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13話 別府地獄侵攻編Ⅴ

13話 別府地獄侵攻編Ⅴ

――静寂。


激戦の余韻が、ゆっくりと空間を満たしていた。


崩れ落ちた健磐龍命たけいわたつのみことの巨体。


その上空から――


総司が、軽やかに降り立つ。


氷の龍の頭から跳び、地面へと着地。


同時に。


美雪が、静かにその姿を見上げていた。


その視線の先。


氷の龍。


白銀に輝く存在。


「……」


美雪が、小さく息を吐く。


そして――


「……力を貸してくれて、ありがとう」


静かに、そう告げる。


その言葉に応えるように。


氷の龍が、わずかに首をもたげる。


次の瞬間。


その巨体が、ゆっくりとほどけていく。


砕けるのではない。


消えるのでもない。


光となり。


霧となり。


空気へと溶けていく。


まるで最初から、そこに存在していなかったかのように。


だが確かに――


“いた”。


その余韻だけを残して。


静かに、還っていった。


「……」


美雪が、そっと目を閉じる。


その直後。


ふらり、と。


体が揺れる。


「……っ」


崩れ落ちかける。


だが――


「っと」


総司が、すぐに支える。


肩を抱き、倒れないように支える。


「大丈夫?」


やわらかく、問いかける。


美雪が、少しだけ照れたように笑う。


「うん……ちょっと、妖力使いすぎたかな……」


「無理しすぎだよ」


総司が苦笑する。


そこへ――


「二人とも!」


茜の声。


残りの四人が駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「派手にやったわね」


「いやぁ、見応えあったな」


「見事でした」


それぞれの言葉が飛ぶ。


その中で。


晴明が、静かに口を開く。


「……先ほどの氷の龍」


一拍。


「神格と言って差し支えないほどの高位精霊ですね」


視線が、美雪へ向く。


「それを使役しているとは……」


わずかに目を細める。


「美雪さん、あなた……普通の雪女ではないでしょう?」


その言葉に。


「ち、違います!」


美雪が慌てて否定する。


「使役してるわけじゃないです!」


少し身を乗り出して。


「雪豹もそうですけど……」


一拍。


「精霊に、力を借りてるだけで……」


言い切る。


その様子に。


「……なるほど」


晴明が、わずかに頷く。


その目が、静かに細められる。


一拍。


「そういうことにしておきましょう」


淡く、そう言う。


それ以上は追及しない。


だが――


その視線には、


わずかな“確信”が滲んでいた。


その直後。


「いやいやいや!」


茜が割り込む。


勢いよく。


「晴明さんこそ、なんですかあれ!?」


指を向ける。


「四神って!!」


さらに一歩詰める。


「人のこと驚いてる場合じゃないですよ!?こっちもめちゃくちゃ驚きましたから!」


「そうそう」


セレナが腕を組みながら言う。


「記録で“関係してる”とは見たことあったけど」


「まさかあそこまでとはな」


晋作も笑う。


「式神で四神呼び出すとか、やりすぎだろ」


その言葉に。


晴明が、わずかに苦笑する。


「状況が状況でしたので」


さらっと返す。


その流れの中で。


「あ、そういやよ」


晋作がふと思い出したように言う。


「お前らのネックレス、最後光ってなかったか?」


その言葉に。


総司と美雪が、同時に胸元を見る。


ネックレス。


だが――


光はない。


静かに、元の状態へ戻っている。


「……消えてる」


美雪が小さく呟く。


「赤鬼の力も……」


総司が、わずかに目を細める。


「……あの時」


一拍。


「俺の刀が、力を受け取った気がする」


その言葉に。


「はぁ!?」


晋作が即座に反応する。


「なんだよあれ!」


手を大きく振る。


「雪華三段突きって!」


「そんな大技、いつから持ってたんだよ!」


「僕も初めて使ったよ」


総司が苦笑する。


「なんか、できそうだったから」


その軽い返答に。


「いや適当すぎだろ!」


晋作がツッコむ。


その横で。


「でも……」


セレナが、興味深そうに言う。


「史実でも総司は“三段突き”が得意だったってあるし」


一拍。


「それが実際に見られるとはね」


少しだけ笑う。


「なかなか貴重よ?」


その言葉に。


総司が少し照れたように笑う。


その時――


「……あれ?」


茜が周囲を見回す。


「ここ……どこですか?」


全員が、周囲を見る。


さっきまでの異界はない。


歪みもない。


そこに広がっていたのは――


広大な草原。


そして。


大きな水たまり。


「……ここって」


セレナが目を細める。


「もしかして……草千里じゃない?」


「……阿蘇か」


晋作が呟く。


「ってことは」


一拍。


「俺ら、どうやって帰るんだ?」


沈黙。


その直後。


「あ!」


茜が手を叩く。


「さっきの氷の龍とか四神に乗って――」


「無理ですね」


晴明が即答。


「無理だね」


美雪も苦笑する。


「霊力的にも妖力的にも、もう余裕ないよ……」


「だよなぁ……」


晋作が肩を落とす。


その時――


――ゴォォォ……


低い唸り。


空気が震える。


全員が空を見上げる。


そこに――


巨大な龍。


健磐龍命たけいわたつのみこと


その口には――


気絶したアザル・クロウ。


ゆっくりと、地へ降り立つ。


そして。


その巨体が光に包まれ、


人の姿へと変わる。


静かに。


六人の前へ立つ。


「……よくぞ」


低く、重い声。


「我とこの地を救ってくれた」


一同が、わずかに姿勢を正す。


「礼を言う」


一拍。


その視線が、総司と美雪に向く。


「――先ほどの力」


それだけ、口にする。


短く。


だが、確かに。


「……忘れるな」


――その言葉。


総司の中で、何かが引っかかる。


一瞬。


脳裏に、あの感覚が蘇る。


刃に宿った力。


流れ込んできた感覚。


冷たさではない。


“繋がった”感覚。


「……」


わずかに、目を細める。


横を見る。


美雪もまた、同じように静かに息を呑んでいた。


胸元のネックレスに触れる。


あの瞬間。


力が重なった。


一人では届かなかった場所に、届いた。


言葉はない。


だが――


互いに、理解していた。


「あれ……」


小さく、美雪が呟く。


総司も、わずかに頷く。


確かに。


あれは――


ただの偶然ではない。


――その時。


「……っ」


地面に倒れていたアザルの指が、微かに動く。


次の瞬間。


瞼が開く。


濁った視線が、六人を捉える。


「……まだ、終わっていませんよ……」


掠れた声。


ゆっくりと口を開く。


――詠唱。


空気が、歪みかける。


だが。


「言わせませんよ」


晴明が、すでに動いていた。


一歩、前へ。


静かに手をかざす。


「言霊にて封ず」


一言。


その瞬間。


アザルの口元が、見えない力で縫い止められる。


声が、消える。


詠唱が、途切れる。


「――っ!?」


アザルの目が見開かれる。


だが、もう遅い。


「これで術は使えません」


晴明が淡々と言う。


「連れ帰りましょう」


健磐龍命が、わずかに頷く。


そして――


「赤鬼の領域へ繋がる門だ」


一拍。


「使うといい」


その言葉と同時に――


空間が歪む。


門が、静かに開かれていく。


淡く揺らめく通路が、現れる。


六人は、歩き出す。


――赤鬼の領域。


そこには、赤鬼が立っていた。


すでに気づいているように。


静かに、こちらを見ている。


その姿を見た瞬間――


「……赤鬼さん!」


茜が、ぱっと表情を明るくする。


「無事だったんですね!」


「戻ってこれたわね」


セレナも、わずかに安堵したように言う。


「世話になったな」


晋作が軽く手を上げる。


「また会えるとは思わなかったよ」


総司も、やわらかく笑う。


美雪は、少しだけほっとしたように息をついた。


「……よかった」


その一言に、実感がこもる。


その時。


空間の奥。


わずかに、気配が揺れる。


振り返る。


そこに――


健磐龍命たけいわたつのみことの気配が、まだ残っていた。


完全には去っていない。


そのまま。


二つの“地”が、重なるように。


赤鬼が、口を開く。


「……鎮まったか」


低く、問う。


応えるように。


空間越しに、声が響く。


「……ああ」


健磐龍命。


その気配が、わずかに揺らぐ。


一拍。


そして――


「其方も」


静かに、続ける。


「力を、この者たちに預けたのであろう」


その言葉に。


赤鬼が、わずかに目を細める。


否定はしない。


ただ――


「……どうだかな」


低く、返す。


だが、その声には。


わずかな含みがあった。


健磐龍命の気配が、わずかに揺れる。


「隠す必要はあるまい」


静かに言う。


「繋がりは、既に生まれている」


その言葉に。


赤鬼が、小さく息を吐く。


「……気づいておるか」


一拍。


「ならば話は早い」


そして。


ゆっくりと視線を六人へ向ける。


「こやつらか」


「そうだ」


健磐龍命の声が重なる。


「繋ぐ力を持つ者たち」


空気が、わずかに震える。


赤鬼が、静かに頷く。


「……なるほどな」


一拍。


「確かに、只者ではない」


その言葉に。


健磐龍命の気配が、静かに薄れていく。


「……そなたの地は任せる」


最後に、そう残して。


完全に、気配が消える。


静寂。


赤鬼が、わずかに目を閉じる。


そして。


再び、六人を見る。


「……戻ったか」


静かに言う。


だがその声は――


先ほどより、どこか柔らかかった。

 静寂。


赤鬼が、ゆっくりと目を開く。


その視線が、六人へ向けられる。


先ほどまでとは違う。


どこか――


柔らかさを帯びた眼差し。


「……改めて言おう」


低く、響く声。


「この地を救ったこと――礼を言う」


一歩、前へ。


重い足取り。


だがその気配に、敵意はない。


「我が力も……確かに預けた」


一拍。


「それを、使いこなしたのは――其方らだ」


静かに言い切る。


その言葉に。


美雪が、少しだけ目を伏せる。


そして。


「……助けたかっただけだよ」


小さく、答える。


「苦しんでるの、分かったから」


その言葉に。


赤鬼の目が、わずかに細められる。


「……同胞よ」


赤鬼が、静かに美雪を見る。


その眼差しは、先ほどまでとは違う。


見極めるような――


深い視線。


「其方もまた」


一拍。


「土地神となるべく生まれた者ではないか?」


その言葉に――


「……っ」


美雪の目が見開かれる。


総司も、わずかに息を呑む。


だが。


赤鬼は続ける。


「……だが」


低く。


静かに。


「それとは違う運命を、歩んでおる」


一瞬の沈黙。


その言葉の重みが、場に落ちる。


「その道は」


ゆっくりと。


「修羅となろう」


一拍。


「だが――」


視線が、わずかに柔らぐ。


「それもまた、一つの選択」


そして。


「縛られることなく」


「その道を――仲間と歩むがよい」


その言葉に。


美雪は、少しだけ戸惑う。


だが――


ゆっくりと。


微笑む。


「……うん」


小さく。


だが、はっきりと。


頷く。


その様子を見て。


赤鬼は、静かに目を細めた。


その直後――


「えっ……!?」


茜が声を上げる。


「美雪さんが……土地神!?」


驚きが、そのまま言葉になる。


「いやいや、どういうことだよそれ」


晋作も眉をひそめる。


その中で。


美雪が、少しだけ考えるようにしてから口を開く。


「……たぶん」


一拍。


「“なりかけてた”……っていう方が近いかな」


視線を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「雪山にいた頃」


「ずっと、あの場所に縛られてた」


「力も……どんどん強くなっていって」


一拍。


「たぶんあのままだったら」


「土地神になってたと思う」


静かに言い切る。


その言葉に、全員が息を呑む。


だが。


美雪は、ふっと小さく笑う。


「でも」


横を見る。


総司の方へ。


「総司くんと会って」


「山、降りたから」


一拍。


「今は……違うよ」


やわらかく言う。


そして。


胸元に、そっと触れる。


「でも」


「力は、ちゃんと残ってる」


静かに。


だが確かに。


その言葉に。


晴明が、ゆっくりと頷く。


「……なるほど」


一拍。


「だからこそ、あの氷の龍」


「そして、先ほどの“繋がり”」


目を細める。


「すべて、説明がつきますね」


納得の声。


その一言で。


空気が、少しだけ整う。


だが――


その中心には。


確かな変化があった。


美雪という存在。


その本質が。


今、はっきりと形になったのだった。


その一言で。


空気が、少しだけ整う。


だが――


その中心には。


確かな変化があった。


美雪という存在。


その本質が。


今、はっきりと形になったのだった。


その時。


「……へぇ」


セレナが、どこか楽しそうに口を開く。


「そんなこと隠してたなんてねぇ」


腕を組みながら、美雪を見る。


口元に、うっすら笑み。


「そりゃあ――」


一拍。


「簡単に八寒地獄なんて作れるわけだ」


くすっと笑う。


その言葉に。


「え、いや、それは……!」


美雪が慌てる。


少し顔を赤くしながら。


「簡単じゃないよ!?」


「いやいや、十分おかしいって」


晋作が即ツッコミを入れる。


「普通は地獄作らねぇんだよ」


「そうですよ美雪さん!?」


茜も乗っかる。


「規模が完全におかしいですから!」


「えぇ……」


美雪が困ったように視線をさまよわせる。


その横で。


総司が、くすっと笑う。


「でもまあ」


やわらかく言う。


「美雪ちゃんらしいよ」


その一言に。


美雪が、少しだけ驚いて――


そして。


照れたように、小さく笑った。


重くなりかけた空気が。


少しだけ、軽くなる。


それでも。


確かな変化は、そこにあった。


重くなりかけた空気が。


少しだけ、和らぐ。


その様子を見ていた赤鬼が――


ゆっくりと口を開く。


「……八寒地獄、か」


低く、呟く。


その声に。


自然と視線が集まる。


「其方が顕現させたものは」


一拍。


「ただの氷ではない」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「生の理から外れた冷気」


「魂すら凍てつかせる――地の理に近きものだ」


その言葉に。


空気が、わずかに引き締まる。


「本来は」


「死後の世界にのみ存在するもの」


一歩、踏み出す。


「それを現世に引き寄せた」


視線が、美雪へ向く。


「……容易きことではない」


静かに言い切る。


美雪は、少しだけ戸惑いながらも――


小さく頷く。


その時。


赤鬼が、背を向ける。


「ついて来い」


短く、告げる。


そのまま歩き出す。


六人も、それに続く。


歩みの先。


やがて――


空間が歪み始める。


赤黒い気配。


熱を帯びた空気。


その中に。


ひとつの“門”が現れる。


揺らめくように。


不安定に。


だが、確かに存在している。


「ここだ」


赤鬼が立ち止まる。


「血の池地獄へ繋がる門」


一拍。


「そして――」


振り返る。


六人を見据える。


「現世へと帰る道でもある」


その言葉に。


わずかに、緊張が走る。


「通れば戻れる」


短く。


だが、確実に。


「ただし」


一拍。


「次に来る時は――」


わずかに目を細める。


「今よりも深い場所となろう」


その言葉は。


警告か。


それとも――


期待か。


どちらとも取れる響きだった。


赤鬼が、静かに門の前に立つ。


その背中を見つめながら――


六人は、足を止めた。


「……また来るよ」


総司が、やわらかく言う。


赤鬼は振り返らない。


だが。


「……好きにせよ」


短く、返す。


それだけで、十分だった。


「次はもう少しゆっくり話したいですね」


晴明が静かに言う。


「酒でも用意しておけよ」


晋作が軽く笑う。


「絶対飲みすぎますよねそれ……」


茜が苦笑する。


「でも、悪くないわね」


セレナも肩をすくめる。


その中で。


美雪が、少しだけ前に出る。


「……ありがとう」


小さく。


だが、はっきりと。


その言葉に。


赤鬼は――何も答えない。


だが。


わずかに。


気配が、揺らいだ。


それが答えだった。


「……行こうか」


総司の一言。


六人は、門へと向き直る。


そして――


一歩。


踏み出した。


――血の池地獄。


門を潜った瞬間。


空気が変わる。


熱。


鉄の匂い。


そして――


空の色。


「……あ」


茜が、空を見上げる。


夜が、明けようとしていた。


地獄の空に、淡い光が差し込んでいる。


「朝……か」


晋作が目を細める。


「長い夜だったね」


総司が小さく呟く。


そのまま。


六人は歩き出す。


血の池地獄の正門へ。


やがて――


外へと出る。


そこには。


自衛隊が、厳重なバリケードを展開していた。


装甲車。


隊員たちの緊張した動き。


現場は、まだ完全には落ち着いていない。


その光景を見て――


「あ!」


セレナが声を上げる。


「忘れてた」


軽く額に手を当てる。


そのまま、前へ出る。


「鷹宮一等陸佐!」


はっきりとした声。


奥にいた男が振り返る。


セレナは、迷いなく続ける。


「バリケードの一時解除を」


「それと周辺の混乱の鎮静対応を優先してください」


淀みのない指示。


一瞬の間の後――


「了解!」


即座に応答が返る。


現場が、一気に動き出す。


その様子を見て。


「……すげぇな」


晋作がぽつりと呟く。


「ほんとに指揮してる……」


茜も目を丸くする。


「改めて見るとすごいわね」


美雪も素直に感心する。


総司は、少しだけ笑う。


「頼りになるね」


セレナは肩をすくめる。


「これが本業よ」


その時――


コツ、コツ、と。


静かな足音。


六人が振り返る。


そこに――


一人の男。


整った軍服。


落ち着いた歩み。


そして、その後ろに控える女性。


「……終わったか」


低く、落ち着いた声。


松平。


ゆっくりと歩み寄ってくる。


その姿を見て――


セレナが、ふっと口元を緩める。


「……将補が現場まで来るとはね」


軽く言いながら。


視線を横へ流す。


「しかも秘書まで連れて」


その一言で――


「……は?」


晋作が眉をひそめる。


「将補って……おい」


「えっ……!?」


茜が目を見開く。


「そんなに偉い人なんですか!?」


「……知らなかった」


美雪も驚いたように呟く。


総司も、わずかに目を細める。


「なるほどね……」


一方で。


晴明だけは、静かに目を細めていた。


「やはり、そうでしたか」


納得したように。


小さく呟く。


その空気の中で。


セレナが肩をすくめる。


「まあね」


一拍置いて――


「私も、鷹宮一等陸佐が“松平将補よりAX班の指示に従うように”って言われた時に知ったんだけど」


さらっと言う。


その一言で――


「いやその情報もっと早く言えよ!?」


晋作が即ツッコむ。


「ほんとですよ!?」


茜も続く。


「え、じゃあさっきまで普通に話してたのって……」


美雪が戸惑う。


総司も、少しだけ苦笑する。


「なるほどね……」


その横で。


晴明だけは、静かに頷いていた。


「道理で、話が通るわけです」


落ち着いた声。


納得の色。


その空気の中で。


セレナが軽く笑う。


「まあ、結果オーライでしょ」


軽く言い切る。


「……雑だな」


晋作が呆れ混じりに呟く。


そのやり取りを見ながら。


松平が、わずかに息を吐く。


「好きに言ってくれるな」


だが、その声に苛立ちはない。


むしろ――


どこか受け入れているようだった。


その中で。


総司が、一歩前に出る。


「……終わりましたよ」


静かに告げる。


松平は、わずかに頷く。


「ご苦労だった」


一拍。


「まずは――無事で何よりだ」


その言葉に。


六人の表情が、わずかに緩む。


「怪我人は出ているが」


続ける。


「逃走時の転倒などによる軽傷のみだ」


一拍。


「重傷者、死者は出ていない」


その一言で――


空気が、変わる。


「……そっか」


茜が、ほっと息をつく。


「よかった……」


美雪も胸に手を当てる。


総司も、静かに頷く。


「報告は後ほど聞く」


松平が続ける。


「宿を貸し切ってある」


一拍。


「温泉でも入って、身体を休めてこい」


その言葉に。


「マジで!?」


晋作が目を輝かせる。


その時。


「その前に」


晴明が一歩前に出る。


「この魔術師は、どうします?」


視線の先。


拘束されたアザル。


「“夜の帝国”と名乗り、今回の件の首謀者です」


松平が視線を向ける。


「……こちらで引き取る」


短く言う。


「自衛隊にて尋問を行う」


その間。


アザルは――


怯えていた。


震えながら。


何かに恐れるように。


「……くっ……」


小さく、呻く。


総司が、その様子を見つめる。


(……まだ、何かある)


だが――


今は追わない。


「行け」


松平の一言。


六人は、その場を後にした。


――旅館。


貸し切られた空間。


静かな廊下。


どこか非現実的な静けさ。


「……風呂、行くか」


晋作が肩を回す。


「そうだね」


総司が頷く。


「では、後ほど」


晴明も静かに続く。


――温泉(男湯)。


湯気が立ち込める。


広い浴場。


誰もいない。


「はぁ〜……」


晋作が湯に浸かった瞬間――


「……っ!!」


びくっと身体を震わせる。


「どうしたの?」


総司が首を傾げる。


「いや……」


晋作が顔をしかめる。


「なんかこれ……」


一拍。


「氷地獄思い出すんだけど……」


「えぇ……」


総司がくすっと笑う。


「トラウマだね、それ」


「いやマジで冷たかっただろあれ……」


「今回は温かいよ」


「頭では分かってんだよ!」


その時――


「それは“記憶による感覚の誤認”ですね」


静かな声。


晴明が、ゆっくりと湯に浸かる。


「極端な環境を体験した後は」


一拍。


「似た刺激に対して、身体が過剰に反応することがあります」


「……何その冷静な分析」


晋作が半目で見る。


「事実ですので」


晴明はさらりと返す。


「もっとも――」


一拍。


「あなたの場合は、単純に臆しているだけかと」


「誰がビビってるって!?」


晋作が即反応する。


その様子に。


総司が小さく笑う。


「大丈夫だよ」


やわらかく言う。


「ちゃんと温泉だから」


「お前が言うと信用できねぇんだよ……」


湯気の中で。


静かな笑いが広がった。


――温泉(女湯)。


湯気が、柔らかく立ち込める。


静かな浴場。


湯面が、ゆらりと揺れる。


「はぁ〜……」


茜が、気持ちよさそうに声を漏らす。


「生き返りますね……!」


その横で。


美雪は、静かに湯に身を預けていた。


「……あったかい」


ぽつりと呟く。


「氷ばっかりだったもんね」


セレナが、くすっと笑う。


「さすがに今日は冷やしすぎでしょ」


「……うん」


美雪が、小さく頷く。


一拍。


「でも」


少しだけ目を伏せる。


「ちゃんと、止められてよかった」


その言葉に。


茜が、すぐに頷く。


「はい」


優しく、でもしっかりと。


「ちゃんと決まりましたね」


「……うん」


美雪が、やわらかく笑う。


一拍。


「八寒地獄って」


少しだけ考えるように。


「茜ちゃんとの……合わせ技だったよね」


「はい」


茜が、嬉しそうに頷く。


「“五月雨”で矢を分裂させて上に広げて」


「そこに吹雪を重ねて」


「通して一気に叩く」


自然に言い切る。


「一緒に考えましたし」


少しだけ照れながら笑う。


「……そうだね」


美雪も、ふっと笑う。


「名前も、ちゃんと決めたし」


「“八寒地獄”」


その名を、静かに共有する。


その様子を見て。


セレナが、口元を緩める。


「へぇ」


「ほんと、いいコンビね」


一拍。


そして――


「……ねえ」


どこか楽しそうな声。


「またやる?」


その一言に。


「あ……」


茜が、察する。


「……え、またですか?」


少し引きつつも。


完全に分かっている顔。


その横で。


美雪が、少しだけ笑う。


「……いいかも」


もう迷いはない。


セレナが、にやっと笑う。


「隣、男湯よね」


一拍。


「さっきから聞こえてるけど」


くすっと。


「“トラウマがどうこう”って」


その言葉に。


「……っ」


茜が吹き出しそうになる。


「絶対ダメな流れですよそれ……」


「大丈夫よ」


セレナが軽く言う。


「どうせ死なない」


「基準がおかしいですって……!」


そのやり取りの中で。


美雪が、くすっと笑う。


「……ちょっとだけなら」


目を閉じる。


意識を――隣へ。


次の瞬間。


(女湯からは見えない)


だが。


空気が、わずかに冷える。


一拍。


そして――


「っっっっ!?!?」


――男湯から、晋作の絶叫。


「なんで氷あんだよここぉぉぉ!!?」


水音。


混乱。


「だから言っただろ!怖いって!!」


さらに――


「お前の彼女マジで怖!!」


その声が、はっきりと届く。


一瞬。


女湯の空気が止まる。


「……彼女?」


美雪が、ぽつりと呟く。


少しだけ考えて――


「……そっか」


小さく笑う。


否定は、しない。


そのまま。


指先を、すっと上げる。


「じゃあ……」


にこっと。


「もうちょっと、サービスしよっか」


「ちょっ!?やめた方が――」


茜が止める。


だが――


次の瞬間。


「ちょっ!?増えたぁぁぁ!?」


――男湯から悲鳴。


「総司ぃぃぃ!!なんとかしろぉぉ!!」


さらに水音。


混乱が加速する。


その瞬間――


「――あはははは!!」


セレナが爆笑する。


「最高じゃない!」


「もうダメですってこれ……!」


茜も笑いながら言う。


止める気はない。


美雪も、くすくすと笑う。


「ちょっとやりすぎたかも」


そう言いながらも――


さらにもう一度。


冷気が走る。


「ぎゃあああああああ!!」


男湯から、絶叫。


湯気の中。


女湯には――


しばらくの間。


笑い声が、響き続けていた。


――食事処。


湯上がりの余韻を残したまま。


六人は席に着いていた。


湯気の立つ料理。


広がる香り。


「いただきます」


総司の一言で、食事が始まる。


「……うまっ」


晋作が、即座に言う。


「これ当たりだ」


――そのはずだったが。


「……」


晋作の箸が、止まっている。


明らかにテンションが低い。


「……どうしたの?」


セレナが、わざとらしく首を傾げる。


「元気ないじゃない」


「え、あの……大丈夫ですか?」


茜も、心配そうに――見せかけて。


少し笑いを堪えている。


「……」


晋作、無言。


やがて。


「……にしてもよ」


ぽつりと。


「なんで俺だけあんな目に遭ってんだよ……」


げんなりとした顔。


「温泉だぞ?」


一拍。


「癒される場所だろ普通……」


「そうねぇ?」


セレナが、にやっと笑う。


「今回はちょっと特別だっただけじゃない?」


「特別すぎんだよ!!」


即ツッコミ。


「命の危機だったわ!!」


「大げさですよ〜」


茜が、くすくす笑いながら言う。


「ちゃんと生きてますし」


「結果論だろそれ!!」


「……ふふっ」


美雪も、小さく笑う。


「でも、楽しかったでしょ?」


「楽しくねぇよ!!」


即答。


「こっちはトラウマだよ!!」


「また入れば慣れるんじゃない?」


セレナがさらっと言う。


「二度と入るか!!」


その叫びに――


女性陣、笑いを堪えきれない。


「ふふっ……!」


「もう……っ」


その中で。


総司だけが、少し苦笑する。


「……大変だったね」


「他人事だな!?」


晋作、即反応。


そのやり取りに、さらに笑いが広がる。


一拍。


そして――


「……あれ?」


総司が、ふと手を止める。


「どうした?」


晋作が聞く。


総司は、テーブルを見る。


「……ちょっと思ったんだけど」


一拍。


「なんで、もう一膳あるの?」


全員の視線が、そこに集まる。


確かに。


誰も使っていない膳が、ひとつ。


「……え?」


茜が首を傾げる。


「ほんとだ……」


「最初からあった?」


セレナも眉をひそめる。


「いや……」


晋作が見る。


「こんなのあったか?」


「……」


一瞬の沈黙。


「……誰の?」


その時――


ガラッ。


襖が開く。


「……寒いな」


低い声。


全員が振り向く。


そこに立っていたのは――


松平。


肩をわずかにすくめながら。


「温泉が氷地獄だったんだが」


空気が、止まる。


「……は?」


晋作。


「いや、ちょっと待て」


立ち上がる。


「被害者増えてんじゃねぇか!!」


「おかしいな」


松平が淡々と言う。


「風呂場に入った時点で、氷がいくつも浮いていた」


一拍。


「そのまま残っていたようだ」


「……残ってた?」


セレナが、ゆっくり聞き返す。


その瞬間――


全員の視線が。


ゆっくりと、美雪に向く。


「……」


美雪、ぴたりと止まる。


「……あ」


小さく。


ほんの少しだけ、気まずそうに。


「……片付けるの、忘れてたかも」


「おい」


晋作、即ツッコむ。


「原因お前じゃねぇか!!」


「だって」


美雪が、小さく言う。


「楽しかったから……」


「理由になってねぇよ!!」


「しかも放置すんな!!」


「……」


松平が、静かに頷く。


「なるほど」


一拍。


「二次被害というわけか」


「冷静に納得すんな!!」


「被害者増えてんだぞ!!」


「まあいい」


松平が、淡々と言う。


「氷は溶かしておいた」


一拍。


「途中まではな」


「途中ってなんだよ!!」


「一部は残っていた」


「完全に被害受けてんじゃねぇか!!」


そのやり取りに――


「……ふふっ」


セレナが笑う。


「最悪ね」


「最悪です……!」


茜も笑いながら頷く。


その中で。


美雪が、くすっと笑う。


「……ごめんね?」


少しだけ悪びれて。


でも楽しそうに。


「全然反省してねぇだろ!!」


晋作、確信。


そのまま。


「……まあいい」


松平が、静かに座る。


空いていた膳の前に。


「報告を聞こう」


その一言に――


「……え?」


茜が、きょとんとする。


「ここでですか!?」


思わず声が上がる。


「食事中ですよ!?」


「構わん」


松平が、淡々と答える。


「時間は有効に使うべきだ」


「いやまあそうですけど!?」


茜が戸惑う。


「今この流れでですか!?」


「今だな」


即答。


「いや切り替え早すぎません!?」


「合理的だ」


「合理的すぎて情緒が追いつきません!!」


そのやり取りに――


「……ふっ」


セレナが吹き出す。


「まあいいじゃない」


「どうせ聞かれるんだし」


「それはそうですけど……!」


茜がまだ納得しきれない。


その空気の中で。


「……」


総司が、ふと視線を落とす。


誰にも聞こえないくらいの声で。


ぽつりと呟く。


「……一緒に食べるつもりだったんだ……」


一瞬。


「はい?」


その声を――


隣に控えていた秘書が拾う。


「私もです!」


即答。


場の空気が、止まる。


「……は?」


晋作が、ゆっくり振り向く。


「なんでだよ」


即ツッコミ。


「お前は違うだろ!!」


「いえ、ご一緒できるかと」


真顔で返す。


「できねぇよ!!」


「予定にありませんでしたが?」


「だからだよ!!」


「柔軟に対応を」


「いらねぇ柔軟さだよ!!」


そのやり取りに――


「……ふふっ」


美雪が、小さく笑う。


「……残念だったね」


少しだけ、からかうように。


「……うん」


総司が、苦笑する。


そのまま。


「では」


松平が、改めて口を開く。


「報告を聞こう」


今度こそ。


場の空気が、仕事へと切り替わる。


笑いの余韻を残したまま――


13話 完

別府地獄侵攻編完結いたしました。

5話にわたり描いてきましたがいかがでしたでしょうか?


ご感想などいただければ幸いです。


次回は4月10日10時に14話更新予定です。

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