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1話 桜の木の下で

春の風が、やわらかく吹いていた。

――けれど、その空気の中に、わずかな“ズレ”があった。


舞い上がる桜の花びらが、ひらひらと空を漂い、地面に淡く積もっていく。


賑わう花見会場の一角。

三人の少女の周囲だけ、どこか空気が澄んでいた。


銀色の髪が、風に揺れる。


淡い私服には、さりげなく雪の模様。

静かに立つその少女は、周囲から少しだけ浮いて見えた。


「……まだかな」


銀髪の少女が、小さく呟く。

視線は、入口へ向けられていた。


「少し早すぎたんじゃない?」


隣に立つ、金色の髪を揺らす女がくすりと笑う。

腕を組み、どこか余裕のある表情を浮かべている。


「別に、待ってる訳じゃないよ」


銀髪の少女はそっぽを向く。

その頬が、ほんの少しだけ赤らんでいた。


「ふふ、分かりやすい」


「……別に。来るって分かってるし」


銀髪の少女が、視線を逸らしたまま付け加える。


少し後ろでは、もう一人の少女がやわらかく微笑んでいた。


「でも、こういうの……いいですね」


周囲を見渡しながら、穏やかに言う。


「そうね。たまには悪くないわ」


風が吹く。

桜が舞う。


「ねぇ、ちょっといい?」


三人が同時に振り向く。

男が二人、距離を詰めてきていた。


「俺たちと一緒に回らない?」


「ごめんなさい、待ち合わせしてるので」


後ろの少女が一歩引き、やわらかく断る。


「えーいいじゃん、ちょっとくらい」


男は気にした様子もなく、さらに距離を詰める。


「そういうのは遠慮してもらえるかな?」


金髪の女が腕を組んだまま、静かに言う。


「ね、そっちの子は?」


男の一人が、銀髪の少女へ視線を向ける。


ゆっくりと手が伸びる。


「……触るな」


低く、冷たい声。


その一言で、空気が凍りついた。


男の手が、ぴたりと止まる。


「……そういうの、嫌いなの」


銀髪の少女が、静かに言い添える。


その瞬間。


周囲のざわめきが、わずかに遠のいた。


――背後から。


「あーそれ……やめとけ、やめとけ。手ぇ出さない方が身のためだぞー」


ラフな格好の男が、軽く肩をすくめる。


もう一人の男が、小さく笑う。


「その方がいいでしょうね」


「俺も……やめといた方がいいと思うけどな」


穏やかな声が、静かに重なる。


「は?なんだお前ら――」


「……これ以上は無粋よ」


言葉を遮る。


一瞬の間。


――次の瞬間。


ドンッ


鈍い音とともに、男の体が吹き飛ぶ。


周囲が一瞬ざわつく。


「ほらな」


ラフな男が、楽しそうに笑う。


「最初から止めなさいよね? 晋作。晴明もよ、分かってたでしょ?」


金髪の女――セレナが、やや呆れたように言う。


「言った通りになっただろ?」


軽く顎で、倒れた男の方を示す。


その隣で。


もう一人の男が、小さくため息をつく。


「少しやりすぎじゃないかい?」


落ち着いた声。


金髪の女へ静かに視線を向ける。


「あれくらいで止まる相手なら、最初から来ないわ」


金髪の女が淡々と言う。


「それでも、周りの目はあるからね――セレナ」


男は淡々と続ける。


周囲を軽く見渡す仕草。


セレナは一瞬だけ視線を逸らし。


「……分かってるわ」


小さく息をつく。


「もう、ちゃんと止めてください、晋作さん」


後ろにいた少女が一歩前に出る。


困ったように眉を下げていた。


「いや、言っただろ?…茜」


晋作が気楽に返す。


「それは……そうかもしれませんけど」


茜が小さく苦笑する。


ほんの少し間を置いて。


「でも、もう少し早く止めてほしかったなー。というか、守ってほしかったです!」


少しだけ拗ねたように、でもやわらかく言う。


「どっちの味方なんだよ、茜」


晋作が呆れたように笑う。


「……私は晋作さんの味方ですよ?」


茜がやわらかく微笑む。


「“ちゃんとすれば”ですけど」


「条件付きかよ……」


晋作が肩を落とす。


その様子を見て。


「私たちも女の子って事ですよー」


茜が少しだけいたずらっぽく笑う。


「ね、セレナ?」


セレナは一瞬だけ目を細めてから。


「当然でしょ!ねー?」

セレナは視線を銀髪の少女に向ける。


「……普通そうよね、私たち女の子だし」

銀髪の少女が合わせる形で答えた。


軽く肩をすくめる。


その横で。


晴明が、一歩前に出る。


「はい!」


――パンッ


両手を打ち鳴らす、軽やかな音。


一瞬、全員の視線が集まる。


「みんな集まったし、そろそろ縁日に行きましょう」


「私も、楽しみにしていましたから」


穏やかな笑みのまま、続ける。


その一言で。


空気が、自然に切り替わる。


セレナがふっと息を吐き。


「……そうね」


小さく頷く。


そのまま、隣に立つ晴明の手を取る。


「行くわよ、晴明」


軽く引くように歩き出す。


晴明は微かに笑い、自然に歩調を合わせた。


屋台の灯りが連なり。

人の流れが、ゆっくりと前へ進んでいく。


少し遅れて。


その場に残った、二人。


風が吹く。

桜が舞う。


「お待たせ、美雪ちゃん」


穏やかな声。


「……待ちくたびれたわよ」


少しだけ視線を逸らして。


「……私に話しかけるのが遅い」


「ごめんね」


やわらかく、少しだけ困ったように笑う。


「二人とも、行くわよ」

「二人とも、行きましょう」


ぴたりと重なるセレナと茜の声。


「置いてくぞー」

晋作が軽く手を振る。


「急がなくても大丈夫だけどね」

晴明が小さく笑う。


美雪が、視線を上げる。


「……行こっか、総司くん」


「うん、行こう!美雪ちゃん」


二人は並んで歩き出す。


気づけば。


歩幅が、自然と揃っていた。


屋台の灯りが、視界いっぱいに広がる。


赤や橙の光が連なり。

夜の空気を、やわらかく照らしていた。


焼き物の香ばしい匂い。

甘い匂い。

人々の笑い声。


賑やかな空気が、一気に押し寄せる。


「すごいですね……」


茜が思わず声を漏らす。

目を輝かせながら、辺りを見渡していた。


「思ってたより賑やかだな」


総司が感心したように呟く。

屋台を見回しながら、少しだけ目を細める。


「俺たちの時代の祭りって、もっと素朴だったからさ」


「こんなに派手なのは、初めて見る」


その言葉に。


晋作が肩をすくめる。


「まあな」


「こんなにごちゃごちゃしてなかったな」


「出店はあっても、ここまで派手じゃねぇ」


軽く笑いながら続ける。


総司が少しだけ視線を上げる。


「まあ、比べたら素朴だけどさ」


一瞬、懐かしむように。


「その時はその時で、ちゃんと楽しかったよ」


ほんの一瞬、空気がやわらぐ。


「俺や晋作、晴明の時代は……」


総司が周囲を見渡しながら言う。


「もっと落ち着いてたよな?」


セレナが軽く視線を向ける。


「晴明の時代は……平安よね?」


少しだけ興味深そうに。


「どんな感じだったの?」


晴明が静かに口を開く。


「私の頃は、また少し違うね」


「平安の頃は、こういう賑わいは……もう少し静かだった」


淡々と語る。


「灯りも、もっと控えめでね」


視線を少し上げる。


「風と音を楽しむようなものだったよ」


一拍。


「部屋の灯りも、油に火を灯すくらいのものだったし」


少しだけ懐かしむように。


「外なんて、松明があるだけで十分明るかった」


「まあ、その辺は俺たちも似たようなもんだな」


晋作が軽く笑う。


「確かに」


総司も頷く。


「明るさっていうより、雰囲気を楽しんでた感じだよな」


総司が、少し考えるように続ける。


「そもそも、夜の祭りってそんなにあったか?」


首をかしげる。


「夕方くらいで終わってた気もするけどな……」


一瞬、思い出すように。


「京でも、夜通しって感じの祭りはあんまりなかった気がする、五山送り火?そのくらいしか覚えが…」


総司が続ける。


「祇園祭とかも、賑わいはすごかったけど」


「今みたいにずっと明るいって感じじゃなかったな」


「まあな」


晋作が頷く。


「こっちも似たようなもんだ」


「夜は静かに楽しむもんだったな」


「え、じゃあ……」


茜が少し驚いたように声を上げる。


「こんな風に、夜までずっと賑やかなのって珍しかったんですね」


「そういうことになるわね」


セレナが腕を組みながら言う。


「今の方が、ずっと派手で分かりやすいけど」


少しだけ肩をすくめる。


「昔の方が、風情はありそう」


少し間を置いて。


晴明が静かに口を開く。


「平安の頃で言えば……」


「灯りを流したり、月を眺めたり」


「そういう“静かな催し”が多かったね」


「……なんか、綺麗」


茜がぽつりと呟く。


「この時代はこういう感じが多いよ」


美雪が、少しだけ柔らかい口調で言う。


周囲を一瞥して。


「屋台も多いし、遊びも色々ある」


「へぇ……詳しいな」


総司が少し意外そうに笑う。


「……まあ、それなりに」


美雪が少しだけ視線を逸らす。


ほんの少しだけ。

空気がやわらぐ。


「美雪って、雪女の末裔なのに意外に詳しいわね」


セレナが、少しだけ驚いたように言う。


視線が集まる。


美雪は一瞬だけ間を置いて。


「……この時代に生きてるし」


少しだけ視線を逸らす。


「雪女だからって、山奥に引きこもってる訳じゃないのよ?」


言い返すようでいて、どこか力が抜けている。


ほんの一瞬、間を置いて。


「……私も一応、女の子なのよ?」


少しだけ俯いて。


「遊ぶし、お祭りってなったら……普通に楽しむよ?」


「雪女だからって、心まで冷たい訳じゃないいから…」


「ふふっ」


セレナが楽しそうに笑う。


「総司が来るの、首を長くして待ってたものね〜?」


「……別に」


「来るって分かってたし……ちょっと、楽しみだっただけ」


「……それ、ちょっと嬉しいな」


総司が、やわらかく笑う。


「おいおい、なんだそれ」


晋作がニヤつく。


「いい雰囲気じゃねぇか」


「ほんとね〜!誰かさんには、ちゃんと見せるのね〜」


セレナがくすっと笑う。


「いいですね……」


茜が頬を緩める。


「見てるこっちが照れちゃいます」


「……そうやって揶揄って…」


美雪がそっぽを向く。


「セレナや茜だって、同じじゃない……もう」


小さく呟く。


ほんの少しだけ、頬が赤い。


その様子に。


小さな笑いが、自然と広がる。


六人の足取りは、自然と揃っていた。


賑やかな灯りの中へと、溶けていく。



六人は、屋台の間をゆっくりと歩いていた。


色とりどりの提灯。

呼び込みの声。

行き交う人々。


視線を向けるたびに、新しいものが目に入る。


「わぁ……見てください、あれ!」


茜が少し前に出て、指をさす。


その先には。


「射的か」


晋作が軽く目を細める。


「懐かしいな」


「こういうのもあったんですか?」


茜が少し驚いたように振り返る。


「形は違うけどな」


晋作が肩をすくめる。


「腕試しみたいなもんだ」


「へぇ……」


セレナが興味深そうに覗き込む。


「面白そうね……ちょっと本気でやってみようかしら?」


そのまま、すっと前に出る。


「おや」


晴明が小さく笑う。


「珍しく積極的だね」


「こういうのは嫌いじゃないのよ」


セレナが軽く振り返る。


「付き合いなさい、晴明」


「はいはい」


穏やかに頷く。


その二人の背中を見送りながら。


「じゃあ俺らも――」


晋作が視線を逸らして、ニヤッとする。


「お、あっちは金魚すくいか」


「えっ、やりたいです!」


茜がぱっと表情を明るくする。


「決まりだな」


晋作が歩き出す。


「ほら、行くぞ」


「はい!」


茜がその後を追う。


残されたのは、二人。


ほんの少しだけ、周囲の喧騒が遠くなる。


「……行かなくていいの?あっち、楽しそうだけど」


総司が隣で軽く笑う。


美雪は少しだけ視線を巡らせて。


「……別に。いい」


一拍。


「人、多いし」


人の流れを、少しだけ避けるように視線を落とす。


「そう?」


総司が少しだけ楽しそうに言う。


「こういうの、嫌いじゃないでしょ」


美雪はほんの少しだけ視線を逸らして。


「……さっき言ったでしょ」


「楽しんでるって……」


ほんのわずかに、口元が緩む。


総司がふっと笑う。


「じゃあ、ゆっくり見て回ろうか」


押し付けるでもなく、急かすでもなく。


ただ、自然に。


そう言う。


美雪は一瞬だけ間を置いて。


「……うん」


小さく頷く。


二人は並んで歩き出す。


肩が触れそうで、触れない距離。


賑やかな音の中で。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


二人の間だけ、時間がやわらかく流れていた。


屋台の灯りの中へ。


総司がその隣に並ぶ。


「何か食べようか?」


美雪が少しだけ顔を上げる。


「……甘いの、好きだよ」


ほんの少しだけ間を置いて。


「……あればだけどね」


「あるある」


総司がすぐに反応する。


「ほら、あれ」


指差した先。


ふわふわとした綿菓子。


「どう?」


「……食べたい」


美雪が小さく頷く。


総司が屋台の方へ一歩寄る。


「すみません、綿菓子ひとつください」


「はいよ」


店員が手際よく割り箸を回す。


くるくると、白い綿菓子が大きく膨らんでいく。


「隣の彼女と食べるのかい?」


にやっと笑いながら、ちらりと美雪を見る。


「なら、おまけで大きくしといたよ」


ふわりと、ひと回り大きくなる。


その言葉に。


「……え?」


美雪が一瞬だけ固まる。


わずかに、視線が揺れる。


「……別に、そういうんじゃ……」


言いかけて。


少しだけ、言葉が途切れる。


「……でも」


一瞬だけ、総司の方を見る。


すぐに、視線を逸らして。


「……ちょっと、嬉しいかも……」


その横で。


「はは……」


総司が、少しだけ照れたように笑う。


「まあ……そんな感じ、かも」


軽く視線を逸らす。


完全には否定しない。


その返しに。


美雪の視線が、ぴくっと動く。


「ほら」


店員が笑いながら手渡す。


総司が受け取る。


「ありがとうございます、嬉しいです」


少しだけ柔らかく笑う。


その横で。


ほんの少しだけ迷ってから。


「……ありがとうございます」


美雪も、小さく頭を下げる。


「いいってことよ、楽しんでいきな」


店員が笑って手を振る。


その間も。


美雪は、少しだけ視線を逸らしたままだった。


「大きいね」


美雪が、小さく呟く。


「だな」


総司が軽く笑う。


「一緒に食べる?」


少しだけ迷ってから。


「……一緒がいい」


そのまま、少しだけ視線を上げる。


「……一緒に食べて?」


「良かった。俺も一緒に食べたかったから」


総司が、少しだけ照れたように笑う。


二人で綿菓子に顔を寄せる。


ふわっと甘い香りが広がる。


美雪が、少しだけちぎって。


「……はい」


差し出す。


一瞬だけ、間。


「え、いいの?」


「……いいから」


視線は逸らしたまま。


「じゃあ、いただきます」


総司が口にする。


「……甘い」


「だね」


少しだけ間を置いて。


今度は総司が、少しだけちぎる。


「はい」


美雪に差し出す。


「……え」


一瞬だけためらって。


「……じゃあ」


ほんの少しだけ、距離が近づく。


そのまま、差し出された綿菓子に――


パクッ、と口をつける。


総司が、少しだけ目を丸くする。


美雪は、すぐに視線を逸らした。

「甘くて美味しい…」


その頬が、ほんの少しだけ赤い。


そのまま。


二人の距離は、自然と近いままだった。


触れそうで、触れないまま。



射的の屋台の前。


並べられた景品を見ながら。


「へぇ……意外とちゃんとしてるのね」


セレナが興味深そうに呟く。


「見た目より難しいよ」


晴明が穏やかに言う。


「そう?」


セレナが少しだけ笑う。


「当てるだけでしょ?」


「そう思うなら、やってみるといい」


晴明が軽く促す。


「言われなくても」


セレナが一歩前に出る。


銃を構える。


軽く狙いを定めて――


パン、と音が鳴る。


一つ、景品が落ちる。


「……へぇ」


晴明がわずかに目を細める。


セレナが肩をすくめる。


「こんなものかしら」


もう一発。


今度は少し難しい位置。


狙って――


落とす。


「やるね」


晴明が素直に言う。


「でしょ?」


セレナが軽く笑う。


少しだけ振り返って。


「どう?少しは見直した?」


晴明が小さく息をつく。


「そうだね」


一歩前に出る。


「少しだけ」


銃を手に取る。


構えは自然。


ほとんど迷いがない。


パン、と音が鳴る。


一発で、奥の景品が落ちる。


さらに。


続けて撃つ。


カラン、カランと。


景品が次々と倒れていく。


「……ちょっと」


セレナが少しだけ目を見開く。


その横で。


店員が、明らかに困った顔をしていた。


「え、えーと……その辺で……」


引きつった笑みで声をかける。


晴明は、ふと手を止めて。


「……ああ、すまない」


何事もなかったように銃を置く。


「つい、やりすぎてしまった」


「ほんとよ」


セレナが呆れたように笑う。


「本気出してない顔でやるのやめてくれる?」


「君も、十分上手かったよ」


晴明が穏やかに返す。


「……そういうとこよね」


セレナが小さく息をつく。


「さらっと上を行くの」


一歩、近づく。


セレナが、晴明の袖を軽く引く。


ほんの少しだけ距離を詰めて。


「今度は、もう少し――楽しませてくれる?」


一瞬だけ間。


視線を逸らして、小さく。


「……あんたとやるの、結構楽しいし」


晴明が、わずかに目を細める。


「注文が多いね」


「それくらい出来るでしょ?」


セレナが挑むように笑う。


「……仕方ない」


晴明が小さく笑う。


「……じゃあ、少しだけ本気でいこうか」


数発。


的確に景品を落としていく。


カラン、カランと。


再び景品が倒れていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!?」


店員が思わず声を上げる。


「それ以上はちょっと……!」


「景品、なくなっちゃうんで……!」


晴明が手を止める。


「……失礼」


落ち着いた様子で銃を置く。


「加減が難しいね」


「難しいのはそっちじゃないでしょ」


セレナが呆れたように笑う。


手元には、いくつかの景品。


「これ、どうする?」


晴明が軽く持ち上げる。


セレナが少しだけ目を細めて。


一つ、景品に指先で触れる。


「……これ、ちょっといいかも」


くすっと笑う。


少しだけ間を置いて。


「……こういう時間も、悪くないわね」


一瞬だけ、晴明を見る。


「……あんたとなら」


晴明が穏やかに目を細める。


「そうだね」


短く、しかし確かに答える。


二人はそのまま。


景品を手に、次の屋台へと歩き出す。



少し離れた屋台の前。


水の入った桶の中で。


金魚がゆらゆらと泳いでいる。


「わぁ……!」


茜が目を輝かせる。


「可愛い……!」


「金魚すくいか」


晋作が覗き込みながら言う。


「これも、昔からあるんですか?」


「似たようなのはな」


晋作が肩をすくめる。


「ここまで整ってはなかったけど」


「やってみたいです!」


「だろうな」


少し笑う。


「ほら、やってみろ」


ポイを受け取る。


「いきます……!」


水面へ。


そっと近づけて――


「……あっ」


破れる。


「えぇ!?」


「早っ」


晋作が吹き出す。


「今のノーカンです!」


「いやちゃんとカウントされてるって」


「もう一回です!」


再挑戦。


「……あ、いけた!」


一匹、すくい上げる。


「やった……!」


「お、上手いねぇお嬢ちゃん」


店員が感心したように声をかける。


「その調子なら、もう何匹かいけるかもよ」


「ほんとですか!?」


茜がぱっと表情を明るくする。


「でも油断するとすぐ破れるからな〜」


店員が笑う。


「……それフラグな」


晋作が横でぼそっと言う。


「え?」


次の瞬間。


ポイが破れる。


「あーー!!」


「だから言っただろ」


「今のは違います!」


「何が違うんだよ」


「ちょっと油断しただけです!」


晋作が少しだけしゃがむ。


「ほら、貸してみろ」


「え、でも――」


すっと距離が近づく。


そのまま、耳元で。


「こうやるんだよ」


「ちょっ……!」


思わず肩が揺れる。


ポイを持つ手に、晋作の手が重なる。


「力入れすぎ」


「分かってますって……!」


そのままの距離で。


「ほら、ゆっくり」


「……むずかしいですって」


少し身を乗り出した拍子に。


ふと、距離が近づく。


晋作の腕に、やわらかな感触がふれる。


自分でも気づいて、思わず息を呑む。


「……っ」


茜の動きが、一瞬止まる。


ほんのわずかに。


そのまま、離れない。


「……どうした?」


すぐ近くで、低く声が落ちる。


「な、なんでも……っ」


言いかけて。


視線が合う。


すぐに逸らす。


「……なんでもないです!」


慌てて少し距離を取る。


でも。


さっきより、明らかに意識している。


そのまま――


すくう。


「……あ、いけた!」


「だろ?」


晋作が軽く笑う。


茜が少しだけ顔を赤くして。


「……ていうか近いです!」


「今更かよ」


「今気づいたんです!」


一瞬、間。


茜がふっと笑って。


「……じゃあ、もう一回教えてくださいよ」


少しだけ、わざとらしく。


「さっきの感じで」


晋作が一瞬止まる。


「……お前な」


「え、ダメですか?」


少し首を傾げる。


でも次の瞬間。


「……あ、やっぱいいです!」


「なんか恥ずかしくなってきました!」


顔を逸らす。


晋作が吹き出す。


「何だそれ」


「忘れてください今の!」


「無理だな」


「絶対からかうでしょ!」


「そりゃな」


「やっぱりー!」


「その子、持ってくかい?」


店員が袋を差し出す。


「はい……!この子、連れて帰ります!」


茜が嬉しそうに受け取る。


「逃がさないようにな」


「大丈夫です!」


ぎゅっと持つ。


袋の中で、小さく揺れる金魚。


茜が、じっと見つめる。


「……名前、つけましょう」


「は?」


晋作が呆れたように見る。


「もうかよ」


「だって、この子ですから」


大事そうに袋を持つ。


「ちゃんと呼んであげたいじゃないですか」


「……で、何にするんだよ」


少し考えて。


ふっと顔を上げる。


「……晋作ってどうですか?」


「却下」


即答。


「えー!?」


「何で俺なんだよ」


「だって」


少しだけ笑って。


「面倒見てくれたし」


「こうやって教えてくれたの、晋作さんですし」


「とりあえず晋作はやめろよな…」


ぶっきらぼうに言う晋作を横目に

「なら、皆んなと合流するまでに考えときます」

「決まった名前教えろよ?」

ほんの少しだけ、晋作は照れている。




屋台の灯りを抜けて。


少し開けた場所。

桜の下に、六人は腰を下ろした。


夜風に揺れる花びら。

提灯の光。

どこか遠くの喧騒。


「結構買ったわね」


セレナが袋を見下ろす。


「持ちすぎだろ、それ」


晋作が笑いながら覗き込む。


「いいじゃない、こういうのは多い方が楽しいのよ」


広げられていく屋台の食べ物。


「わぁ……!」


茜が身を乗り出す。


「全部美味しそうです!」


その手には、金魚の入った袋。


中で、小さく揺れる。


「……可愛い」


茜が嬉しそうに見つめる。


「“しん”も喜んでますね」


「は?」


晋作が即座に反応する。


「お前それ、ここで言うか?」


「いいじゃないですか」


茜がくすっと笑う。


「気に入ってるんです」


「完全に俺だろそれ」


「違いますよ」


少しだけいたずらっぽく。


「ちょっと似てるだけです」


「どこがだよ」


一瞬、間。


晋作が視線を逸らしながら。


「まぁ、いい…好きにしろよ…」


「ふふっ」


セレナが楽しそうに笑う。


「いいじゃない、“しん”」


「からかってるだろ」


「別に?」


肩をすくめる。


「でも、似てるって言われてるわよ?」


「嬉しそうだしな」


総司も軽く笑う。


「やめろって」


晋作がため息をつく。


でも。


明らかに、ほんの…少しだけ照れている。


「そういえば、戦利品なんだけど」


セレナが袋とは別に、景品を取り出す。


「……誰にしようかしらね」


「絶対変なのですよね!」


茜が身構える。


「じゃあ――茜に」


「えっ、私ですか!?」


「いいから、開けてみなさい」


「うぅ……分かりました」


恐る恐る包みを開ける。


「……あれ?」


中に入っていたのは。


小さな、和風のストラップ。


「何それ」


晋作が覗き込む。


「……可愛いです」


「茜、そういうの似合うと思って」


「え……?」


「……ありがとうございます!」


「良かったじゃねぇか」


晋作が笑う。


「……はい!」


「てかさ」


晋作が袋を見ながら言う。


「これ、何の戦利品なんだよ」


「ああ、それ?」


セレナが軽く笑う。


「射的よ」


「射的!?」


茜が驚く。


「途中から景品、ほとんどなくなってたし」


セレナが肩をすくめる。


「店の人にも止められたのよ」


「“それ以上はちょっと……”って顔してた」


セレナと晴明が、同時に言う。


「……」


一瞬の間。


「息ぴったりかよ」


晋作が呆れたように笑う。


「そこ揃うのね……」


美雪と総司が、同時に言う。


「……」


一瞬の間。


「お前らもかよ」


晋作がツッコむ。


ひとしきり、笑いが広がる。


「……実は」


セレナが、ふと思い出したように言う。


「まだあるのよね」


袋から、小さな箱を取り出す。


そっと、並べる。


「まずは、これ」


箱を開ける。


二つのネックレス。


雪の結晶と、桜の花びら。


二つを近づけると。


一つの形になる。


セレナが、ほんの少しだけ目を細める。


――射的で手に取った時の感触が、ふと蘇る。


「一人じゃ意味ないやつ」


「はい」


セレナが、美雪へ差し出す。


美雪が、静かに受け取る。


セレナが後ろに回り。


そっと髪をよけて。


ネックレスをつける。


「……似合ってる」


美雪が、胸元に触れる。


「……嬉しい」


視線が、総司へ向く。


総司の胸元には、桜のネックレス。


「……お揃い、ね」


「……うん」


「大事にする」


「……私も」


「……いいな、それ」


晋作がぽつりと呟く。


「なんか、ああいうの」


「二人で同じもの持ってる感じ」


「……いいですね、それ」


茜が頷く。


「残りもあるわよ」


セレナが次の箱を開ける。


炎と風のネックレス。


「茜、こっち」


風のネックレスを差し出す。


「はい!」


「晋作はこれね」


炎のネックレスを渡す。


「おう」


茜が嬉しそうに首にかける。


「どうですか?」


「似合ってるじゃねぇか」


晋作もネックレスをつける。


「……悪くねぇな」


「こういうの、嫌いじゃねぇ」


次の箱。


月と星のネックレス。


「晴明、こっち」


「……」


受け取る。


「私は星ね」


「……貸して」


晴明が後ろに回り。


静かにネックレスをつける。


「……ありがとう」


「……君も」


「これで、全員ね」


一瞬。


六人の胸元に、それぞれの対の証。


「あ……」


「……まだあったわね」


小さな箱を一つ取り出す。


「もうひと組」


少しだけ考えて。


「……これは、いいか」


袋へ戻す。


「取っておきましょう」


「なんだよそれ、気になるだろ」


「そのうちね」


セレナが、全員を見渡す。


「これで、全員ね」


「お揃い」


一瞬。


六人それぞれの胸元に、違う形のネックレス。


けれど。


どれも同じ作りで、対になっている。


夜風が、静かに通り抜ける。


セレナが、ゆっくりと視線を巡らせる。


「これね」


静かに、口を開く。


「ただの飾りじゃないの」


一拍。


「これは――」


「“私たちが繋がってる証”」


誰も、すぐには言葉を返さない。


「たとえ、何を言われても」


「どんな理由を押し付けられても」


ほんの少しだけ、声に芯が宿る。


「私たちは、私たちで決める」


「誰にどう使われるかなんて――」


一瞬だけ、言葉を切る。


「そんなものに、従うつもりはない」


静かに、言い切る。


夜の空気が、少しだけ張り詰める。


「だからこれは」


「この六人が、同じ側にいるって証」


「それを、忘れないためのもの」


沈黙。


その意味が、ゆっくりと落ちていく。


最初に、口を開いたのは総司だった。


「……いいね」


少しだけ笑う。


「そういうの…好き」


美雪が、ネックレスに触れる。


指先で、そっと確かめるように。


「……うん」


一瞬だけ、目を伏せて。


「……これは、なくしたくない」


静かに言う。


晋作が肩をすくめる。


「……まぁ」


一瞬だけ間を置いて。


「こういうの、嫌いじゃねぇ」


少しだけ視線を逸らして。


「……ちゃんと“六人”って言ってるならな」


茜が、ネックレスをぎゅっと握る。


「……大事にします」


真っ直ぐな声で。


晴明が、静かに目を細める。


「最初から、そのつもりだよ」


セレナが、ふっと息を抜く。


ほんの少しだけ、柔らかく笑う。


「ならいいわ」


その場の空気が、静かに整う。


六人の間に、ただの遊びではない“繋がり”が、確かに刻まれていた。


風が、また吹く。


花びらが、ふわりと舞う。


一瞬。


誰も、言葉を発さない。


胸元で、ネックレスがわずかに揺れる。


違う形。


けれど、同じ作り。


その存在が、確かにそこにある。


「……いいな」


晋作が、ぽつりと呟く。


「こういうの」


「楽しいですね」


茜が、柔らかく笑う。


セレナは何も言わずに、静かに全員を見渡す。


晴明もまた、何も言わずに目を細める。


美雪は、胸元のネックレスにそっと触れる。


ほんの少しだけ、嬉しそうに。


総司は、その様子を静かに見ている。


一瞬。


視線が、ネックレスへと落ちる。


指先が、無意識に触れる。


わずかに、止まる。


何かを、確かめるように。


そして――


何も言わずに、立ち上がる。


気づかれないように。


そっと、その場を離れる。


足音は、ほとんどしない。


少し離れた場所。


一本の桜の木の下。


そこに、背を預ける。


ゆっくりと、腰を下ろす。


遠くから、かすかに笑い声が聞こえる。


総司は、桜を見上げる。


花びらが、静かに舞い落ちる。


「……」


小さく、息を吐く。


「……楽しいな」


一瞬、間。


「……この時代は」


言葉が、わずかに滲む。


「……俺の時代は――」


総司は、そっと目を閉じる。


――意識が、沈む。


そのまま。


過去へと、落ちていく。


引き戻されるように。


抗えずに。


――記憶


咳が、こみ上げる。


「……っ、は……」


喉の奥が焼ける。


押さえた口元に、赤が滲む。


血。


止まらない。


呼吸が、浅い。


吸っても、吸っても。


足りない。


肺が、軋む。


身体が、言うことを聞かない。


布団の上。


動けない。


指先だけが、わずかに震える。


「……総司」


「総司……!」


近藤の声。


土方の声。


分かっている。


もう。


長くはない。


それでも。


意識が、遠のく中で。


浮かぶのは――


戦場。


刀を握り直す。


震える指で。


それでも、離さない。


「……こんな風に」


かすれた声で、呟く。


「仲間と一緒に――」


言葉が、途切れる。


視界が、白く染まる。


すべてが、遠ざかる。


――途切れる。


――現代


白い天井。


ぼやけた視界。


機械の、規則的な音。


ゆっくりと、焦点が合っていく。


「……沖田」


「沖田くん、分かりますか?」


第一話 完

 

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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今後も10日〜14日程度で更新していくので、よろしくお願いします!

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