第311話 イスンセ
その頃、サーロイン王国内の某所。
ほぼ真っ暗な空間に、怪しい連中が集まって何かを話している。夜だというのに、ろくに明かりもつけていないようだった。
「で、現状はどうなっている?」
「ベジタリウス王家が俺たちの動きに気が付いたようだ。だが、中に入ろうとしても不思議な力で拒まれてしまっている」
「結界か。面倒だな……」
結界の話をしているので、おそらくはベジタリウス王国の諜報員たちだろう。
「イスンセ、どうするつもりだ?」
仲間内の一人が、リーダー格の男に話し掛けている。
「どうするもこうするも、次の手を考えながらしばらく様子見をするしかなかったからな。俺に文句を言っている暇があったら、お前も何か考えろ」
「ぐっ……」
イスンセが睨み付けて言うと、男は黙り込んでしまった。
ここまでイスンセが焦るのも無理はない。混乱を巻き起こすためにいろいろ画策してはいるのだが、サーロインとベジタリウスの中では警戒が厳しくなっていて手が出しづらいのだ。
このアンマリアの2年生後期の間は、イスンセたちは次なる行動を模索し続けていたのである。
「ミール王国をけしかけるかとも考えたのだが、あそこはいかんせん遠すぎる。思うようにこいつに魔力が伝わらないから無理だな。……それにしても、かなり計画が停滞してしまったまま時間が過ぎてしまったな」
ギリッときつく歯を食いしばるイスンセである。
「それにしても、イスンセ」
「なんだ、クガリ」
声を掛けてきたクガリに睨むように反応するイスンセ。
「ずいぶんと焦っているようだね。だったら、さっさとその持ってるものをばら撒けば早いんじゃないの?」
ため息まじりに言うクガリに、イスンセは厳しい表情を見せる。
「こいつらの能力を知らないから、お前はそんな無責任な事を言えるんだ。こいつらは非常に扱いが難しい。そう簡単に言ってくれるなよ?」
「……わ、分かったわ」
イスンセの睨みに怯むクガリである。
「とりあえずだ。作戦は俺が考える。お前らは今まで通り、サーロインの国内を探れ。ただし、慎重に動け、悟られるなよ?」
「はっ」
クガリは返事をすると、部下の諜報員たちを連れてアジトから離れていった。
クガリたち部下を追い出したイスンセは、自分の持つものを取り出して見つめている。この宝石のようなものが、クガリの言っていた『ばら撒けばいいもの』である。
「まったく、今の連中は平和なものだな。これが何かも知らないとは、実に愚かしい限りだ」
イスンセの持つ宝石からは、何やらどす黒い魔力が漏れ出ている。そう、この宝石たちはロートント男爵を変貌させていた呪具なのである。それが大量にイスンセの手に握られている。
しかし、呪具というものは持っているだけで気が狂ってしまうと言われているというのに、このイスンセはなぜ正気を保っていられるのだろうか。
実はこのイスンセという人物、詳細な出身地が分からない。突如としてベジタリウス王国に現れ、諜報部の人間として収まってしまったのである。
ただ、クガリたちの様子を見ても分かる通り、人望は意外とあるようだ。仕事の手際の良さもあるので、諜報部の中ではかなり信頼されているらしい。
しかし、ミズーナ王女もレッタス王子も、その名はちらりとしか聞いた事がないという。そのくらい秘匿された組織が、ベジタリウス王国の諜報部なのである。
「俺の真の目的を知られるわけにはいかない。クガリどもにはせいぜい俺の手足となってしっかり働いてもらうだけだ。くくくく……」
暗い空間の中で、一人不気味に笑うイスンセ。どうやら、かなりあくどい企みがある事は間違いなさそうだ。本当に謎多き人物である。
(いろいろと調べさせてもらったが、聖女どもの力は大した事がなさそうだ。だが、慎重に越した事はない。じっくりと次の手を打たさせてもらうぞ)
この後期の間、イスンセたちは潜伏しながら、いろいろと調べ物をしていたようである。
(この呪具の器となるには、それなりの魔力の持ち主でなければならない。そうでなければあっという間に精神はおろか体まで壊れてしまうからな)
腕を組んだイスンセはその肘を指でトントンと叩いている。
(だが、大体奴らの中心に居る人物の事は特定できている。クガリたちは分かっていないようだが、俺はそいつの牙城から崩しにかかるとしよう)
イスンセはそう考え、明かりを消して部屋を出て行く。
「奴らの中心となる人物の領地……。そこへ向かうとするか」
暗闇に紛れて移動を始めるイスンセ。一体どこへと向かうのだろうか。
「くくくっ、ここを崩せば奴らを間違いなく葬り去れるはず。なにせ手が付けられなくなるのだからな!」
イスンセは走りながら不気味に笑う。
何も見えない闇夜の中を、サーロイン王国を着実に潰すための野望に燃えるイスンセが駆け抜けていく。
その行き先を知る者は誰も居ない。
だが、この乙女ゲームの世界の崩壊を企む者の足音が、着実に忍び寄り始めているのは間違いないようだ。




