九十二話 サウンド・オブ・サイレンスの謎(美知子の妖怪捕物帳・漆拾参)
「実は私の娘は別の大学の文学部の四年生で、卒論を書いているところなんだ」と常木理事が話し始めた。
「はい。・・・それで?」
「その卒論のテーマなんだが、サイモンとガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』という歌の歌詞について書くつもりだそうだ」
「文学部の卒論のテーマが、『サウンド・オブ・サイレンス』の歌詞についてなのですか?」
「そういうことだ」
「文学部の卒論が若者向けの歌の歌詞だって?そんな卒論、通るわけがないだろう」と佐貫理事長が口をはさんだ。
「いえ、歌詞は数分程度の短い曲の中で世界観を歌い上げます。その歌詞が文学的であれば、十分に卒論のテーマになると思いますよ」と俺は言った。
「そうだろうか?もし歌詞が文学なら、いずれ作詞家がノーベル文学賞でも取るのかな?」と佐貫理事は言って笑い出した。
(作者註:二〇一六年にアメリカの音楽家ボブ・ディランが『米国歌謡に乗せて新しい詩の表現を創造した』という理由でノーベル文学賞を受賞した)
「ノーベル賞はともかく、サイモンとガーファンクルの歌は歌詞が文学的だとしばしば評されています。作詞したのはポール・サイモンの方ですが。・・・それをテーマにした卒論について、何を相談されたいのですか?」
「『サウンド・オブ・サイレンス』の歌詞の文学的解釈をテーマにするらしいんだが、最初からどう切り出していこうかと悩んでいてね、何かいいアイデアがないか、藤野さんに聞きたいと思ってるんだ」
「娘さんの卒論の内容を藤野さんに相談するのですか?それは教育者としてどうなのでしょうか?」と冨士名理事が異議を唱えた。
「いやいや、卒論を藤野さんに代わりに書いてもらいたいわけじゃない。目新しいアイデアを教えてほしいだけなんだ」
常木理事のその言葉に冨士名理事はまだ不満そうだったが、
「私はその歌詞をあまり覚えていませんが」と言ったら、常木理事はカバンの中から『サウンド・オブ・サイレンス』の歌詞を書き写した紙を出してきた。
(作者註:実際の歌詞はネットなどで参照してください)
俺とほかの二人に紙を渡す常木理事。
俺は「一度歌詞を読ませてください」と断って歌詞の内容に目を走らせた。
「歌詞を普通の詩のように読めば、文学として通りそうですわね」と冨士名理事が言った。
「そんなもんかな?」とまだ懐疑的な佐貫理事長。
そんな言葉を耳にしながら歌詞を読むことおよそ五分。俺はようやく顔を上げた。
「まず一度この歌詞を意訳してみます」
「よろしく頼む」と頭を下げる常木理事。
「歌詞の冒頭に、『ハロー、ダークネス。マイ・オールド・フレンド』と書いてあります。直訳すると『やあ、暗闇。古くからの友よ』となりますが、この暗闇とは何を指していると思いますか?」
「宵闇のことじゃありませんこと?夜が来るたびに暗闇になるので、昔なじみと言えなくもないと思いますが」と冨士名理事。
「夜が来るたびに暗闇にあいさつするでしょうか?」と俺は言い返した。
「鳥目だから夜に目が見えなくなることじゃないか?」と常木理事。
「その場合も同じです。目がよく見えなくなるたびに『ハロー』とあいさつするのはおかしいと思いますよ」
「じゃあ、何を指してるんだ?」と聞く佐貫理事長。
「ありきたりの連想ですが、私は心の暗闇である『絶望』のことだと思います」
「絶望か!そういう解釈もできそうだな」と常木理事。
「人々が社会の閉塞感や将来の不安から絶望感を抱くことはままあることです。特にポール・サイモンのような若い人では。その絶望はずっと続くわけではありませんから、この最初の行は『やあ、絶望。また現れたのか』と、絶望に苛まれることに慣れた人の気持ちを代弁しています」
「そういう解釈も成り立ちますか」と冨士名理事。
「そしてその後に続く歌詞には、『ビジョン』が頭の中に生まれ、消えることなく植物のように生長することが書かれています。それも『サウンド・オブ・サイレンス』の中で。この『ビジョン』とは視覚や将来の展望のことを指しますが、『絶望』に対比させて『希望』の意味だと解釈します」
「絶望の中で希望の芽が現れるということか。なかなかいい意味じゃないか。しかし『サウンド・オブ・サイレンス』とは何なんだ?」
「『サウンド・オブ・サイレンス』を直訳すると『静寂の音』となります。静寂とは音がないことを意味しますから、この言葉は矛盾しています」
「そうですわね。禅問答みたい」
「それではその『静寂の音』とは何なのだ?」と聞く常木理事。
「とても静かな場所にいると耳がキーンと鳴ることがあるだろう?あれじゃないか?」と佐貫理事長が言った。
「耳鳴りですか?文学的な歌詞にはふさわしくないような・・・」と冨士名理事。
「耳鳴り以外にも静寂の中で聞こえる音があります」
「何ですか?」
「それは頭の中に思い浮かべるメロディーです。音楽が聞こえない場所で、好きな曲のメロディーを思い起こすことはありませんか?」
「ありますわ。そしてそのうちに鼻歌を歌ってしまいますわ」
「そうですね。最初はメロディーではなく、単音が頭の中で鳴り響くだけかもしれません。しかし単音が徐々につながっていき、メロディーになっていくことがわかる描写があります」
「どこだね?」
「歌詞の最初の方では『サウンド・オブ・サイレンス』と書いてありますが、最後には『サウンズ・オブ・サイレンス』と複数形になります。これはいくつもの単音がつながって曲になることを暗示しているように思われます」
「なるほど」と常木理事が言った。
「しかしなぜ静寂の中で、頭の中だけでメロディーを感じているんだ?歌ったり、楽器を奏でたりすればいいじゃないか?」
「それは歌詞のこの部分を読めばわかります」
と俺は言って、『ピ-プル・トーキング・ウイズアウト・スピーキング。ピ-プル・ヒアリング・ウイズアウト・リスニング。ピ-プル・ライティング・ソングズ・ザット・ボイスイズ・ネバー・シェア。アンド・ノー・ワン・デアー・ディスターブ・ザ・サウンド・オブ・サイレンス』と書かれた歌詞を指した。
「この歌詞を訳すと、『人々は話し声を出さずに会話している。人々は聞こえない言葉を聞いている。人々は曲を作っているが、その歌声は聞こえない。そして誰も静寂の中、私の頭の中で奏でる音を遮ることはできない』となります」
「それって、まるで耳が聞こえない人のことみたい」と冨士名理事が言った。
「そうです。この歌詞の主人公は、音楽家でありながら耳が聞こえません。それでも頭の中で曲を作っているのです。そんな音楽家を知りませんか?」
「耳が聞こえない・・・大音楽家。・・・それってまさか、ベートーベン?」
「そうです。交響曲『運命』などを作曲したベートーベンです」
「ベートーベンは耳が聞こえなくなったのか?」
「はい。ベートーベンは若いころから難聴に悩んでいたといいます。そして四十歳になる頃には完全に耳が聞こえなくなりましたが、それでも『第九』と呼ばれる交響曲第九番などの名曲を作曲しています」
「音が聞こえなくても頭の中で音階を思い浮かべて作曲していたわけか。・・・しかしなぜサイモンはベートーベンを連想させる歌を作詞したんだ?サイモンはクラシックなど作曲していないだろうに」と常木理事が疑問を述べた。
「ポール・サイモンの曲の中で有名な『スカボロー・フェア』はイギリスの伝統曲が元になっています。また、今年発表された『コンドルは飛んでいく』は、ペルーの伝承曲をアレンジしたものです。このようにサイモンはいろいろな音楽から着想を得ています」
「サイモンは貪欲にいろいろな音楽に接してきたのだな?」
「はい。彼はクラシックの音楽家ではありませんが、クラシックを聴いたことはあるでしょう。そしてベートーベンが難聴で悩んでいたことは広く知られていますから、ベートーベンの苦難とそれを乗り越えた才能のことも、サイモンは当然知っているでしょう」
(作者註:ポール・サイモンが一九七三年に発表した『アメリカの歌』のメインメロディーは、バッハの『マタイ受難曲』のメロディーをアレンジしたものであり、クラシックにも通じていたことがわかる)
「ということは、『サウンド・オブ・サイレンス』はベートーベンを題材にした歌だったわけか・・・」
「真偽はわかりませんが、そういう発想で卒論をまとめることができるのではないでしょうか?」
「そうだな。ところで最後の方の歌詞にプロフェッツ、預言者たちという言葉が入っているけど、これはどう解釈したらいいのかな?」
「その箇所の少し前にネオン・ゴッドという言葉があります。暗闇の中で輝くネオンライトを神になぞらえているのです。そして預言者とは神の言葉を代弁する人のことです。絶望という暗闇に光を与える希望の神が、ベートーベンが作る音楽が人々に知られ演奏されるようになることを、預言者たち、つまり音楽の愛好家たちに語らせることを意味しているのではないでしょうか」
「それではこの『サウンド・オブ・サイレンス』は、どういう風に訳せばいいのかな?」
「そうですね。例えばタイトルを『静寂の世界の音』、サブタイトルを『偉大な音楽家に捧ぐ』として、歌詞を意訳していくと・・・」と俺は言って次のような訳詞を紙に書いた。
「静寂の世界の音 〜偉大な音楽家に捧ぐ〜」
また絶望に襲われたが、私は負けない。
なぜならこの(音がまったく聞こえない)静寂の世界でも
頭の中で音を奏でられるという希望があるからだ。
永遠に続く静寂という苦悩。
それはじめじめした寒い通りを
襟を立てながらひとりで歩くようなもの。
しかし闇夜を切り裂く希望の光が目に映る。
その希望とは、静寂の中でも頭の中で音を奏でられること。
そしてその希望の光の中に一万人以上の人々が見える。
人々は話し声を出さずに会話している。
人々は聞こえない言葉を聞いている。
人々は曲を作っているが、その歌詞は聞こえない。
そして誰も静寂の中、私の頭の中で奏でる音を遮ることはできない。
熱狂する人々に私は言った。
お前たちは静寂が癌のように広がることを知らない。
だから私が教える音楽を聞きなさい。
私が差し出す腕を取りなさい。
静かな雨粒のようだった私の頭の中の音は
静寂の中で(メロディーとなって)反響した。
人々は希望の光を神のように崇めた。
その光の神は紡がれた音楽を照らして伝えた。
「(私が綴った音楽は)愛好家たちによって
(地下鉄の壁やアパートのホールなど)そこら中に記され、
静寂の中、囁くように演奏される」と。
「こんなところでしょうか」と俺は言った。
「最後の段落の、自分の歌が人々によっていろいろなところで目にするようになり、人々に歌われるようになるというのは、まだあまり有名ではなかったポール・サイモン自身の願望だったのかもしれません。つまり、『サウンド・オブ・サイレンス』というのは、まだ世間に認められていない自分の歌のことなのかも」
「難聴に苦しんだベートーベンと、有名になっていない自分のことを重ね合わせたということか」と常木理事。
「そうだと思います」俺はそう言って紙に書いた訳詞を常木理事に手渡した。
「ここに書いた歌詞はかなりざっくりとした意訳ですので、訳文は再検討するよう娘さんにお伝えください。そして段落ごとにその意味の考察を書いていけば、それなりに長文の卒論ができると思います」
「ありがとう、ありがとう」と常木理事は感謝してくれた。
「誰も思いつかないような解釈を教えてもらって、娘の卒論は出来のいいものになるだろう」
「・・・結局ほとんどを藤野さんに教えてもらっているじゃない」と冨士名理事が指摘した。
「いえ、論拠などを補強すれば、別物のようになりますよ」と俺は保証した。
「さて、最後は私の番だな」と佐貫理事長が言った。
「どんなことを相談されるのでしょう?気になりますわ」と冨士名理事。
「私の相談内容は、もっと深刻なものかもしれない」と思わせぶりな佐貫理事長。
「どんな難題でも、藤野さんなら解いてくださいますわ」
「実際の犯罪事件の解決にも貢献したことがあると噂で聞きましたぞ」
「あまり噂を本気にしないでください。私も万能ではありませんから」と必死に弁明するが、三人は俺をキラキラした目で見ていた。
作者註:美知子が訳した歌詞は五分ほどで考えたものなので、あまり本気にしないでください。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
常木智和 白砂女子短大の経営担当理事。
佐貫幸三 白砂女子短大の学長兼理事長。
冨士名美保 白砂女子短大の教育担当理事。
レコード情報
サイモン&ガーファンクル /水曜の朝、午前3時(『サウンド・オブ・サイレンス』収載、1964年10月19日発売)
サイモン&ガーファンクル /サウンド・オブ・サイレンス(アルバム)(1966年1月17日発売)
サイモン&ガーファンクル /サウンド・オブ・サイレンス(シングル)(1966年6月15日日本発売)
サイモン&ガーファンクル/パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム(『スカボロー・フェア/詠唱』収載、1966年10月24日発売)
サイモン&ガーファンクル/明日に架ける橋(『コンドルは飛んで行く』収載、1970年4月21日日本発売)
ポール・サイモン/ひとりごと(『アメリカの歌』収載、1973年5月5日発売)
映画情報
ダスティン・ホフマン主演/卒業(劇中で『サウンド・オブ・サイレンス』、『スカボロー・フェア/詠唱』を使用、1968年6月8日日本公開)




