表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/86

八十五話 水戸黄門傷害事件(美知子の妖怪捕物帳・陸拾捌)

「ところで藤野さんは『水戸黄門』を知っていますか?」とテレビ関東報道部の中山さんが聞いてきた。


「はい。水戸藩のご隠居、水戸光圀公が諸国を漫遊して、各地の悪人を懲らしめるというお話ですね」


「そうです。戦前戦後を通じて『水戸黄門』の映画が数多く作られ、最近ではテレビドラマも制作されるようになりました。中でも、昨年放送された、東野英治郎主演の『水戸黄門』のドラマは大人気となり、おそらく続編が作られることと思います」


「あの作品のアイデアはいいよね」とテレビ関東演出部の谷口さんも言った。


「隠居しているから諸国を旅していてもおかしくないし、時代劇らしく殺陣たても見せるし、勧善懲悪という視聴者にわかりやすいストーリーもいい。・・・本物の水戸光圀は諸国漫遊などしなかったらしいが」


「テレビ関東でも、あんな人気ドラマを作りたいですね」と中山さんも言った。


「とはいえ、今さら『水戸黄門』のドラマをそのまま作るわけにもいきません」


「『水戸黄門』そのものじゃないけど、似たようなドラマを作って、柳の下の二匹目のドジョウを狙いたいのが本音なんだ」と谷口さん。


「例えば、天下の副将軍『水戸黄門』の向こうを張って、徳川将軍本人が活躍するドラマも考えられるけど、さすがに荒唐無稽過ぎますね」と中山さん。


「将来、そんな番組が作られても不思議はないですが・・・」と俺は言ったが、詳しいことは差し控えた。未来がどうなるか、まだわからないから。


「そこで僕が今構想しているのが、現職の警視総監がバイクを乗り回して都内の犯罪者をやっつけるというドラマなんだ」と谷口さん。


「どんな内容になるのですか?」警視総監の活躍も荒唐無稽と思われるが、一応聞いてみる。


「私服でハーレーダビッドソンを警視総監が乗り回すんだ。その途中で出会った犯罪者に、お供をしていた刑事部長が『この方は警視総監だ!おとなしく手錠をかけられろ!』と叫んで警察手帳を見せるんだ」


「警察手帳を見せても、水戸黄門の印籠みたいに犯罪者がひれ伏すことはないと思いますが」


「もちろん。だから時には拳銃を撃ったり、機動隊員に周りを囲ませたりして犯罪者を逮捕するんだ。タイトルはそうだな、『暴走!警視総監』なんてどうだろう?」


「な、なかなかおもしろそうなドラマになりますね。『遠山の金さん』の現代版みたいです。金さんも遊び人のふりをして、実は北町奉行だというオチがありますから」


『遠山の金さん』も一九五〇年代から映画やテレビドラマが作られるようになった人気の時代劇だ。


「そうだろう?ただ、僕の考えている警視総監ドラマは、マンガの『ワイルド7』も参考にしてるんだ」


「『ワイルド7』?」


「武力行使を容認された警察の超法規的な組織のことで、七人のメンバーは特殊なバイクに乗り、拳銃を撃ちまくるんだ」


「そ、それはすごいですね」としか言いようがない。


「ドラマの構想の話はともかく、『水戸黄門』に関連して相談したいことがあるのですが」と中山さんが言った。


「どんな相談事でしょうか?」


「・・・この話はほかの人には絶対に漏らさないと約束してもらえませんか?こちらから相談を持ちかけておいて、申し訳ないのですが」


「わかりました。誰にも話しません」


「ありがとうございます。実は弊社の社長が先日第二スタジオの中で倒れていたのです」


「ご病気でですか?」


「いえ、誰かに後から頭を殴られて気絶したようなのです。脳震盪を起こしただけで、命に別状ありませんでしたが」


「それは不幸中の幸いですが、誰が犯人かわかったのですか?」


「いえ。・・・警察には通報しておらず、局内の数人だけで調べたので、犯人が誰か突き止められなかったのです」


「明らかな傷害事件ですよね?なぜ警察に通報しなかったのですか?」


「それが、・・・社長は水戸黄門の扮装をして倒れていたので、外聞をはばかったのです」


「水戸黄門?なぜそんな扮装を?」


「それがまったくわからないのです。社長はお忍びで第一スタジオに向かったのですが、ひとりだったので誰もいない第二スタジオに迷い込んでしまったそうです。そのとき突然頭を殴られて気を失い、気がついたら水戸黄門の扮装をしていたと言うのです。着替えさせたのは犯人だと思いますが、何のためにそんな真似をしたのかまったく見当がつきません」


「確かに妙な話ですね。テレビ関東では『水戸黄門』のドラマは制作されていないのですね?」


「そうです。先ほど言ったように、『水戸黄門』のドラマを作る予定はありません。もっとも衣装部に行けば、似たような服を見つけられるのでしょうが」


「水戸黄門は、どういう服装をしていますか?」


「半着に野袴、陣羽織、そして頭巾です。ちなみに社長が着ていた背広は、その日使われていなかった楽屋の片隅に畳んで置いてありました」


「社長さんが誰かに恨まれていたり、トラブルに巻き込まれていたということはありませんか?」


「社長は他人の恨みもトラブルも、まったく心当たりがないと言っていました」


「社長さんはよくスタジオに来られるのですか?」


「いえ、撮影現場に来ることはまずありません」


「なら、なぜその日は第一スタジオに行かれたのでしょう?」


「それが、差出人不明のメモが社長の机の上に置かれていて、何月何日何時に第一スタジオに来るようにとの伝言が書いてあったそうです。秘書はそんなメモには心当たりがないと言っていましたが」


「そのメモは残っていますか?」


「いいえ。メモが置かれていたのは社長が倒れていた日の数日前で、メモを書いた人物の名前がなかったので、いたずらだろうと思ってすぐにゴミ箱に捨てたそうです。ゴミ箱の中身は、事件当日までの間にゴミ収集に出されました」


「社長さんはそのメモを捨てたのに、なぜ当日になって第一スタジオに向かわれたのでしょうか?」


「メモは捨ててしまったが、気になったので、念のために第一スタジオに向かったということでした。そして間違えて第二スタジオに迷い込み、頭を殴られて意識を失い、水戸黄門の扮装をさせられたそうです」


「そんな扮装をさせられる理由も、社長さんには心当たりがなかったのですね?」


「その通りです」


「ちなみにその日、第一スタジオには人がいましたか?」


「はい。時代劇ドラマの撮影がありました」


「どのようなドラマでしたか?」


「大名のお転婆な姫が周囲を翻弄するというドタバタ時代劇です。女優の飴原由嘉利が主演です」


「あの飴原由嘉利ですか?大人気の女優さんですよね?」


「そうです。日本人男性の九割がファンと言われる女優さんです」


「僕はあのドラマにはまったく関与していないが、飴原由嘉利なら見に行きたかったな。テレビ局じゃ滅多にお目にかかれない女優なんだ」と谷口さんが言った。


「同じテレビ局の人なら誰でもスタジオに見学に行けるのですか?」


「まさか!撮影スタッフ以外は、同じテレビ関東の社員でも基本的に出入り禁止だよ」


「撮影の邪魔になりますから」


「なるほど・・・。では、私の考えを話します」


「もうわかったのかい!?」と叫ぶ谷口さん。


「教えてください、藤野さん」と中山さんも言った。


「まず、前提として、意識を失った人の衣服を脱がせ、別の衣服に着替えさせるのはけっこう大変な作業です。浴衣のような簡単な服ならともかく、ネクタイを含めてスーツを脱がせ、時代劇の衣装に着替えさせるのは難しいのではないでしょうか?途中で社長が意識を取り戻す危険もありますし」


「そうですね。途中で社長が気がついたら、言い逃れできません。そもそも愉快犯でなければ、社長に水戸黄門の扮装をさせる理由がありません」


「ですから、水戸黄門風の衣装に着替えたのは、社長さんご自身であった可能性が考えられます」


「なるほど」


「その場合、例のメモが本当にあったのか、なかったのかで解釈が変わってきます」


「と言うと、どういうことですか?」


「まず、メモが置いてあったというのが嘘の場合ですが、犯人は特にいなくて、社長さんが自分の考えで第一スタジオに行こうとしたことになります」


「なぜなんだい?」


「ここは想像ですが、社長さんも飴原由嘉利のファンだったのです。しかし社長であっても撮影中の見学は邪魔になるので、ドラマの監督さんに来るのを拒まれたのではないでしょうか」


「ドラマの撮影は映画会社出身の監督が仕切っている。その監督は撮影中に邪魔が入ることをひどく嫌がる人だ。社長から見に行きたいとの申し出があっても、断固として断るだろう」と谷口さん。


「ドラマの撮影がすべて終わった後で、打ち上げに呼ぶから、それまでは邪魔しないようにと言ったのかもしれませんね」と中山さんが言った。


「社長さんが見たかったのは撮影中の飴原由嘉利の姿だったのではないでしょうか?そうだとしたら、社長さんはその時代劇ドラマに出演する端役の俳優の振りをして、スタジオに潜入しようと考えたのかもしれません」


「俳優の振りをして潜入?」


「はい。社長さんはどこからか準備した時代劇の登場人物が着るような衣装に着替えて、第一スタジオに向かいました。その衣装がたまたま水戸黄門の衣装に似ていたのです」


「しかし社長は第一スタジオには行かなかった・・・」


「はい。普段スタジオに行くことがない社長さんは、道を間違えて第二スタジオに入ってしまったのです。誰もいないスタジオ。おそらく電気も点いてなかったのでしょう。外に出ようと向きを変えたときに、何かを踏むなどして後に倒れ、機材か大道具に頭をぶつけたのです」


「それで意識を失ったということですか。・・・君の奥さんと同じように転んでしまったと言うことかな?」と中山さんが谷口さんに言った。


「体を受け止めるマットがなかったから、頭を打ったのでしょう。それで意識を失って、誰かに発見されました。気がついた社長は、自分で扮装してこっそり飴原由嘉利を見に来たことを白状できなくて、知らない人から来たメモに呼び出されたと嘘をついたのです」


「つまり社長の狂言だったわけか」と谷口さん。


「まあ、これは例のメモが本当はなかった場合の仮説です」


「じゃあ、メモがあったとしたら?」


「ドラマの撮影のスタッフの誰かが、飴原由嘉利に会いたい社長のために、何月何日何時に来てもらったら、こっそり会わせますよという連絡だったのかもしれません」


「なるほど」


「スタジオに紛れ込めるように、衣装を用意したのもその協力者だったのです。ただ、使っていない楽屋に衣装を用意することはできたのですが、忙しくてスタジオまで案内することができなかったので、社長さんはひとりで移動して、道に迷ったのです」


「そして転んで頭を打ったのか。意識が戻っても、その協力者のことを監督に気づかせないために、事情を話すことができなかったということか」


「常識的に考えるならば、以上の二つの説が妥当でしょう」


「社長が自ら着替えてスタジオに向かった可能性は当然考えられたんだが、あの社長の気性から、そんなことはないと思っていた」


「犯罪事件でなかったのなら、それに越したことはありません」と中山さん。


「さすがに真相を社長に問い糺すことはできませんけどね。絶対にそんなことはないと否定するでしょうから」


「社長さんはけっこう気難しい人なのですか?」


「そうです。テレビ局の社長なのにテレビ番組の内容については無頓着で、視聴率やコマーシャル枠の売れ行きなど、経営のことばかり気にしている人です」


「ちなみに視聴率は、一九六〇年代の初めからニールセン日本支社やビデオリサーチ社が集計するようになった。社長はその値だけを見て、我々制作スタッフを叱ったり怒ったりしているんだ」


「企業のトップとしては当然のことかもしれませんが、社員や制作スタッフの受けはあまり良くないようですね」


「ああ。飴原由嘉利のファンだってことも知らなかった。飴原由嘉利は映画女優としては有名だが、テレビにはあまり出たがらない人だったので、社長はむしろ好意を持っていないと思っていたんだ」


「それなのにその時代劇ドラマに飴原由嘉利は出演してくれたのですね?」


「監督の根気ある出演交渉のおかげかな。もっともそのせいか制作費が上がって、局の上層部は苦い顔をしていたけどな」と谷口さんが言った。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

中山大樹なかやまだいき テレビ関東の報道部の社員。

谷口篤郎たにぐちあつろう テレビ関東の演出部の社員。

飴原由嘉利あめはらゆかり 映画女優。


テレビドラマ情報


TBS系/ナショナル劇場 水戸黄門(第1部:1969年8月4日〜1970年3月9日放送)

テレビ朝日系/暴れん坊将軍シリーズ(1978年1月7日〜)

テレビ朝日系/遠山の金さんシリーズ(1970年7月12日〜)


書誌情報


望月三起也/ワイルド7(少年キング、1969年9月21日号〜1979年7月16日号連載)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ