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八十三話 番組制作会社設立の相談

殺人事件がらみの相談が多かった家政婦派出会から戻った翌日、俺はまた就職指導部に呼び出された。用件を聞くと、今度はテレビ会社に務める人から面会したいとの連絡が入っていた。


「いよいよテレビ局からのお呼びね」となぜか嬉しそうな相良さん。


「ただ、待ち合わせ場所がテレビ局ではなく、ホテルのラウンジでとのことなの」


「へ?ホテルですか?」と聞き返す俺。


「ホテルと言っても連れ込み宿のような所やビジネスホテルではなく、一流ホテルよ。ロビーに隣接した喫茶ができるスペースね」と相良さん。


「ホテルの部屋で、とか言われたらお断りするのよ。いい?」と相良さんが保護者かのように言った。


「もちろんです」と俺は答え、待ち合わせ場所のホテルの名称と住所と電話番号を書いたメモを受け取った。確かに名が通った外資系ホテルだった。


待ち合わせ日時にそのホテルに入ると、大勢の宿泊客と、丸帽と西洋の軍服に似た制服に身を包んだ従業員の姿が見えた。ロビーを見渡すと、端の方にカウンターがある休憩スペースの一角が見えた。


俺はそのラウンジの方に歩いて行った。今日会うのはキー局のひとつ、テレビ関東の報道部に勤めている中山大樹という人だった。


目印は胸に刺しているバラの花と聞いていたので、そんな格好、恥ずかしくないのだろうかと思いながらラウンジを見回すと、小さな野薔薇の造花を目立たないように胸ポケットに刺した四十歳前後の男性がいるのに気づいた。


俺はその男性にゆっくり近づき、「中山さんですか?」と尋ねた。


そこで初めて俺の接近に気づいたようで、中山さんはあわてて立ち上がると、


「はい、中山です。あなたが藤野さんですか?」と聞いてきた。


「はい。秋花しゅうか女子短大から来た藤野美知子です」と答えた。


「ようこそ来ていただきました。どうぞおかけください」と中山さんはテーブルを挟んだ向かいのソファを指した。


「失礼します」と言って腰を下ろすと、中山さんはすぐにウエイトレスを手招きし、「何を飲まれますか?」と聞いてきた。


「それではホットをお願いします」と言うと、中山さんは注文してから、名刺を差し出してきた。


「改めて初めまして。私はテレビ関東の中山大樹と申します。今日は来ていただきありがとうございました。ただ、連れがまだ来ておりませんので、少しゆっくりしてください」


中山さんはそう言うと、俺の返事を待たず自分の説明を続けた。


「私は今報道部におりまして、ディレクターとしてニュース番組を主に担当しています。撮影の指示とともに報道用の資料の作成などをしています」


「ニュース番組だと生放送が多いのでしょうか。気が抜けないお仕事でしょうね」と俺は言いながら、テレビ局のどこかの部署の秘書採用の話ではなさそうだと思った。


そのとき、ラフな格好の中年男性が早歩きで近づいて来た。


「遅れてすまん。現場で少しトラブっちゃって」と言って中山さんの隣に座る男性。


「彼は同じテレビ関東の演出部に所属する谷口君だ」と紹介する中山さん。


秋花しゅうか女子短大から来た藤野美知子です」と言うと、谷口さんは財布から出した少しくたびれた名刺を俺に差し出して来た。


「どうぞよろしく」と、やや馴れ馴れしい口調の谷口さんは、ウエイトレスを呼んでホットを注文した。


「それで今日のご用件は?」と俺が聞くと、谷口さんもまじめな顔つきになり、中山さんが説明を始めた。


「藤野さんはテレビ番組をどこで誰が作っているかご存知ですか?」


「さあ。知りません」


「『鉄腕アトム』などのテレビマンガや、『ウルトラマン』などの特撮番組は、専門の会社がフィルムを作ってテレビ局に納めていますし、一部のドラマは映画会社が制作し、報道番組には新聞社が関与することもありますが、ほとんどのテレビ番組はテレビ局の職員が作って放映しています」


「そうなんですね」


「ところが今年になって他局のテレビ局員が独立して番組制作会社を立ち上げました。テレビ局の下請けとなって、ニュース番組以外のいろいろな番組を制作し始めています」


「そうなのですか?」


「おそらく今後同様の制作会社が次々と生まれると思われ、我々、私と谷口もこの際独立して新しい番組制作会社を立ち上げようと考えているのです」


「なるほど。・・・でも、テレビ局員の身分の方が安定していますし、予算も確保できるのではないでしょうか?下請け会社だとテレビ局員より下に見られる恐れがありますし、番組制作費が削られることはないのでしょうか?」


「確かに、将来を見通せない不安はありますし、かつての同僚や後輩から見下される恐れもあります。しかしセンスが輝く良い番組を作ればやっていけると考えています。我々のテレビ局員としての経験が生かされますので」


「独立して良いことは何ですか?」


「局内にいると頭の堅い上司のせいで新しい番組の企画が通りにくいという弊害があります」


「それは、独立した場合にも当てはまるのではありませんか?」


「局内にいると企画を思いついた段階で上司に説明しなくてはなりませんが、独立した立場ですと、コンテやパイロットフィルムを作ってから説明ができ、企画が通りやすくなると考えています。多少の費用が事前にかかりますが」


「なるほど」


「それに才能のある若者を雇用しやすいというメリットもあります。今やテレビ局は大企業となり、柔軟な人材登用や育成が難しくなっています」


「近い将来、テレビ番組のほとんどは制作会社が作ることになると予想している」と谷口さんが口をはさんだ。


「テレビ局は作ってもらった番組をただ放送するだけのところになるのさ」


「お二人がテレビ局で長年働いて、将来性が見込めるとお考えでしたら反対する理由はありませんが、なぜ素人の私を呼ばれたのですか?専門的なアドバイスなんてできませんよ」


「藤野さん、あなたに先見の明があるという噂は我々の耳にも届いています。一方で我々はテレビ局に勤務していた経験が逆に柔軟な思考を妨げる恐れがあります。藤野さんの第三者的な目線でのご意見をいただければ参考になるものと信じています」


「具体的には、何について意見すればよろしいのでしょうか?」


「そうですね。今までにないテレビ番組のアイデアです」


「今までにないと言われましても、現行のテレビ番組に多少の改変を加えることしか思いつきませんが、それでもよろしいですか?」


「かまいません。どんなアイデアでもお話しいただければ助かります」


「そうですね。あまりテレビを見ていないので質問ですが、今、ワイドショーというか、情報番組はどの程度番組がありますか」


「情報番組というと?ニュースだけでなく、芸能界の動向などを紹介して解説する番組ですか?」


「そうです」


「『モーニングショー』とか、『アフタヌーンショー』とか、NHK総合の『スタジオ102』とか、『小川宏ショー』とか、『2時ですこんにちは』など、各局が朝やお昼に放送していますね。新聞記事を紹介する形が多いです」


「口頭に加え、文字や絵を使って説明するのが主流でしょうか?」


「だいたいそうですね」


「それならば事件をですね、犯罪事件だけでなく芸能界の結婚や離婚などの内容を再現ドラマで紹介するのはいかがでしょうか?」


「再現ドラマ?」


「はい。視聴者・・・主に家庭にいる主婦でしょうが、俳優を使った再現ドラマという形で紹介すると、わかりやすいし、人気になると思います」


「なるほど。報道部の私と演出部の谷口のそれぞれの強みを生かせるわけですね?」


「そうです。経費が少しかかるでしょうが・・・(人気が出るのか確約はできませんが)」と俺は小声でつけ加えた。


「そいつはいい!」と谷口さんが言った。「俳優も、若手のギャラが安くてすむ連中を使えば、経費を抑えられるかも。撮影スタジオを借りる必要はあるが」


「映画会社にかけあってみてもいいかもしれませんね。今やテレビの全盛期で、映画は昔ほど作られなくなったから、映画関係者にも喜ばれるかも」と中山さん。


「その映像を番組のスタジオでゲストの芸能人や識者に見てもらって、コメントを言い合ってトークしてもらえば、盛り上がるでしょう」


「芸能人のトークは今でもやられているけど、ビデオを見せるのは新しいな」と谷口さん。


「それから、クイズ番組は、今どのようなものが放送されていますか?」


「そうですね、NHK総合の『私の仕事はなんでしょう』から始まって、思いつくだけでもこれまでに『ズバリ!当てましょう』、『ダイビングクイズ』、『地上最大のクイズ』、『アップダウンクイズ』、『クイズタイムショック』、『ベルトクイズQ&Q』、『クイズグランプリ』などがありました」


「口頭で出題し、答えるクイズですか?」


「まあ、だいたいそうですね」


「クイズ番組は小学生を含め家族で楽しめる問題を出すと良いと思います。なぞなぞ的なクイズですね」


「なぞなぞですか?」


「はい。一番有名ななぞなぞに、『上は大水、下は大火事、なーんだ?』というのがあります」


「はい。答はお風呂ですね」


浴槽となる釜に水を張って、薪を燃やして風呂を沸かす五右衛門風呂はこの時代では子どもでも知っているが、将来スイッチひとつでお湯をわかす給湯器が普及すれば、このなぞなぞをわかる子どもはいなくなるだろうな、と俺は思った。


「そういうなぞなぞを言葉ではなく、絵で出題するのです。例えば今のなぞなぞですと、上に波打つ水、下に炎を描いた図を見せて、『これはなーんだ?』と聞くのです」


「絵・・・イラストを使った出題ですか」


「はい。このなぞなぞは簡単すぎますが、大人でも首をひねるような問題を作って、親子で競い合えるクイズ番組にすると、お茶の間で人気になるかもしれません」


「なるほど」


「いっそのこと小学校の教科書で教える内容をそのままクイズにしてもいいかもしれませんね。大人が忘れているような内容を出せば、小学生の方が有利で、お茶の間をにぎわせることができるでしょう。とにかく、出演者の解答を見せるだけでなく、お茶の間にいる親子が頭をひねって一緒に楽しめる番組にするのです」


「それはいいアイデアかもしれません」


「それから旅番組を企画するのもいいかもしれませんね。現在までに放送された旅をする番組、あるいは地方の名勝や名物を紹介する番組はどんなのがありますか?」


「そうですね。思いつく限りでは、『兼高かおる世界の旅』、『すばらしい世界旅行』、NHK総合の『新日本紀行』などがありますね」


「旅番組ではなくドラマだけど、『木下恵介劇場』で全国の灯台守を順に主役にした『喜びも悲しみも幾歳月』もあったね。同名の映画から企画された番組だけど、全国の灯台を回るので旅の気分も味わえた」と谷口さんが言った。


「『新日本紀行』はナレーションのみの、教養番組みたいなものでしょうか?世界旅行もいいですが、芸能人が日本全国を回って土地土地の名勝や名産、名物料理を紹介しながら現地の人と触れ合う番組も好感をもたれるかもしれません」


「地に足が着いた番組でしょうか?・・・確かに国内の旅行先を考えるきっかけになるかもしれませんね」と中山さんが言った。


「各地方の名士が持っている骨董品や絵画などのお宝を見せてもらって、それを専門業者が値踏みをするという内容にも発展できそうです」


「次から次へとアイデアがわいて来るようで、大変参考になります」


「ああ。要するに今まで放送された番組に目新しい特徴を加えれば、それだけで人気番組になりそうだな」


「ただ、番組制作会社を作るにあたって、憂慮しなければならないこともあります」


「それはなんですか?」


「先ほども言いましたが、テレビ局の下請けになると、制作費を不当に値切られる恐れがあります。制作予算に見合った経費を受け取れるよう、契約時点で対等に交渉できる会社にしなければなりません」


「高額な制作費を吹っかけると、テレビ局に相手にされなくなる可能性がある。かと言って、番組を気軽に買ってもらえそうな安値にすると、それが前例となって、将来ずっと安く買いたたかれるはめになりかねないな」と谷口さん。


日本初のテレビアニメの『鉄腕アトム』は、手塚治虫が放送を実現させるために安くテレビ局に売ったために、その後のアニメの制作費が安く抑えられるようになったと聞いたことがある。高ければテレビ局に買ってもらえない、安くすれば買いたたかれる前例になる。難しいところだ、と俺は思った。


「先にスポンサーを見つけておけば交渉しやすくなるかもしれませんね」


「それに、テレビ局に買いたいと思わせるいい番組を作らなくてはならないな」と谷口さん。


「前途多難ですが、まだまだ未開拓の分野です。番組制作をがんばって、『テレビ文化社』の名を広めるよう頑張りたいと思います。・・・『テレビ文化社』とは我々が立ち上げる予定の会社名です」と中山さんが言った。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

相良須美子さがらすみこ 秋花しゅうか女子大学就職指導部の事務員。

中山大樹なかやまだいき テレビ関東の報道部の社員。

谷口篤郎たにぐちあつろう テレビ関東の演出部の社員。


テレビ番組情報


フジテレビ系/鉄腕アトム(虫プロダクション制作、1963年1月1日〜1966年12月31日放送)

TBS系/ウルトラマン(円谷プロダクション制作、11966年7月17日〜1967年4月9日放送)


ワイドショー情報


NET系/モーニングショー(第1期:1964年4月1日〜1993年4月2日放送)

テレビ朝日系/アフタヌーンショー(1965年4月5日〜1985年10月18日放送)

NHK総合/スタジオ102(1965年4月5日〜1980年4月5日放送)

フジテレビ系/小川宏ショー(1965年5月1日〜1982年3月31日放送)

日本テレビ系/2時ですこんにちは(1966年11月21日〜1968年1月16日放送)


クイズ番組情報


NHK総合/私の仕事はなんでしょう(1953年2月5日〜1954年5月30日放送)

フジテレビ系/ズバリ!当てましょう(第1期:1961年8月5日〜1972年2月12日放送)

NET系/ダイビングクイズ(1964年4月8日〜1974年3月31日放送)

フジテレビ系/日清オリンピックショウ 地上最大のクイズ(1962年11月13日〜1965年5月25日放送)

TBS系/アップダウンクイズ(1963年10月6日〜1985年10月6日放送)

NET系/クイズタイムショック(第1期:1969年1月9日〜1986年3月27日)

TBS系/ベルトクイズQ&Q(1969年6月30日〜1980年2月29日放送)

フジテレビ系/クイズグランプリ(1970年3月30日〜1980年12月26日放送)


旅番組(紀行番組)情報


TBS系/兼高かおる世界の旅(1959年12月13日〜1990年9月30日放送)

NHK総合/新日本紀行(1963年10月7日〜1982年3月10日放送)

日本テレビ系/日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行(1966年10月9日〜1990年9月16日放送)

TBS系/木下恵介劇場 喜びも悲しみも幾歳月(1965年4月6日〜9月28日放送)


映画情報


佐田啓二・ 高峰秀子主演/喜びも悲しみも幾歳月(1957年10月1日公開)


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