第408話 極・婚約者決戦
前代未聞の光景に、闘技場内はどよめきが収まらない。
「お互いの剣が折れるとはね……。さすがだね、あの二人は」
フィレン王子ですら呆れ返って反応に困っているようだわね。まったく、なんて二人なのかしら。そういう予感はしていたけれど、実際にやってのけるなんて思わなかったわ。
さすがにミスミ教官でも単独で結論を出せずに、今もなお複数名で話し合いが持たれている。
そのため、待たされている観客の中からはぽつぽつと不満の声が上がり始めた。
この状況には、フィレン王子は困惑しているようだ。そして、私の方を見て何かを企んでいる顔をしていた。
「アンマリア。私と一緒にあそこに飛んでもらえないかい?」
私にそんな事を語りかけるフィレン王子の顔はどこか悪い顔をしていた。
はっきり申し上げて、私はドン引きでございます。
そう言いたいところではあるけれど、この事態を収拾するにはそれしかないかと、私はフィレン王子の声に応えて、短距離転移でともに会場のど真ん中へと跳んだのだった。
観客たちの不満の矛先が向く会場のど真ん中にフィレン王子が姿を見せると、ぴたりと不満の声が止む。さすがは王子である。
会場に集まっているのはほとんどがサーロイン王国の人間であるので、王国にはしっかりとフィレン王子の容姿が認識されているということになる。さすがは王子。
「みなさん、フィレン・サーロインでございます。みなさんのご不満は理解できますが、さすがに決勝戦ですし、不測の事態ゆえに慎重になっているものだと思われます。今しばらくお待ち下さいますようお願いします」
そう言いながら、フィレン王子はちらりとサクラとタンの方を見る。そして、次に剣術大会の運営をしている人物へと視線を向ける。
「予備の模擬剣があるなら持ってきて下さい。このまま待たされれば、観客たちの不満はさらに高まってしまいますからね」
「か、畏まりました。すぐにお持ちします」
そそくさと会場を出ていく運営委員。
それにしても、フィレン王子の意図がよく分からない。何を考えているのだろうか。
「決勝戦の判定を話し合っているので、予備の模擬剣を持ってきたとしても二人の対決を再開とはいかないでしょう」
周りを見ながら、私に対して話しかけてくるフィレン王子。この時、私にピンとある予感が走る。
「アンマリア、気が付きましたか」
ちょうどそこへ模擬剣を取りに行っていた運営委員が戻ってくる。しかも、ちゃんと2本持ってきていた。そのうちの1本を受け取ったフィレン王子は、もう1本を私へと渡させる。
もうここまでくれば、ほとんど鈍くない限りどういうことか分かるというもの。
「まったく、フィレン殿下ときたら乱暴な事を思いつきますのね」
「アンマリアも剣術大会に参加していただろう? 彼らだけに、面白い事をされて終わるんじゃ、なんとも腹立たしいじゃないか」
言っている事が怖いんだけど、顔はものすごくにこにこしている。そのギャップに、思わず表情を引きつらせてしまう。
「……分かりました。では、そのお話、お受け致しますわ」
私は剣をしっかりと握りしめる。
私たちの行動を見ていた会場内からは、驚きの声が上がっている。それもそうでしょうね。王子とその婚約者が剣を向け合っているんですから。
「誰か、審判をしてくれないかな」
フィレン王子が声を掛けると、
「僭越ながら、俺がやりましょう」
タンが手を上げたのだった。
「いいのかい?」
「はい。お二人の戦いには、俺たちも興味がありましたから」
そう言いながら、タンはちらりと視線をどこかに向けた。そこに居たのはサクラである。そのサクラの表情は、実にわくわくと目を輝かせていた。
私は、サクラとタンの戦いの結果の結論が出るまでの間、余興としてフィレン王子と剣を交えることになってしまったようだ。
誰かしらに反対されるかと思っていたのに、どうやら全員が賛成側に回ってしまった模様。これでは私はとても断りづらくて困ってしまった。
「私もリブロも、それに周りも、アンマリアとサキのどちらを婚約者にするのか決めかねていますからね。アンマリア、ここでひとつアピールをしてみたらどうですかね」
「フィレン殿下、そんな事を仰られてしまいますか?!」
もはや私には困惑しかない。しかし、かといって断る事も出来ない。
周りからの目がある以上、受けるしかない。私はもう腹を括るしかなさそうだ。
「仕方ありませんわね。その申し出、お受け致しましょう。武魔両道たる私の実力、存分に見せてさし上げますわ」
まったく、なんでこうなったのやら。
サクラとタンの決勝戦の結果の判定が出るまでの間、フィレン王子と剣を交えることになってしまった私。もうこうなればやけくそだった。
強引な形ではあるものの、思わぬ形での婚約者決戦の延長戦が、今ここに始まろうとしているのだった。
私とフィレン王子の勝負の行方、そして、サクラとタンの決着の扱いは一体どうなるのか。それはこの場に集まった誰にも分からなかった。
「始め!」
会場中の観客たちが息を飲む中、タンの声が響き渡って私とフィレン王子の戦いが始まったのである。




