第457話 魔王対ミスミ教官
その昔、魔王の率いる魔族たちとスレイプニルとの間で戦いが行われていた。
この時の戦いで魔族たちは壊滅し、魔王は封印された。だが、スレイプニルの主も深く傷つき、戦いは痛み分けに終わった。
その主とスレイプニルが療養した場所こそが、今のバッサーシ辺境伯領の礎となった。
しかし、主の方の傷はかなり重く、魔王たちから受けた瘴気もかなり量が多い状態だった。
そのため、主は自分の力をすべて使い、瘴気をバッサーシの土地に封印したのである。時が経って封印の隙間から漏れ出てくる瘴気こそが、時折発生するバッサーシ領内の魔物氾濫の原因となっているというわけなのだ。
スレイプニルと主が療養したため池が、今のクッケン湖であり、彼らの汗がこの湖が塩湖となった原因なのだ。
力を使い果たした主はバッサーシ辺境伯の血筋となり、スレイプニルはいずれ復活する魔王と魔族に備えて眠りについたのだった。
このような経緯から、バッサーシ辺境伯領では馬産が盛んとなっているのだそうだ。
『というわけですね』
なんともまぁ、現在のバッサーシ辺境伯というのは、かつて魔王と戦った人物の末裔だったのだ。
スレイプニルの話で、バッサーシ辺境伯の現状がすべて説明がついてしまった。
「そうか……。それで我が懐かしい気配を感じたというわけか。因縁のある土地だったとはな、すっかり忘れていたよ」
どうやら魔王もすっかり忘れ去っていたらしい。ベジタリウス王国内で眠っていたからその事情も分かるが、どうしてベジタリウス王国で封印されていたかということまで納得できてしまった。
バッサーシ辺境伯領の土地は、ベジタリウス王国と国境を接している場所なのだ。その近さと間に山があるという地理的条件がある。つまりは乗り越えてしまえばうまく撒ける環境にあったというわけである。
ただ、そうやって逃げた魔王も運が悪かった。現在のベジタリウス王国にも今のメチルのように聖女が時折誕生しており、復活しては封印され、復活しては封印されを繰り返したのだった。
魔王がスレイプニルを覚えていても、それ以外のことについて記憶があいまいになっているのは、こういった封印の繰り返しによる影響なのだろう。
「よし、ならば私と手合わせを願おうか」
話が終わったと思ったら、ミスミ教官が魔王に対して剣を向けていた。
「さっきまで魔物と戦っておったというのに、ずいぶんと元気そうだな」
くるりと振り返ってミスミ教官を見る魔王。だが、その表情は意外にも笑っているようだ。
「先程のまでの話を聞いていたら、興味が湧いたというものだ。どうせもうトーミに戻らねばならぬ。ならば今戦うしかあるまいて」
「どうしてそうなる……」
あまりにも好戦的なミスミ教官に、さすがの魔王も理由には呆れた。
「今の我は気ままに動いておる。その気になればそちらに出向いて戦ってもいよいのだ。慌てずとも戦えるぞ」
魔王が説得しようとするもミスミ教官は引こうとしなかった。
「今、このバッサーシの地で戦うことこそに意味がある。昔の因縁を再現しようというわけだ」
どうやらそれが理由らしい。
ミスミ教官の話を聞いた魔王は、やれやれという感じで頭をかいている。
「分かった。満足する戦いができればいいのだな。なら、メチル」
「はい、何でしょうか、魔王様」
「万一けがをしたらしっかり治療してくれ。今の我ではそこな王女には逆らえんからな。何かあれば絶対にあの魔法が飛んでくる」
「承知致しました、お任せ下さい」
くすくすと笑いながら了承するメチルである。魔王はすっかりエスカに怯えているようなのだ。
あれだけ一方的に重力魔法でやられたら、怖がってしまうのも無理もないだろう。それがおかしくてたまらないのである。
魔王たちのことはエスカやメチルに任せて、ミズーナ王女はリブロ王子や他の教官たちに近付いて、学生たちをその場から退去するように促す。レッタス王子たちも含めて、それに従ってクッケン湖を後にしたのだった。
ミズーナ王女は再びエスカたちと合流して、魔王とミスミ教官の戦いを見守る。
『いやはや、あの人間、魔王といい勝負をしていますね』
スレイプニルも唸るくらいの善戦を見せるミスミ教官。あれだけ魔物と戦っておきながら、本当によく体が動くものである。
「ふん、大したものだな。疲れも見せずにここまで我といい勝負をするとは」
「だてに、王国一の騎士を名乗ってはいない。私はバッサーシの血筋として、王国の盾となり、また剣として敵を討つのだ」
余裕の表情の魔王に対し、やはりミスミ教官は疲れの色を隠せないようだった。
「まぁ、そろそろ限界だな」
魔王がミスミ教官の剣を弾き飛ばす。魔力をまとわせた腕は、まるで金属の塊のように固くなる。このくらいの芸当は魔王にとって朝飯前なのだ。
「実にいい勝負だった。だが、正直疲労のたまった状態を相手にするのは、我の美学に反する。今度は十分に休息を取った万全の状態で挑んでこい」
「くっ……」
ミスミ教官にそう声を掛けた魔王は、魔法でその場から姿を消した。
魔王が居た場所には、ミスミ教官が悔しさのあまりうずくまったままだった。




