で、一等陸佐とする」


沈黙。


「……は?」


晋作が、思わず漏らす。


「え?」


茜も、目を見開く。


「現場指揮の円滑化のためだ」


松平は淡々としている。


「以上だ」


完全に、決定事項。


――その時。


松平の視線が、わずかに動く。


「……沖田」


「はい」


「少し付き合え」


短く、それだけ言う。


立ち上がる。


「……え?」


場が、ざわつく。


「え、総司だけ?」


「なんで?」


「……何の話?」


「……総司さん?」


茜が、少し不安そうに言う。


総司は、一瞬だけ全員を見る。


そして――


「……すぐ戻るよ」


やわらかく言う。


そのまま、松平の後を追う。


扉が、閉まる。


一拍。


「……なんだ今の」


晋作が、ぼそっと言う。


「さあ」


セレナが、肩をすくめる。


「重要な話っぽいけど」


「……総司さん、大丈夫かな」


茜が、ぽつりと呟く。


その横で――


「……」


美雪が、静かに立ち上がる。


「……美雪?」


セレナが気づく。


「ちょっと様子見てくる」


小さく言う。


そして。


「内緒でね」


ほんの少しだけ、いたずらっぽく笑う。


「いやいや」


晋作が、苦笑する。


「それ絶対バレるやつだろ」


「大丈夫」


軽く手を振る。


「気配消すから」


そのまま――


静かに、部屋を出る。


音もなく。


影のように。


「……行ったな」


晋作が呟く。


「完全に尾行ね」


セレナが、小さく笑う。


「……まあ」


晴明が、静かに言う。


「彼女なりの判断でしょう」


「……総司さん、気づくかな」


茜が、ぽつりと呟く。


その言葉に。


「……どうかしらね」


セレナが、意味ありげに微笑んだ。


――本部・廊下。


扉が閉まる。


その音を背に、二人は歩き出した。


言葉はない。


ただ、靴音だけが、静かに廊下に響く。


前を行く松平。


その半歩後ろを、総司がついていく。


視線は前。


だが、思考はどこか深く沈んでいる。


――そのさらに後方。


「……」


壁際をなぞるように、一つの影が動く。


美雪。


気配を消し、距離を保ちながら、二人の後を追っていた。


――


しばらくして。


「……沖田」


松平が、不意に口を開く。


「はい」


総司が応じる。


歩みは止めない。


「新選組のことは、どう思っている」


唐突な問い。


だが、軽くはない。


「……どう、とは」


「過去だ」


短く。


「切り離せているか」


沈黙。


数歩分の間。


「……完全には無理かな」


総司が、静かに答える。


少しだけ苦笑する。


「でも」


一拍。


「引きずってるつもりもない」


視線は前。


「今は、今でちゃんと見てる」


「この時代も」


「今の仲間も」


ほんの少し、声が柔らぐ。


「……大事だと思ってる」


「……そうか」


松平が、小さく頷く。


――後方。


「……」


美雪は、そのやり取りを静かに聞いている。


ほんの少しだけ、表情が緩む。


――


「雪城のことはどうだ」


松平が、続ける。


「……美雪ちゃん?」


総司が、わずかに視線を動かす。


「そうだ」


短く。


「……」


一瞬の間。


「……頼りになるよ」


迷いなく。


「一緒にいると、安心する」


――その言葉に。


美雪の足が、ほんの一瞬止まる。


すぐに、また動き出す。


「……そうか」


松平の声が、わずかに柔らぐ。


その時。


松平の視線が、ほんの一瞬だけ後方へ流れる。


気づいている。


だが――何も言わない。


ほんのわずかに、口元が緩む。


――


やがて、一つの扉の前で足が止まる。


「ここだ」


松平が扉を開ける。


――


部屋の中。


静かな空間。


整然と並ぶ刀。


一振り一振りが、確かな存在感を放っている。


「……っ」


総司の足が止まる。


ゆっくりと、近づく。


「これ……」


一本ずつ、視線を移す。


そして――


「……和泉守兼定」


声が、わずかに震える。


「土方さんの……」


次に。


「……虎徹」


「局長の……」


さらに。


「……鬼神丸国重」


「斉藤さんの刀……」


静寂。


「……全部、本物だ」


松平が、静かに言う。


総司は、ゆっくりと息を吐く。


「……すごいな」


ぽつりと。


それ以上は出てこない。


「この部屋は自由に使っていい」


松平が続ける。


「刀も、だ」


そして――


「――雪城」


静かに呼ぶ。


「出てこい」


「……バレてたか」


柱の影から、美雪が出てくる。


「……ごめん」


「いや」


総司が、くすっと笑う。


「尾行失敗だね」


「気配消してたのに……」


少しだけ悔しそうにする。


「最初から分かっていた」


松平が淡々と言う。


――


「本題だ」


松平の視線が、奥へ向く。


ショーケースの中。


一振りの刀。


「……これは?」


総司が問う。


「童子切安綱」


松平が答える。


「酒呑童子を斬った刀だ」


「神刀と言ってもいい」


空気が変わる。


「蘆屋道満の式――酒呑童子、茨木童子、星熊童子」


「これに対して、有効だ」


一拍。


「それに、お前たちを式にしようとした件もある」


「備えは必要だ」


「これを預ける」


「……分かった」


総司が頷く。


「SDに格納しておく」


光。


童子切が消える。


――


「……それと」


総司の視線が、壁の刀へ戻る。


一歩、近づく。


「……不動行光」


小さく呟く。


「これも、いい?」


「構わん」


即答。


「好きに使え」


「……じゃあ」


総司が手に取る。


そのまま、美雪へ向ける。


「これ」


差し出す。


「護身用の短刀、これにしたらどうかな」


「……え?」


美雪が驚く。


「いいの?」


松平を見る。


「構わん」


「好きに使え」


「……じゃあ」


ゆっくりと受け取る。


「……ありがと」


小さく、でも確かな声で。


総司は軽く頷く。


――


その直後。


「……それと」


総司の視線が、さらに別の刀へ向く。


ゆっくり歩み寄る。


一振りの前で止まる。


「……」


ほんの一瞬。


何かを確かめるように。


「……これも」


静かに言う。


「これも持っていく」


松平へ視線を向ける。


「いいよね?」


「構わん」


即答。


「好きに使え」


「……じゃあ」


総司が手に取る。


一瞬だけ刃を見る。


――何も言わない。


「――格納」


光。


刀が消える。


「……?」


美雪が首を傾げる。


「それ、使うの?」


「うん」


総司はあっさり答える。


「一応ね」


それ以上は語らない。


ただ――準備するだけ。


松平は、その様子を見て。


わずかに目を細める。


「……なるほど」


――


「話は以上だ」


松平が言う。


「準備を進めろ」


――


廊下。


「……なんか」


美雪がぽつりと呟く。


「すごいものもらっちゃったね」


「だね」


総司が笑う。


「でも」


一拍。


「悪くない」


「……うん」


美雪も頷く。


二人は歩き出す。


――本部・廊下。


静かな足音。


総司と美雪が、並んで戻ってくる。


その先――


待っていた四人の視線が、一斉に向いた。


「……おかえり」


セレナが、腕を組んだまま言う。


そのまま一歩、距離を詰める。


「それで?」


「何の話だったの?」


逃がさない視線。


沈黙。


「……いや」


総司が、少しだけ間を置く。


「任務の準備、かな?」


軽く答える。


その瞬間――


「……ふーん」


セレナの口元が、わずかに上がる。


さらに一歩、詰める。


「私たちを置いて、“準備”ね……?」


含みのある声音。


空気が、わずかに張る。


「いや、別に――」


総司が流そうとする。


「誤魔化さないで」


即座に被せる。


「気になるでしょ、普通」


「だな」


晋作が肩をすくめる。


「総司だけ呼び出しとか、怪しすぎる」


「……気になる」


茜が前に出る。


「総司さん、何だったの?」


真っ直ぐな目。


晴明は静かに観察している。


逃げ場はない。


「……うーん」


総司が、少し考えるふりをする。


ちらっと、美雪を見る。


一瞬の間。


そして――


「えーと」


軽く息を吐く。


「美雪との婚約の話……かな?」


――沈黙。


「「は?」」


晋作とセレナが同時に声を上げる。


「えっ!?」


茜が目を見開く。


「……は?」


晴明も、わずかに眉を動かす。


そして――


「えっ……!?」


一番驚いているのは、美雪だった。


「ちょ、ちょっと待って!?」


一歩前に出る。


「なにそれ!?聞いてないんだけど!?」


「今言ったからね」


総司がさらっと返す。


「いやいやいやいや!」


完全に混乱。


「なんでそうなるの!?」


「流れ的に?」


「どんな流れ!?」


即ツッコミ。


「おい総司」


晋作がニヤつく。


「それマジか?」


「さあ?」


総司が軽く笑う。


「どっちだと思う?」


「絶対嘘でしょ」


セレナが即断する。


だが――


視線は鋭い。


「……でも」


一歩、詰める。


「そういう冗談、軽く言うタイプじゃないのよね」


「……そう?」


総司は崩さない。


「余計怪しいんだけど」


「ちょっと待ってってば!」


美雪が割って入る。


「完全に冗談だからね!?」


「でしょ?」


総司が肩をすくめる。


「場を和ませようとしただけ」


「和んでないよ!」


即答。


「むしろ荒れてる!」


「確かに」


晴明が静かに言う。


「効果としては逆だね」


「だな」


晋作が笑う。


「面白ぇけど」


「面白くないって!」


美雪が頬を少し赤くする。


その様子を見て――


「……まあいいわ」


セレナが、ふっと息を吐く。


「どうせ今は話す気ないんでしょ?」


「うん」


総司があっさり認める。


「そのうち分かるよ」


一拍。


「ちゃんと使うから」


その一言に。


空気が、少しだけ変わる。


「……なるほど」


晴明が頷く。


「準備は本物、ということだね」


「そういうこと」


「じゃあいいわ」


セレナが軽く手を振る。


「現地で見せてもらう」


「了解」


総司が笑う。


――


「じゃあ行くか」


晋作が肩を回す。


「フランス遠征」


「ほんとに行くんだね」


美雪が苦笑する。


「今さらでしょ」


セレナが返す。


「……うん、だね」


総司も頷く。


「行くしかないなら、行くよ」


そのまま歩き出す。


自然に、六人が並ぶ。


――


空港へ向かう車内。


外の景色が流れていく。


「……ねえ」


美雪が、小さく言う。


「さっきのやつ」


「うん?」


「ほんとに冗談だよね?」


「どうだろうね」


「ちょっと!?」


総司がくすっと笑う。


「冗談だよ」


一拍。


「でも」


少しだけやわらかく。


「そういう未来も悪くないかもね」


「……っ」


美雪が、一瞬言葉に詰まる。


「……もう」


視線を逸らす。


「変なこと言わないで」


「……聞こえてるわよ?」


セレナの声。


「からかってるだけでしょ」


「バレた?」


「当たり前」


軽く笑う。


――


やがて。


空港。


人の流れ。


日常の喧騒。


その中で――


「……あ」


美雪が、小さく声を上げる。


「いた」


その先に――


鷹宮と、千代女。


「お待たせしました」


鷹宮が、落ち着いた声で言う。


「皆様、お揃いですね」


千代女が、やわらかく微笑む。


「千代女!」


美雪が少し嬉しそうに言う。


「おかえり」


「ええ」


静かに頷く。


「準備は整っています」


「いつでも出発可能です」


鷹宮が続ける。


――


空気が、切り替わる。


和やかさから。


任務へ。


「……行くわよ」


セレナが言う。


「フランス」


その一言で。


全員の意識が揃う。


「……了解」


総司が応じる。


一歩、踏み出す。


――機内。


シートに身体を預ける。


離陸の振動が、ゆっくりと収まっていく。


窓の外には、夜の街の光。


それもすぐに遠ざかり――


やがて、暗い空だけが広がった。


機内は、静かだ。


低く響くエンジン音。


わずかな会話。


その中で――


総司と美雪は、並んで座っていた。


ほんの少しだけ距離を空けて。


だが――


その空気は、どこか近い。


一拍。


「……ね」


美雪が、小さく口を開く。


視線は前のまま。


「さっきの話」


間を置く。


「……あれ、ほんとに冗談なの?」


静かに。


だが、逃がさない声音。


総司は、少しだけ視線を落とす。


考えるように。


そして――


「どうだろうね」


軽く、返す。


曖昧だが、誤魔化しではない。


「……それ」


美雪が、少しだけ眉を寄せる。


「ずるい」


小さく、呟く。


「はっきりしないの」


一拍。


そのまま続ける。


「松平とそんな話してないのは、分かってる」


静かに。


「尾行してたから」


少しだけ苦笑する。


「……全部、聞いてたし」


「だと思った」


総司が、くすっと笑う。


「止めなかったしね」


「うん」


美雪も、小さく頷く。


そのまま――


手元へ視線を落とす。


だが、そこに刀はない。


代わりに。


胸元のネックレスに、そっと触れる。


――“繋がりの証”。


一瞬だけ、指先に力がこもる。


「……でも」


顔を上げる。


「だからこそ、聞いてる」


まっすぐに。


「冗談なのか」


一拍。


「それとも――違うのか」


沈黙。


エンジン音だけが流れる。


総司は、その視線を受け止める。


逃げない。


一瞬。


息を吐く。


そして――


「冗談だけで、ああいうことは言わないかな」


静かに言う。


はっきりと。


一拍。


「ちゃんと考えてるよ」


その言葉に。


美雪の指が、わずかに止まる。


「……っ」


小さく、息を飲む。


視線が揺れる。


「でも」


総司が続ける。


「さすがに急すぎるでしょ」


少しだけ肩をすくめる。


「だから」


一拍。


「そういう時は――ちゃんと改めて言うよ」


落ち着いた声。


軽くはない。


「……」


美雪は、しばらく何も言わない。


やがて――


ゆっくりと頷く。


「……うん」


小さく。


でも、確かな声。


頬が、わずかに熱を帯びる。


「……ありがと」


ぽつりと、言う。


「どういたしまして」


総司が、自然に返す。


一瞬の沈黙。


だが――


重くはない。


「……ね」


美雪が、少しだけ視線を横に向ける。


「ちゃんと使うから」


一拍。


「いざって時、迷わないようにする」


言葉は短い。


だが――


SDの中にある“それ”を指しているのは明白だった。


総司は、小さく頷く。


「うん」


一言だけ。


それで十分だった。


機内の静けさ。


夜の空。


二人の距離は――


さっきよりも、ほんの少しだけ近くなっていた。


――飛行機は、海を越えて進んでいく。


次の戦場へ向かって。


――フランス・カルカソンヌ。


夜。


城壁に囲まれた古都は、まるで時間そのものから切り離されたかのように静まり返っていた。


石造りの街並み。

重く沈んだ空気。

灯りは少なく、霧が低く這うように広がっている。


その中心――


人の気配を拒絶するような一角に、異質な“場”が築かれていた。


地面には、幾何学的な紋様。

西洋魔術に基づく召喚陣。


だが、それは正統なものではない。


どこか歪み、

どこか欠け、

そして――


“意図的に外されている”。


その中心に、黒衣の魔術師が立っていた。


フードの奥、表情は見えない。


だが、その声には確かな愉悦が滲んでいる。


「……来る」


低く、呟く。


風が、止まる。


霧が、ゆっくりと渦を巻き始める。


「良い」


一歩、前へ出る。


「非常に良い」


足元の陣が、淡く発光する。


それは神聖とは程遠い光。


冷たく、粘つくような“死の光”。


「この地は、実に都合がいい」


視線を上げる。


城壁の向こう、見えぬ何かを見据えるように。


「信仰と恐怖」


「伝承と記憶」


「そして――忘れられなかった“死”」


一拍。


「すべてが、染み付いている」


手をかざす。


空気が歪む。


「だからこそ」


低く、詠唱が始まる。


「我は求める」


「名を失い、記録から零れ落ちた騎士よ」


霧が、濃くなる。


足元から、這い上がるように。


「誓いに縛られ」


「死してなお、役目を終えられなかった者」


風が、逆巻く。


「処刑という名の“役割”に囚われた存在」


声が、深く沈む。


「その執行を、今一度ここに」


魔術陣が、強く光る。


「我が命に応じ、現界せよ」


一拍。


そして――


「顕現せよ、“処刑騎士”」


その瞬間。


――空気が、裂けた。


音はない。


だが、確かに“何かが来た”。


霧が、一点に集束する。


押し潰されるように、凝縮されていく。


やがて――


“それ”は、形を成した。


まず現れたのは――


馬。


漆黒の体躯。


呼吸のたびに、白ではなく“灰色の霧”を吐き出す。


そして。


ゆっくりと、顔を上げる。


その瞳は――


赤く、燃えていた。


生物の光ではない。


ただ“灯っている”だけの、異質な赤。


その背に――


騎士が、現れる。


鎧は、完全な漆黒。


傷一つない。


光を受けても反射せず、ただ吸い込む。


右手には――長剣。


一切の曇りを持たぬ刃。


研ぎ澄まされ、穢れの一切を拒絶するかのようなその輝きは――


どこか異常だった。


まるで――


“処刑のためだけに在る”かのような。


そして――


顔。


見えない。


兜の奥は、闇。


さらに、その上から垂れ下がるローブのような影が、完全に視認を拒んでいる。


そこに“何があるのか”。


認識できない。


しようとすると、霧に溶ける。


存在が、固定されていない。


ただ一つ。


そこに“何かがいる”という確信だけが、残る。


沈黙。


魔術師が、ゆっくりと笑う。


「……素晴らしい」


一歩、近づく。


だが――


騎士は、微動だにしない。


ただ、そこに在る。


それだけで、空間を支配している。


「完全だ」


「欠損も、暴走もない」


視線が細くなる。


「やはり、この地の“土壌”が効いている」


一拍。


「伝承という器」


「恐怖という媒介」


「そして、我が術式」


すべてが噛み合っている。


魔術師は、満足げに頷く。


その時――


カツン。


遅れて、音が鳴る。


騎士は動いていない。


だが、足音だけが響いた。


一拍遅れて。


現実と、ズレている。


魔術師の口元が、さらに歪む。


「……いい」


低く、呟く。


「実にいい」


騎士の剣が、わずかに持ち上がる。


その動作と――


音が、合わない。


先に“斬撃の気配”が走る。


その後で、腕が動く。


時間が、噛み合っていない。


「貴様は――」


魔術師が、静かに言う。


「“処刑”そのものだ」


命令ではない。


確認。


そして――


支配の宣言。


「まずは、試すとしよう」


一拍。


視線が、城の外へ向く。


「日本の異能者たち」


わずかに笑う。


「歓迎してやる」


霧が、再び濃くなる。


騎士と馬の輪郭が、ゆっくりと溶けていく。


消える。


だが――


“消えた”わけではない。


そこにいる。


ただ、見えないだけ。


「さあ」


魔術師が、静かに呟く。


「狩りの時間だ」


その声は、夜に沈み――


カルカソンヌの闇の中へと、広がっていった。


 第26話 完



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