第456話 八本足の馬
『まったく騒がしいものだな』
不思議な声が辺りに響き渡る。
『懐かしい魔力を感じたせいで、目が覚めてしまったぞ』
二言目が聞こえると、何か突風のようなものが吹き抜ける。それと同時に魔物たちが激しく吹き飛んでいく。
再び突風が近付いてきたかと思うと、目の前でぴたりと止まってみせていた。
そこにいたのは真っ黒な馬だった。
ただし、普通の馬ではない。よく見ると足が八本ある。
「その足の数は……、スレイプニル?」
呟いたのはミズーナ王女だった。ファンタジー好きなミズーナ王女はこの辺りもしっかり履修済みである。
『ほほう、よく知っているな。私はスレイプニル。この湖に眠る、この辺りの守護者だ』
漆黒の馬体をキラキラと輝かせるスレイプニル。その姿の美しさに、その場に居た誰もが見とれるほどだった。
『さて、目覚めの運動にすれば大したことはなさそうだが、この地を荒らす愚か者どもを蹴散らしてくるとしよう』
スレイプニルがそう話した次の瞬間、あっという間に残りの魔物はすべて文字通り宣言通りに蹴散らかされたのだった。
戻ってきたスレイプニルが、ミズーナ王女たちの前に姿を見せる。
その大きさは改めて見てみても、普通の馬より少し大きいくらいだ。だというのに、自分より大きな魔物すらも平然と蹴飛ばしていた。
その場で落ち着いたスレイプニルは、じっとメチルを見つめている。
『ふむ、そちらの少女は魔族だな。だが、私の知る懐かしい魔力ではない。少々筋肉のついた浅黒い肌の男を知らないかな?』
メチルから視線を外して問い掛けてくるスレイプニル。ミズーナ王女とエスカはすぐさまそれが誰かピンときてしまう。
「魔王ね」
「魔王ですね」
同じ単語が口から飛び出る。
『ふむ、魔王と名乗っているのですか、あの男は』
どうやらスレイプニルは魔王の事をよく知っているようだ。
『会わせてもらうことはできますかね』
ミズーナ王女たちに問い掛けてくるスレイプニル。これにはエスカと顔を見合わせるミズーナ王女である。
「分かりました。すぐ連れてきます」
エスカはそう言うと、瞬間移動魔法でその場から姿を消した。
次の瞬間、魔王の首根っこを掴まえたエスカが戻ってきた。
「お待たせ、彼でいいのよね?」
ぺいっと投げるエスカ。惚れた相手なのに扱いが雑である。
「私が現れると逃げようとしたから、このくらいの扱いでいいのよ」
投げ捨てた理由をそう話すエスカである。ミズーナ王女たちは苦笑いである。
投げ捨てられた魔王が何かに気が付いて、がばっと顔を上げている。その目の前にはスレイプニルが立っている。
「スレイプニル、目を覚ましていたのか……」
『お久しぶりですね、我が主の好敵手よ』
じっと魔王を眺めているスレイプニル。だが、あまりにも情けない姿だったために、その首を小さく左右に捻っている。
「そんな目で見るではない。我はそこの女に完敗したのだ。我も知らぬ魔法を操っておって、手も足も出なかったのだ……」
『なんと……。主と善戦したあなたがそこまであっさりと敗れるとは』
驚きの表情をするスレイプニルは、ミズーナ王女に説教されるエスカの姿を見ている。地面の上で正座をして説教をされているエスカの姿に、思わず信じられないとため息がこぼれてしまう。
「それはそれとして、もう魔物の方は大丈夫でしょうか」
エスカに付き合ってられなくなったメチルが、魔王とスレイプニルに話し掛けている。
「それなら心配ない。全部こやつが蹴散らかしていったからな」
『私に蹴られて無事な魔物などいませんよ。ギガンテスとて私の脚力の前には無力です』
「はえ~……」
自慢げに鼻息を荒くするスレイプニルの発言に、メチルはどう反応していいのか困ったようだった。
そこに、ミスミ教官がやって来た。
「ふぅ、本当に全部魔物が吹き飛んでいるな。兵士たちに解体の指示を出してきたが、あれでは片付けが大変だぞ」
話に加わっていないと思ったら、どうやら魔物の確認をしていたようだった。
『おや、バッサーシの血筋の者ですか』
ミスミ教官を見たスレイプニルがびっくりしたように声を掛けている。
「そうだが、それがどうかしたのだろうか」
不思議そうな顔をするミスミ教官。
『そうですか。主の血筋はきちんと受け継がれているようですね。実に安心しました』
「主? 一体なんだというのだ、それは」
意味不明なスレイプニルの発言に、ミスミ教官は首を捻るばかりである。
『おや、ご存じない。それはいけませんね』
その反応に対して、スレイプニルがそんな発言をしていた。それを聞いたメチルは嫌な予感がした。これは長くなるやつだ、と。
案の定、その直後からミスミ教官が遠慮するのも無視して、スレイプニルの長い昔語りが始まった。
それは途切れることを知らず、つらつらと流れるように語られていく。
その内容はというと、バッサーシ辺境伯たちの成り立ちと、なぜこの土地に魔物氾濫が起きるのかという理由の説明だった。
興味深い内容に、ミズーナ王女も説教の口を止めて、エスカも連れてその話に聞き入っていたのだった。




