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15話 京都編Ⅰ:崩れた理

――AX班本部・尋問室。


無機質な空間。


中央の椅子に、拘束された男。


アザル。


対面に座るのは――松平。


机の上には、資料が一枚。


「……確認だが――」


静かな声。


「名はアザル・クロウで間違いないな」


「……ええ、そうですよ」


薄く笑う。


「ご丁寧にどうも」


松平は頷く。


「所属は“夜の帝国”」


「違うか?」


「さて……どうでしょうね」


肩をすくめるように。


「そんな簡単に喋ると思います?」


余裕。


松平は動じない。


「なるほど」


沈黙。


――隣室。


「……余裕ね」


セレナが呟く。


――尋問室。


「では次だ」


「お前の役割」


「前線要員――違うか?」


一瞬。


アザルの目が揺れる。


「……は」


小さく笑う。


「くだらない質問ですね」


声はまだ落ち着いている。


「その反応で十分だ」


松平。


「つまり、お前は末端だな」


沈黙。


「……ええ」


口元が歪む。


「おっしゃる通りですよ」


「私なんて、下っ端です」


少しだけ呼吸が乱れる。


――隣室。


「……崩れてきてるな」


晋作が呟く。


――尋問室。


「では」


松平が続ける。


「夜の帝国は、吸血種の集まり――違うか?」


一瞬。


「……違いますね」


即答。


少し強い。


「では、混成組織」


断定。


「……っ」


アザルの目が揺れる。


「頂点は別だ」


「皇帝」


呼吸が変わる。


「真祖」


言い切る。


「……ええ」


吐き出すように。


「その通りですよ」


「皇帝は真祖です」


止まらない。


「ですが――それだけじゃない」


少し荒くなる。


「人間も、魔も、妖も……」


「全部混ざってる」


「それが“帝国”です」


――隣室。


「……混成か」


――尋問室。


松平は頷く。


「なるほど」


そして――


「ルシアン・フォン・ナハト」


一言。


空気が変わる。


「皇帝直属の幹部の一人」


断定。


「そして――単独で動く傾向がある」


その瞬間――


「……っ」


アザルの表情が揺れる。


「……ええ」


低く。


「間違ってませんよ」


呼吸が荒くなる。


「ルシアンは直属幹部です」


「ですが――」


笑う。


歪む。


「あの方は、少々特殊でしてね」


敬語が崩れ始める。


「命令に従ってるようで……」


「従ってねぇ時がある」


完全に混ざる。


「自分の思惑で動いてる」


沈黙。


「……だから厄介なんですよ」


――一拍。


松平が続ける。


「では」


「お前の上は?」


その瞬間――


「……違うッ!!」


声が荒れる。


完全に崩れる。


「ルシアンとは違う!!」


呼吸が乱れる。


「俺の上は――」


――隣室。


「来る!」


――尋問室。


黒い紋様。


「……っ!!」


苦しむ。


「口封じか」


松平。


扉が開く。


晴明が踏み込む。


「……させない」


「急急如律令」


術式衝突。


光。


止まる。


未遂。


アザルは生きている。


荒い呼吸。


それでも笑う。


「……甘いですね」


かすれた声。


「それで何か変わると?」


もう敬語も崩れている。


「ルシアンとは違う」


低く。


「俺の上は――」


一瞬。


「……皇帝直属の幹部だ」


沈黙。


「俺たちは、その下だ」


静かに笑う。


――隣室。


誰もすぐには動かない。


「……完全に組織だな」


総司が呟く。


「ええ」


晴明が頷く。


「しかも統制は完全ではない」


セレナが腕を組む。


「厄介ね」


――尋問室。


荒い呼吸だけが、静かに響いている。


アザルは、椅子に拘束されたまま。


かろうじて意識を保っていた。


沈黙。


その中で――


松平が、静かに立ち上がる。


一瞥。


「……晴明」


短く呼ぶ。


「はい」


すぐに応じる。


「そいつが自害、または魔術を行使できないようにしておけ」


淡々とした指示。


一切の迷いはない。


「……承知しました」


晴明が、一歩前に出る。


アザルを見下ろす。


静かな視線。


「動くな」


低く。


指を結ぶ。


「――オン・シバリ・ソワカ」


空気が、張り詰める。


淡い光が、アザルの身体を包み込む。


拘束が強化される。


さらに――


「術式干渉を遮断」


小さく呟く。


指先が、わずかに動く。


追加の結界。


「これで――」


一拍。


「外部からの干渉も防げます」


松平が、わずかに頷く。


「よし」


短く。


それだけ。


――


「移動する」


踵を返す。


そのまま歩き出す。


晴明も続く。


――隣室。


六人が、すでに待機している。


扉が開く。


松平が入る。


「全員、来い」


一言。


それだけで、全員が動く。


――


松平の執務室。


落ち着いた空間。


机を中心に、八人が揃う。


松平。


そして――千代女。


総司、美雪、セレナ、晴明、晋作、茜。


空気が、自然と引き締まる。


松平が、ゆっくりと口を開く。


「……現状を整理する」


低く。


明確に。


「敵は“夜の帝国”」


一拍。


「構成は混成」


「人間、魔、妖――複数種族で構成されている」


「そして頂点は――真祖」


短く、言い切る。


誰も口を挟まない。


「さらに」


視線が、わずかに鋭くなる。


「皇帝直属の幹部が存在する」


「ルシアン・フォン・ナハト」


一拍。


「その一人だ」


「だが」


わずかに間を置く。


「単独で動く傾向がある」


「統制は、完全ではない」


静かに。


だが重く。


「つまり――」


視線が、全員を捉える。


「敵は一枚岩ではない」


沈黙。


その言葉の意味を、全員が理解する。


「……逆に言えば」


総司が、静かに口を開く。


「付け入る隙はあるってことだね」


「可能性はある」


松平が頷く。


「だが」


一拍。


「それ以上に、不確定要素が多い」


「油断はするな」


「……ええ」


セレナが、静かに応じる。


「むしろ面倒ね」


腕を組む。


「強い上に、読めない」


「厄介だな」


晋作が、息を吐く。


「だが」


晴明が、静かに言う。


「方向性は見えた」


一拍。


「皇帝、直属幹部、そして個別行動するルシアン」


「それぞれを分けて考える必要がある」


「……なるほど」


茜が、小さく頷く。


「一つじゃなくて、複数の脅威として」


「そうだ」


松平が答える。


「今後は――」


一拍。


「それぞれに対する対策を講じる」


視線が、わずかに柔らぐ。


「今日はここまでだ」


短く締める。


「各自、休め」


「次に備えろ」


その言葉に。


「……了解」


総司が応じる。


「はい」


「ええ」


それぞれが頷く。


だが――


誰も気を抜いてはいない。


確実に。


解散後、六人の気配が遠ざかっていく。


静寂。


残ったのは――


松平と、千代女の二人だけ。


一拍。


松平が、ゆっくりと口を開く。


「……千代女」


「はい」


すぐに応じる。


「夜の帝国の情報は、集められるか?」


短く。


だが重い問い。


千代女は、わずかに視線を落とす。


思考。


そして――


「訓練された諜報員が十名ほどいれば」


静かに言う。


「ある程度の情報収集は可能かと」


一拍。


「ですが……それでも時間はかかります」


現実的な返答。


松平は、わずかに頷く。


「……うむ」


短く。


「諜報員養成所の方に話を通す必要がありそうだな」


視線を細める。


「すぐにでも戦力は欲しい」


一拍。


「時間との勝負でもある」


「はい」


千代女が、静かに続ける。


「ですが――」


わずかに間を置く。


「その養成所で、どの程度まで育っているのかが肝心です」


視線を上げる。


「実戦で使えるレベルでなければ、意味がありません」


松平は、黙って聞いている。


「一度、確かめる必要があります」


さらに――


「もし、あと二名ほど忍びがいれば」


一拍。


「拠点の位置くらいは、早期に掴める可能性がありますが……」


わずかに目を伏せる。


「現代では、忍びの里もすでに失われていると聞きます」


静かな現実。


「……そうだな」


松平が、低く答える。


短い沈黙。


そして――


千代女が、一歩踏み出す。


「私が、出向くことも可能です」


真っ直ぐに。


「ですが、その場合――」


一拍。


「あなたの護衛が一時的に手薄になります」


視線は揺れない。


「よって」


静かに、だがはっきりと。


「まずは私に、養成所の視察をお任せいただけないでしょうか」


頭を、わずかに下げる。


「現状の戦力を見極めた上で、最適な判断を下すべきかと」


沈黙。


松平は、しばらく何も言わない。


その視線は、千代女を捉えたまま。


やがて――


「……いいだろう」


短く。


決断。


「視察を許可する」


一拍。


「ただし――」


わずかに声が低くなる。


「護衛の手配はこちらで行う」


「お前が不在の間、こちらの穴は作らせん」


千代女が、静かに頷く。


「承知いたしました」


その声は、揺るがない。


松平は、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「急げ」


一言。


「時間は多くない」


「はい」


千代女が応じる。


その目には――


すでに次の行動が見えていた。


だが確実に。


戦いは、次の段階へ進み始めていた。


 ――ある夜。


丑の刻。


京都――蛤御門。


月は雲に隠れ、光はほとんど届かない。


静まり返ったその場所に――


歪な祭壇が築かれていた。


その前に立つ、一人の男。


黒衣。


ゆっくりと、口を開く。


「――謹まずも請い上ぐる」


低く、澄んだ声。


だが、その奥に歪みがある。


「冥府を統べ、生死を弄ぶ」


「理は既に歪み、陰陽は乱れたり」


一拍。


「されど我は、その外に立つ者」


空気が、震える。


「因を断ち、果を捻じ曲げ」


「縁を辿りて魂を引き裂く」


祭壇の上。


人骨が、わずかに軋む。


「過去に縛られし者よ」


「未練に沈みし影よ」


「その名、その記憶、その執念――」


声が、深く沈む。


「すべてを糧として」


風が止まる。


「今ここに顕現せよ」


「生に非ず、死に非ず」


「狭間に堕ちし存在として」


わずかに、口元が歪む。


「我が命に従い、その姿を現せ」


そして――


「――泰山府君、願い奉る」


「急急如律令」


その瞬間。


人骨が、震える。


黒い靄が溢れ出す。


絡みつく。


歪む。


形を成す。


一つ――


いや。


二つ。


三つ。


“人影”が、ゆっくりと立ち上がる。


だが、その顔は見えない。


闇に覆われている。


ただ一つ。


そのうちの一体だけが――


わずかに、前へ出る。


他の影とは、明らかに違う。


“核”。


そう呼ぶにふさわしい存在感。


男が、笑う。


「……くく」


低く。


愉快そうに。


「いい……実にいい」


視線を向ける。


その影へ。


「貴様は、よく馴染む」


満足げに。


「期待しておるぞ」


――


また別の日。


丑の刻。


京都――六角通周辺。


同じく、祭壇。


だが――


今度は一つ。


置かれた人骨も、一体分。


「――謹まずも請い上ぐる」


詠唱が、夜に溶ける。


同じ言葉。


同じ術。


だが。


空気が違う。


「――泰山府君、願い奉る」


「急急如律令」


その瞬間。


黒い靄が、一気に溢れ出す。


濃い。


重い。


まるで――


“意志”を持つかのように。


骨を包み込む。


形成。


再構築。


そして――


一体の人影が、立ち上がる。


静かに。


ゆっくりと。


その動きには、迷いがない。


「……ほぉ」


男が、目を細める。


「これはまた……」


口元が、歪む。


「随分と“濃い”のを引き当てたのぉ」


楽しそうに。


「さて」


一歩、踏み出す。


「どう料理したものか」


その声には――


明確な愉悦が滲んでいた。



 ――休暇中。


それぞれの時間。


それぞれの場所。


――


「これ、美味しいね」


美雪が、少し嬉しそうに言う。


「……だね」


総司も、やわらかく頷く。


穏やかな時間。


その時――


ピッ。


SDが鳴る。


「……ん?」


総司が視線を落とす。


「……緊急招集だ」


一言。


空気が変わる。


「……そっか」


美雪も、小さく頷く。


「行こっか」


「うん」


――


「で、これどう思う?」


晋作が軽く言う。


隣では、茜が資料を覗き込んでいる。


「……難しいですね」


その時――


ピッ。


「来たな」


晋作がSDを見る。


「緊急招集だ」


「えっ……」


一瞬の驚き。


だがすぐに――


「……行きましょう」


表情を引き締める。


――


「だから言ったでしょ?」


セレナが呆れたように言う。


「無駄に考えすぎなのよ」


晴明が、静かに目を細める。


「慎重と言ってほしいものだ」


その時――


ピッ。


二人同時に視線を落とす。


「……来たか」


「休暇終了ね」


――


AX班本部。


松平の執務室。


扉が開く。


「失礼します」


六人が入室する。


その瞬間――


「……あ」


総司が、わずかに目を見開く。


「鷹宮さん」


そこにいたのは。


軍服姿の男。


鷹宮。


「お久しぶりです」


落ち着いた声で応じる。


「……あれ?」


美雪が周囲を見回す。


「千代女さんは……?」


松平が答える。


「任務で一時的に離れている」


一拍。


「その間は、鷹宮が補佐に入る」


「……補佐?」


セレナが首を傾げる。


鷹宮が、静かに口を開く。


「こちらに配属されるにあたり」


一拍。


「階級を変更しました」


「……変更?」


晋作が眉を上げる。


「現在は、二等陸佐として配属されています」


その瞬間――


「「えっ!?」」


場がざわつく。


「一等陸佐じゃなかった?」


セレナが言う。


「ええ」


鷹宮は頷く。


「ですが」


視線が全員へ向く。


「AX班は皆さんが主体です」


「私は補助として動く立場」


一拍。


「皆さんの指示を仰ぐため、この階級が適切と判断しました」


静かに。


だが揺るがない。


「……自分から?」


総司が言う。


「はい」


短く答える。


「……マジかよ」


晋作が呟く。


「すごい人ね」


セレナも小さく感心する。


だが――


「話を戻す」


松平の一言で。


空気が、一変する。


「現在――京都にて」


一拍。


「辻斬りが発生している」


沈黙。


「……辻斬り?」


総司が低く言う。


「それって警察の仕事じゃないの?」


美雪が言う。


「警察も動いている」


松平が続ける。


「だが」


一拍。


「被害が出ている」


さらに――


松平が資料を取り出す。


机の上に、写真を滑らせる。


「現場には――」


一拍。


「祭壇のようなものも確認されている」


写真。


歪に組まれた骨と、術式の痕跡。


その瞬間――


「……っ」


晴明の指が、わずかに止まる。


ほんの一瞬。


だが確かな反応。


「……晴明?」


セレナが、静かに視線を向ける。


見逃さない。


「……いや」


晴明は、すぐに平静を装う。


だがその目は、わずかに細められている。


――


「被害者には警察関係者も含まれる」


松平が続ける。


「警察署長を含め」


一拍。


「現在、二名が意識不明」


「さらに八名が重体だ」


空気が、重く沈む。


「……なるほど」


セレナが低く言う。


「ただの辻斬りじゃないわね」


松平が頷く。


「まるで――」


一拍。


「幕末の人斬り再来、といったところだ」


沈黙。


場の空気が、完全に変わる。


そして――


「本件は、AX班に調査を依頼する」


一拍。


「以上だ」


静かに締める。


沈黙。


そして――


「……了解」


総司が応じる。


それを合図に。


全員の意識が切り替わる。


休暇は終わり。


戦いが――


再び動き出す。


――京都。


駅を出る。


空気が、少し違う。


「……京都かぁ」


美雪が、周囲を見渡す。


「なんか……落ち着くね」


やわらかく笑う。


「観光で来るのとは、ちょっと違う感じね」


セレナが、軽く息を吐く。


街並みを見ながら。


「そうだね」


晴明が、静かに頷く。


「ここは、古いものがそのまま残ってる場所だから」


一拍。


「“境界”も、曖昧になりやすい」


その言葉に。


「……なるほどね」


セレナが、納得するように頷く。


――


その少し後ろ。


三人が、足を止める。


総司。


晋作。


そして――


晴明。


風が、静かに吹く。


「……懐かしい、な」


晋作が、ぽつりと呟く。


視線は遠く。


どこか、過去を見ている。


「変わってるのに……」


一拍。


「変わってねぇ感じがする」


苦笑。


「……そうだね」


総司も、静かに頷く。


「違う時代のはずなのに」


目を細める。


「どこか、繋がってる感じがする」


そして――


晴明。


「……京はさ」


少しだけ、言い方が柔らぐ。


「いろんな時間が重なってる場所なんだ」


視線は、街の奥へ。


「過去も、今も」


「それに――」


一拍。


「人の想いも、残りやすい」


静かに。


でも、どこか近い距離で。


沈黙。


その空気を――


「……ちょっと」


セレナが、振り返る。


「何そのしんみりした感じ」


軽く笑う。


「観光じゃないんだから」


「……だな」


晋作が、肩をすくめる。


「仕事だ仕事」


「うん」


総司も、小さく頷く。


だがその表情は――


どこか、柔らかい。


「行こうか」


一歩、踏み出す。


「ええ」


セレナが応じる。


「まずは現場確認ね」


茜が、小さく頷く。


「はい」


美雪も、静かに続く。


その時――


ふと。


風が、止まる。


一瞬。


ほんのわずかな違和感。


「……?」


晴明の目が、細められる。


「どうしたの?」


セレナが問う。


「……いや」


ほんの少しだけ、言い方が変わる。


「気のせいかもしれないけど」


視線は、遠く。


「少し」


一拍。


「気配が濃い気がする」


歩きながら。


静かな京都の通り。


その中で――


「……ねえ」


セレナが、ふと口を開く。


「晴明」


「ん?」


自然な返事。


その時点で、少し変わっている。


セレナが、じっと見る。


「なんかさ」


一拍。


「口調、ちょっと柔らかくなってない?」


その言葉に――


「……あ」


美雪が、小さく反応する。


「たしかに……」


総司も、くすっと笑う。


「前よりちょっと砕けてるよね」


「……そうかい?」


晴明は、少しだけ首を傾げる。


だが否定はしない。


一拍。


「まあ」


ほんのわずかに、目を細める。


「この六人でいる時くらいは」


静かに言う。


「それでもいいかなって、思うようになった」


自然に。


気負いなく。


その言葉に――


一瞬、空気がやわらぐ。


「……いいじゃない」


セレナが、ふっと笑う。


「その方が話しやすいわ」


「うん」


美雪も、やわらかく頷く。


「なんか、距離近くなった感じする」


「……だな」


晋作も、軽く笑う。


「今の方がしっくりくる」


茜も、小さく頷く。


「はい……私もそう思います」


その空気の中で――


総司が、少しだけ笑う。


「じゃあこれからはその感じでいこうか」


「そうだね」


晴明も、静かに頷く。


そのやり取りは、短い。


だが――


確かに。


一歩、距離が縮まっていた。


――京都市内。


通りを歩きながら。


六人の足取りは、自然と揃っている。


だが――


意識は、すでに任務へと切り替わっていた。


「……さて」


セレナが、軽く息を吐く。


「えっと、まずは二箇所ね」


指を軽く立てる。


「一つは蛤御門」


一拍。


「もう一つは――六角通」


「……分けるか」


晋作が、すぐに反応する。


「ええ」


セレナが頷く。


「事件の発端は蛤御門の方みたいだし」


視線を、ちらりと横へ。


「晴明にも見てもらった方がいいと思うのよね」


「……そうだね」


晴明が、静かに頷く。


「術式が絡んでいるなら、何か残っている可能性もある」


「決まりね」


セレナが、軽く言う。


「蛤御門は――私と晴明」


そのまま続ける。


「それと、晋作と茜」


「了解」


晋作が、軽く手を上げる。


「はい」


茜も、しっかりと頷く。


そして――


セレナが振り返る。


「もう一つの六角通なんだけど」


一拍。


総司と美雪を見る。


「お願いしてもいい?」


「……うん」


総司が、やわらかく頷く。


「任せて」


「大丈夫」


美雪も、小さく頷く。


「気をつけてね」


セレナが、少しだけ柔らかく言う。


「そっちも」


総司が返す。


一瞬。


視線が交わる。


言葉は少ない。


だが――


信頼は、十分だった。


「じゃあ」


晋作が、軽く肩を回す。


「行くか」


「ええ」


晴明も、静かに応じる。


そのまま。


四人は、蛤御門へ。


二人は、六角通へ。


それぞれ、別方向へ歩き出す。


――


分かれた先。


京都の空気が、わずかに変わる。


同じ街。


だが――


違う“何か”が、そこにある。


静かに。


確実に。


調査が、始まった。


――蛤御門。


静まり返った一角。


観光客の姿もまばら。


昼間だというのに――


どこか、空気が重い。


「……ここね」


セレナが、足を止める。


周囲を見渡す。


「思ったより……普通ね」


晋作が、軽く言う。


だが――


「いや」


晴明が、小さく首を振る。


一歩、前に出る。


「“残ってる”」


その一言で。


空気が、わずかに変わる。


「……やっぱり?」


セレナが、少しだけ表情を引き締める。


「うん」


晴明が、地面に視線を落とす。


「かなり強い術だ」


一拍。


「ただし――」


わずかに、目を細める。


「これは……正しい形じゃない」


空間をなぞるように、視線を動かす。


「前に見たものとも違う」


「……アザルの時の?」


セレナが、すぐに拾う。


「そう」


晴明が、静かに頷く。


「西洋の術式とも噛み合ってない」


一拍。


「なのに――」


視線を落とす。


「無理やり成立させてる感じがある」


沈黙。


「……気持ち悪いわね」


セレナが、低く言う。


「ええ」


晴明が、短く返す。


「かなり、歪んでる」


――


その時。


風が、ぴたりと止まる。


「……っ」


茜が、小さく息を呑む。


「ねえ……今」


「感じた?」


セレナが、低く言う。


誰も答えない。


だが――


全員、同じものを感じている。


その中で――


「……」


晋作の視線が、ふと動く。


一点を見る。


「……?」


ほんの一瞬。


そこに――


“人影”があった。


見覚えのある、輪郭。


だが。


次の瞬間には、消えている。


「……っ」


「晋作さん?」


茜が、そっと顔を覗き込む。


「どうかしましたか?」


「……いや」


晋作が、小さく首を振る。


だが視線は、まだ残っている。


「今……見えた気がした」


一拍。


「見覚えのある顔が」


「え……?」


茜が、少しだけ驚く。


「でも」


晋作が、軽く息を吐く。


「この時代にいるわけねぇしな」


肩をすくめる。


「……他人の空似だろ」


そう言いながらも――


完全には、切り捨てきれていない。


視線が、わずかに揺れる。


(……蛤御門)


場所が、引っかかる。


頭の奥に。


浮かぶ顔。


そして――名前。


(……まさかな)


小さく、呟く。


その声は、誰にも届かない。


――


「……妙だね」


晴明が、静かに呟く。


ゆっくりと歩みを進める。


しゃがみ込む。


地面に、触れる。


一瞬。


空気が、わずかに揺れる。


「……なるほど」


小さく息を吐く。


「どう?」


セレナが問う。


晴明は、すぐには答えない。


地面。


空気。


残滓。


順に視線を巡らせる。


そして――


立ち上がる。


「似てる」


一拍。


「かなり古い術に」


「……古い?」


晋作が、眉をひそめる。


「うん」


晴明が、静かに頷く。


「ただし、そのままじゃない」


一拍。


「歪められてる」


セレナの目が、細くなる。


「で?」


短く促す。


晴明は、わずかに視線を落とす。


そして――


「泰山府君祭」


その名を、口にする。


一瞬。


空気が変わる。


「……なにそれ」


セレナが、低く問う。


茜も、少し緊張した表情で見る。


晴明は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「簡単に言うと」


一拍。


「死者の魂に干渉する術だ」


静かに。


だが、重く。


「冥府を司る存在に願いを捧げて」


「魂を呼び戻す」


「あるいは――」


一瞬。


言葉が、わずかに沈む。


「生死の境を、歪める」


沈黙。


「……蘇り、ってこと?」


セレナが言う。


「近いね」


晴明が頷く。


「ただ、本来は――」


一拍。


「代償も制約も大きい」


視線が、地面へ落ちる。


「軽く扱えるものじゃない」


「……でも、使われてる」


晋作が、低く言う。


「そう」


晴明が、静かに返す。


「しかも」


一拍。


「かなり乱暴な形で」


――その言葉を聞いた瞬間。


「……」


晋作の表情が、わずかに変わる。


視線が、落ちる。


思考が、深く沈む。


(……死者を呼び戻す)


(……魂を、引き戻す)


さっき見た“影”。


そして――


蛤御門。


頭の中で、点が繋がりかける。


(……いや)


わずかに、眉をひそめる。


(……そんなわけ、ねぇだろ)


一拍。


(……死んだはずだ)


だが――


完全には、否定できない。


胸の奥に、残る違和感。


「……まさかな」


小さく、呟く。


その声は、風に紛れて消える。


――


「……嫌な予感しかしないな」


晋作が、ぼそっと言う。


今度は、普段通りの声で。


「ええ」


セレナが、小さく頷く。


「完全に同意」


その場に漂うのは――


説明のつかない不快感。


そして。


確信に近い違和感。


――蛤御門。


そこはすでに。


ただの現場ではなかった。


何かが、起きた場所。


そして――


まだ、終わっていない場所。


静かに。


だが確実に。


異常は、続いている。


 ――六角通。


昼間のはずの通り。


だが――


「……静かすぎるね」


美雪が、小さく呟く。


視線を巡らせる。


店もある。


道もある。


だが。


「……人、いないね」


違和感。


明確な“空白”。


「辻斬りの現場だから……かな?」


少し不安そうに言う。


「……」


総司は、何も答えない。


ゆっくりと、周囲を見ている。


気配を探るように。


一歩。


また一歩。


静かに進む。


「……」


風もない。


音もない。


その時――


「……美雪ちゃん」


総司が、低く言う。


「なんか――変だ」


その瞬間。


美雪の背後。


“気配”。


「――っ」


ゆらりと。


人影が、現れる。


音もなく。


距離を詰めている。


そして――


スッ。


鞘鳴り。


一瞬の間もなく。


抜刀。


斬撃。


「美雪ちゃん!!」


総司が、反射で動く。


身体を滑り込ませる。


美雪の前へ。


キィンッ――!!


刃が、交錯する。


だが――


「……っ!」


総司の動きが、わずかに遅れる。


斬撃の軌道を見切り、回避する。


完全には避けきれない。


スッ――


頬を、掠める。


「……!」


一筋の血。


静かに流れる。


「総司くん……!」


美雪の声。


総司は、視線を逸らさない。


前だけを見る。


ゆっくりと、構えを取る。


「……この異変の元凶は」


低く。


静かに。


「お前か」


目の前の男。


傘を深く被り。


顔が、見えない。


「……誰だ」


――一瞬の沈黙。


そして。


男が、わずかに顔を上げる。


「……いい顔するじゃねぇか」


低く、歪んだ声。


感情を“味わう”ように。


「そこまで激昂するとはなぁ」


一歩、踏み出す。


「女を狙って正解だったかな?」


そして――


わずかに、顔を傾ける。


「……沖田総司ィィ……やっと会えたなぁ……!!」


その声。


歓喜とも、執着ともつかない。


歪んだ熱を帯びている。


「……っ」


総司の目が、わずかに見開かれる。


次の瞬間。


男が、ゆっくりと傘を外す。


その顔が、露わになる。


「お前は……!」


一歩、踏み込む。


「人斬りの――」


言葉が、詰まる。


記憶が、蘇る。


血の匂い。


張り詰めた空気。


そして――


「……俺たちが捕らえた後……」


低く、絞り出すように。


「獄中で――」


一拍。


「自害したはずだ」


視線が、揺れる。


だが。


目の前にいる。


確実に、“あの男”。


「……なのに」


呼吸が、わずかに乱れる。


「なんで、お前がここにいる……!」


一瞬の静寂。


その言葉に――


男が、ゆっくりと笑う。


「……ああ」


愉しげに。


どこか、懐かしむように。


「確かに“死んだ”さ」


一歩、踏み出す。


距離が、縮まる。


そして――


口元を歪める。


「一度はなァ……!!」


空気が、震える。


総司の構えが、深く沈む。


目の前にいるのは――


過去。


そして。


明らかに、“異常”。


――ここから先は。


逃げ場はない。


――戦いだ。


その時――


「……美雪ちゃん」


総司が、静かに言う。


視線は、外さないまま。


「ここは――手を出さないでくれるかな」


一瞬。


空気が止まる。


「……でも」


美雪が、思わず言いかける。


不安。


そして、守りたい気持ち。


そのすべてが滲む。


だが――


「……お願い」


総司が、やわらかく言う。


強くではなく。


優しく。


それでも――


絶対に譲らない意思。


その一言に。


「……っ」


美雪が、言葉を飲み込む。


ほんの一瞬。


迷い。


そして――


小さく、頷く。


「……わかった」


一歩、下がる。


だが。


視線は外さない。


いつでも動けるように。


――そのやり取りを。


男は、愉しげに見ていた。


「……はは」


喉の奥で笑う。


「なんだ?」


わずかに首を傾ける。


「彼女に別れの挨拶か?」


歪んだ笑み。


「心配すんな」


一歩、踏み出す。


殺気が、濃くなる。


「二人とも――同じところに送ってやるからよ」


空気が、張り裂ける。


さらに。


男が、指先を軽く振る。


「安心しろ」


低く。


狂気を滲ませて。


「周りはもう気にしなくていい」


一拍。


「もらった札で人払いもしてある」


――その言葉に。


「……っ」


美雪の目が、わずかに見開かれる。


「札……?」


小さく、呟く。


違和感。


引っかかる。


あの言い方――


(もらった……?)


一瞬。


胸の奥がざわつく。


(これ……普通じゃない)


(誰かが……裏で――)


「……誰に」


思わず、漏れる。


男は答えない。


ただ――


にやりと笑うだけ。


「ゆっくり楽しもうや――」


目が、細くなる。


そして。


名を呼ぶ。


「沖田」


その声音。


明らかに――狂っている。


――完全な、殺し合いの空気。


張り詰めた間合い。


次の一瞬で――


すべてが動く。


15話 完


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