2話 記憶の先に重なる想い
2話 記憶の先に重なる想い
消毒液の匂いが、静かに漂う。
夜の病室は、どこか輪郭がぼやけていた。
「先生」
小さく、声がかかる。
振り向いたのは、白衣を着た小太りの医者だった。
「……どうしました?」
「例の患者が……目を覚ましました」
その言葉に。
空気が、わずかに張り詰める。
「……そうですか」
医者は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
「意識は?」
「はっきりしていますが……」
言葉を選ぶように、わずかに間を置いて。
「混乱しています」
「……」
短い沈黙。
やがて、医者は小さく頷いた。
「分かりました」
ポケットから、携帯を取り出す。
迷いなく、番号を押す。
数回のコールの後。
「……私です」
声を潜める。
「例の人物が――目を覚ましました」
わずかな間。
「ええ……はい」
表情は変わらない。
だが。
その目だけが、わずかに細められる。
「分かりました。お待ちしています」
通話を切る。
そして、静かに息を吐いた。
「……来るか」
---
白い天井。
ぼやけた視界の中で、それがゆっくりと形を持ち始める。
規則的な音が、耳に届く。
――ピッ、ピッ、と。
「……」
意識が、浮かび上がる。
まぶたが重い。
だが、無理やりにでも開く。
知らない天井。
「……は……」
呼吸が浅い。
だが。
確かに、生きている。
「……ここは……どこだ……」
声が、かすれる。
視線を動かす。
見慣れない空間。
見慣れない装置。
理解が、追いつかない。
「……近藤さんは……」
言葉が、自然に出る。
「土方さんは……」
胸の奥が、ざわつく。
「新選組は……!」
上体を起こそうとする。
だが。
「っ……!」
身体が、思うように動かない。
それでも。
無理やり、腕に力を込める。
「どうなってる……!」
呼吸が乱れる。
視界が、わずかに揺れる。
「俺は……確か……」
記憶は、そこまでだった。
その先が、ない。
「どうなっている……!」
思わず、声が強くなる。
その時。
「動かないでください!」
鋭い声が、割り込む。
白衣の医者と看護師が、駆け寄ってくる。
「まだ安静に――」
言い終わる前に。
総司は、無理やり身体を起こそうとする。
「近藤さんはどこだ!」
「土方さんは!」
「新選組はどうなった!!」
言葉が、止まらない。
呼吸が、乱れる。
「落ち着いてください!」
医者が肩を押さえる。
だが。
「離せ!」
反射的に、腕を振るう。
その動きは。
常人のものではなかった。
「……っ!」
医者の表情が、わずかに変わる。
「力が……」
想定を、超えている。
看護師が一瞬だけ怯む。
それでも。
総司は、止まらない。
その時。
扉が、静かに開いた。
音は、ほとんどしない。
だが。
足音が、響く。
一定のリズムで。
迷いなく、こちらへと近づいてくる。
医者が、わずかに身を引いた。
自然と、道が開く。
その動きだけで。
“立場”が分かる。
姿は、まだ見えない。
だが。
確実に、近づいてくる。
「落ち着きたまえ、沖田総司君」
低く、よく通る声。
その一言で。
場の空気が、制される。
総司の動きが、わずかに止まる。
「……」
名前を、呼ばれた。
この男は。
なぜ、それを知っている。
「……誰だ」
睨みつける。
「ここはどこだ!」
呼吸が、荒い。
だが。
男は、姿を現す。
黒いスーツ。
年の頃は、五十前後。
わずかに目を細め。
総司を見据える。
「君のいた時代より――約百五十年後の未来だ」
「……何を言っている」
総司の声が、低く沈む。
視線が、鋭くなる。
理解が、追いつかない。
いや。
理解を、拒んでいる。
男は、わずかに視線を逸らした。
ほんの一瞬だけ。
そして。
再び、総司を見る。
「――その証拠に」
静かに、言葉を落とす。
「君の記憶に、そこの装置はあるか?」
顎で、部屋の一角を示す。
総司の視線が、そちらへ動く。
見慣れない機械。
見たことのない形。
理解できない構造。
「……」
言葉が、出ない。
男は続ける。
「この部屋にあるもの――どれ一つとして、見覚えはないはずだ」
一拍。
わずかに、間を置く。
「違うか?」
逃げ場を、与えない。
現実を、突きつける。
「……っ」
総司の呼吸が、乱れる。
否定したい。
だが。
否定できない。
男は、わずかに間を置いた。
「それともう一つ」
視線が、わずかに下がる。
「医療――君達の時代の言葉で言うなら、医術かな?」
再び、視線が合う。
「その技術も発展している」
静かに。
だが、確実に。
「現在の日本では」
一拍。
「結核……労咳は、不治の病ではない」
その言葉が。
深く、突き刺さる。
総司の呼吸が、一瞬止まる。
「……」
思考が、止まる。
身体だけが。
確かに、生きていることを伝えてくる。
男は、総司の様子を静かに見ていた。
そしてつづける。
「歴史を変えないために、神術、魔術、道術、現代科学技術を駆使し、死に際ギリギリのところで君を呼ばせてもらった。」
わずかに呼吸が乱れ。
視線が揺れている。
それを確認するように。
ゆっくりと、口を開く。
「……理解できたか?」
問いは、静かだった。
だが。
逃げ場はない。
「……」
総司は、すぐに答えない。
視線を落とす。
拳が、わずかに震えている。
「……理解など」
かすれた声。
「できるはずがない……」
吐き出すように。
だが。
先ほどまでのような、激しさはない。
「……だが」
そこで、言葉が止まる。
視線が、ゆっくりと上がる。
男を、見る。
「……否定も、できない」
絞り出すような声。
呼吸は、まだ乱れている。
それでも。
確かに、落ち着き始めていた。
男は、わずかに目を細める。
「そうか」
それだけを、静かに告げた。
「……だが」
総司の視線が、鋭くなる。
「何のためにだ!!」
押し殺していた感情が、再び噴き出す。
「お前らは――一体何なんだ!!」
病室の空気が、震える。
だが。
男は、動じない。
そのまま、静かに総司を見据える。
わずかに、間を置いて。
口を開いた。
「我々は――特異事象対策班、通称AX班(Anomaly eXperiment)」
わずかに、間。
「防衛省直轄――非公認の組織だ」
その言葉に。
空気が、わずかに重くなる。
「AX班?それは何のための対策組織だ!」
総司の視線が、鋭くなる。
疑念は、消えていない。
むしろ。
深まっている。
男は、その視線を受け止めたまま。
静かに、口を開く。
「大きく言えば――公にできない事象への対処だ」
わずかに、間。
「魔術」
「怪異」
「そして――」
一拍。
「諸外国、あるいは多次元からの侵攻、及びそれに準ずると疑われる事象………」
言葉が、重く落ちる。
現実とは思えない内容。
だが。
男の声には、揺らぎがない。
「それらに対処するための組織だ」
静かに、断言する。
「……」
総司は、言葉を失う。
理解は、追いつかない。
だが。
冗談ではないことだけは、分かる。
男は、一歩だけ距離を詰めた。
視線を、外さない。
「そして」
わずかに、間。
「そこに――君の力を加えたい」
言葉が、静かに落ちる。
だが。
その意味は、重い。
「……俺の、力だと」
総司の声が、わずかに揺れる。
男は、わずかに頷いた。
「そうだ」
迷いなく。
「君には、その価値がある」
男は、総司の反応を静かに受け止めていた。
わずかに、視線を落とす。
そして。
再び、口を開く。
「……単純な話だ」
声は、変わらず落ち着いている。
「君には、協力してもらいたい」
一拍。
「実働の部隊として」
その言葉は、静かだった。
だが。
重い。
「……協力、だと」
総司の眉が、わずかに動く。
男は、頷く。
「この時代で」
一歩、わずかに距離を詰める。
「君の天然理心流の剣技を使って欲しい」
視線が、ぶつかる。
逃げ場は、ない。
「……ふざけるな」
総司の声が、低く響く。
「勝手に人を引きずり出しておいて……」
拳が、震える。
「協力しろだと……?」
怒りが、滲む。
男は、その感情を受け止めるように。
ほんのわずかに、目を細めた。
「無理にとは言わない」
静かに。
「だが」
一拍。
「関わるかどうかではない」
視線が、わずかに鋭くなる。
「すでに、関わっている」
言葉が、重く落ちる。
「……」
総司の呼吸が、わずかに止まる。
男は、続ける。
「すでに、いくつも事例は確認されている」
わずかに、間。
「偶然巻き込まれ、命を落とした者もいる」
静かな声。
だが。
その一言に、重みがある。
「君がここにいる時点で――例外ではない」
わずかに、間。
男は、一歩引く。
「答えは急がなくていい」
静かな声。
「だが」
一拍。
「時間は多くはない」
それだけを告げる。
踵を返す。
足音が、響く。
一定のリズムで。
扉へと向かう。
「……待て」
低い声が、背中を止める。
足音が、止まった。
振り返らない。
だが。
確かに、聞いている。
「……一つ、聞く」
総司の視線が、まっすぐ向けられる。
「協力しろというのは――命令か?」
空気が、わずかに張り詰める。
沈黙。
短いが、重い間。
男は、ゆっくりと振り返った。
その表情は、変わらない。
だが。
わずかに、柔らいでいた。
「……命令ではない」
静かな声。
一拍。
「依頼――」
そこで、言葉が止まる。
ほんのわずかに、息を吐く。
そして。
「……いや」
言い直す。
「お願いだ」
その一言は。
これまでのどの言葉よりも。
わずかに、人の温度を持っていた。
「……」
総司の目が、わずかに揺れる。
その言葉の意味を。
量ろうとするように。
「……お前の言っていることを」
低く。
押し殺すように。
「どう信用すればいい!」
空気が、張り詰める。
男は、その言葉を静かに受け止めた。
わずかに、息を吐く。
「そうだな」
一拍。
「私の名前を言おう」
静かに。
だが。
はっきりと。
「松平――松平勇」
その名が、落ちる。
「これだけで」
わずかに、間。
「少しは信用してもらえる気はするが?」
「不服かな?」
「……松平、だと」
総司の目が、見開かれる。
「松平って……会津藩の……!」
声に、驚きが混じる。
男――松平は。
わずかに、口元を緩めた。
ほんの少しだけ。
「名前の方は」
静かに、続ける。
「両親が――君たち新選組を、リスペクトしていたからだそうだ」
そして男は続ける
「そして君をこの時代へ呼ぶ事を私が上へ進言した」
「君たち新選組は近藤局長を筆頭に、信念を持って、魂を持って一つの時代を駆け抜けてきた。武士として、人として!」
「言わば、私はその信念に賭けたい。君たちのファンの1人として…その事を念頭に置いて欲しい」
淡々と。
だが。
どこか、柔らかさが混じる。
「……」
総司は、言葉を失う。
理解が、追いつかない。
だが。
先ほどまでとは違う。
「……もう一つ」
視線を上げる。
「質問させろ」
松平は、わずかに頷く。
「構わない」
総司は続ける
「江戸幕府は……」
息が、詰まる。
それでも。
言葉を絞り出す。
「新選組は……どうなった!!」
強く。
問い詰める。
一瞬の、静寂。
松平は、わずかに視線を外した。
そして。
部屋の一角へと、目を向ける。
「そこに、歴史書がある」
淡々と。
「それを見れば、この百五十年のことは分かる」
「もちろん新選組の事もだ」
総司の視線が、そちらへ向く。
積まれた、数冊の本。
見慣れない装丁。
「私が答えてもいいが」
再び、視線が戻る。
「先入観や感情が入ってしまいかねない」
一拍。
「事実だけを知るといい」
静かな声。
押し付けは、ない。
ただ。
選ばせている。
「……」
総司は、何も言わない。
ただ。
その本を、見つめていた。
松平は、それを確認すると。
わずかに、足を止める。
振り返らないまま。
「もう一度言うが、答えは急がなくていい」
静かな声が、背中越しに落ちる。
「だが」
一拍。
「時間は多くはない」
それだけを残し。
再び歩き出す。
足音が、響く。
一定のリズムで。
扉へと向かう。
そして。
そのまま、部屋を出た。
静かに。
扉が、閉じる。
「……」
静寂が、戻る。
足音は、もう聞こえない。
残されたのは。
自分と。
現実だけ。
「……」
総司の視線が、ゆっくりと動く。
部屋の一角。
そこに積まれた、数冊の本。
松平の言葉が、よぎる。
――事実だけを知るといい。
「……っ」
わずかに、息を呑む。
迷いが、あった。
だが。
そのままでは、いられない。
ゆっくりと、手を伸ばす。
指先が、本に触れる。
見慣れない装丁。
重みが、ある。
「……これが……」
小さく、呟く。
そして。
ページを、開く。
紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。
---
視線が、文字を追う。
最初は、ゆっくりと。
だが。
次第に、速くなる。
「……」
ページをめくる。
紙の音が、やけに乾いている。
並んでいるのは。
知らない言葉ではない。
だが。
知っているはずのものが。
違う形で、並んでいる。
「一八六八年 江戸城無血開城……」
「……」
息が、詰まる。
ページを、めくる。
震える指で。
「……近藤……勇……」
名前を、なぞる。
その下に。
「……一八六八年 近藤勇……」
「……」
指が、止まる。
呼吸が、浅くなる。
理解したくない。
だが。
目を、逸らせない。
ページを、めくる。
震える指で。
「……土方……歳三……」
その下に。
「……一八六九年 土方歳三……」
「……っ」
喉が、鳴る。
音にならない。
ただ。
現実だけが、そこにある。
さらに、ページをめくる。
「……斎藤……一……」
その名前に。
ほんのわずかに、息が止まる。
続く文字を、追う。
「……藤田五郎に改名し明治……警察……」
知らない言葉。
だが。
生きている。
その事実だけは、伝わる。
「……」
本を持つ手が、わずかに震える。
「……生きたのか……」
小さく。
かすれる声で。
零れた。
その時。
ぽたり、と。
一滴。
紙の上に、落ちた。
「……」
遅れて、気づく。
頬を伝うものに。
それが何かを。
理解するまでに、時間がかかった。
しばらくの間。
総司は、動かなかった。
本を閉じることも。
言葉を発することもなく。
ただ。
静かに、そこにいた。
やがて。
ゆっくりと、息を吐く。
「……」
震えは、まだ残っている。
だが。
先ほどまでとは違う。
総司は、本を閉じた。
静かに。
そして。
顔を上げる。
その目には。
わずかな、迷いと。
それ以上の、決意があった。
「……先生」
低く、呼ぶ。
少しして。
小太りの医者が、部屋に入ってくる。
「……どうしました?」
総司は、まっすぐに見る。
「松平と、話がしたい」
「……」
医者は、一瞬だけ言葉を失う。
だが。
すぐに、頷いた。
「分かりました」
ポケットから、スマホを取り出す。
「これで、連絡が取れます」
見慣れない物。
手のひらほどの大きさ。
「……?」
総司が、わずかに眉をひそめる。
医者は、それに気づき。
簡単に操作を見せる。
「ここを押して――耳に当てて相手の声が聞こえたら話してください」
「……」
戸惑いながらも。
それを受け取る。
わずかに、重い。
そして。
指示された通りに。
操作する。
音が、鳴る。
耳に当てる。
「……沖田です」
それだけを、告げる。
「……意外に早かったな」
落ち着いた声。
「答えは出たか?」
「……」
総司は、何も言わない。
ただ。
その呼吸だけが、わずかに伝わる。
だが。
それで十分だった。
「……そうか」
わずかに、息を吐く音。
「ならば」
一拍。
「君の慣れ親しんだ愛刀――菊一文字を用意しよう」
「当然」
わずかに、間。
「君の羽織も一緒に、だ」
静かな声。
だが。
どこか、確信があった。
「今は」
一拍。
「結核……労咳を完全に治せ」
短く。
それだけを告げる。
通話が、切れた。
「……」
総司は、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
耳に残るのは。
あの男の声と。
自分の、決断だった。
――はらり、と。
桜の花びらが、舞い落ちる。
その一枚が。
総司の肩に、触れた。
「……」
ふと。
視線が、上がる。
月明かりに照らされた桜が、静かに揺れている。
さっきまでとは、まるで違う景色。
「……」
静かに、息を吐く。
――戻ってきた。
あの時の記憶から。
「総司くん」
不意に。
柔らかい声が、届く。
振り向く。
そこには。
美雪が、立っていた。
「探したよ」
少しだけ、頬を膨らませて。
だが。
どこか、安心したように笑う。
「……悪い」
総司は、小さく呟く。
美雪は、首を横に振る。
「ううん」
そう言って。
一歩、近づく。
そして。
そっと。
総司の袖に、触れる。
「ここにいたんだね」
その仕草は。
あまりにも自然で。
温かかった。
「……ああ」
短く、答える。
少しの沈黙。
だが。
不思議と、重くはない。
「……ねえ」
美雪が、口を開く。
「さっきから、少し変だよ?」
じっと、見つめる。
逃がさないように。
「……そうか」
総司は、わずかに目を細める。
「ちょっとだけ、昔のことを思い出していた」
嘘ではない。
だが。
すべては言わない。
美雪は、少しだけ首を傾げる。
「ふーん……」
納得していない顔。
だが。
それ以上は、聞かない。
代わりに。
少しだけ、笑った。
「まあいいや」
そして。
そのまま、距離を詰める。
「総司くん」
名前を呼ぶ声が。
少しだけ、近い。
「私との事、ちゃんと覚えてる?」
「……ああ」
即答だった。
美雪は、少しだけ目を細める。
「ならいいけど」
そして。
ふっと、視線を落とす。
「白馬岳でさ」
ぽつり、と。
「私のこと、連れ出してくれたでしょ?」
「……」
総司は、黙る。
あの雪山。
あの出会い。
すべてが、繋がる。
「だからさ」
美雪は、顔を上げる。
まっすぐに、見る。
「総司くんと私は、一緒にいるんだから」
少しだけ、照れたように。
でも。
逃げずに。
そう言って。
そっと。
総司の隣に腰を下ろす。
肩が、触れる。
そのまま。
自然に。
美雪は、総司の肩に寄りかかった。
「……ねえ」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「私には、ちゃんと話してほしいな?」
ほんの少しだけ。
甘えるように。
でも。
どこか真剣に。
「一人で抱え込まないでよ?」
間を置いて。
そして。
少しだけ、笑う。
「ちゃんと、頼ってくれていいんだから」
そのまま。
肩に、体重を預ける。
「……その代わり」
わずかに、顔を上げる。
距離は、近いまま。
「ちゃんと、責任とってよね?」
その言葉は。
軽いようで。
どこか、重かった。
「……責任、か」
総司は、小さく呟く。
そして。
わずかに、笑った。
ほんの少しだけ。
「分かった」
短く。
だが。
迷いはない。
「俺が、取る」
その言葉は。
静かに。
確かに、響いた。
---
「……うん」
---
小さく。
でも。
はっきりと。
---
美雪は、頷いた。
---
そのまま。
少しだけ、体を預ける力が強くなる。
---
「じゃあ」
---
ほんの少しだけ、笑って。
---
「ちゃんと見てるからね?」
---
からかうようで。
でも。
どこか安心したように。
---
桜の花びらが。
静かに。
二人の間に、降り積もっていく。
---
その中で。
ふと。
胸元で、何かが触れ合った。
---
美雪の胸元。
そして。
総司の胸元。
---
それぞれにかけられたネックレス。
---
総司の胸元には。
小さな桜を象った意匠。
---
美雪の胸元には。
繊細な雪の結晶を模した意匠。
---
わずかに。
引き寄せられるように。
---
二つが、重なる。
---
かち、と。
小さな音がした。
---
桜と雪が。
ぴたりと合わさる。
---
「……?」
---
美雪が、わずかに首を傾げる。
---
だが。
それ以上は、気にしない。
---
次の瞬間。
---
月明かりを受けて。
それは、淡く光を反射する。
---
まるで。
---
二人の繋がりを、示すかのように。
------------------
少し離れた場所。
夜桜の下。
屋台の明かりが、やわらかく揺れている。
セレナ、晴明、茜、晋作の四人は。
買ったばかりの食べ物を手に。
その場に腰を落ち着けていた。
「……遅いですね」
茜が、桜の向こうを見ながら呟く。
手には、温かい焼き物。
だが。
視線は、遠くへ向いたまま。
「美雪さんも、総司さんも……」
「まだ戻ってきませんね?」
そう言って。
すっと、立ち上がる。
「ちょっと、探してきます!」
その瞬間。
「――あら」
軽い声。
セレナが、杯を傾けながら。
くすっと笑う。
「野暮なことはしないの」
ひらり、と。
ウインクを一つ。
「……え?」
茜が、きょとんとする。
その隣で。
「今は控えるべきですね」
晴明が、静かに酒を口に運ぶ。
落ち着いた声。
どこか余裕すら感じさせる。
「おいおい」
晋作が、串を片手に笑う。
「俺だってそれくらいは分かるぜ?」
「……あら?」
セレナが、わざとらしく目を見開く。
「晋作って、そういうのヅカヅカ行くタイプだと思ってたんだけど?」
杯を軽く揺らしながら。
「ちゃんと空気、読めるんだ?」
「おい」
即座に、ツッコミが入る。
「どういう意味だそれは」
「そのままの意味だけど?」
さらり、と。
「失礼だな……」
晋作は、苦笑する。
セレナが、楽しそうに笑う。
「……あ」
茜が、ふと気づく。
「……そういう……」
顔が、ほんのり赤くなる。
「……なるほど」
小さく、呟く。
そして。
すとん、と。
元の場所に座り直した。
「分かればいいの」
セレナが、満足そうに微笑む。
夜桜と。
屋台の灯りの中。
四人の間には。
どこか、穏やかな空気が流れていた。
2話完
予定よりも結構早く作成でき投稿できました。
おかげさまで2話まで作成することが出来ました。
今回は少しこの物語の確信に迫るところまで描いております。
お楽しみいただければ幸いです。
評価やコメントなどいただければ励みにもなります。
よろしくお願いします。
※次回3話は5〜7日中に投稿予定です。




