14話 覚悟を胸に
――食事処。
笑いの余韻が、ゆっくりと落ち着いていく。
湯気の向こう。
空気が、少しだけ引き締まる。
「では」
松平が、静かに口を開く。
「報告を聞こう」
その一言で。
場の空気が、完全に切り替わる。
――
「まずは今回の件ですが」
晴明が、落ち着いた声で切り出す。
六人が、それぞれの視点から補足していく。
・異界空間の発生
・健磐龍命との接触と鎮静
・敵勢力の存在
・“夜の帝国”の関与
そして――
「捕縛した魔術師、アザルについてですが」
総司が続ける。
「尋問の際、俺たちも立ち会わせてほしい」
一拍。
「直接、聞きたいことがある」
その言葉に。
松平は、静かに頷く。
「……妥当だな」
短く答える。
「手配しておこう」
「ありがとうございます」
総司が、小さく頭を下げる。
――
一通りの報告が終わる。
だが。
「……しかし」
松平が、言葉を続ける。
「問題が一つある」
一拍。
リモコンを手に取り――
テレビをつける。
画面に映し出されるのは。
――今回の騒動の報道。
『本日未明、大分県別府市で発生した異常事態について――』
ニュースキャスターの声。
そして。
被害者と思われる人々へのインタビュー映像。
その中に――
「あっ」
美雪が、思わず声を上げる。
画面に映っていたのは。
あの時、助けた女の子だった。
『白い髪の、綺麗なお姉さんが……』
少女の声が、はっきりと響く。
『守ってくれて、外まで連れてきてくれて』
『そこで、お母さんと会えました!』
「……」
場の空気が、少しだけ柔らかくなる。
インタビュアーの声。
『どんな風に助けてくれたの?』
少女は、少し考えて――
にこっと笑う。
『そこは秘密です!』
一拍。
そして。
『でも――』
真っ直ぐに。
『大きくなったら、あのお姉さんみたいになりたいです!』
その言葉に。
「……」
美雪の表情が、ふっと緩む。
「……あ、この子」
小さく笑う。
「元気そうでよかった……」
その一言に。
「……だね」
総司も、やわらかく頷く。
「ちゃんと守れてたってことだ」
「はい……!」
茜も、ほっとしたように微笑む。
「よかったです……ほんとに」
「やるじゃない」
セレナが、くすっと笑う。
「憧れられてるわよ?」
「……そんな大したことしてないよ」
美雪が、少しだけ照れながら言う。
「十分でしょ」
セレナが軽く返す。
「“なりたい”って言われるの、簡単じゃないわよ」
「……」
美雪が、少しだけ考える。
そして――
小さく、笑う。
「……そっか」
その様子に。
晋作が、ぽつりと呟く。
「ちゃんとヒーローやってんじゃねぇか」
「ヒーローって……」
美雪が少し困ったように笑う。
「でもまあ」
晋作が、肩をすくめる。
「悪くねぇだろ」
「……うん」
静かに、頷く。
――
「……良い話だな」
松平が、ぽつりと呟く。
画面を見たまま。
「だが」
一拍。
リモコンで、テレビを消す。
「話を戻そう」
空気が、再び引き締まる。
「問題は――これだ」
視線が、全員に向く。
「この報道への対処だ」
一瞬。
沈黙。
「上層部からは」
淡々と続ける。
「“なぜ事前に抑えきれなかったのか”という声が上がっている」
「……」
「当然だな」
晋作が、ぼそっと言う。
「規模が規模だしな」
「ええ」
晴明が頷く。
「完全秘匿は難しかったかと」
「それでも、だ」
松平が言う。
「我々の責任は問われる」
一拍。
「とりあえずは」
視線を少し外す。
「上と私で対策を進める」
「お前たちは」
静かに続ける。
「次に備えろ」
その言葉に。
「……はい」
総司が、代表して答える。
「了解しました」
空気が、静かにまとまる。
――だが。
どこかに。
確かに残っている。
温かい余韻。
そして――
新たな気配。
――夜。
街灯の明かりが、途切れ途切れに道路を照らしている。
静まり返った道を、一台の護送車が走っていた。
周囲を固める自衛隊車両。
整った陣形。
乱れはない。
その先頭に立つ男――
鷹宮 一等陸佐が、静かに前方を見据えていた。
「……異常なし」
低く呟く。
その瞬間――
ドンッ!!
前方の道路が、爆ぜた。
閃光と共にアスファルトが吹き飛ぶ。
「停止!!」
鋭い号令。
護送車が急停止する。
「全員、展開!!」
隊員たちが一斉に車外へ飛び出す。
銃を構え、周囲を警戒。
煙の向こう。
ゆらりと――人影が現れる。
黒い外套。
ゆっくりと歩いてくる。
その姿を見た瞬間。
護送車の中で――
アザルが、わずかに口元を歪めた。
「……来たか」
小さく、呟く。
煙が晴れる。
男が、足を止める。
「標的を確認」
低く、淡々とした声。
「回収する」
その一言と同時に。
男が手を上げる。
空間に、幾何学的な魔術陣が浮かび上がる。
「撃て!!」
号令と同時に、銃声が夜を裂く。
放たれた弾丸が、一直線に男へ向かう。
だが――
弾は、届かない。
空中で、ぴたりと静止する。
「……なっ!?」
隊員たちの動きが止まる。
あり得ない光景。
そのまま、男が指をわずかに動かす。
「干渉済みだ」
次の瞬間――
止まっていた弾丸が、“反転”する。
バンッ!!
逆方向へ弾かれた弾丸が、地面や装甲へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
隊員が体勢を崩す。
「馬鹿な……!」
さらに。
男がもう一度、指を動かす。
弾丸の軌道が歪む。
曲がる。
逸れる。
当たらない。
攻撃が、通じない。
いや――
“攻撃させられている”だけだった。
隊員たちが押し返されていく。
完全に劣勢。
――その時。
「そこまでだ」
低く、通る声。
空気が変わる。
前に出たのは――
鷹宮。
「ここは通さない」
一歩、踏み出す。
銃ではない。
自ら、前線へ。
男が、わずかに目を細める。
「……指揮官か」
次の瞬間。
――両者、同時に動く。
ドンッ!!
激突。
衝撃が走り、地面が軋む。
互いに一歩も引かない。
外套の男が腕を動かす。
空間が歪む。
軌道がズレる。
だが――
鷹宮は、それを“見ている”。
最小限の動きで、すべてを捌く。
距離を詰める。
近接戦へ持ち込む。
「……やるな」
男が、わずかに口元を歪める。
「貴様もな」
短く返す。
一進一退。
完全に――互角。
だが。
男が、ふっと距離を取る。
「……時間だ」
指を鳴らす。
その瞬間。
地面に刻まれていた魔術陣が発光する。
「全員、下がれ!!」
鷹宮の声が響く。
次の瞬間――
閃光。
視界が白に染まる。
――静寂。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
そこに。
男の姿は、なかった。
「……撤退か」
鷹宮が、低く呟く。
すぐに振り返る。
「対象は!!」
「無事です!」
護送車の扉が開く。
中には――
アザル。
無傷で、座っている。
そして。
ゆっくりと顔を上げる。
「……惜しかったな」
小さく、笑う。
その目には、確信めいた光。
「……始まった」
誰にも届かない声で、呟く。
――
鷹宮が通信機を取る。
「こちら鷹宮」
一拍。
「護送中に敵性勢力の襲撃を受けた」
静かに、だが明確に。
「対象は無事」
「敵は撤退」
そして――
「幹部クラスと推定される」
その言葉が、夜に落ちる。
――場面転換。
食事処。
松平が、通信を受ける。
「……ああ」
短く応じる。
「状況は把握した」
通信を切る。
一瞬の沈黙。
そして――
ゆっくりと顔を上げる。
「鷹宮一刀陸佐からの連絡で……護送中の魔術師だが」
六人を見る。
松平が静かに言う。
「襲撃を受けた」
空気が、一変する。
「敵は幹部クラス」
低く続ける。
「事態は、想定よりも早く動いている」
――その時。
「……鷹宮一等陸佐は?」
総司が、静かに問う。
一瞬。
全員の視線が松平へ向く。
「無事だ」
短く答える。
「軽い衝突はあったが問題ない」
その言葉に。
「……ならいい」
晋作が、小さく息を吐く。
「やっぱ只者じゃねぇな」
「ええ」
晴明も頷く。
「幹部クラスと渡り合えるとは」
「現場の人間としては、頼もしい限りね」
セレナが腕を組む。
その流れで――
松平が口を開く。
「今後についてだが」
一拍。
「鷹宮一等陸佐に、特別隊を編成させる予定だ」
視線が、全員を巡る。
「AX班直属の部隊としてな」
「……ほぉ」
晋作が、口笛を吹く。
「そりゃまたデカい話だな」
「今回のような敵が増えるのであれば」
松平が続ける。
「対応戦力は必要だ」
「まあ、確かに」
晋作が頷く。
「こういうのが増えたら、少人数じゃキツいだろうしな」
松平が、わずかに口元を緩める。
「なんなら――」
一拍。
「奇兵隊とでも命名するか?」
「……いいのか?」
晋作が、すぐに食いつく。
目が少しだけ鋭くなる。
松平は、その反応を見て。
静かに続ける。
「高杉」
「君の場合は――」
一拍。
「個の力も強いが」
「隊を率いていた時の方が、より映えるのではないかね?」
その言葉に。
晋作は、ふっと笑う。
「……買いかぶりすぎだろ」
軽く肩をすくめる。
だが。
「まあ、嫌いじゃねぇけどな」
少しだけ、前を見る。
「そういうの」
一拍。
「けどよ」
視線を戻す。
「今はまだ、ここでやることがある」
「……そうか」
松平が頷く。
「まあ、どうなるかは先のことだ」
軽く締める。
空気が、少し落ち着く。
――その時。
「……一つだけ」
総司が、口を開く。
「気になったことがあるんだけど」
視線が、松平の隣へ向く。
「……その秘書」
一拍。
「忍びか何か?」
「……っ!?」
その一言に。
場が凍る。
「えっ」
「は?」
「……え?」
五人が、一斉に驚く。
秘書も――
ほんのわずかに、目を見開く。
だが、すぐに表情を戻す。
松平が、静かに口を開く。
「……ほぉ」
わずかに興味を含んだ声。
「なぜ、そう思った?」
総司は、少しだけ考えてから答える。
「単なる感だけど」
一拍。
「松平さんから離れても」
「何かあればすぐに対応できる位置――間合いに必ずいる」
「それに」
視線を細める。
「動作が、綺麗すぎる」
その瞬間。
「……ちょっと総司くん?」
美雪が、少しだけ不機嫌そうに声を出す。
「そういう見方、どうかと思うんだけど」
ほんの少しだけ、嫉妬混じり。
「……いや、そういう意味じゃなくて」
総司が苦笑する。
「違う?」
「違うよ」
軽く否定して、続ける。
「“綺麗すぎる”っていうのは」
「一見、自然に見せてるけど」
「実際は作り込まれてる動きってこと」
一拍。
「バレないように作りすぎてる」
その言葉に。
秘書の目が、わずかに細まる。
総司は続ける。
「それに」
「時々、不自然な動きがある」
「……例えば?」
松平が促す。
「手首あたり」
即答。
「何か仕込んでるんじゃないかなって」
一瞬の沈黙。
「くない、とか」
さらに踏み込む。
「……つまり」
総司が静かに結論を出す。
「秘書として振る舞ってるけど」
「本質は護衛」
その言葉に。
松平が、ふっと笑う。
「……そこまで見抜けていたとはな」
一拍。
「ここにいる者たちなら、問題ないだろう」
視線を横へ。
「――明かせ」
その言葉に。
秘書が、一歩前へ出る。
空気が変わる。
先ほどまでの柔らかさが消える。
「……申し遅れました」
静かに、頭を下げる。
そして。
「望月千代女と申します」
その名に。
「……は?」
「……え?」
「……は!?」
総司と晋作が、同時に声を上げる。
「甲賀の……?」
「実在したのかよ!?」
「武田に仕えてたって……あの?」
「くノ一の元祖とか言われてるやつだろ……?」
「マジかよ……」
場が、一気にざわつく。
「……すげぇな」
晋作が、横目で総司を見る。
「見抜くとか」
セレナが、興味深そうに千代女を見る。
「大蛇の呪いがどうとか聞いたことあるけど」
「本当?」
千代女は、やわらかく微笑む。
「こちらに呼ばれるまでは」
「巫女として情報収集を主にしておりました」
一拍。
「ある程度の戦闘は可能です」
「蛇に関しては特に関わりはありませんが」
「口寄せ程度なら可能です」
「……なるほど」
晴明が、静かに言う。
「では、毒蛇による暗殺なども?」
一瞬の間。
千代女が、にこりと笑う。
「ご想像にお任せします」
その笑顔に――
「……増えるなぁ」
晋作が、ぼそっと呟く。
「怖い女が」
ピキッ。
空気が凍る。
「……誰が怖いって?」
美雪の声。
低い。
「……誰のことかしら?」
千代女も、微笑んだまま言う。
「……っ」
晋作、固まる。
「いや、あの……」
じり、と後ずさる。
「氷地獄と毒蛇って時点で十分怖ぇだろ……!」
必死の言い訳。
そして。
「てか!」
話を逸らす。
「秘書、性格変わってねぇか!?」
その一言で――
空気が、崩れる。
「……ふふ」
「確かに」
「今までとのギャップすごいですね……」
笑いが広がる。
松平が、静かに締める。
「将補ともなると」
「狙われやすくてな」
一拍。
「秘書として偽り」
「諜報と護衛を任せている」
「……なるほどね」
セレナが頷く。
「納得したわ」
「理にかなってる」
晴明も同意する。
場の空気が、落ち着く。
だが――
確実に。
一つ、理解が深まっていた。
この場にいる者たちは。
全員が――
ただ者ではない。
「……もう一つ」
総司が、静かに口を開く。
「もしかして俺と同じように――」
一拍。
「この時代に来たのか?」
「ええ」
千代女が頷く。
「おそらく私が最初です」
一拍。
「その次が――沖田さん、あなた」
「……」
総司の目が、わずかに揺れる。
「最初は何が何だか分かりませんでしたが」
千代女が、やわらかく言う。
「時期に慣れました」
「……すごいですね」
茜が、素直に言う。
「適応力高いわね」
セレナも続ける。
静かな空気の中で、新たな存在が自然と輪の中に溶け込んでいく。
その場の空気は、先ほどよりもわずかに柔らいでいた。
松平が、静かに全員を見渡す。
一人ひとりの表情を確認するように。
そして――
ゆっくりと口を開いた。
「話そを戻す……今回の件だが」
一拍。
「すでに単独の事象ではないと判断している」
空気が、わずかに引き締まる。
「捕縛した魔術師は、“夜の帝国”を名乗っていた」
「さらに――ルシアンの件」
一拍。
「そして今回の護送車襲撃」
視線が、全員を捉える。
「すべて同一線上にある事案だ」
短く、断言する。
「……」
総司が、わずかに目を細める。
「つまり」
一拍。
「敵は、すでに動いてるってことだね」
「そうだ」
松平が、静かに頷く。
「こちらの動きも、ある程度は把握されている可能性が高い」
一拍。
「今後は、より慎重に行動してもらう」
「……了解」
総司が、低く応じる。
「ええ」
晴明も、静かに頷く。
「ま、派手に来るならやり返すだけだな」
晋作が、軽く肩をすくめる。
「油断は禁物よ」
セレナが、静かに言う。
「……はい」
茜も、小さく頷く。
「……うん」
美雪も、静かに応じる。
その様子を確認して。
松平が、小さく息を吐く。
「――尋問についてだが」
一拍。
「明日以降、本部に戻り次第行う」
「今回捕縛した魔術師から、情報を引き出す」
視線が、わずかに鋭くなる。
「“夜の帝国”の規模、目的、そして次の動き」
一拍。
「すべて明らかにする必要がある」
「……」
場の空気が、静かに重くなる。
だが――
誰も目を逸らさない。
「……まあ」
晋作が、軽く息を吐く。
「口割らせりゃいいんだろ?」
「簡単にはいかないでしょうね」
セレナが、冷静に返す。
「相手もそれなりの覚悟で来てるはずよ」
「ええ」
晴明が、静かに続ける。
「術式による口封じの可能性も考慮すべきでしょう」
「……なるほど」
晋作が、少しだけ目を細める。
「厄介だな」
「だからこそだ」
松平が、静かに言う。
「こちらも万全の準備で臨む」
一拍。
そして――
「今日はここまでだ」
その一言で。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
「各自、休め」
「明日以降に備えろ」
短く、的確な指示。
「……了解」
総司が、静かに頷く。
「おやすみなさい」
茜が、小さく頭を下げる。
「じゃあ、解散ね」
セレナが、軽く手を振る。
「ま、ゆっくり休めってことだな」
晋作が、笑う。
「ええ」
晴明も、静かに頷く。
「……うん」
美雪も、小さく応じる。
それぞれが、立ち上がる。
畳の軋む音。
静かな動き。
だが――
確実に、次へ進むための区切りだった。
扉へ向かう足音。
一人、また一人と部屋を出ていく。
その中で――
ほんの一瞬だけ。
互いに視線が交わる。
言葉はない。
だが。
次の瞬間――
総司が、わずかに視線を動かす。
ほんの僅かな顎の動き。
それだけ。
だが――
それを、全員が見逃さなかった。
「……」
セレナが、わずかに口元を緩める。
晴明が、静かに目を細める。
晋作が、小さく鼻で笑う。
茜が、少しだけ首を傾げ――
すぐに理解して、小さく頷く。
美雪もまた、やわらかく目を細める。
声はない。
確認もない。
だが――
全員の中で、同じ認識が共有される。
(後で、集まる)
ただ、それだけ。
それだけで、十分だった。
そのまま――
何事もなかったかのように。
それぞれが、別々の方向へ歩き出す。
松平の前では、あくまで“通常通り”。
だが。
その裏で――
六人の動きは、すでに揃っていた。
静かに。
確実に。
“チーム”として。
夜は、まだ終わらない。
――夜。
宿の外。
灯りから少し離れた場所。
人の気配も、ほとんどない。
静かな空気。
夜風が、ゆっくりと流れている。
その場所に――
一人、立っている影。
セレナだった。
腕を組み、壁にもたれながら。
視線は、遠くの灯りへ向いている。
「……遅いわね」
小さく呟く。
その直後。
「そんなに待たせてないと思うけど」
やわらかい声。
総司が、静かに現れる。
「……あら」
セレナが、ちらりと視線を向ける。
「一番乗りじゃないのね」
「先にいたのはセレナでしょ」
「当然よ」
短く返す。
そのやり取りの最中。
「ちゃんと集まるもんだな」
晋作が、後ろから現れる。
「当たり前でしょ」
セレナが、軽く肩をすくめる。
「このくらい分からないと困るわ」
「厳しいな」
晋作が笑う。
続いて――
「……すみません、遅れました」
茜が、小走りでやってくる。
「大丈夫だよ」
総司がやわらかく言う。
「ちょうどいいタイミング」
「ええ」
晴明が、静かに歩いてくる。
「揃う流れとしては、自然でしょう」
最後に――
「……来たよ」
美雪が、静かに現れる。
その一言で。
六人が、完全に揃う。
一瞬。
静かな沈黙。
夜の空気が、すっと整う。
「……全員ね」
セレナが、ゆっくりと視線を巡らせる。
そして――
一拍。
「ねぇ、みんな」
静かに口を開く。
「花見の時――私がネックレス渡す時に言ったこと、覚えてる?」
その一言で。
空気が、わずかに変わる。
「……“繋がってる証”だろ」
晋作が、軽く言う。
「六人で同じ側にいるってやつ」
「……はい」
茜が、しっかりと頷く。
「忘れてません」
「当然ね」
セレナが、ふっと笑う。
そして――
ほんの少しだけ、表情を引き締める。
「……あの時さ」
視線を、少しだけ落とす。
「“誰にどう使われるかなんて、従うつもりはない”って言ったでしょ」
「……ああ」
総司が、静かに頷く。
セレナは、そのまま続ける。
「正直――」
一瞬だけ、間。
「松平たちを、完全に信用してるわけじゃない」
静かに、言い切る。
風が、少しだけ強く吹く。
誰も、否定しない。
「でも」
セレナが、顔を上げる。
「向こうは、今のところ私たちを信用してる」
「それも、分かってる」
一拍。
「だから――様子見」
言葉は短い。
だが、芯がある。
「……妥当だね」
総司が、静かに言う。
「全部を信じる必要はないけど」
「全部を疑う必要もない」
「ええ」
晴明も頷く。
「利害が一致している間は、協力関係で問題ないでしょう」
「ま、裏があったらその時だな」
晋作が、軽く笑う。
「叩き潰すだけだ」
「物騒ね」
セレナが、少しだけ笑う。
でも――否定はしない。
その空気の中で。
セレナが、もう一度口を開く。
「……でもさ」
一拍。
「この6人は、別でしょ?」
視線が、全員に向く。
「……」
静寂。
「私は」
セレナが、ゆっくりと言う。
「こっちは信用してる」
迷いなく。
はっきりと。
その言葉に――
空気が、変わる。
「……いいね」
総司が、やわらかく笑う。
「俺も同じかな」
「最初から、そのつもりだよ」
晴明が、静かに言う。
「今更確認することでもない」
「だな」
晋作が、軽く頷く。
「ここまで来て裏切るとか、面倒くせぇしな」
「……私は」
茜が、少しだけ息を吸って。
「皆さんと一緒にいたいです」
まっすぐに言う。
その言葉に。
「……うん」
美雪が、小さく頷く。
「私も」
一拍。
「ここがいい」
静かに。
でも、確かに。
その言葉が落ちる。
――そして。
セレナが、ふっと息を吐く。
少しだけ、力が抜ける。
「……ちょっと好きかもね、こういうの」
ぽつりと。
自然にこぼれる。
夜の静けさの中で。
その一言だけが、やわらかく響く。
一瞬の間。
そして――
誰からともなく、笑いがこぼれる。
強くもなく。
軽すぎもしない。
ちょうどいい温度の空気。
六人の距離が――
確かに、ひとつにまとまっていた。
夜は、静かに続いていく。
だが。
その中心には、もう迷いはない。
この六人は――
同じ側にいる。
――静かな時間が、少しだけ流れる。
誰も、すぐには動かない。
夜風が、六人の間を通り抜ける。
その空気の中で――
「……さて」
晋作が、軽く肩を回す。
「ずっと外ってのもあれだな」
一歩、後ろへ下がる。
「部屋戻るか」
「そうだね」
総司が、やわらかく頷く。
「明日もあるし」
「ええ」
晴明も、静かに同意する。
「休息も必要でしょう」
「……はい」
茜が、小さく頷く。
「今日は、色々ありましたし……」
その流れのまま。
少しずつ。
自然に、動きが生まれる。
「じゃあ、また明日ね」
セレナが、軽く手を振る。
いつもの調子で。
でも――
どこか、柔らかい。
「おう」
晋作が応じる。
「寝坊すんなよ」
「そっちこそ」
セレナが即返す。
小さな笑い。
「……おやすみ」
総司が、穏やかに言う。
「うん、おやすみ」
美雪が、やわらかく返す。
視線が、一瞬だけ重なる。
そのまま――
一人、また一人と。
それぞれの方向へ歩き出していく。
足音が、少しずつ離れていく。
だが――
不思議と。
“離れている感じ”はない。
繋がったまま。
それぞれの場所へ戻っていく。
――そして。
気づけば。
その場に残っていたのは――
セレナ、一人だった。
――静寂。
人の気配が、ゆっくりと遠ざかっていく。
残ったのは、夜の空気だけだった。
「……」
セレナは、その場に立ったまま。
小さく、息を吐く。
視線を上げる。
遠くの灯り。
静かな空。
「……ほんと、不思議よね」
ぽつりと、零す。
一拍。
「……良かった」
短く。
それだけ。
飾らない、本音。
――その時。
「それは同感だね」
静かな声。
背後から。
セレナが振り返る。
「……戻ってきたの?」
「まあね」
晴明が、ゆっくりと歩み寄る。
そのまま、隣に並ぶ。
一拍。
沈黙。
けれど――
セレナは、もう止めなかった。
「……ねえ」
視線は前のまま。
「私さ」
胸元に触れる。
ネックレス。
「ちょっと、抱えすぎてるかも」
小さく、吐き出す。
一拍。
「6人のこともそうだけど」
少しだけ、息を吐く。
「“夜の帝国”」
声が、わずかに低くなる。
「護送車も襲われたし」
「確実に、こっちを見てる」
一瞬、間。
「それに――ルシアン」
「……あいつ、ゲイ・ボルグ狙ってる」
静かに。
でも、確実に。
「つまり、私が標的」
視線が、わずかに揺れる。
「……でも、それだけじゃない」
一拍。
「私がいる限り」
「みんなも巻き込まれる」
はっきりと。
「総司も、美雪も、晋作も、茜も――」
「晴明、あんたも」
少しだけ、苦く笑う。
「全員、無関係じゃいられない」
声が、わずかに落ちる。
「それが、一番嫌なのよ」
一歩、踏み出す。
「戦うのはいい」
「それは最初から分かってる」
でも――
「そのせいで」
「誰かが傷ついたり」
「欠けたりするのが」
視線が、揺れる。
「……耐えられない」
静かに。
でも、確かに。
「怖いの」
一拍。
「全部」
沈黙。
その瞬間――
晴明が、一歩踏み出す。
そして。
セレナを、静かに引き寄せる。
優しく。
逃がさないように。
抱きしめる。
「……そうだろうね」
落ち着いた声。
すぐ近くで。
「それだけの状況だ」
一拍。
「怖くない方がおかしい」
否定しない。
そのまま受け止める。
「だが」
ほんのわずかに、声が柔らぐ。
「君が背負う必要はない」
静かに。
確かに。
「君がいるから巻き込まれるのではない」
一拍。
「私たちは、自分の意思でそこにいる」
言い切る。
「君のためだけでもない」
「この状況を、共に選んでいる」
さらに――
「だから」
少しだけ、抱き寄せる力が強くなる。
「一人で背負うな」
低く。
落ち着いた声。
「私がいる」
一拍。
「そして――信じることのできる仲間もいる」
その言葉に。
セレナの身体から、力が抜ける。
ほんの少しだけ。
「……反則よ、それ」
小さく、笑う。
でも――
その声は、やわらかい。
顔を上げる。
距離は、近いまま。
「……でも」
一拍。
「救われるわ」
小さく、本音が零れる。
そのまま。
セレナが、晴明の胸元を軽く掴む。
引き寄せる。
「……好きよ」
静かに。
確かに。
そして――
ゆっくりと、確かめるように唇を重ねる。
静かな夜の中。
時間が、止まる。
やがて、ゆっくりと離れる。
息が、近い。
ほんの少しの沈黙。
その中で――
セレナが、静かに口を開く。
「……ねえ、晴明」
少しだけ視線を揺らす。
でも、逸らさない。
「もし私が」
一瞬、迷って。
それでも――
「暴走したら」
まっすぐに、見る。
「止めてくれる?」
静かな問い。
晴明は、迷わない。
「……ああ」
短く。
「必ず止める」
一拍。
そして――
「だが」
わずかに、声が柔らぐ。
「そうならないようにするのも、私の役目だ」
静かに。
確かに。
「君を、そこまで追い込ませない」
その言葉に。
セレナの目が、わずかに揺れる。
「……そう」
小さく、息を吐く。
ほんの少しだけ、安心したように。
「じゃあ」
距離は、そのまま。
「逆もね」
視線を合わせる。
「もし、あなたが暴走することがあれば」
一拍。
「私が止める」
言い切る。
晴明が、わずかに目を細める。
「……頼もしいね」
静かに、返す。
セレナが、少しだけ首を傾げる。
「……でもさ」
少しだけ柔らかく。
「あなたが暴走することなんてあるの?」
一拍。
「全くそんな気しないんだけど」
ほんの少し、笑う。
晴明は、わずかに息を吐く。
「……私も人間だからね」
静かに、言う。
その一言。
その重み。
セレナが、小さく笑う。
「……そっか」
ほんの少しだけ。
安心したように。
そのまま。
そっと、身を預ける。
晴明もまた、何も言わずに受け止める。
夜の静けさの中。
二人の距離は、もう離れなかった。
――少し離れた場所。
夜の影に紛れるように。
四人が、静かに立っていた。
「……」
「……」
「……」
微妙な沈黙。
その視線の先。
寄り添う二人の姿。
「……いや」
晋作が、ぼそっと呟く。
「これ、声かけにくいだろ」
小さく肩をすくめる。
「そうですね……」
茜が、困ったように苦笑する。
「タイミング、完全に見失いました」
「心配してきてみたけど…」
「いや、あれは無理だろ」
総司が、少しだけ引き気味に言う。
「今入るのはさすがに……ね?」
苦笑混じり。
「……まあ」
美雪が、小さく呟く。
「邪魔するのも、違う気がするし」
一拍。
「……ああいうの、大事だし」
やわらかく。
「だな」
晋作が、軽く頷く。
一瞬。
全員の視線が、もう一度二人へ向く。
夜の静けさの中。
変わらない距離。
その空気の中で――
晋作が、ふっと視線を横に流す。
総司と、美雪を見る。
「……お前らはいいのかよ」
ぼそっと。
「二人にならなくて」
一瞬。
「……え?」
総司が、少しだけ戸惑う。
「……え?」
美雪も、きょとんとする。
ほんの短い沈黙。
そして――
「……あーなるほど」
総司が、くすっと笑う。
「晋作が、茜と二人になりたかったってことね」
「は?」
晋作が固まる。
「なるほど、さっきのはそういう振りだったのね」
美雪も、くすっと笑う。
「……違ぇよ」
即答。
だが、遅い。
「えっ……」
茜が、ぴくっと反応する。
「そ、そういうこと……なんですか……?」
少しだけ期待が混じる。
「違うって言ってんだろ」
晋作が、苦笑する。
「お前らなぁ……」
小さく息を吐く。
「……もういい」
一拍。
「俺は先に部屋戻る」
そう言って、さっさと背を向ける。
そのまま歩き出す。
「……あ」
茜が、小さく声を漏らす。
ほんの少しだけ、しょんぼりして。
「……私も、部屋に戻ります」
小さく言って、後を追う。
少しだけ距離を取りながら。
二人の背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。
残されたのは――
総司と、美雪。
「……あの二人も」
総司が、ぽつりと呟く。
「そう遠くないね」
「……うん」
美雪が、小さく頷く。
ほんの少しだけ、やわらかく笑う。
一拍。
そのまま――
自然に、手を繋ぐ。
「……行こっか」
「……うん」
二人は、そのまま。
静かに、その場を後にする。
夜は、ゆっくりと更けていった。
――翌朝。
柔らかな光が、部屋に差し込む。
それぞれが、ゆっくりと集まってくる。
「……おはよう」
総司が、軽く手を上げる。
「おはようございます」
茜が、少しだけ眠そうに返す。
「……おはよ」
美雪も、小さく。
「おはよう」
セレナが、いつも通りの落ち着いた様子で言う。
「……おはようございます」
晴明も、静かに頷く。
その空気の中で――
「……ねえ」
総司が、ふっと笑う。
「昨日の夜さ」
一瞬、間。
「なかなかだったよね」
ニヤッとする。
「ちょっと総司くん!?」
美雪が、慌てる。
「言わなくていいでしょ、そういうの!」
少しだけ頬が赤い。
「いやいや」
総司が楽しそうに笑う。
「別に変な意味じゃないって」
「絶対違うでしょ……!」
「ふふっ」
セレナが、くすっと笑う。
「何の話かしらね?」
余裕のある表情。
「……さあ?」
晴明も、静かに目を細める。
その様子に――
「……あーはいはい」
晋作が、呆れたように手を振る。
「察した」
「察しましたね……」
茜も、小さく頷く。
ほんの少しだけ、空気が和らぐ。
――
チェックアウトを済ませる。
宿を出ると、朝の空気が肌を撫でた。
静かな通り。
新しい一日の始まり。
六人が、自然と並ぶ。
その距離は――
昨日より、少しだけ近い。
「……全員揃ったな」
その時。
松平の声が、場を引き締める。
一歩、前に出る。
全員を見渡す。
「本部へ戻る」
短く。
的確に。
「……了解」
総司が、静かに応じる。
「はい」
「ええ」
それぞれが頷く。
六人は、そのまま歩き出す。
昨日の出来事を胸に。
それぞれの想いを抱えながら。
だが――
足取りは、確かだった。
――
14話 完




