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27話 霧に潜む処刑者編Ⅱ

27話 霧に潜む処刑者編Ⅱ

――フランス・シャルル・ド・ゴール空港。


機体が滑走路を走り、ゆっくりと減速する。


やがて完全に停止し、機内に到着を告げるアナウンスが流れた。


「……着いたね」


美雪が、小さく呟く。


窓の外には、見慣れない景色が広がっていた。


どこか現実感の薄い、異国の空。


「フランスかぁ」


晋作が、軽く肩を回す。


「ほんとに来ちまったな」


「観光ならよかったんだけどね」


セレナが、ため息混じりに言う。


「仕事で来る場所じゃないわ」


「まあまあ」


総司が、やわらかく笑う。


「こういうのも、悪くないかもよ?」


「余裕ね」


セレナが、少しだけ口元を上げる。


「現地で同じこと言えるかしら?」


「言えるといいね」


軽く返す。


――


機内から降り、そのまま全員でターミナルへ。


鷹宮と千代女も含め、すでに一つの隊としてまとまっている。


「……にしても」


晋作が、首を回す。


「長かったな」


一拍。


「16時間だぞ?」


苦笑する。


「途中パリ寄ったとはいえ、さすがにきついわ」


「ほんとそれ」


セレナも肩をほぐす。


「身体より感覚がおかしくなるのよね」


「ちょっとフワフワするね」


美雪も頷く。


「……だね」


総司が、外を見ながら言う。


「でも」


一拍。


「ちゃんと“来てる”感じはする」


――


空港を出る。


その瞬間。


空気が変わる。


乾いている。


だが――重い。


「……」


茜が、足を止める。


「なんか……重くない?」


周囲を見回す。


「空気」


「気づいた?」


晴明が、静かに言う。


「澄んでいるのに、圧がある」


「……領域とは違うわね」


セレナが目を細める。


「もっと広い」


「土地そのものだね」


晴明が頷く。


「長い時間で蓄積されたものだ」


沈黙。


「……やっぱ海外って怖い」


茜が小さく言う。


「今さら?」


セレナが即返す。


「いやでもさ!」


「なんか違うじゃん!」


「じわっとくる感じ!」


「まあ分かるけど」


美雪が苦笑する。


――


車に乗り込み、移動開始。


窓の外にフランスの街並みが流れていく。


石造りの建物。

整った道路。


どこか綺麗すぎる景色。


だが――


「……ねえ」


美雪が、小さく言う。


「さっきからさ」


一拍。


「視線、感じない?」


沈黙。


「……ああ」


総司が、静かに答える。


「空港出たあたりからずっとだね」


「え?」


茜がすぐ反応する。


「それ早く言ってよ!」


「確証なかったし」


総司が軽く言う。


「でも今ははっきりしてる」


「追跡されてる可能性あるね」


鷹宮が、低く言う。


「ただし、姿は確認できない」


「当然ね」


セレナが腕を組む。


「普通の尾行じゃない」


「ええ」


晴明も頷く。


「“見えない何か”でしょう」


一拍。


「かなり質が悪い」


――


やがて車が止まる。


「ここから先、徒歩ね」


千代女が、軽く言う。


「カルカソンヌ旧市街。車はここまで」


扉が開く。


外へ出る。


その瞬間――


空気が、変わる。


「……っ」


茜が息を呑む。


「なにこれ……」


霧。


薄い。


だが確実に、“何かを含んでいる”。


「……濃いな」


晋作が低く言う。


「さっきのとは別物だ」


「うん」


晴明が頷く。


「ここは――かなり“近い”」


沈黙。


その時――


コツ……


音が鳴る。


「……っ」


全員の意識が揃う。


振り返る。


誰もいない。


「……今の」


美雪が小さく言う。


「足音……だよね?」


「ああ」


総司が静かに言う。


一拍。


「でも――」


目を細める。


「少し遅れてる」


沈黙。


風が止まる。


霧が、ゆっくりと濃くなる。


「……来るね」


セレナが、静かに構える。


コツ……


また音が鳴る。


今度は――


近い。


見えない何かが、確実に距離を詰めている。


その時。


「……先、見てくる」


千代女が一歩前に出る。


軽い声。


だが動きは無駄がない。


「無理すんなよ」


晋作が言う。


「分かってる」


軽く返す。


そのまま――


霧の中へ、音もなく消える。


完全に気配が消える。


「……相変わらずだね」


総司が、小さく笑う。


「頼もしいわね」


セレナが言う。


沈黙。


その直後――


ピタッ。


足音が、止まる。


完全な静寂。


「……っ」


総司の目が、鋭くなる。


「来る」


その瞬間。


――霧が、揺れた。


次の瞬間。


“それ”は、そこにいた。


音もなく。


気配もなく。


まるで最初からそこに存在していたかのように――


一体の騎影。


漆黒の鎧。


無駄のない、重厚な造形。


人の形をしているはずなのに、その輪郭はどこか曖昧で、現実からわずかにズレている。


顔は見えない。


深く垂れたローブのような布が、その内側を完全に覆い隠している。


そして――


その手には、真新しい長剣。


鈍く光る刃。


異様なのは、その“新しさ”だった。


この場に似つかわしくないほどに、整いすぎている。


「……なに、あれ」


茜が、小さく呟く。


声が、わずかに震える。


「……騎士、か?」


晋作が低く言う。


だが、その目は油断していない。


「違う」


総司が、静かに否定する。


「“それっぽいだけ”だね」


一歩、前へ出る。


視線は、外さない。


「中身が、人じゃない」


沈黙。


その言葉を証明するかのように――


騎影が、ゆっくりと首を傾ける。


ギシ……


金属が軋む音。


だが。


その動きに“重さ”はない。


むしろ――軽い。


「……気持ち悪いわね」


セレナが、低く言う。


その瞬間。


騎影が、動いた。


消える。


「――っ!」


次の瞬間。


総司の目の前。


キィンッ!!


火花。


刃と刃が、ぶつかる。


「速っ……!」


総司が、わずかに目を見開く。


だが動じない。


受け流す。


距離を取る。


地面を滑るように後退。


「……いいね」


小さく呟く。


その目は、すでに戦闘の色。


「ちゃんと“敵”だ」


騎影は、言葉を発さない。


ただ――


再び構える。


そして。


踏み込む。


ドンッ!!


地面が、わずかに沈む。


一気に距離を詰める。


斬撃。


重い。


速い。


そして――正確。


「……っ!」


総司が、最小動作で捌く。


だが。


「重いな……!」


腕にかかる圧が、明らかに異常。


ただの斬撃じゃない。


「――総司さん!」


茜の声。


その直後。


矢が放たれる。


ヒュンッ!!


騎影の側面へ。


だが――


ガンッ!!


弾かれる。


直撃しているはずなのに。


まるで“効いていない”。


「……嘘でしょ」


茜の声が、わずかに強張る。


「防御じゃないわね」


セレナが、冷静に言う。


「“通ってない”」


その瞬間。


騎影が、再び動く。


今度は――


美雪へ。


「――っ!」


「美雪!」


総司が踏み込む。


だが。


一歩、遅い。


その瞬間――


空気が凍る。


パキッ――


氷が走る。


騎影の足元が、一瞬で凍結する。


動きが、止まる。


「……遅いよ」


美雪が、静かに言う。


その目は、冷たい。


普段とは違う温度。


「狙うなら、ちゃんと見てからにして」


一歩、踏み出す。


その瞬間。


氷が、弾ける。


騎影が、強引に拘束を破る。


「……!」


「力で抜けた……!?」


晋作が、目を細める。


「面倒くせぇな」


そのまま。


銃を抜く。


ドンッ!!


発砲。


だが――


弾は、届かない。


空中で、逸れる。


歪む。


「……チッ」


「干渉系かよ」


「いや」


晴明が、静かに言う。


「違う」


一拍。


「“ズレてる”」


その言葉と同時に――


騎影が、ふっと消える。


「……っ!?」


次の瞬間。


背後。


総司の背中へ。


斬撃。


キィンッ!!


再び、受ける。


だが今度は――


体勢が崩れる。


「……なるほど」


総司が、小さく笑う。


「見えてる位置と、実際の位置が違うのか」


一歩、踏み込む。


今度は――


自分から。


「じゃあ――」


構えを変える。


「合わせるよ」


踏み込み。


間合いに入る。


斬る。


キィンッ!!


初めて。


完全に、噛み合う。


騎影の動きが、わずかに止まる。


「……やっぱり」


総司が、静かに言う。


「“ズレ”があるだけだ」


「なら――」


目が、細くなる。


「斬れる」


その瞬間。


空気が、変わる。


戦闘が、一段階上へ引き上がる。


霧の中。


黒き騎士。


――霧が、さらに濃くなる。


白いはずのそれは、もはや白ではなかった。


鈍く、重く、何かを含んだ“濁り”。


視界が、わずかに歪む。


「……っ」


総司の目が、細くなる。


違和感は一つではない。


空気の密度。


音の遅れ。


そして――


「……来るよ」


低く、告げる。


その直後。


コツ……コツ……コツ……


足音が、増えた。


一つではない。


二つでもない。


複数。


それも、四方から。


規則的に。


一定の間隔で。


まるで――包囲を完成させるかのように。


「……嘘でしょ」


美雪の声が、かすかに揺れる。


霧の奥。


輪郭が、浮かび上がる。


最初は影。


だが――


次第に“形”を持つ。


一体。


二体。


三体。


四体――


「……は?」


晋作が、乾いた声を漏らす。


「増えてんじゃねぇか……」


それらはすべて、同じだった。


漆黒の鎧。


無機質な造形。


人の形をしているのに、どこか人ではない。


顔は見えない。


ローブのような布が、内側を完全に覆い隠している。


そして――


手にする武器は、禍々しいオーラを放っている。


黒く揺らぐ気配が、刃の輪郭をわずかに歪める。


それは“物”ではなく、何か別の存在が宿っているかのようだった。


「……これ、さっきのと同じ?」


茜が、わずかに声を強ばらせる。


「ええ」


セレナが短く答える。


「全部、“同格”」


沈黙。


圧が、一気に跳ね上がる。


肺が重くなる。


空気が、押し潰すように迫ってくる。


「……囲まれてるね」


総司が、静かに言う。


一歩も動かない。


だが、その全身が戦闘に入っている。


「逃げ道、ねぇな」


晋作が低く呟く。


軽く肩を鳴らす。


その瞬間――


全騎、同時に動いた。


ドンッ!!


地面が鳴る。


霧が押し出される。


一斉突撃。


「来る!」


セレナが前に出る。


双槍を構え、真正面から迎え撃つ。


激突。


ガンッ!!


衝撃が、骨まで響く。


「……っ!」


重い。


ただの一撃じゃない。


“質量”が違う。


「無理でしょこれ……!」


茜が叫びながら矢を放つ。


だが――


当たらない。


いや。


“通っていない”。


軌道がズレる。


存在そのものを外されている。


「当たんないってば!」


「落ち着け!」


晋作が叫び、銃を撃つ。


連射。


だが同じ。


弾は、逸れる。


歪む。


届かない。


「チッ……!」


苛立ちが混じる。


「総司くん!」


美雪の声。


背後。


気配。


振り向くより早く――


斬撃。


キィンッ!!


総司が受ける。


だが。


二体目。


三体目。


連続する斬撃。


「……っ!」


完全には捌ききれない。


足が滑る。


体勢が崩れる。


その瞬間――


「――下がって」


低い声。


だが、明確に届く。


次の瞬間。


霧が、裂けた。


音はない。


だが、“通った”。


「……っ!」


騎士の背後。


そこに、影。


千代女。


すでに間合いの内側。


「――縛る」


小さく呟く。


指が走る。


札が、宙を切る。


バチッ――!!


黒い術式が、騎士に絡みつく。


瞬間。


動きが、止まる。


「……効いてる!」


美雪が、息を呑む。


「完全じゃないけどね」


千代女が軽く言う。


そのまま次へ。


二体目。


三体目。


流れるような連続動作。


「――影縫い」


地面に、影が走る。


黒い線が、騎士の足元を縛る。


強制拘束。


一瞬。


完全に止まる。


「今!」


千代女が、鋭く言う。


「全員、下がって!」


迷いはない。


「撤退!」


総司が即断する。


全員が一斉に動く。


距離を取る。


霧の外へ。


だが――


背後。


気配は、まだある。


拘束が、軋む。


破られ始めている。


「……持たない」


千代女が小さく言う。


「時間稼ぎが限界」


「十分だ!」


晋作が叫ぶ。


「引くぞ!」


全員が霧を抜ける。


その瞬間――


空気が、軽くなる。


圧が、消える。


静寂。


振り返る。


霧の中。


騎士たちは――追ってこない。


ただ、そこに立っている。


動かない。


まるで、境界の内側に縛られているかのように。


「……止まった?」


茜が、息を整えながら言う。


「……いや」


セレナが、低く言う。


「止まってるんじゃない」


一拍。


「“ここまで”って決めてる」


「ええ」


晴明が頷く。


「領域の境界でしょう」


沈黙。


その中で――


「……強いね」


総司が、ぽつりと呟く。


「正面からやる相手じゃない」


「同感」


セレナが言う。


「準備なしは自殺行為ね」


「でもさ」


美雪が、小さく言う。


霧の奥を見つめる。


「確実に……いるよね」


一拍。


「この先に」


誰も否定しない。


その時。


千代女が、軽く息を吐く。


「……奥、当たり」


少しだけ口元を上げる。


「完全に拠点」


「最悪のな」


晋作が苦笑する。


だが――


誰も引かない。


視線は、自然と前へ向く。


霧の奥。


そこに、“敵”がいる。


――カルカソンヌ旧市街・外縁部。


霧の領域から離れるにつれ、肌にまとわりついていた異様な圧迫感は、わずかに薄れていった。


だが――完全には消えない。


まるで、一度触れてしまった“何か”が、まだ背中に張り付いているようだった。


「……なんか、嫌な感じが残るね」


美雪が、小さく呟く。


無意識に、自分の腕をさする。


冷えているわけではない。


なのに、寒気だけが消えない。


総司は振り返る。


遠く。


カルカソンヌの一角だけが、異様な霧に覆われていた。


白い。


だが、その白は自然のものではない。


濁っている。


重い。


まるで、何かが内側で淀み続けているような霧。


風が吹いても流れない。


そこだけが、世界から切り離されたように沈んでいる。


「……普通じゃないわね」


セレナが、低く言う。


腕を組み、細く目を眇める。


「ここまで異常なのに、騒ぎが大きくなってないのが逆に不自然よ」


「抑え込まれてるんじゃない?」


千代女が、静かに周囲を見回す。


「行政か、あるいはもっと別の何かが」


「……にしても」


晋作が、石畳の通りを見渡した。


歴史ある街並み。


古い建物。


本来なら観光客で賑わっていてもおかしくない場所。


だが――静かすぎる。


人が、いない。


いるとしても、どこか落ち着かない様子で足早に通り過ぎていく。


誰も長居しない。


誰も霧の方を見ようとしない。


「観光地なんだろ、ここ」


晋作が、ぼそりと呟く。


「……なのに、この空気かよ」


「避けてるんだと思う」


総司が、静かに言う。


「みんな、あの霧を」


沈黙。


その時――


「……聞いてみる?」


千代女が、小さく顎を動かす。


通りの端。


小さな露店。


年配の男が、一人で店番をしていた。


観光客向けなのだろう。


だが、商品にはほとんど手が付けられていない。


「そうだね」


総司が頷く。


「現地の話は欲しい」


――


一行が近づくと、男はゆっくり顔を上げた。


深い皺。


疲れた目。


その視線が、一瞬だけ総司たちを見て――そして、霧の方へ流れる。


「……あんたら」


低い声。


「まさか、あっちへ行く気じゃないだろうな」


空気が、少しだけ重くなる。


「少し気になっててね」


セレナが答える。


男は、すぐには何も言わなかった。


ただ、じっとこちらを見ている。


まるで――本当に行くつもりなのか、確かめるように。


やがて。


男は、小さく息を吐いた。


「やめとけ」


短い。


だが、その声には妙な重さがあった。


「……理由を聞いても?」


晴明が、静かに問う。


男の喉が、小さく動く。


そして。


「あの霧が出始めたのは……六日前だ」


ゆっくりと、言葉を落とす。


「最初は、ただの霧だと思われてた」


視線は、遠く。


霧の向こうを見ている。


「あの城の辺りだけ、急に白くなった」


「だが、おかしかったんだ」


一拍。


「風が吹いても、流れねぇ」


「朝になっても消えねぇ」


「夜になっても、そこにある」


男の顔が、わずかに強張る。


「まるで、生き物みてぇに……ずっと漂ってやがる」


沈黙。


遠くで、風が鳴る。


「観光客が入っていった」


男が、低く続ける。


「何人もな」


「写真を撮るだの、肝試しだの……馬鹿なこと言って」


一拍。


「……戻ってこなかった」


空気が、冷える。


「それで捜索隊が出た」


「警察も、地元の人間も入った」


男の手が、わずかに震える。


「だが――」


声が、さらに低くなる。


「戻ってきたのは、一人だけだった」


沈黙。


「そいつな」


男が、乾いた唇を舐める。


「顔が……もう、人間の顔じゃなかった」


「目を見開いたまま、ずっと震えてた」


「何かから逃げてるみてぇに」


一拍。


「そんで、叫ぶんだよ」


男の声が、掠れる。


「あの中には魔物がいるってな」


風が止まる。


「“あれは人間じゃない”って」


静寂。


茜が、小さく息を呑む。


「……怖すぎるでしょ」


声が、少しだけ震えている。


男は続ける。


「それから誰も近寄らなくなった」


「行政も規制線を張った」


「あそこは立ち入り禁止だ」


だが――


男の目が、霧へ向く。


「それでも、霧は消えねぇ」


「六日経った今も、ずっとだ」


重い沈黙。


「……夜になると」


男が、ぽつりと呟く。


「聞こえるんだ」


誰も喋らない。


「馬の蹄の音がな」


その瞬間。


空気が、さらに冷えた気がした。


「カツ……カツ……って」


男が、低く続ける。


「夜中、霧の中を何かが走ってる」


「見た奴もいる」


一拍。


「黒い騎士だったって話だ」


「顔は見えなかった」


「ただ――目だけが赤かったって」


沈黙。


総司たちの脳裏に、先ほど遭遇した異形が蘇る。


漆黒の騎士。


禍々しい武器。


霧の中の殺気。


「あんたら」


男が、一行を見る。


その目には、はっきりとした恐怖があった。


「観光で来たんだろ」


「なら、やめとけ」


静かに。


だが、真剣に。


「悪いことは言わねぇ」


一拍。


「あそこには近づかない方がいい」


男の喉が、小さく鳴る。


そして――


「……あれは、もう人の場所じゃねぇ」


露店の周囲には、どこか張り詰めた静けさが漂っていた。


遠くでは風が石壁を撫でている。


だが、人の笑い声はない。


観光地特有の賑わいもない。


あるのは――避けるような空気だけだった。


沈黙が落ちる。


その重さを、少しだけ和らげるように。


「……せっかくだし、何か買ってく?」


美雪が、小さく言う。


露店には、古い装飾品や木彫りの小物が並べられていた。


カルカソンヌの城を模した置物。


騎士を象った古びた細工。


どれも観光客向けの品なのだろう。


だが今は、誰にも手に取られていない。


「ああ、いいかもね」


総司が頷く。


「話も聞かせてもらったし」


「そうね」


セレナも小さく頷く。


「何も買わないのも悪いし」


それぞれ、軽く品物を手に取る。


茜は小さなガラス細工を見ていた。


「……これ綺麗」


小さく呟く。


晋作は苦笑する。


「お前、こういうの好きだな」


「悪い?」


「いや別に」


そんなやり取りの間にも、店主の男はどこか疲れた目をしていた。


総司が代金を渡す。


男は、静かに受け取った。


「……ありがとよ」


低い声。


その時。


晴明が、一歩前へ出る。


「話を聞かせていただき、ありがとうございました」


穏やかな声だった。


そのまま懐へ手を入れる。


小さな布包み。


紐で結ばれたそれを、店主へ差し出した。


「……?」


男が眉をひそめる。


「これは?」


「お守りです」


晴明が静かに言う。


「西洋では、あまり馴染みがないかもしれませんが――」


一拍。


「日本では、こういうものを身につけたりするんです」


男は、布包みを見る。


小さい。


だが、不思議と目を引く。


「願掛けのようなものですよ」


晴明が、わずかに微笑む。


「厄払い……と言った方が近いかもしれません」


その声は静かだった。


だが、不思議と落ち着く響きがあった。


男は、お守りを受け取る。


少し戸惑ったように。


「……そんなもんが、本当に効くのか?」


「さあ」


晴明が、ほんの少しだけ目を細める。


「効くと信じる気持ちも、大事です」


その時――


「おじいちゃん!」


幼い声が響いた。


振り向く。


小さな男の子と女の子が、こちらへ走ってくる。


二人とも、まだ幼い。


男の子は店主によく似た目をしていた。


女の子は、その後ろを必死に追いかけている。


「あっ、こら!」


店主が慌てる。


「走るな!」


だが、その声にはどこか柔らかさがあった。


晴明が、その子供たちを見て、静かに尋ねる。


「……お孫さんですか?」


男は、一瞬だけ表情を止める。


そして、小さく頷いた。


「ああ……そうだ孫のルイとアルマ」


低い声。


「今は、息子の嫁と……この子たちが、うちに身を寄せてる」


その言葉に。


空気が、少しだけ変わる。


総司が、静かに男を見る。


「……息子さんは」


その瞬間。


男の表情が、硬くなる。


喉が、詰まる。


言葉が、一瞬止まった。


そして――


「……もしかして」


美雪が、小さく呟く。


「さっきの捜索隊に……」


沈黙。


男は、ゆっくり目を伏せた。


「ああ」


掠れた声。


「そうだ」


一拍。


「息子は……戻ってきてない」


風が吹く。


石畳の上を、冷たい空気が流れていく。


子供たちは、事情を完全には理解していないのか、ただ祖父のそばに立っていた。


だが――


どこか不安そうだった。


晴明は、静かに二人を見る。


そして。


もう二つ、小さなお守りを取り出した。


しゃがみ込み、子供たちの目線に合わせる。


「はい」


やわらかな声。


「君たちにも」


男の子が、不思議そうに受け取る。


「……これなに?」


「お守りだよ」


晴明が静かに言う。


「悪いものから、少しだけ守ってくれる」


女の子も、小さな手で受け取った。


ぎゅっと握る。


「……ほんと?」


「うん」


晴明は、穏やかに微笑んだ。


その表情を見て。


店主は、しばらく何も言わなかった。


ただ――


その目だけが、わずかに揺れていた。


重たい空気が、露店の周囲に静かに沈んでいた。


店主は、お守りを握ったまま俯いている。


その手は、わずかに震えていた。


息子は戻ってこない。


その現実が、今もこの男の中で終わっていないのだと分かる。


沈黙。


その空気を、少しだけ和らげるように――


「……もし何かあったら」


セレナが、静かに口を開いた。


店主が顔を上げる。


「私たち、しばらくここに滞在する予定だから」


一拍。


「遠慮なく声かけて」


その声音は、いつもの軽さより少し柔らかかった。


「力になれることがあるかもしれないし」


総司も、小さく頷く。


「うん」


「困ったことがあれば、言ってください」


美雪も続く。


「私たちでよければ」


晋作は腕を組みながら、軽く息を吐く。


「まぁ、こう見えて人数だけはいるしな」


「できることはやるよ」


晴明も静かに頷いた。


千代女も、やわらかく笑う。


「遠慮しなくていいから」


その空気の中で――


「……あっ」


茜が、ぱっと子供たちを見る。


そして少し前へ出た。


「お孫さんたちの遊び相手とかでもいいし!」


明るく言う。


「お店の手伝いとかもするよ!」


その言葉に。


男の子――ルイが、少しだけ目を丸くする。


女の子のアルマも、祖父の後ろからそっと顔を覗かせた。


店主は、一瞬だけ驚いたように目を開き――


やがて、小さく笑った。


本当に、ほんの少しだけ。


だが。


さっきまでより、確かに柔らかい表情だった。


「……そうだな」


低い声。


「その時は、また声をかけさせてもらうよ」


「うん!」


茜が嬉しそうに頷く。


その様子を見て、美雪も少しだけ表情を緩めた。


だが――


風が吹く。


遠く。


霧に覆われた城壁の方角。


空気が、また重くなる。


誰もが、そこに“何か”がいることを感じていた。


総司が、静かに視線を向ける。


「……行こうか」


低く言う。


「ええ」


セレナが頷く。


八人は、その場を後にする。


石畳を踏む足音が、静かに遠ざかっていく。


店主は、その背中をしばらく見つめていた。


やがて――


小さく息を吐く。


そして、孫たちへ視線を向ける。


「……ルイ、アルマ」


優しく呼ぶ。


「そろそろ帰るぞ」


空を見上げる。


厚い雲。


鈍い灰色。


「雨が降りそうだ」


風が、少し冷たい。


「うん!」


ルイが返事をする。


アルマも、小さく頷いた。


店主は露店の品を片付け始める。


布を畳み。


木箱を閉じる。


その動きは慣れているはずなのに、どこか急いでいた。


まるで――


暗くなる前に、この場を離れたいかのように。


やがて。


片付けを終えると、店主は孫たちの手を取った。


「行くぞ」


三人は、足早に石畳の道を歩いていく。


その背後。


遠くの霧だけが――


静かに、そこに漂い続けていた。


――カルカソンヌ・宿泊施設。


外では、空がゆっくりと色を失い始めていた。


石造りの街は、夜になるにつれてさらに静けさを増していく。


その一室。


八人は、テーブルを囲んでいた。


軽食が並んでいる。


パン。


温かいスープ。


簡素な肉料理。


だが、誰もゆっくり味わう空気ではなかった。


会話の中心にあるのは――あの霧だ。


「……正直、想像以上だったわね」


セレナが、静かに息を吐く。


グラスを机に置く。


「ただの拠点じゃない」


「完全に“領域化”してる」


「ええ」


晴明が頷く。


「しかも、かなり強引な形で固定されている」


一拍。


「自然発生ではない」


「意図的に作られてるね」


総司が、静かに言う。


思い返す。


あの騎士たち。


霧。


異様な圧迫感。


「……気味悪い」


ぽつりと。


茜が呟く。


スープの湯気を見つめながら。


「なんか、あそこだけ別世界みたいだった」


肩を小さく抱く。


「しかも夜に馬の音とかさ……普通に怖いんだけど」


「同感だ」


鷹宮が、低く言う。


腕を組み、表情を険しくする。


「近づくこと自体が困難な以上、調査も容易ではありません」


「そうね」


セレナが頷く。


「それと――」


少し目を細める。


「行政が立ち入り禁止にしたって話」


「そこも気になるわ」


一拍。


「普通の対応にしては早すぎる」


視線が、鷹宮へ向く。


「鷹宮さん、そっち調べてもらってもいい?」


「了解しました」


鷹宮が即座に頷く。


だが、その直後――


「だったら」


千代女が、静かに口を開いた。


全員の視線が向く。


「もう潜り込ませてる諜報員二人と連携した方が早いかも」


沈黙。


「……は?」


晋作が止まる。


「もう?」


「えっ」


美雪も目を丸くする。


「潜り込ませてるの!?」


「うん」


千代女は、軽く頷く。


まるで当たり前のように。


「行政側と、現地警備側に一人ずつ」


「今のところ露見はしてない」


空気が止まる。


「……仕事早すぎない?」


セレナが呆れ半分で言う。


「というか有能すぎるでしょ……」


「忍ってすげぇな……」


晋作が、半ば本気で感心する。


「情報戦強すぎるだろ」


「……すごい」


茜も素直に呟く。


「もう潜入終わってるんだ……」


千代女は、小さく肩をすくめた。


「そんな大したことじゃないわよ」


さらっと言う。


「向こう着いた時点で動かしただけだし」


「いや十分すごいよ!?」


美雪が思わず言う。


その反応に、千代女は少しだけ笑った。


だが――


空気はすぐに、再び重くなる。


店主の話。


消えた観光客。


戻らなかった捜索隊。


そして――息子。


「……あの子たちのお父さん」


美雪が、小さく呟く。


視線が落ちる。


「無事でいてくれるといいけど……」


その声には、はっきりとした心配が滲んでいた。


沈黙。


その後で――


「生きてるなら助ける」


総司が、静かに言う。


迷いのない声。


「観光客も含めて」


一拍。


「全員、助け出す」


その言葉に。


「……もちろんよ」


セレナが頷く。


「そのために来たんだし」


「だな」


晋作も頷く。


「見捨てる気はねぇよ」


「うん」


茜も、しっかり頷く。


「助けられるなら、助けたい」


晴明も静かに目を閉じる。


「まずは状況把握が必要ですね」


その時――


窓の外で、ぽつり、と音がした。


雨。


次第に、窓を叩く音が増えていく。


しとしとと。


静かな雨。


だが――


その向こう。


街並みの奥に、薄い霧が漂い始めていた。


「……また霧」


美雪が、小さく呟く。


「夜で歩くのは危険ね」


セレナが、窓を見ながら言う。


「視界も悪くなる」


「なら」


晴明が、静かに口を開く。


「私の式を向かわせよう」


視線が上がる。


「分からない場所へ無策で突っ込むより――」


一拍。


「先に調べる方がいい」


「……そうだね」


総司が頷く。


その時。


晴明が、美雪を見る。


「美雪さん」


穏やかに呼ぶ。


「雪豹をお願いできるかな」


「うん」


美雪はすぐに頷いた。


「大丈夫」


その瞬間。


晴明が、静かに指を組む。


空気が変わる。


「――顕現せよ」


淡い光。


そこから現れたのは――数体の白狐。


白い毛並み。


細い目。


霊的な気配を纏っている。


音もなく床へ降り立つ。


「行け」


晴明が、低く告げる。


次の瞬間。


白狐たちは、影のように窓の外へ消えていった。


続いて――


美雪が、静かに目を閉じる。


冷気が広がる。


白い粒子。


そして。


低い唸り声。


現れたのは――巨大な雪豹。


白銀の毛並み。


鋭い蒼い瞳。


静かな威圧感。


「お願い」


美雪が、そっと言う。


雪豹は、静かに頷くように目を細め――


そのまま窓の外へ飛び出した。


雨の中へ。


沈黙。


「……何かあったら、すぐ全員に連絡」


総司が言う。


「今日は、一旦休もう」


誰も異論はなかった。


だが――


誰も安心はしていない。


雨が、窓を激しく打ちつけていた。


石造りの建物に響く雨音は、妙に重い。


空気まで湿っているような、不快な静けさが部屋を包んでいた。


八人は、それぞれ思考を巡らせていた。


休むつもりが全員その場を動かなかった。


テーブルの上には、まだ飲みかけのカップが残っている。


霧。


騎士。


消えた観光客。


そして――あの店主の話。


誰も、完全に気を抜ける空気ではなかった。


その時だった。


ヒヒィィン――!!


突然。


馬の鳴き声が響く。


近い。


そして――


カツン……カツン……カツン……


石畳を打つ蹄の音。


雨音の中でも、はっきり聞こえる。


重い。


異様なほど重い音。


「……っ!」


総司が、瞬時に顔を上げる。


「今の――!」


「馬……!?」


茜が息を呑む。


セレナが立ち上がる。


「外よ!」


次の瞬間。


全員が動いていた。


椅子が鳴る。


扉が開く。


冷たい雨風が、一気に流れ込んでくる。


――外。


雨は強い。


石畳が濡れ、灯りを鈍く反射している。


視界は悪い。


だが――


聞こえる。


カツン……カツン……


遠ざかる蹄の音。


「こっちだ!」


総司が先に駆け出す。


その後を、全員が追う。


雨が容赦なく身体を打つ。


風が吹き抜ける。


そして――


「アルマァァ!!」


叫び声。


男の声。


悲鳴のような響き。


「……!」


総司が角を曲がる。


そこにいたのは――昼間の店主だった。


ずぶ濡れになりながら、必死に辺りを見回している。


その顔は、恐怖で完全に引き攣っていた。


「おじいさん!」


総司が駆け寄る。


店主が、弾かれたように振り向く。


目が、怯えきっている。


「お、お前たち……!」


声が震えていた。


「どうした!?」


総司が問う。


その瞬間。


店主が、崩れるように総司の腕を掴む。


「アルマが……!」


掠れた声。


「アルマが連れて行かれた!!」


27話  完

 


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