第412話 不穏な足音
収穫祭の時期は、王都の中にもたくさんのお店が並ぶ。それはさながら前世で見た縁日みたいな感じだった。
王都の道の両脇にこれでもかと所狭しに屋台が並ぶのだ。
ただし、通りに面した家に迷惑がかからないように、商業ギルドからその辺りは厳しく指導される。王都の人間とトラブルを起こせば、出店禁止に措置が下されるなどかなり厳しい処罰が待っているので、各お店はそれにしっかり従っている。
この収穫祭は、ゲームでは完全任意のイベント。まったく起こさずとも問題のないというのよね。
ゲーム中ではアンマリアが+10kgのペナルティと引き換えに攻略対象の好感度を上げるという、ある意味究極の選択みたいな立ち位置だった。
体重が増える理由はいわずもがな、このやたらといい香りを漂わせる露店の数々よ。
この誘惑に負けると、体重の増えやすいゲームのアンマリアはデデドンと太ってしまうというわけ。しかも、三択を進めていくと、1つだけ好感度が下がる結末が待っているというおまけつき。こと3年目ともなれば、今までの苦労が水の泡と化す可能性があるという地雷イベントなのだ。
そのために、人によっては3年間すべてでスルーするそうよ。
で、現実な私は今どうしてるかというと……。
「お姉様、あちらの屋台はなんでしょうかね」
「アンマリア様、これおいしそうですよ」
絶賛任意(強制)イベントに巻き込まれておりますとも、ええ……。
可愛い妹と初めての収穫祭となるテールの誘いを、どうしても断れなかったのよ。
「アンマリア様ったら、いくら何でもその表情はいけませんよ」
「いや……ね。私ってば太りやすい体質だから、我慢しなきゃいけないなって思うのよ」
サクラに突っ込まれながらも、私は苦笑いを浮かべて言い訳をしている。
「あら、食べたいものは食べないと損ですよ」
そう私に話し掛けてくるのは、拡張版ヒロインであるミズーナ王女だった。
今でこそ私と同じようにすっかりやせ細ってはいるけれど、私同様に体重の増減の激しいヒロインである。ちなみにミズーナ王女編では2年目の秋にあたるので、まだ余裕があるといった感じなのだ。1年の差が大きいのよ……。
とはいえ、せっかく収穫祭を見て回っているのだから、諦めてモモやテールと一緒に屋台を楽しむことにした。その分動けばいいものね。
いろいろと心配したのだけど、一緒に見て回るサクラの姿に気にしすぎたかなと反省する私。なにせサクラは私以上にばかすか食べてるんだもの。それでいて、サクラの体重はほとんど筋肉によるものなんだから恐ろしい話だわ。
しかも、サクラの体型は、ドレス越しからは分からない。夏はさすがに半袖になるから、その時に腕のバキバキ具合が分かる。長手袋をしたってその鍛えられた筋肉は隠せないわよ。
はあ、太りやすい体質の私からすると羨ましい限りだわ。
「アンマリア様。私の体型は日々の努力があってこそです。そんなに簡単に体型が維持できるのであるのなら、苦労はしませんよ」
私のため息を見ていたらしく、サクラは苦笑いを浮かべながら私に話し掛けていた。その言葉に、私は思わず笑みをこぼしてしまう。
「まっ、そうですね。ミズーナ王女殿下も言われていたけど、せっかくの収穫祭だから、おいしく頂かないともったいないわよね。……帰ったら筋トレかしらね」
でも、やっぱり現実からは目を逸らしきれなかった私だった。
私の呟きが聞こえていた面々は笑いたいのを必死に堪えていた。
そんなこんなでいろいろと思うところはあるものの、せっかく仲のいい面々が勢ぞろいした状況。だったらと、心ゆくまで収穫祭を楽しむことに決める。……ただし、地獄の筋トレが待っているのは間違いない状況だけどね。
天国から地獄ってそんな感じなのかなと、私は複雑な表情を見せつつも同行したのだった。
―――
収穫祭に盛り上がるサーロイン王国内各地。
ところが、そんな喧騒とは無縁な場所があった。
とある荒れ地に、怪しげなローブ姿の老婆が立っている。
「ひっひっひっ、今頃は収穫祭に浮かれておる頃かえ?」
周りにはこれといって何も見当たらないような場所だが、老婆は的確に王都の方を見てにやけた表情を浮かべている。
「わしの研究成果を握り潰しおってからに……。そんな理解のできぬ連中には、ちょうどいいプレゼントよのう」
くるりと振り返る老婆の視線の先には、なにやら不穏な雰囲気が漂っている。
「さあ、わしの最高傑作よ。こけにした連中に裁きを下しておやり」
老婆は怪しい小瓶を取り出して封を開けると、魔法を唱えて不穏な雰囲気の漂う場所へと放り投げる。
「ひーっひっひっひっ。わしを理解できぬ奴らなど、皆死ぬとよい。さあ、存分にお暴れ!」
老婆が目を見開いて胸を張って大声で笑う。
同時に地鳴りのような音が響き渡り始める。
その地鳴りが近付いてきたかと思うと、老婆の居る地点を通り、王都へ向けて走っていく。
激しい音が過ぎ去った後の地面には、先程まで老婆が身にまとっていたローブがずたぼろになって舞い落ちたのだった。




