七十六話 イマジナリーフレンド(美知子の妖怪捕物帳・陸拾弐)
「最初から詳しく話を聞かせてください」と俺は萩野さんに頼んだ。
「これは私が子どもの頃の話です。小学校に入学する前の四、五歳だったと思います」と萩野さんが話し始めた。
「私が生まれ育ったのは郊外の、村と言ってもよいような集落でした。昔でしたから近所に子どもがいっぱいいたのですが、小学生くらいの年上だったり、女の子だったりして、気のあう同年代の同性の友だちがたまたまいませんでした」
「年上の子や女の子たちとは遊ばなかったのですか?」
「小学生の子どもたちはよく野球をして遊んでいました。就学前の私が混ざってもまともにプレイすることができないので、一緒に遊ぶという状況ではありませんでした」
「なるほど」
「女の子たちは集まっておままごとをしたりゴム跳びをしていました。その中に混ざることは可能だったのでしょうが、自分は男だから女とは遊びたくないという自我が芽生えていた頃で、彼女らに混じることも好ましいとは思わなかったのです」
「そうかもしれませんね」
「そんなときにいつ頃だったか、近所に同年代の男の子がいることに気づきました。名前は太郎で、両親と暮らしていました」
「そしてその子と友だちになったのですね?」
「そうです。当然のように仲良しになって、ほとんど一日中一緒にいました。我が家と太郎の家の両方を行ったり来たりして、お互いの家で代わる代わる食事を摂っていた記憶があります」
「幼いながらも親友になっていたのですね」
「ええ。私たちがよくしていた遊びは近くの山林や川沿いの探検でした。今思うと幼児にとってはけっこう危ないことをしていたようですが、太郎は私より頭がよく、運動神経もよくて、私を先導してくれたので、まったく不安はありませんでした」と萩野さんが感慨深げに言った。
「しかし太郎との交遊は数か月しか続きませんでした。ある日、突然太郎は私の目の前からいなくなったのです」
「どこかに引越されたのですか?」
「太郎の両親はそれまでと同じように村に住んでいましたから、家族で引越ししたとは思えません。病気やけがで入院したとか、亡くなったとか、そういう話も聞きませんでした」
「太郎さんの両親に尋ねなかったのですか?」
「一度だけ聞きに行きました。『太郎ちゃんはどこ?』と。しかし太郎の両親は、『太郎って誰?そんな子、知らないわよ』と真顔で言うだけでした」
「両親なのに知らないと言ったのですね?萩野さんのご家族や近所の人・・・大人や子どもは何と言っていましたか?」
「私の母、近所のおじさん、おばさん、そして子どもたち・・・小学生や女の子に聞いても、誰も知らないの一点張りでした」
「萩野さんは太郎さんと一緒に村の中で行動していたのですね?それなのに知らないと言っていたのですか?」
「はい。彼らの前でも遊んでいたはずなのですが、誰も知らないとしか言わないのです。特に私の母は、私たちが一緒にご飯やおやつを食べていたのを間近で見ていたはずなのに、『そんな子なんかいなかったから、早く忘れなさい』とまで言いました」
「へえ?それはほんとに妙な話ですね。みんなが嘘を言う理由はないと思いますが」
「そうなんです。引っ越して行ったのなら、そう言ってくれれば幼かった私でもさすがに納得したでしょう。でも、そういう話をする人はいませんでした」
「引越したとしても、太郎さんの両親は村に残ったままだったのですね?・・・太郎さんと出会う直前に遡りますが、太郎さんと両親は村に引っ越して来られたのですか?」
「太郎はある日突然私の目の前に現れたように思います。引っ越して来たのだとしても、その引越しを私は意識していなかったと思います」
「太郎さんの両親は若い人でしたか?そして太郎さんには兄弟はいなかったのですか?」
「幼児だった私には大人の年齢など想像できませんでしたが、私の両親よりも若い夫婦だったように思います。太郎には兄弟はいませんでしたが、太郎がいなくなった翌年に太郎の母親が赤ちゃんを抱いていたような気がします。あまりはっきりと覚えていませんが・・・」
「なるほど・・・」と言って俺は考え込んだ。
「太郎が何者だったのか、わかりますか?」と俺に聞く萩野さん。
「いくらなんでも、そんな昔の、しかもその場にいなかった藤野さんにわかるわけないじゃないの?」と泰子さんが口をはさんだ。
「それはそうかもしれないが、長年心に抱えていた謎なんで、藤野さんなら何か納得できる推理を話してくれるかもと思ったんだ」
「そうですね、確かに真相はわかりませんが、いくつか可能性を考えました」と俺が言ったら萩野さんと泰子さんが驚いて俺の顔を見た。
「太郎って子どものことがわかったの!?」と泰子さん。
「可能性を考えてみただけです」
「それでもいい。教えてほしい!」と懇願する萩野さん。
「ひとつめは、太郎さんが人間ではなかったという可能性です」と俺が言うと、「はあ!?」と萩野さんと泰子さんが驚きの声を上げた。
「太郎さんは実はキツネかタヌキのような妖怪で、村の人たちを化かして太郎という子どもになりすましていたのです。そして村の生活に飽きて山に帰ったとき、化かされていた周りの人たちはすっかり忘れてしまったのですが、一番仲が良かった萩野さんの記憶にだけ残ったのです」
「昔話ならともかく、昭和の現代でそんなことはありえないでしょう!?」と異議を唱える萩野さん。
「もちろん私も本気でキツネやタヌキの仕業だと考えているわけではありません。ただ、集団幻覚と思われる歴史上の事件が起こっているので、可能性として挙げただけです」
「集団幻覚?」と聞き返す萩野さん。
「はい。有名なのが十七世紀のアメリカで起こったセイラムの魔女裁判事件です。村人の多くが魔女として処刑された有名な事件で、戯曲や小説、映画にもなっています。人々が魔女狩りに熱中したのは集団幻覚ではなかったかという説があります」
「村人たち全員が幻を見ていたということなのですか?」
「はい。それと最近有名になったのが『南極ゴジラ』事件ですね」
「南極ゴジラ?」と聞き返す泰子さん。
「はい。南極観測船の船長や乗組員が南極近海でゴジラのような巨大生物を目撃したという話が船長の手記に記されています。これも何かを見誤った一種の集団幻覚と言われています」
「太郎のことを覚えているのは私だけなのですから、化かされていたとしたら私だけだったのかもしれませんね」
「その可能性を突き詰めていって考えられるもうひとつの可能性がイマジナリーフレンドです」
「イマジナリーフレンド?」
「英語ではイマジナリーコンパニオンとも言いますが、幼い子どもが空想の友だちを作り上げてしまうことです」
「空想の友だち?・・・私が空想の存在である太郎を実在の友だちと思っていたということですか?」
「そういう意味になります。同年代の友だちがいなかった萩野さんが、空想で太郎さんを思い描き、実在していると信じてしまったのです。そうだとしたら、周囲の人には萩野さんがひとりで遊んでいるとしか見えかったでしょう」
「・・・信じ難い話ですが、私自身、太郎の記憶は曖昧になっています。太郎が空想上の存在だったと言われても、明確に否定することはできません」
「最近イギリスで出版された『ウェン・マーニー・ワズ・ゼア』という小説で、主人公のイマジナリーフレンドが出てきます。主人公にとっては実在する友人なのに、周囲の人からはまったく見えないのです(作者註:昭和五十五年に『思い出のマーニー』という書名で邦訳され、平成二十六年にアニメ映画化された)」
「太郎は・・・太郎はそのイマジナリーなんとかだったということですか・・・」
「いえ、これもひとつの可能性にすぎません。まだ別の可能性も考えられます」
「そ、それを早く言ってくださいよ。ほんとうに太郎が想像の産物だったと思えてきたじゃないですか」
「申し訳ありません」
「別の可能性とは何ですか?」
「太郎さんは、太郎さんの両親の実の子どもではなく、一時的に預かっていただけなのかもしれません」
「え?」
「太郎さんは何らかの事情で実家にいられなくなり、親戚だったのかわかりませんが、太郎さんの両親と思われていた夫婦に預かってもらっていたのです」
「それなら突然村に現れて、その何らかの事情が解消されて、突然実家に戻されたということなのですね?それなら納得できます」と泰子さんが言った。
「でも、そういう事情なら、子どもだった私に一言言ってくれてもよかったんじゃないですか?」と萩野さん。
「萩野さんのお母様や、太郎さんの両親と思われていたご夫婦が萩野さんに説明しなかったのは、太郎さんがいなくなって悲しんでいた萩野さんに思いを引きずらずに忘れてもらうため、あえてそんな子はいなかったと言ったのかもしれませんね」
「私が小さい子どもだったので、すぐに忘れるだろうと思ったのですか?むしろ、太郎が突然いなくなった理由がわからなかったので、この年までずっと引きずってきました」
「そうですね。そういう意味では逆効果だったのでしょう」
「萩野さんのお母さんはまだご壮健なんでしょ?実家に尋ねてみたらどう?」と泰子さん。
「母は、まだぼけてはいませんが、私と違って太郎のことはすっかり忘れてしまっているんじゃないでしょうか」そう言って萩野さんは俺の方を向いた。
「母がわざと知らないと言った理由は納得できますが、近所の子どもたちも『太郎なんて知らない』と言ってたんですよ。彼らまで私のことを気遣ったとは思えないのですが・・・?」
「そうですね。そこで考えられるのが、実は太郎さんの本名が『太郎』ではなかったという可能性です。『太郎』とは、萩野さんが勝手に付けたあだ名だったんじゃないでしょうか?」
「あだ名?・・・はっきりとは覚えていませんが、だとしたら太郎の本名は何だったのでしょう?」
「おそらく最初に太郎さんと会ったときに本名を聞いたはずです。その本名から連想して、萩野さんが太郎さんのことを『太郎』と呼ぶようになったのかもしれませんよ」
「・・・はて?」納得できない様子の萩野さん。
「『太郎』が付く童話の主人公には、桃太郎、浦島太郎、金太郎などがありますよね?ひょっとしたら太郎さんの本名は、桃太とか、金太とか、そんな名前で、そこから萩野さんが連想して桃太郎、金太郎と言っているうちに、太郎という呼び名で固定してしまったのではないでしょうか?」
「桃太、金太ねえ?・・・そんな名前だったかなあ?」と眉間にしわを寄せる萩野さん。
「そういえば、萩野さんの奥さんって、桃って名前でしたよね?」と泰子さんが言った。
「奥さんのお名前が桃さんですか?ちょっとしゃれたお名前ですね」と俺も言った。
「ええ。『子』がつかない名前なんで、最初会ったときに私もそう思いました」
「奥さんとの出会いはお見合いでしたか?」と聞く泰子さん。
「ええ。最初のお見合いで会ったのが桃です。先方が結婚にすごい乗り気で、なし崩し的に結婚してしまいましたね」
「のろけですか、萩野さん?」と茶化す泰子さん。
「ひょっとして太郎さんの名前も桃だったのかも。それを萩野さんが桃太郎の連想から、『太郎』と呼ぶようになったのでは?」
「ははは」と笑う萩野さん。「さすがに男の子に『桃』なんて女の子っぽい名前はつけないでしょう。『桃太』ならまだしも」
「萩野さんは太郎さんのことを男の子だと思っていましたが、実はボーイッシュな女の子だったのでは?そして女の子にしては活発だった太郎さんは、女の子よりも萩野さんと遊ぶ方を好んだのでは?・・・『太郎』と呼ぶのは萩野さんだけで、周りの子どもたちや大人たちは彼女の本名を知っていたので、『太郎』なんて子どもは知らないと答えたのではないでしょうか?」と俺は今思いついたことを言った。
「ひょっとしたら奥さんがその太郎さんだったりして」と言う泰子さん。
「そ、そんな馬鹿な・・・」と言いながら萩野さんは少し動揺していた。
「奥さんに聞いてみなさいよ」と泰子さんに散々けしかけられて、萩野さんは喫茶店の公衆電話に向かった。微かに話し声が聞こえてくる。
「・・・ああ、俺だけど、お前子どもの頃に俺と会っていたなんてことはないよな?」
かすかに電話の先の話し相手の声が漏れてくる。何と言ってるかまでは聞き取れないが。
「・・・ええっ!?お前、女の子だったのか!?」と萩野さんが声を上げた。
電話の向こうの声の語気がやや強くなったように思われた。
「どうやら図星みたいですね。女の子だってわからなかったの?、と帰ってから怒られそうですね」と言って泰子さんがにやっと笑った。
既に謝っているのか、萩野さんは電話機に向かって何度も頭を下げていた。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
萩野武蔵 萩野洋酒販売の社長。
山本泰子 清住酒造の事務員。萩野武蔵の親戚。
書誌情報
アーサー・ミラー/アーサー・ミラー全集2(早川書房、セイラムの魔女裁判を批判した『るつぼ』所収、1958年12月21日初版)
松本満次/南極輸送記(東京創元社、通称『南極ゴジラ』の目撃談掲載、1959年10月初版)
Svendsen, M./Children's imaginary companions(学術雑誌Archives of Neurology & Psychiatry32巻985–999ページ1934年に掲載された論文)
Joan G. Robinson/When Marnie Was There(Collins、1967年初版)
ジョーン・ロビンソン/思い出のマーニー上・下(岩波少年文庫、1980年11月18日初版)
映画情報
シモーヌ・シニョレ主演/サレムの魔女(1958年10月23日日本公開)
高月彩良主演(声)/思い出のマーニー(2014年7月19日公開)




