第315話 エスカと庭園
私は右手の紋様を見ながら、最初の夜は眠りにつこうとしている。
女神の紋様が反応しているという事は、対になる魔王の力が恐らく接近しているという事だろう。私のだけが反応しているので、このファッティ領で何かが起きる事は間違いがないと思われる。
(後期末試験が終わったあたりから、ずっと光ってるのよねぇ。微弱だったけれど、ここに来てからというものその光が強くなってる……。となると、テールたちを苦しめた呪具が近くに寄ってきているって事なのかしらね)
モモとエスカが既に眠ってしまったけれど、私はどうにも気になってまだしばらく眠れそうになかった。
(……念のため、結界を張っておきましょうかね。女神様、少し力をお借りします)
私は自分の唇に右手の甲を近付けて、横になりながらではあるものの魔法を展開する。
(大切なものを守りたい。世の中、平穏が一番なのよ……。絶対邪魔はさせないわ)
その夜、領主邸から淡い光が放たれたのだが、領民はほぼ寝ていたがために目撃される事はなかったのだった。
翌朝、食堂に集まった席での事だ。
「なんだか今日は体が軽いんだが、どういう事なのだろうな」
不思議な事を言い出したのだ。
「気のせいじゃないんですか、あなた」
伯母が笑いながらツッコミを入れている。
「いや、気のせいなんかじゃない。肩が軽いんだよ、ほら」
そう言いながら食事を前にぐるぐると肩を回してみせる伯父。父親より少し年上とはいえ、40歳にもなってないはずなのだけど、肩にくるっていう事はそれだけ酷使していたという事なのだろう。
昨夜展開させた結界による副作用なのかな。
私はついつい小さく笑ってしまっていた。だって、本当におかしいんだから。
実に微笑ましい朝食を済ませると、父親と伯父は一緒に領内の見回りへと出て行った。特に問題はなさそうなので、私たちは出掛けていくその姿をにこやかに見送った。
領主邸に残った私たちは、やる事が特に思い浮かばなかったので、使用人に頼んで屋敷の中を見て回る事にした。
ファッティ伯爵邸は、王都にある建物はこの領地にある建物を参考にして建てられている。なので、中身は大体同じなのだけど、実は土地の広さの関係で庭の規模が圧倒的に違っている。それに加えて、気候も王都とは少し違っているので、庭に植えられている草花も少々種類が違っているらしい。
午前中はそのファッティ邸の庭見学である。ただ、広いとあってか午前中だけで見終えるというのは厳しそうだった。さすが王都と違って区画無制限というだけはある。
庭を見て回っていると、前世で見た事のあるハーブなんかがちらほらと目に入る。エスカも同様の知識があるのか、私と同じ場所に視線を送っている。
「あら、アンマリアもこの植物の事を知っているのね」
「エスカ王女殿下もですか?」
周りに人が居るので、エスカにはちゃんと敬称をつけて呼ぶ私。
「こっちがミントで、これはタイム。これならいろいろ作れそうな気がするわ」
エスカはかなりにこにことしているようだった。
「でも、この庭はかなり広いから全部を見てからにしましょうか。ここの種類だけでもかなり作れそうですけれど、急いては事を仕損じる、ですからね」
今までにないくらいのご機嫌なエスカに、さすがにちょっと引き気味になる私。今までの印象というのが、それだけ悪かったのだ。日頃の行いというのは大事ね……。
「ふふっ、もったいないので、やっぱりちょっとだけ摘んでいきますか」
そう言って、エスカはいくつかハーブの葉っぱを摘んでいっていた。ファッティ家の敷地内とはいえ、相手が王族となると簡単に口出しはできない。私たちはエスカの行動を見守る事しかできなかった。
「エスカ王女殿下、私がお持ちします」
そう声を掛けたのは、私の侍女であるスーラだった。
「スーラさんなら任せられますね。頼みますよ」
「お任せ下さい」
スーラは着けているエプロンを外すと、そこにエスカが摘み取った葉っぱを置いて包み込んでいた。本当ならば別々にしておきたいところだけど、仕方ないかしらね。
そんなこんなで、午前中のお庭巡りは終わりを告げたのだった。
ただ、昼食のために戻った屋敷の中でもエスカの笑顔は絶えなかった。いつまでにやけているのだろうか。
「スーラさん、ありがとうございました」
部屋に戻ったところでスーラのエプロンの包みからハーブを受け取ると、収納魔法に放り込んでいくエスカ。
「……私が受け取る必要はあったのでございますでしょうか」
収納魔法に放り込まれてしまえば、そう思うのも無理はない。だけど、エスカは人差し指を立てて舌打ちとともに左右に振っている。
「いいえ、外に出しておいた事に意味があるんです。ここは室内ですから、しまっただけなんですよ」
にこやかに言うエスカだが、とても理解できないスーラは首を傾げていた。
「スーラさんに持たせていた葉っぱは、香りに気持ちを落ち着かせる効果があるものもあるんですよ。だからこそ、意味があるんです」
エスカは両手のひらを打ち、くるっと私たちの方を見る。
「さて、お昼ご飯の時間ですよね。食堂に参りましょうか」
エスカの奔放な姿に、私は呆れ、モモにスーラたち使用人は理解ができない感じに首を捻っていた。
どうやら、ここでもエスカには振り回されそうな予感しか持てない私なのである。




