12話 別府地獄侵攻編Ⅳ
――黒き門・先。
魔法陣が脈打つ。
瘴気が渦巻く。
異形の群れが、絶え間なく湧き出している。
「――始めるぞ」
総司の声と同時に、全員が動く。
だが、その直後。
「セレナ」
総司が低く言う。
一瞬だけ視線を向ける。
「ゲイ・ボルグは使わない方がいい」
一拍。
「相手、あいつらと繋がってる」
「……吸血鬼側ってことね」
セレナが即座に理解する。
「ええ」
晴明が静かに補足する。
「情報を与えるリスクがあります」
「了解」
セレナはあっさりと頷く。
「今回は封印しとくわ」
一瞬。
黒槍から手を離す。
次の瞬間――
空間がわずかに歪む。
その手に現れる、もう一振りの槍。
「――天の逆鉾」
軽く回し、構える。
「神槍一本で、足りるわ」
その直後――
「美雪さん!」
茜の声。
「氷結地獄、使いましょう!」
「だからそれ……!」
即ツッコミ。
「名前どうにかしようって言ったばっかでしょ!」
「でも!」
茜が食い気味に言う。
「この数、一気に減らさないと押し切られます!」
周囲を見れば。
異形の群れが、さらに増えている。
「……っ」
美雪が歯を噛む。
「……分かった!」
一歩前へ。
「やるよ!」
冷気が、一気に膨れ上がる。
「総司くん、合わせて!」
「うん」
総司が頷く。
その横で。
「援護する!」
晋作が構える。
「上、任せてください!」
茜が弓を引く。
「……行くよ」
美雪が両手を広げる。
空気が凍る。
「――吹き荒べ」
吹雪が発生する。
一帯が白に染まる。
その中へ――
「いきます!」
茜の矢が、真上へ。
分裂。
無数に。
「――五月雨!」
氷を纏った矢が、雨のように降り注ぐ。
吹雪と交差する。
視界ゼロ。
回避不能。
一帯を完全制圧。
貫く。
凍る。
砕ける。
異形の群れが――
一瞬で消し飛ぶ。
「……すご」
晋作が思わず呟く。
「やるね」
総司が静かに言う。
だが――
「……この程度では」
低く、響く声。
アザル・クロウが笑っている。
「この程度では足止めにもなりませんか」
くつくつと。
愉快そうに。
「ならば――」
両手を広げる。
「これならどうでしょう!!」
その瞬間。
空気が変わる。
瘴気が濃縮される。
黒い魔法陣が、さらに強く発光する。
「――グラウム・インフェルナ・カロス・ヴァルゼア」
低く、響く詠唱。
「契約に従い、我が呼び声に応じよ」
地面が割れる。
「深淵より現れよ――」
「アモン!」
次の瞬間。
炎が噴き上がる。
その中から――
獣が現れる。
炎を纏った巨体。
牙。
爪。
燃え盛る眼。
「グォォォォ!!」
咆哮。
熱が空間を歪ませる。
「そして――」
アザルが続ける。
「我が盾となれ」
「ベリト」
黒い影が、背後に立つ。
鎧を纏った悪魔騎士。
長槍を構え。
アザルの背後に控える。
「……面倒なの来たわね」
セレナが低く言う。
その瞬間。
アモンが、突っ込む。
一直線に。
「来るぞ!」
総司が踏み込む。
迎え撃つ。
だが――
熱量が違う。
空気が焼ける。
「っ……!」
一撃。
重い。
速い。
「炎系かよ!」
晋作が舌打ちする。
「しかもデカい!」
その時。
――ズ……ッ
さらに空気が歪む。
背後。
巨大な影。
「……来たか」
晴明が低く言う。
赤い龍。
未完成のまま。
だが――
動き出す。
「……三体か」
総司が静かに言う。
「いいね」
口元がわずかに緩む。
「やりがいある」
「余裕ね」
セレナが笑う。
天の逆鉾を構える。
「さっさと片付けるわよ」
「はい!」
茜が弓を引く。
「いきます!」
美雪が前へ出る。
冷気が再び揺れる。
晋作が銃を構える。
「いいぜ」
口角を上げる。
晴明が符を構える。
「……連携を」
一拍。
空気が張り詰める。
炎。
氷。
魔。
すべてが交錯する戦場。
瘴気が濃い。
空気が重い。
呼吸すら、わずかに引っかかる。
地面に刻まれた魔法陣が、脈打つたびに――
異形が湧く
「来るわよ!」
セレナの声。
次の瞬間――
――ゴォォォォォ!!
炎が爆ぜる。
視界を焼き尽くす業火。
その中から。
アモンが、突っ込んでくる。
巨体。
燃え盛る牙。
踏み込むたびに、地面が焦げる。
「――遮れ!」
晴明が踏み出す。
符を叩きつける。
「結界展開――急急如律令!」
空間が弾ける。
透明な障壁が展開される。
直後――
轟音。
炎が激突する。
衝撃が全身を叩く。
熱が、焼く。
結界にひびが走る。
軋む。
「……っ、やべぇなこれは!」
晋作が歯を鳴らす。
「長くは持たねぇぞ!」
「でも止まってます!」
茜が即座に返す。
「今なら削れます!」
「上等だ!」
晋作が地を蹴る。
炎の隙間を縫う。
距離を詰める。
――パンッ!!
銃声。
弾丸がアモンの顔面へ。
直撃。
だが――浅い。
「チッ……!」
踏み込む。
斬撃。
炎を裂く。
だが肉まで届かない。
「硬ぇ……!」
「そこです!」
茜の矢。
破魔の光。
関節部へ――命中。
動きが一瞬鈍る。
「もらった!」
晋作が踏み込む。
斬る。
撃つ。
撃って、斬る。
連続で叩き込む。
だが――
「グォォォォ!!」
炎が爆ぜる。
爆風。
吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
着地。
踏み止まる。
「……埒があかねぇな!」
一方――
――ギィィン!!
金属音。
セレナとベリト。
槍と槍が激突する。
火花。
「……いい動きね」
セレナが笑う。
だが目は冷たい。
踏み込む。
逆鉾が閃く。
突き。
弾かれる。
返し。
薙ぎ。
受けられる。
「……ちっ」
距離を取る。
「このままじゃ押し切れないわね」
その瞬間。
空気が変わる。
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前──」
晴明。
九字。
指が空を切る。
術式が走る。
「その身に、戦の理を刻め――急急如律令」
光が、セレナへ流れ込む。
「……っ」
一瞬。
身体が軽くなる。
視界が広がる。
流れが見える。
「……なるほどね」
口元が歪む。
「いいじゃない」
踏み込む。
速い。
さっきとは別次元。
ベリトの槍。
軌道が、遅く見える。
「――そこ」
弾く。
崩す。
押す。
ベリトの体勢が崩れる。
だが――
アモンが止まらない。
炎が、さらに膨れ上がる。
戦場が焼ける。
「……まだ足りませんか」
晴明が静かに言う。
一拍。
「……埒があきませんね」
符を構える。
空気が――静まる。
音が消える。
「――来たれ、四方を司る神獣」
祝詞。
重く、響く。
「青龍・白虎・朱雀・玄武――」
大気が震える。
「顕現せよ――急急如律令」
――轟。
雷鳴。
嵐が巻き起こる。
炎が揺らぐ。
四つの存在が現れる。
「……は?」
晋作が固まる。
「四神……!?」
茜が目を見開く。
青龍が咆哮する。
嵐。
雷。
風。
アモンへ叩きつける。
炎が削がれる。
乱れる。
「……今だ!」
白虎が地を蹴る。
晋作が跳ぶ。
その背へ着地。
同時に――加速。
「いい足だな!」
笑う。
「そのまま突っ切るぞ!!」
爆発的な速度。
地面が抉れる。
一直線。
アモンへ。
炎を切り裂く。
雷が貫く。
視界が弾ける。
「――もらったァ!!」
銃声。
至近距離。
体勢が崩れる。
その瞬間。
踏み込み。
斬撃。
白虎の爪と重なる。
交差。
断ち切る。
アモンの巨体が崩れる。
炎が霧散する。
――消滅。
上空。
朱雀が翼を広げる。
灼熱の風が渦巻く。
その背から――セレナが落ちる。
一直線。
空気を裂く急降下。
「……遅い」
ベリトが迎撃。
突き上げる。
「見えてる」
セレナが身体を傾ける。
紙一重で躱す。
そのまま懐へ。
――一撃。
逆鉾が下から跳ね上がる。
顎先を掠める。
防御の軸をずらす。
「――っ!」
槍が浮く。
間合いを詰める。
踏み込み。
捻る。
――二撃。
横薙ぎ。
防御を滑らせて削る。
体勢を崩す。
逃げようとする。
「逃がさない」
――三撃。
最短距離。
最速。
一直線。
心臓部へ。
直撃。
深く貫く。
内部から衝撃が爆ぜる。
そのまま――押し込む。
「終わりよ」
完全貫通。
同時に。
玄武の圧が沈み込む。
朱雀の炎が包み込む。
逃げ場はない。
ベリトの身体が崩れる。
砕ける。
消える。
炎が静まる。
嵐が止む。
静寂。
戦場に残ったのは――
終わったという確かな感覚だけだった。
――黒き門・奥域。
他の四人が中級悪魔との激戦を繰り広げる、その最中――
空気が重い。
熱を帯びた圧が、肌にまとわりつく。
大地そのものが脈打っているような、不快な感覚。
その中心で――
「……来る」
総司が静かに呟く。
次の瞬間。
――ドンッ!!
地面が爆ぜる。
赤い巨体。
健磐龍命。
龍が、一直線に突進してくる。
圧倒的な質量。
速い。
「――っ!」
総司が踏み込む。
真正面からは受けない。
半歩、ずらす。
身体を滑らせる。
巨体の軌道を“いなす”。
すれ違いざま――
刀が走る。
だが、それで終わらない。
振り下ろされる龍の腕。
総司は受けない。
刃を差し込み、力の流れをわずかに逸らす。
“流す”。
衝撃を殺し、軌道をずらす。
その一瞬。
龍の重心が、ほんのわずかに乱れる。
――踏み込む。
最短距離。
無駄のない一閃。
鱗の隙間へ、正確に刃を滑り込ませる。
“斬る”。
――だが。
「……っ、浅い」
硬い。
刃が通らない。
鱗が弾く。
まるで岩を斬っているような感触。
ならば――止まらない。
刃を引き抜き、そのまま次の動作へ繋ぐ。
足運び。
重心移動。
龍の動きを、さらにわずかにずらす。
“崩す”。
連続した動作。
攻防一体。
だが――決定打にはならない。
「……やっぱりね」
美雪の声。
同時に――
――ゴォォォ!!
健磐龍命の口が開く。
炎。
圧縮された火炎が、一直線に吐き出される。
「――防ぐ!」
美雪が前へ出る。
手をかざす。
「――凍てて」
瞬間。
氷壁が展開される。
炎と氷が激突する。
蒸気が爆ぜ、視界が白に染まる。
「……っ!」
押される。
熱量が違う。
氷が軋む。
「まだ……!」
氷を厚くする。
耐える。
押し返す。
やがて炎が途切れる。
「……はぁ」
わずかに息を吐く。
だが、止まらない。
次の瞬間――
取り巻く悪魔たちが、間髪入れずに襲いかかる。
「来て」
美雪が即座に応じる。
冷気が形を成す。
五つ。
白銀の獣。
雪豹。
地を蹴る。
一瞬で展開。
取り巻く悪魔へ飛びかかる。
爪が閃く。
牙が食い込む。
群れを成す異形を、確実に切り裂き、押し返していく。
戦線が整理される。
「周りは任せて」
美雪が言う。
「うん、助かる」
総司が頷く。
そのまま龍へ向き直る。
「行くよ」
「合わせる」
二人が同時に踏み込む。
総司が前。
美雪が後ろ。
連携。
再び、総司が入る。
流し、崩し、斬る。
だが――
「……通らないね」
「うん」
美雪が頷く。
「なら――」
冷気が走る。
氷槍が空中に展開される。
一斉射出。
健磐龍命へ叩き込む。
命中。
だが――
弾かれる。
砕ける。
「……効き、薄い」
「かなり耐性あるね」
総司が距離を取りながら言う。
遠くで――
爆ぜる音。
重い衝撃。
他の四人の戦闘。
その余波が、この空間にも伝わってくる。
「……向こうも派手にやってるね」
総司がわずかに笑う。
「負けてられないね」
美雪も小さく頷く。
だが――
健磐龍命が咆哮する。
圧がさらに増す。
地面が震え、空気が歪む。
「……このままだと削り切れない」
美雪が低く言う。
「うん」
総司も同意する。
一瞬の間。
攻撃を捌きながら。
読む。
考える。
「……芯があるね」
総司が呟く。
「外側削っても意味ないタイプ」
「うん、私もそう思う」
美雪が応じる。
「どこかに……核みたいなの、あるはず」
健磐龍命が再び動く。
巨大な尾。
薙ぎ払う。
「――来る!」
総司が前へ出る。
いなす。
流す。
軌道をずらす。
その隙に――
「今!」
美雪が動く。
氷槍。
再度。
だが――
やはり浅い。
「……ダメだね」
「うん」
短く息を吐く。
だが目は死んでいない。
「なら――」
総司が、わずかに笑う。
「やり方、変えようか」
「うん」
美雪も頷く。
冷気が静かに揺れる。
「次で、崩す」
空気が変わる。
二人の間で、意図が共有される。
まだ通らない。
まだ足りない。
だが――
「まだいける」
総司が静かに言う。
その一言に、迷いはなかった。
総司が踏み込み、健磐龍命の懐へ潜り込む。
流し、崩し、斬る。
だが――決定打には至らない。
炎が唸る。
尾が薙ぐ。
空間そのものが圧し潰すように迫る。
その中で。
「……ん?」
総司の視線が、一瞬だけ止まる。
龍の額。
赤い鱗の奥。
そこに――
微かに脈打つ“紋様”。
黒く歪んだ、異質な魔術の痕。
「……あれ」
一歩引き、間合いを取りながら呟く。
「美雪ちゃん」
「うん」
「額……見える?」
美雪が視線を上げる。
吹き荒れる熱と瘴気の中で、静かに焦点を合わせる。
「……っ」
わずかに目を細める。
「あるね」
はっきりと捉える。
「黒い紋様……」
一拍。
「間違いない」
美雪が静かに言う。
「侵食の核」
総司が頷く。
「赤鬼と同じ構造だね」
「うん」
「なら――」
総司の視線が鋭くなる。
「そこを斬る」
踏み込もうとした、その瞬間。
「待って」
美雪の声。
総司の動きが、ぴたりと止まる。
「……どうしたの?」
美雪は一歩、前へ出る。
視線は龍から逸らさないまま。
「倒すんじゃなくて」
静かに言う。
だが、その声には迷いがない。
「鎮めたい」
一拍。
「赤鬼と同じで――」
ほんの少しだけ、息を吸う。
「この龍も、戻せるはずだから」
空気が、わずかに静まる。
総司は、その横顔を見る。
そして――
ふっと、小さく笑う。
「……うん」
頷く。
「分かってる」
一拍。
「じゃあ――」
視線を合わせる。
「紋様だけ、斬る」
「うん」
美雪も頷く。
二人の呼吸が、重なる。
次の瞬間。
同時に踏み込む。
総司が前へ。
美雪が後方から支える。
冷気が走る。
龍の足元に氷が絡みつく。
わずかに――ほんの一瞬だけ、動きが鈍る。
その隙。
総司が加速する。
一直線。
最短距離。
額へ。
「――そこ」
刃が届く、その瞬間――
――バチィッ!!
激しい光が弾ける。
空間が歪む。
透明な壁が、突如として展開される。
魔術障壁。
総司の刃が――弾かれる。
「……っ!」
即座に後退。
同時に。
「――ははっ」
不気味な笑い声が響く。
視線が、横へ流れる。
黒き祭壇の中心。
アザル・クロウ。
片手を、ゆっくりと伸ばしている。
「弱点を見つけましたか」
口元が歪む。
「ですが――」
くつくつと笑う。
「対策していないとでも?」
指先が、わずかに動く。
「甘いですねぇ」
高らかに言い放つ。
その直後――
――ゴォォォ!!
健磐龍命が、再び炎を吐く。
圧倒的な熱量。
空間が焼ける。
「――防ぐ!」
美雪が前へ出る。
氷壁を展開。
炎と衝突。
激しい蒸気が爆ぜる。
白い霧が視界を覆う。
その中で。
「……どうする?」
美雪が振り返らずに言う。
「総司くん」
一瞬の間。
総司は、視線を横へ流す。
アザル・クロウ。
そして、龍。
「……分けよう」
静かに言う。
「俺が、アザル・クロウを抑える」
一拍。
「その間――」
美雪を見る。
「いける?」
問い。
だが、その奥に迷いはない。
「もちろん」
即答。
冷気が、静かに揺れる。
「任せて」
その言葉に。
総司が、わずかに笑う。
「……すぐ戻る」
一歩、踏み出す。
「気をつけてね、美雪ちゃん」
ほんの一瞬の間。
そして――
「……総司くんも、ね」
静かに返す。
その声は小さい。
だが、確かに届く。
次の瞬間。
総司が地を蹴る。
一直線に――アザル・クロウへ。
だが。
――ズッ
影が割り込む。
取り巻く悪魔。
複数。
異形の群れ。
「邪魔」
総司が踏み込む。
最短距離。
一体目。
振り下ろしではない。
斜めに滑らせるような一閃。
急所のみを断ち、動きを止める。
そのまま――止まらない。
刃を引かない。
体を流す。
二体目の懐へ。
振り上げられた腕を、刀の背で逸らす。
崩す。
体勢が開く。
そこへ――最小動作の斬撃。
落とす。
さらに一歩。
三体目。
斬らない。
肩口へ入り込み、体ごと軸をずらす。
崩す。
流れる。
横一線。
まとめて断つ。
止まらない。
次へ。
次へ。
囲ませない。
常に流れの中で斬る。
多対一を想定した実戦剣術――天然理心流。
だが――
「……っ!」
――ガキィン!!
鋭い金属音。
刃が止まる。
目の前。
騎士風の悪魔。
西洋の剣。
重い一撃。
受け止められる。
鍔迫り合い。
火花が散る。
力は拮抗。
「……通さないってことか」
総司が静かに言う。
その奥で――
「当然でしょう」
アザル・クロウが笑う。
「こちらを狙うことも――」
一拍。
「織り込み済みですよ」
余裕。
嘲り。
だが――
――ヒュンッ!!
空気を裂く音。
次の瞬間。
「――っ!?」
アザル・クロウの頬を、矢が掠める。
血が――わずかに流れる。
「……何?」
アザルの目が見開かれる。
視線の先。
遠方。
「そこです!」
弓を構えた茜。
静かに、次の矢を番えている。
狙いは正確。
揺らがない。
一瞬の静寂。
そして――
「……貴様」
アザルの表情が、歪む。
怒り。
明確な殺意。
「よくも……」
低く、押し殺した声。
だがその奥には――
激昂が滲んでいた。
――同時刻。
他の5人が激突を続けるその最中。
戦場の一角。
空気が、明らかに異質だった。
熱。
炎。
そして、それに抗うように広がる冷気。
対峙するのは――
美雪と、健磐龍命。
巨大な龍が、ゆっくりとその身をうねらせる。
赤い鱗。
灼熱の気配。
だがその奥には――
歪んだ、黒い紋様。
苦しむように脈打っている。
「……」
美雪が、静かに一歩前へ出る。
視線は、逸らさない。
「……あなたも」
小さく、呟く。
「苦しんでいるんだね……」
一拍。
その声は、優しく――だが揺るがない。
「すぐに、解放してあげるから」
――ゴォォォォッ!!
咆哮。
突進。
地面が砕ける。
空間が押し潰される。
だが――
美雪は、舞うように跳ぶ。
空中で身体をひねり、軌道を外す。
炎がかすめる。
熱が頬を撫でる。
そのまま。
「――穿て」
手を振る。
空中に展開される、氷の槍。
無数。
一斉に射出。
健磐龍命へと降り注ぐ。
――ガァン!!
だが、通らない。
赤い鱗が、すべてを弾く。
氷槍は砕け、霧散する。
「……やっぱり」
着地。
そのまま、動かない。
逃げない。
踏み込まない。
ただ――静かに立つ。
目を閉じる。
呼吸が、変わる。
空気が凍る。
霜が、足元から広がる。
音が消える。
世界が、静まり返る。
そして――詠唱。
「――雪よ」
「凍てし理を宿すもの」
「万象を白に還すもの」
冷気が収束する。
空間が軋む。
「氷の精よ――」
一拍。
「我は、汝を縛らない」
「命じもしない」
「ただ、願う」
目を開く。
澄んだ瞳。
「この地を穢す歪みを」
「共に、正してほしい」
「応えよ」
――ギィィィィ……
空間が裂ける。
白銀の光が溢れる。
そして――
現れる。
巨大な氷の龍。
透き通る氷の鱗。
神々しく輝くその姿。
それは術ではない。
召喚でもない。
自然そのもの。
「……精霊……」
晴明の声が遠くに響く。
「……しかも、最高位……」
氷の龍が、ゆっくりと首をもたげる。
その視線が、美雪へ向く。
美雪は、静かに言う。
「お願い……」
「力を貸して」
応えるように。
氷の龍が咆哮する。
次の瞬間。
健磐龍命へと突進。
――ドォォォォン!!
激突。
空間が軋む。
氷と炎が、正面からぶつかる。
牙と牙が噛み合う。
押し合う。
拮抗。
その瞬間。
健磐龍命が炎を吐く。
灼熱の奔流。
一直線に氷の龍へ。
だが。
氷の龍も、口を開く。
圧縮された冷気。
極低温の奔流。
正面から――衝突。
――ドンッ!!
爆ぜる。
蒸気が広がる。
だが。
削り合わない。
押し合わない。
ただ――打ち消し合う。
炎が消える。
冷気も消える。
完全相殺。
視界が晴れる。
そこには――
互いに、無傷の二体の龍。
「……」
美雪が静かに息を吐く。
その直後。
健磐龍命が尾を振るう。
――バキィン!!
氷の龍の胴が砕ける。
氷片が、空中へ散る。
だが――
その氷片が止まる。
震える。
そして――集まる。
空気中の水分が引き寄せられる。
瞬時に再構築。
欠損が埋まる。
氷の龍が、完全な姿へ戻る。
美雪の瞳が、わずかに細まる。
氷の龍が、再び前へ出る。
迷いはない。
再生を前提とした前進。
尾が絡みつく。
締め上げる。
冷気が広がる。
赤い鱗へ侵食するように。
凍結が進む。
健磐龍命が咆哮する。
炎を噴き上げる。
だが――
押し切れない。
炎と冷気。
拮抗。
二つの龍が絡み合い、
空間そのものを震わせる。
それは――戦いではない。
理と理の衝突。
大自然そのもののぶつかり合いだった。
――その頃。
美雪と健磐龍命が激突する戦場の一角から、わずかに離れた場所。
空気が変わる。
熱でも、冷気でもない。
張り詰めた、刃の気配。
総司は、静かに立っていた。
その正面。
騎士風の悪魔。
西洋の剣を構え、無言のまま道を塞ぐ。
重心は低い。
隙がない。
無駄の削ぎ落とされた構え。
「……なるほど」
総司が、わずかに目を細める。
「ちゃんと“剣”なんだね」
軽く息を吐く。
一歩。
踏み出す。
同時に――
騎士悪魔が動く。
踏み込みと同時に振り下ろされる一撃。
重い。
速い。
無駄がない。
西洋剣術特有の、“力と合理”の一太刀。
だが――
総司は受けない。
刃を合わせない。
半歩、外す。
最小の動きで軌道をずらす。
そのまま懐へ。
最短距離。
斬る――
だが。
騎士悪魔の剣が、すでに戻っている。
防御が早い。
無駄がない。
「いいね」
総司が小さく呟く。
「ちゃんと戦える」
次の瞬間。
再び激突。
――ガキィン!!
刃と刃が噛み合う。
火花。
押し合い。
騎士悪魔が押す。
純粋な膂力。
重さ。
対して――
総司は押さない。
流す。
受け流す。
力を逃がす。
円を描くように。
軌道を逸らす。
そのまま。
踏み込む。
内側へ。
最短の一閃。
だが――
防がれる。
剣の角度が、絶妙に噛み合う。
「……」
総司の目が細くなる。
「合理的だね」
騎士悪魔は言葉を発さない。
ただ、動く。
突き。
一直線。
無駄のない刺突。
だが。
総司は、わずかに身体を捻る。
紙一重で外す。
同時に。
刀の背で軌道を逸らす。
崩す。
一瞬の隙。
だが――
すぐに立て直される。
間合いが戻る。
互いに、一歩引く。
静寂。
その中で――
「どうしました?」
声が割り込む。
アザル・クロウ。
少し離れた位置で、愉しげに笑っている。
「苦戦していますか?」
総司は視線を向けない。
構えたまま、淡く答える。
「いや」
一拍。
「いい練習相手だと思ってる」
その言葉に。
アザルが、くつくつと笑う。
「余裕ですねぇ」
「ですが」
わずかに目を細める。
「それで――いつまで持ちますかね?」
次の瞬間。
騎士悪魔が踏み込む。
連撃。
縦。
横。
斜め。
淀みのない連続攻撃。
西洋剣術の合理。
無駄のない圧力。
だが――
総司は止まらない。
受けない。
流す。
逸らす。
躱す。
必要最小限の動きで。
すべてを外す。
その流れの中で。
一歩。
踏み込む。
「……見えた」
小さく呟く。
騎士悪魔の剣が振り下ろされる。
だが――
総司は、前へ出る。
避けない。
斬撃の“内側”へ。
その瞬間。
風が、揺れる。
翻る。
浅葱色の羽織。
背に刻まれた――
「誠」。
その布が、大きくはためく。
一歩。
踏み込み。
重心を落とす。
無駄はない。
最短。
最速。
刃が、走る。
抜き放つような一閃。
完成された軌道。
その一太刀が――
騎士悪魔を、捉える。
――スッ。
音が遅れて響く。
一瞬。
止まる。
騎士悪魔の身体が。
次の瞬間。
――ズンッ。
斜めに、断たれる。
上半身と下半身。
完全な両断。
抵抗はなかったかのように。
遅れて――崩れる。
黒い霧となって、消えていく。
静寂。
総司は、静かに刀を払う。
そして――
視線を上げる。
その先。
アザル・クロウ。
ゆっくりと拍手を送る。
「……お見事」
口元に笑み。
だが、その目は笑っていない。
「やはり、ただの剣士ではありませんね」
総司は、静かに構える。
視線を外さない。
「そっちこそ」
一歩、踏み出す。
「ようやく本体か」
アザルが、わずかに肩をすくめる。
「失礼な」
「私は最初からここにいますよ?」
「……まあいい」
総司が淡く言う。
「やることは一つだし」
一拍。
その目が、鋭くなる。
「止める」
その一言に。
空気が変わる。
アザルの笑みが、深くなる。
「できると?」
静かに。
だが確かな狂気を滲ませて。
「やってみなさい」
その言葉と共に――
戦いの矛先は、ついに本体へと向けられた。
アザル・クロウと、沖田総司。
互いに、一歩も動かない。
だが――空気が、重い。
「さて」
アザルが、ゆっくりと口を開く。
「剣士一人で、どこまでやれるのか」
指先を、軽く掲げる。
その瞬間――
空間に魔法陣が浮かび上がる。
幾重にも。
重なるように。
「試させてもらいましょうか」
次の瞬間。
――ズッ!!
闇が、走る。
無数の魔力弾。
曲がる。
追尾する。
逃げ場を潰す軌道。
だが――
総司は、動く。
踏み込む。
「……遅い」
最小動作。
身体をずらす。
一歩。
半歩。
すべてを外す。
さらに。
刀を振るう。
――キィン!!
魔力弾を、斬る。
弾ける。
霧散する。
「……ほう?」
アザルが目を細める。
「魔術を斬る、ですか」
「当たらなければ意味ないし」
総司が淡く返す。
その一言に。
アザルの笑みが、わずかに歪む。
「……ならば」
両手を広げる。
魔法陣が拡張する。
空間を覆うように。
「逃げ場を、なくしてあげましょう」
次の瞬間――
――ドォン!!
地面が爆ぜる。
黒い魔力の柱が、無数に噴き上がる。
範囲攻撃。
だが――
総司は止まらない。
走る。
“間”を読む。
隙間へ滑り込む。
抜ける。
一直線に――アザルへ。
「……チッ」
アザルの表情が歪む。
「ならば――!」
手を振る。
三重の魔法陣。
圧縮された魔力。
「焼き尽くせ」
――ゴォォォォォ!!
黒炎が放たれる。
空間ごと呑み込む奔流。
逃げ場はない。
総司は、止まる。
構える。
呼吸を整える。
一瞬の静寂。
そして――
消える。
視界から。
次の瞬間。
黒炎が――断たれる。
――ズンッ!!
魔術が、真っ二つに割れる。
爆ぜる。
爆炎。
視界が赤に染まる。
「なに――!?」
アザルの驚愕。
その直後。
爆炎の中から。
影が現れる。
速い。
見えない。
「――っ!?」
反応が、遅れる。
その一瞬。
「――無影三段突き」
一突き目。
胸を、貫く。
「がっ――!」
二突き目。
同一点へ。
さらに深く。
「なっ……!?」
三突き目。
完全に、捉える。
「――ぁ……!」
衝撃が内側で爆ぜる。
アザルの身体が、大きく揺れる。
膝が、崩れる。
力が、抜ける。
剣も、術も、維持できない。
視線が揺れる。
焦点が合わない。
「……ば、かな……」
掠れた声。
そのまま――
ドサリ、と崩れ落ちる。
完全に、動かない。
呼吸はある。
だが――意識はない。
気絶。
静寂。
総司が、ゆっくりと息を吐く。
刀を下ろす。
一歩、近づく。
倒れたアザルを見下ろす。
「……終わりだね」
小さく、呟く。
そして――
「お前には聞きたいことがある」
一拍。
「だから」
静かに言う。
「致命傷は与えてない」
視線を落とす。
「ちゃんと、答えてもらうよ」
その場に、静寂が戻り総司は駆け出す。
激突の余波が残る戦場。
炎と冷気がぶつかり合う中心へ――
氷の龍と健磐龍命が拮抗するその前線へ。
「美雪ちゃん!」
声をかける。
美雪が振り返る。
その表情が、わずかに緩む。
「総司くん――!」
一瞬。
安堵が、交差する。
「こっちは終わったよ」
総司が軽く言う。
そのまま視線を合わせる。
「美雪ちゃんが無事でよかった」
その言葉に。
美雪が、ふっと笑う。
「総司くんも――無事だったんだね!良かった」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
二人が、同時に前を見る。
その先――
健磐龍命。
赤き巨体。
未だ暴れ、炎を撒き散らしている。
そして。
額に刻まれた、黒い魔術紋様。
「……あれだね」
総司が静かに言う。
「うん」
美雪が頷く。
一拍。
「……一緒に、終わらせよう」
その言葉に。
総司が、わずかに笑う。
「そうだね」
一歩、前へ。
視線は、額。
「俺があの紋様を斬る」
一拍。
「援護、お願いできる?」
「任せて」
即答。
次の瞬間。
二人が動く。
氷の龍が前へ出る。
健磐龍命へと迫る。
総司も同時に踏み込む。
呼吸が合う。
だが――
距離が足りない。
龍の巨体。
届かない。
「……っ!」
総司が歯を食いしばる。
その時。
「総司くん!」
美雪の声。
「氷の龍の頭に乗って!」
その言葉と同時に。
氷の龍がわずかに体勢を低くする。
総司は迷わない。
踏み込み。
跳ぶ。
そのまま――着地。
氷の龍の頭上へ。
「――行くよ!」
美雪の声。
氷の龍が、空へ駆ける。
一直線に。
上空へ。
そして――反転。
健磐龍命の額へ向けて。
急降下。
突進。
「――っ!」
総司が構える。
視線は、ただ一点。
紋様。
「――無影三段突き!」
踏み込む。
放つ。
だが――
――バチィッ!!
弾かれる。
透明な壁。
魔力障壁。
切先が、止まる。
貫けない。
「……っ!」
押し込む。
だが、届かない。
その瞬間。
――ふわり。
光。
美雪の胸元。
雪の結晶のネックレスが、淡く輝き始める。
「……これ……」
美雪が、小さく呟く。
「赤鬼にもらった……土地神の力……!」
光が、強まる。
その直後――
総司の胸元。
桜のネックレスも、共鳴するように光り出す。
「……っ?」
総司の目が、わずかに細まる。
次の瞬間。
手にした菊一文字。
その刀身に――
雪の紋様が浮かび上がる。
そして。
そこに宿るのは――
美雪の妖力。
さらに。
赤鬼より託された、土地神の力。
二つの力が重なり合い、
刀身を満たしていく。
冷気ではない。
“力そのもの”が、形を成している。
空気が震える。
刃が、わずかに鳴る。
「……なるほど」
総司が、わずかに笑う。
「これなら――」
力を込める。
その瞬間。
――パキィン!!
魔力障壁に、亀裂。
次の瞬間。
砕ける。
完全に。
「――通る」
総司の目が、鋭くなる。
そして――
「――無影三段突き」
一瞬の間。
言葉を、変える。
「――雪華三段突き」
一突き目。
紋様へ、突き刺さる。
「――っ!」
健磐龍命が唸る。
二突き目。
さらに深く。
黒い紋様が、砕け始める。
三突き目。
完全に――貫く。
「――ぁぁぁぁぁ!!」
咆哮。
黒い紋様が弾ける。
砕け散る。
光となって消える。
その瞬間。
健磐龍命の動きが止まる。
炎が消える。
巨体が大きく揺れる。
そして――
ゆっくりと。
崩れ落ちる。
大地が揺れる。
静寂。
氷の龍が、静かに降下する。
その上で。
総司が、ゆっくりと息を吐く。
下では。
美雪が、静かに見上げている。
戦いは――
ついに、終わりを迎えた。
12話 完




