10話 別府地獄侵攻編Ⅱ
――血の池地獄・内部。
赤く濁った地面。
鉄のような匂いが、空気に重く沈んでいる。
静寂。
だが――
「……いるね」
総司が、わずかに目を細めた。
次の瞬間。
――ガサッ!!
地面が弾け、四方から餓鬼が湧き上がる。
「来るよ」
総司が踏み込む。
一瞬で間合いを詰める。
――一閃。
最初の一体を、迷いなく断つ。
止まらない。
流れるように二体目、三体目。
無駄がない。速い。
「……悪くないかな」
小さく呟く。
「後ろ!」
美雪の声。
同時に――
地面を走る冷気。
餓鬼の足元が、一瞬で凍りつく。
「ナイス、美雪ちゃん」
総司が振り向かずに言う。
動きを止めた餓鬼を――
まとめて斬り払う。
氷が砕け、敵が崩れる。
「まだ来る」
美雪が一歩前へ出る。
手をかざす。
「――凍れ」
冷気が広がる。
一帯の空気が白に染まり、複数の餓鬼が凍りつく。
「いける?」
「うん、任せて」
総司が踏み込む。
一閃、二閃、三閃。
正確に、すべて斬り落とす。
---
「チッ……湧きすぎだろ」
晋作が舌打ちする。
踏み込み、一体を斬り飛ばす。
そのまま身体を回転させ、二体まとめて薙ぎ払う。
横から影が飛び出す。
「晋作さん、右です!」
茜の声。
矢が、正確に餓鬼の頭部を貫く。
「助かる」
晋作が口角を上げる。
「まだ来るぞ!」
「見えてます!」
茜が矢を番え、放つ。
さらに放つ。
動いている餓鬼を、連続で撃ち抜く。
「いい腕だな」
晋作が笑う。
そのまま懐から銃を抜く。
発砲。
死角から迫っていた餓鬼を撃ち抜く。
「援護、続けます!」
「そのまま頼む」
---
「……数、多いわね」
セレナが低く言う。
その前方、餓鬼は十数体。
だが――
一歩、踏み出す。
黒槍が唸る。
横薙ぎ。
一撃で数体を吹き飛ばす。
さらに神槍が一直線に貫く。
一体、二体、三体。
連続で崩れ落ちる。
「左、三体」
後方から晴明の声。
「見えてる」
振り向かず、槍を投げる。
三体を同時に貫通。
「……無駄がないですね」
晴明が静かに言う。
「当然でしょ?」
セレナが軽く返す。
---
斬る。
撃つ。
凍らせる。
貫く。
確実に、倒している。
だが――
「……減ってないね」
総司が、わずかに眉をひそめた。
「うん……増えてる」
美雪が頷く。
「キリがねぇな」
晋作が舌打ちする。
「補充されてます……!」
茜が叫ぶ。
「……この場じゃない」
セレナが低く呟く。
視線を巡らせる。
「中央から来てる」
---
――ピッ。
全員のSDが、同時に反応する。
『――全員、聞いてください』
晴明の声。
静かで、揺れがない。
『餓鬼はこの場で発生していません』
『魔力の流れはすべて中央へ集束していて、餓鬼は中央から展開されています』
一拍。
『――中央部です』
---
「了解」
セレナが即答する。
「全員、中央に集まって」
「原因、叩くわよ」
---
「行こう!美雪ちゃん」
総司がやわらかく笑う。
「うん」
---
「やっと本命か」
「はい!」
「……向かいます」
---
――血の池地獄・中央へ向かう途中。
---
「抜けるよ」
総司が前に出る。
餓鬼が進路を塞ぐ。
「邪魔」
一閃。
連続で斬り落とす。
「美雪ちゃん、左」
「うん」
冷気が走り、動きが止まる。
その隙に、まとめて斬る。
---
「強引に行くぞ!」
晋作が突っ込む。
「まとめてぶち抜く!」
斬撃で道をこじ開ける。
「援護します!」
茜の矢が正確に射抜く。
「そのまま押し込むぞ!」
「はい!」
---
「止まるな、そのまま行く」
セレナが前へ出る。
槍で道を切り開く。
「……中央、すぐです」
晴明が言う。
---
――六人が、中央部へと集結する。
---
「……ここね」
セレナが足を止める。
赤黒い地面の一角。
そこから――
絶え間なく、餓鬼が湧き出している。
「……気持ち悪いな」
晋作が吐き捨てる。
「湧き口か」
「間違いないね」
総司が構える。
再び、群れが襲いかかる。
「止まらないね」
総司が踏み込む。
「数、多すぎ……!」
茜が矢を放つ。
「……減ってない」
美雪が低く呟く。
「ここが原因ね」
セレナが言い切る。
「……なら」
美雪が前に出る。
「一気に凍らせる」
「――凍れ」
広範囲凍結。
一瞬、止まる。
だが――
氷が軋み、内側から砕ける。
「……ダメか」
「数で突破してくるな」
晋作が吐き捨てる。
「……単純な制圧では不十分です」
晴明が静かに言う。
「広範囲で焼き払う」
セレナ。
「可能です」
晴明。
「ただし――条件があります」
「五芒星の結界で範囲を固定」
「九字で術者強化」
「不動明王・火界呪による広域焼却」
空気が変わる。
「……全部まとめて消すってわけね」
「ええ。一掃可能です」
「いいわ」
セレナが言う。
「やる」
「五箇所に基点を設置します」
「その間、抑え続ける必要があります」
「時間稼ぎね」
「はい」
---
「晴明」
「私がつく」
「基点、全部回るわよ」
「……助かります」
---
「ただ――」
「火界呪発動時は退避してください」
「別に防御結界を張ります」
「了解」
「残りは――ここを押さえて」
「任せろ」
「時間くらい稼ぐ」
「美雪」
「流れ止めて」
「うん」
「総司」
「前、崩さないで」
「了解」
「茜」
「援護切らさないで」
「はい!」
一瞬。
全員の視線が交わる。
「――行くわよ」
セレナと晴明が動く。
五芒星を描くために。
残る四人が――
湧き続ける地獄を、押さえ込む。
血の池地獄・中央部。
セレナと晴明が離脱した直後。
餓鬼の群れが、一斉に押し寄せる。
「来るよ」
総司が構える。
だが、その一歩前に出たのは――美雪だった。
「ここ、私が作る」
静かに言う。
次の瞬間。
冷気が、一気に広がる。
地面が凍りつき、空気が白く染まる。
餓鬼の動きが、鈍る。
「――穿て」
空中に氷槍が展開される。
一斉射出。
群れをまとめて貫く。
さらに――
「止まって」
地面が隆起する。
氷の壁。
流れを分断する。
戦場が、一瞬で整理される。
「……いいね」
総司がわずかに笑う。
「やりやすい」
踏み込む。
氷で区切られた敵へ。
最短距離。
最小動作。
一体、崩す。
二体目、流す。
三体目、繋ぐ。
最後に一線。
まとめて断つ。
「総司さん、右です!」
茜の声。
矢が飛ぶ。
死角から迫っていた餓鬼を撃ち抜く。
「ありがとう、茜」
振り向かずに言う。
「まだ来る」
美雪が手をかざす。
「――出てきて」
冷気が形を成す。
白銀の獣。
雪豹。
「行って」
雪豹が駆ける。
餓鬼へ飛びかかり、凍結させて押さえ込む。
「ナイス」
総司が踏み込む。
拘束された敵を、正確に斬り落とす。
「いいな、それ!」
晋作が笑う。
踏み込む。
斬る。
さらに銃を抜く。
発砲。
分断された敵を確実に削る。
「流れ維持します!」
茜が矢を放つ。
上空、側面、死角。
すべてをカバーする。
「広げるよ」
美雪が両手を広げる。
冷気が、さらに拡散する。
地面。
空気。
すべてが白に染まる。
餓鬼の動きが、完全に制御される。
「これ……」
茜が息を呑む。
「氷地獄じゃないですか……?」
「違うから!」
美雪が即座に返す。
「いやどう見ても氷地獄だろ」
晋作が笑う。
「てかこれ、八寒地獄じゃねぇか?」
「違うって!!」
「でも近いよね」
総司が少し笑う。
「……ちゃんと制御してるから!」
美雪がむっとする。
「ならいいけどよ」
晋作が構え直す。
「でも悪くねぇ」
「これなら抑え込める」
総司が前を見る。
「うん」
美雪が頷く。
「このまま行ける」
「よし」
晋作が口角を上げる。
「時間、作るぞ」
「はい!」
茜が矢を構える。
四人の動きが、完全に噛み合う。
崩れない。
押されない。
戦線は、維持される。
血の池地獄・外縁部。
「行くわよ」
セレナが前を見据える。
「ええ」
晴明が静かに頷く。
次の瞬間。
地面が弾ける。
餓鬼が複数体、同時に湧き上がる。
「来たわね」
セレナが踏み込む。
黒槍が唸る。
横薙ぎ。
一撃で三体を吹き飛ばす。
だが止まらない。
後続が湧く。
「前、抑えます」
晴明が一歩前へ出る。
符を構える。
「――縛」
一瞬。
餓鬼の動きが止まる。
「今です」
「任せなさい」
セレナが踏み込む。
突き。
一体。
返し。
二体。
薙ぎ。
三体。
一瞬で処理する。
「……連携、いいじゃない」
「効率的かと」
晴明が淡々と返す。
そのまま呪具を地面に打ち込む。
札が展開される。
その中心で、呪具が静かに光を帯びる。
「一箇所目、固定完了です」
「早いわね」
セレナが軽く言う。
「次、行くわよ」
「ええ」
二人が即座に移動する。
---
「……数、増えてるわね」
次の地点。
餓鬼の数が明らかに増えている。
「設置進行への反応でしょう」
晴明が言う。
「なら問題ない」
セレナが踏み込む。
今度はより速い。
一体を貫き、そのまま引き抜く。
回転。
薙ぎ払う。
複数体をまとめて吹き飛ばす。
横から影。
「右です」
「見えてる」
身体をわずかにずらす。
すれ違いざまに貫く。
同時に――
「――縛」
晴明の符。
後方の餓鬼を拘束する。
「今よ」
「はい」
呪具を打ち込む。
札が展開される。
その中心で、静かに光を帯びる。
「二箇所目、完了」
「いいペースね」
セレナが言う。
「問題ありません」
晴明が答える。
だが、その視線は先を見ている。
「三箇所目――」
「ここからが本番でしょ?」
セレナが口角を上げる。
---
三箇所目。
空気が変わる。
重い。
濃い。
「来るわよ」
セレナが低く言う。
次の瞬間。
これまでより速く、密度の高い餓鬼が飛び出す。
「……速いですね」
「でも遅いわよ」
踏み込む。
すり抜ける。
突き。
一体。
返し。
二体。
だが、後続が押し寄せる。
「数が違うわね」
「ええ」
晴明が符を構える。
「――縛」
複数体を同時に拘束する。
「正面、空きます」
「十分よ」
セレナが踏み込む。
連撃。
圧倒。
前線を強引にこじ開ける。
だがさらに湧く。
「……しつこい」
その時。
SDが反応する。
『おい、まだか!』
晋作の声。
『こっちは増えてんぞ!』
「分かってる!」
セレナが即座に返す。
「今三つ目!」
「もう少しで終わる!」
『さっさとしろ!』
「うるさいわね!」
セレナが吐き捨てる。
「持たせなさいよ!」
通信が切れる。
「……余裕があるようですね」
晴明が静かに言う。
「あるわけないでしょ」
セレナが踏み込む。
「だから急いでるのよ」
一気に押し込む。
「今!」
「はい」
晴明が動く。
呪具を打ち込む。
札が展開される。
その中心で、静かに光を帯びる。
「三箇所目、固定完了」
一瞬の静寂。
セレナが振り返る。
「――あと二つね」
その言葉と同時に。
空気が、さらに重く沈んだ。
血の池地獄・中央部。
冷気が広がる。
地面は白く染まり、空気が凍りついている。
だが――
それでも。
餓鬼は、止まらない。
「……増えてるね」
総司が静かに言う。
その視線の先。
湧き口から、次々と餓鬼が溢れ出している。
「さっきより多いです……!」
茜が矢を放ちながら言う。
上空の餓鬼を射抜く。
だが、その数が減る気配はない。
「チッ……キリがねぇな」
晋作が踏み込む。
斬る。
さらに発砲。
距離を取ろうとする餓鬼を撃ち落とす。
「総司、前出るぞ!」
「うん、合わせる」
総司が一歩前へ。
だが、突っ込まない。
待つ。
誘う。
餓鬼が飛びかかる。
その瞬間――
かわす。
いなす。
崩す。
一体。
そのまま流す。
二体目。
体勢を崩し――
「今」
「うん」
氷槍が貫く。
「助かる、美雪ちゃん」
「まだいける」
美雪が前に出る。
冷気がさらに広がる。
「――穿て」
氷槍が空中に展開される。
一斉射出。
群れを貫く。
さらに。
「止まって」
氷の壁。
流れを分断する。
「いいな、それ!」
晋作が笑う。
分断された側へ踏み込む。
斬る。
撃つ。
一気に削る。
「流れ維持します!」
茜が矢を放つ。
上空、側面、死角。
すべてをカバーする。
だが――
「……押されてるね」
総司が低く言う。
「でも――」
踏み込む。
氷で区切られた敵へ。
最短距離。
最小動作。
一体。
崩す。
二体。
流す。
三体。
繋ぐ。
最後に一線。
まとめて断つ。
「まだ崩れてない」
「うん」
美雪が頷く。
「持ってる」
その時。
「――皆さん!」
茜の声が響く。
「すこーしだけ下がってみてください!」
「はぁ?」
晋作が眉をひそめる。
「今そんな余裕――」
「いいからお願いします!」
茜が食い気味に言う。
「今、思いついたんです!」
一瞬。
「ここでなら、もしかしたら……!」
「……チッ、分かったよ!」
晋作が後ろへ下がる。
「外したら承知しねぇぞ!」
「外しません!」
茜が弓を引く。
狙うのは――上空。
「いきます!」
放つ。
矢が、真上へと飛ぶ。
一直線に。
そして――
上空で。
弾ける。
「――っ!?」
無数に分裂する。
次の瞬間。
雨のように――降り注ぐ。
中央へ。
正確に。
無数の餓鬼を貫く。
一帯が、一瞬で制圧される。
「……すげぇな」
晋作が呟く。
「面白いじゃねぇか」
「やるね、茜」
総司がやわらかく笑う。
「はい……!」
少し息を乱しながらも、頷く。
「まだ完全じゃないですけど……!」
「でも――」
美雪が前を見る。
「一気に減った」
「助かった」
総司が構え直す。
「これで、持たせやすくなった」
その時。
――ピッ。
SDが反応する。
『――三箇所目、固定完了』
晴明の声。
「……あと二つだね」
総司が小さく言う。
「なら持たせるだけだ」
晋作が笑う。
「むしろ楽になったくらいだろ」
「強がってますね、晋作さん」
「うるせぇ」
「でも」
美雪が冷気を強める。
「ここからが本番」
「だね」
総司が頷く。
「崩させない」
「絶対に」
その瞬間。
湧き口から――
さらに大量の餓鬼が溢れ出す。
空気が、一段重くなる。
だが。
四人は、一歩も引かない。
戦線は――まだ、維持されている。
血の池地獄・中央部。
押し寄せる。
途切れない。
止まらない。
「……まだ来るね」
総司が静かに言う。
その直後。
餓鬼が一斉に雪崩れ込む。
「さっきより密度が上がってます……!」
茜が矢を放つ。
だが――押される。
「チッ……数が違う!」
晋作が踏み込む。
斬る。
撃つ。
だが削り切れない。
「美雪、流れ変えられる?」
「やる」
即答。
両手を広げる。
「――寄せて」
冷気が一点へ収束する。
餓鬼の足元が凍り、動きが鈍る。
密集する。
「いいね」
総司が一歩踏み込む。
「まとめていける」
そのまま――入る。
だが今回は違う。
一人じゃない。
「行くぞ」
晋作が並ぶ。
「うん」
一瞬の共有。
それだけでいい。
踏み込む。
総司が先に入る。
崩す。
流す。
軸をずらす。
餓鬼の動きが乱れる。
その隙に――
晋作が叩き込む。
一閃。
さらに銃撃。
まとめて吹き飛ばす。
「いい崩しだ」
「そっちもね」
短い会話。
だが完全に噛み合っている。
次。
総司が身体を滑らせる。
敵の間を抜ける。
斬らない。
崩す。
その瞬間。
「もらった!」
晋作が踏み込む。
横薙ぎ。
まとめて薙ぎ払う。
さらに踏み込み、撃つ。
確実に仕留める。
「まだ足りない!」
「来るよ」
総司が前を見る。
追加の餓鬼。
だが――
二人は止まらない。
流れの中で位置を変え、
互いの死角を潰す。
総司がいなし、
晋作が叩き、
また総司が崩し、
晋作が仕留める。
連携。
完成されている。
「……いいね」
総司がわずかに笑う。
「やりやすい」
「だろ?」
晋作が口角を上げる。
その時。
「総司さん、後ろです!」
茜の矢が飛ぶ。
死角を潰す。
「ありがとう、茜」
「まだ来ます!」
その時。
――ピッ。
SDが反応する。
『――五箇所目、固定完了』
晴明の声。
一瞬。
空気が変わる。
「……来たね」
総司が小さく言う。
『中央に戻ります』
セレナの声。
「了解」
総司が頷く。
「なら――」
晋作がニヤッと笑う。
「帰って来やすくしてやるか」
「はい!」
茜が弓を構える。
「任せてください!」
「やるよ」
美雪が頷く。
冷気が上空へと昇る。
「いきます!」
矢が真上へ放たれる。
上空で分裂。
無数に。
「――今」
美雪の声。
次の瞬間。
吹雪が発生する。
上空一帯が白に染まる。
その中から――
氷を纏った矢が降り注ぐ。
雨のように。
中央へと叩き込まれる。
餓鬼が貫かれる。
凍る。
砕ける。
帰路を塞いでいた敵が、一気に消し飛ぶ。
「道、開いたね」
総司が言う。
「完璧です!」
茜が頷く。
その時。
前方から――
二つの影が現れる。
セレナと晴明。
合流。
「……寒っ!」
セレナが思わず声を上げる。
周囲を見渡す。
白銀の世界。
「何これ!?」
「まんま氷地獄じゃない!!」
「……違うから」
美雪が少しだけ視線を逸らす。
「似てるだけ」
「いや完全に氷地獄だろこれ」
晋作が笑う。
「てか八寒地獄じゃねぇか?」
「でも近いよね」
総司が少し笑う。
「……ちゃんと制御してるし」
美雪が小さく付け足す。
一瞬の軽口。
だが――
すぐに空気が戻る。
セレナが前を見る。
「準備は整ったわね」
晴明が静かに頷く。
「ええ」
全員が揃う。
張り詰めた空気の中。
晴明が、一歩前へ出る。
静かに、符を構える。
「――まずは、範囲指定から」
低く、詠唱を始める。
「東に木気、西に金気、南に火気、北に水気──」
一拍。
「中央に土気、五行巡りて我が領域を成せ……」
その瞬間。
「急急如律令」
各地に設置された呪具が、静かに光を帯びる。
次の瞬間。
光が、伸びる。
それぞれの基点から、一直線に。
空間をなぞるように繋がっていく。
そして――
五芒星。
血の池地獄全体を覆うように、巨大な術式が完成する。
「……これで、範囲は確定です」
だが。
それでも。
餓鬼は止まらない。
湧き続ける。
「まだ来るわよ!」
セレナが叫ぶ。
「ええ」
晴明が頷く。
一歩、踏み込む。
指を構える。
空中に、なぞる。
漢数字の“十”を描くように。
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前──」
空気が変わる。
晴明の周囲に、力が集束する。
術者そのものが、強化される。
「……完了」
静かに言い切る。
そして――
振り返る。
「全員、私の後ろに」
一拍。
「防御結界を展開します」
「了解」
総司が動く。
「美雪ちゃん、こっち」
「うん」
その瞬間。
「茜、下がれ!」
晋作が前に出る。
一拍。
「――巻き込まれんぞ!」
「はい!」
茜が即座に後退する。
全員が、晴明の背後へ集まる。
その間にも。
餓鬼は迫る。
止まらない。
だが――
晴明は動かない。
ただ、静かに詠唱を始める。
「――ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ」
空気が、震える。
「ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン――」
光が、集まる。
五芒星が、強く輝き始める。
そして――
「――不動明王 火界呪――」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「急急如律令!」
――爆ぜる。
炎が、顕現する。
ただの炎ではない。
浄化の炎。
不動明王の加護を受けた、業火。
五芒星の内側すべてを包み込む。
餓鬼が、触れた瞬間。
焼かれるのではない。
――消える。
存在ごと、浄化されていく。
「……っ」
「すご……」
誰もが息を呑む。
無数の餓鬼が。
一瞬で。
次々と――消滅していく。
叫びも残さず。
抵抗もできず。
ただ、消える。
やがて。
炎が、静かに収まる。
静寂。
そこにはもう――
餓鬼の姿は、一体もなかった。
「……終わった、のか」
晋作が呟く。
「……いいえ」
晴明が、静かに言う。
視線は――中央。
「まだです」
その先。
地面に開いた穴。
黒く、揺らめく。
魔力の渦。
それは――
消えていない。
だが。
「……出てこない」
総司が目を細める。
「餓鬼が、止まってる」
「ええ」
晴明が頷く。
「供給は、断たれました」
一拍。
「ですが――」
静かに言い切る。
「根源は、まだ残っています」
空気が、再び張り詰める。
戦いは――終わっていない。
静寂が落ちる。
先ほどまでの喧騒が、嘘のように消えていた。
その中で――
総司が、静かに口を開く。
「……あの穴の正体って、何なんだろうね」
視線は中央。
黒く揺らめく、魔力の渦。
誰も、すぐには答えない。
一拍。
「さあな」
晋作が肩を鳴らす。
「餓鬼が出てきてたってことは――」
ゆっくりと歩き出す。
「あっち側と繋がってる“門”みてぇなもんか?」
そのまま距離を詰める。
「晋作さん!」
茜が声を上げる。
「まだ何があるか――」
「だから見に行くんだろ」
振り返らずに言う。
「分かんなきゃ対処もできねぇ」
さらに一歩。
穴の縁へと近づく。
黒い渦が、わずかに脈動する。
「……気をつけて」
美雪が、小さく呟く。
「分かってる」
晋作が足を止める。
穴を覗き込む。
その瞬間――
――ドンッ!!
空気が爆ぜる。
「――っ!?」
穴の中から。
赤い巨大な腕が、突き出される。
一直線に――
晋作へ。
「晋作!」
総司の声。
だが、間に合わない。
振り下ろされる拳。
その直前――
「――っ!!」
弦が鳴る。
一矢。
一直線に放たれる。
「祓えッ!!」
破魔の矢。
赤い腕へと突き刺さる。
次の瞬間――
光が弾ける。
拳が、消える。
“掻き消される”。
腕の先端が、存在ごと浄化される。
「っ……!」
晋作が、間一髪で後ろへ飛ぶ。
衝撃が地面を抉る。
だが――直撃は避けた。
「……助かった」
低く呟く。
その視線が、後ろへ向く。
「ナイスだ、茜」
「無事でよかったです……!」
茜が、弓を構えたまま答える。
わずかに息が乱れている。
だが、目は逸らさない。
その時。
消えたはずの腕が――
再び、蠢く。
「……再生してる」
総司が目を細める。
「完全に消せてないね」
黒い穴が、脈打つ。
そして――
その奥から。
黒い穴が、脈動する。
重く。
深く。
空気そのものが歪む。
「……来る」
総司が、静かに呟く。
次の瞬間。
――ズズッ……
穴の奥から、何かが這い上がる。
赤い腕。
その本体。
ゆっくりと姿を現す。
巨大な体躯。
鋭く歪んだ角。
全身に刻まれた、黒い侵食の紋様。
「……鬼」
茜が息を呑む。
だが――
「違う」
晴明が、静かに言う。
目を細める。
「……これは」
一拍。
「この地の“土地神”が歪められた姿です」
空気が、わずかに張り詰める。
「……土地神?」
総司が小さく呟く。
「ええ」
晴明が頷く。
「本来は、この地を守護する存在」
視線は鬼へ。
「ですが、外部からの魔力により強制的に変質させられている」
「……洗脳ってわけね」
セレナが低く言う。
「その通りです」
赤鬼が、ゆっくりと顔を上げる。
濁った瞳。
だが、その奥に――
一瞬だけ。
苦しむような揺らぎ。
「……っ」
低く唸る。
理性と衝動がぶつかり合う。
そして――
「グォォォォォォッ!!」
咆哮。
空気が震える。
地面が軋む。
「来るわよ」
セレナが槍を構える。
「ええ」
総司が頷く。
「でも――」
視線は鬼へ。
「倒すだけじゃないね」
一瞬の静寂。
その中で――
「……同じ妖怪だから」
美雪が、静かに言う。
一歩、前へ。
「私と、同じだから」
少しだけ目を伏せる。
「なんとか戻そう」
冷気が、静かに揺れる。
「……いいわね」
セレナが口角を上げる。
「その方針でいくわよ」
その一言で。
全員の意志が揃う。
次の瞬間。
赤鬼が踏み込む。
――激突。
「総司!」
「うん!」
総司が入り込む。
斬らない。
崩す。
足を止める。
「今だ!」
晋作が踏み込む。
斬撃。
衝撃。
巨体を押し返す。
「美雪!」
「分かってる!」
冷気が走る。
足元を凍結。
動きを制限する。
「茜!」
「はい!」
矢が放たれる。
破魔の力が、黒い紋様を削る。
「……効いてる」
総司が目を細める。
「侵食部分だけ反応してる」
「なら削るだけだ!」
晋作が笑う。
連撃。
押し返す。
赤鬼がよろめく。
だが――
「グォォォォ!!」
再び暴れる。
「……しつこい!」
セレナが踏み込む。
二槍。
同時に叩き込む。
衝撃。
赤鬼の体が、後方へ弾かれる。
そのまま――
黒い穴へと押し戻される。
「今よ!」
「押し切る!」
全員が同時に動く。
連携。
叩き込む。
押し込む。
そして――
赤鬼の巨体が、
そのまま“穴の中へ”叩き込まれる。
「……っ」
一瞬の静寂。
穴は、まだ開いたまま。
「……中にいる」
総司が言う。
「ええ」
セレナが頷く。
「ここで終わりじゃない」
その時――
――バババババ……
上空から、重い音。
全員が見上げる。
報道ヘリ。
旋回している。
「……は?」
セレナの眉がぴくりと動く。
「警察の奴ら……報道陣止められなかったのね」
苛立ちを隠さない。
「何やってんのよ、あの警察の指揮官は!!」
「……大丈夫なのか?」
晋作が空を見上げる。
「これ終わった後とか、色々面倒じゃねぇのか」
「まぁ」
セレナが、あっけらかんと言う。
「松平がなんとかするでしょ」
一拍。
「階級、将補だし」
「……それもそうか」
総司が少し笑う。
「じゃあ」
セレナが前を見る。
黒い穴。
「行くわよ」
「おう」
「はい!」
「うん」
「ええ」
六人が、同時に踏み込む。
そのまま――
闇の中へと突入した。
10話 完




