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六十七話 モデルガンと殺人事件(美知子の妖怪捕物帳・伍拾陸)

「藤野さんのおかげで問題がひとつ解決して助かったけど、次は僕の話を聞いてもらえないか?」とさきプロ作画部門チーフの雑賀さいがさんが言った。


「わかりました。どうぞ」


「まずこれを見てくれ」と雑賀さいがさんは言って、近くの床に置いてあったダンボール箱を開けて中から三丁の拳銃を取り出した。二丁は黒っぽく、一丁は小型で銀色の拳銃だった。


「え?拳銃ですか?」不法所持だと思って一瞬あせったが、


「もちろんこれはみんなモデルガンさ。つまり、おもちゃの拳銃なんだ」と雑賀さいがさんが言った。


「これはワルサーPPK。007が映画の中で持っているのと同じ拳銃さ。三年前に公開された『007は二度死ぬ』という映画では、実際に日本製のモデルガンを使って撮ったそうだ」そう言って黒っぽい拳銃のひとつを差し出す雑賀さいがさん。


受け取ってみるとそのずっしりとした重さに驚いた。金属製のモデルガンで、素人の俺には本物と言われても見分けがつきそうになかった。


「そしてこれがワルサーP38。テレビドラマ『0011ナポレオン・ソロ』の中でソロが使っている拳銃のアンクルタイプだよ」これも黒っぽい金属製の拳銃だった。ちなみにアンクルとは、ソロが所属する国際機関“United Network Command for Law and Enforcement”の略(U.N.C.L.E.)である。


「こっちはコルトポケットという小型の拳銃で、今度描く女探偵ものの劇画で主人公ヒロインに持たせようと思っているんだ」と三丁目の小型の拳銃を渡してくれた。


「つまりこれらのモデルガンは、作画の参考に持たれているのですね?」


「その通り」と雑賀さいがさんが言うと、さきづめ先生も口を出した。


「劇画では拳銃を使うシーンが多いけど、今まではわりと適当に銃を描いていたんだ。ところが望月三起也というマンガ家が作中で拳銃をリアルに描いてね、それがファンの間で評判を呼んだ。そこで僕らも手抜きをせず、拳銃を実物通りに描こうと考えて、これらのモデルガンを購入したんだ」


「なるほど。・・・しかしこの小型の銃でもけっこう重いですね。私なら構えているだけで腕がしびれてきそうです」


「実際の拳銃なら発射したときの反動があるから、もっと力が必要だろうね」とさきプロ脚本部門チーフの寒凪かんなぎさんも言った。


「これらのモデルガンに本物の銃弾を入れて、撃つことはできるのですか?」


「このままでは難しいだろうね。火薬の威力でモデルガン自体がばらばらになってしまうだろう。もちろん持っている人もけがをしてしまう」


「でも、暴力団がモデルガンを実弾が発射できるように改造したという事件もあったらしい」と寒凪かんなぎさん。


「このままでも見た目が本物そっくりだから、改造せずに強盗に使われたこともあるそうだ」とさきづめ先生も言った。


「怖そうな人にこの銃を向けられたら、本物と思ってしまいますね」


「今年の三月によど号のハイジャック事件が起こったよね?犯人が銃や刀を使って機長を脅し、北朝鮮まで飛んで行ったという事件だけど、犯人が使ったのはモデルガンや模造刀だったらしい」


「そのせいでモデルガンを規制しようと警察が動いているんだから、モデルガンファンや我々劇画家はいい迷惑だよ」と雑賀さいがさん。


「どういう規制がかけられましたか?」


「去年だったかな?警察が今後販売されるモデルガンには、本体に王冠マークをつけるよう業界を指導したんだ」


「王冠マーク?」俺は手に持っていた拳銃をしげしげと見つめたが、そのようなマークは見つからなかった。


「その銃は規制前のだからマークはついていない。しかし今後、作画の資料として買うモデルガンには王冠マークがついている。作品に描いた拳銃に王冠マークがついていたら、ファンには『作中でモデルガンを撃って殺しあっている』と末代まで馬鹿にされることだろう」


「そ、それは注意が必要ですね」


「さらに、こういうモデルガンを持っているだけで、事情を知らない人には劇画家が本物の拳銃を持っていると誤解されかねない」


「作画の資料ですと正直に言えばわかってもらえるんじゃないですか?」


「君は(エイト)マンというマンガを知っているかい?」


「はい。テレビでもしていましたよね?」


「そのマンガを作画していたマンガ家の桑田次郎という人が本物の拳銃をこっそりと手に入れていてね、五年前にそのことが密告されて逮捕されるという事件があったんだ。おかげで(エイト)マンの連載は中止になった」


「その拳銃は、作画の資料として入手されていたのですか?」


「その点はよくわかっていないが、資料として使うならモデルガンで十分じゃないかな?」


「そうですね」


「ともあれ、資料としてモデルガンを買って眺めていたら、ほかのモデルガンにも興味が出てきてね、時々モデルガンの専門店に顔を出しているんだ」と雑賀さいがさんが言った。


「作品にあわせて拳銃の種類を変える必要がありそうですしね」


「そう。もし西部劇を描くことになったら、その当時に使われていた回転式拳銃を用意しないといけなくなる。・・・それはともかく、店の常連になると同じ常連のモデルガンマニアと顔見知りになってね、いろいろと話をするようになったんだ。趣味の友だちってやつだね」


「それは話が弾むでしょうね」


「そうなんだが、この前そいつと会ったときにアメリカで起こった不可能犯罪の話を聞かされてね、答を教えてくれないので、ずっとその謎を考えているんだ。藤野さんならわかるかな?」


「銃のことはよくわかりませんが、専門的な知識が必要でないのなら、お話をお聞かせください」


「数年前にアメリカで起こった、拳銃を使った殺人事件ということだった」と雑賀さいがさんが話し始めた。


「アリゾナ州のフェニックスという州都である男性が射殺された。犯人はすぐに逃げたけど、現場を目撃していた人がいて、犯人はAという人物だと警察に名指ししたんだ」


「じゃあ、すぐに犯人は捕まったんでしょうね?」


「うん。数日後にAがカリフォルニア州のブライスという町にいることがわかって逮捕された。ところがAにはアリバイがあったんだ」


「アリバイがあったのですか?顔を見られたのに、A本人ではなかったのですか?」


「そこが問題なんだ。フェニックスで夏のある日の午前十時に事件が起こったんだけど、同じ日の午後〇時、つまり昼の十二時にブライスのガソリンスタンドでAは顔見知りの店員と話をしていた。警察が厳しく追及したけど、店員は時刻は正確だった、相手はAで間違いない、Aとは顔見知りだが偽証するほどの仲ではない、もちろん金銭は受け取っていないと言って、証言を翻そうとはしなかったんだな」


「そのフェニックスという町とブライスという町はどのくらい離れているんだ?」とさきづめ先生が聞いた。


「聞いた話だと百五十一マイル、約二百四十キロだそうだ。双方の町の間はサボテンしか生えていない砂漠地帯で、車で飛ばせば二時間ぐらいで移動できるんだそうだ」


「なら、フェニックスで殺人を犯してから車を飛ばせば、二時間後にはブライスに着くから、何の矛盾もないんじゃないか?」


「アリバイとは犯罪現場にいなかったことを示す不在証明のことだろう?目撃された時刻に矛盾がないから、アリバイにはならないじゃないか」と寒凪かんなぎさんも言った。


「ところがその事件が起こったのは夏で、カリフォルニア州ではサマータイムを実施していたんだ」


「サマータイム?何だ、それ?」と聞き返す寒凪かんなぎさん。


「おいおい、脚本チーフが知らないんじゃ話にならないぞ。日本でも昭和二十三年から四年間実施されたサンマータイムのことじゃないか」とさきづめ先生が言った。


サマータイム、サンマータイム、もしくは夏時間のことなら知っていた。日が昇るのが早い夏季に一日を有効活用するために時計を一時間進めるという制度だ。つまり朝七時が時計上では朝八時になり、毎日一時間ずつ早起きしないといけなくなる、朝が弱い人にとっては最悪な制度だ。


「サマータイム中は時計を一時間早めるのです」と俺が補足すると、


「ということは、ブライスでAが目撃された午後〇時は実際には午前十一時だったわけか?」と寒凪かんなぎさんが聞き返した。


「そういうことになります。ただ、フェニックスでもサマータームが実施されていたなら、事件が起こったのは実際には午前九時で、ブライスでの目撃の二時間前であることに変わりはないのでは?」と俺は雑賀さいがさんに聞き返した。


「ところがアリゾナ州は、アメリカ本土では例外的にサマータイムを実施していない州なんだ」と雑賀さいがさん。


「ということはどうなるんだ?」と寒凪かんなぎさんが聞き返した。


「つまり、フェニックスでの犯行時刻は午前十時、ブライスでAが目撃されたのはフェニックスでの午前十一時に相当し、一時間しか差がないんだ。どれだけ車を飛ばしても、二百四十キロを一時間で移動できるわけないじゃないか?」


「時速二百四十キロか。・・・いくらアメリカでも特殊な車か飛行機でない限り、そんなスピードは出せないだろうな」とさきづめ先生。


「ちなみにフェニックスとブライスの間に鉄道路線はない」と雑賀さいがさん。


「なら、飛行機を使ったんじゃないか?郊外の砂漠に飛行機を隠しておいて、それに乗ってブライス近くの砂漠に降りれば、一時間での移動も可能かと」と寒凪かんなぎさん。


「いや、セスナ機は時速二百二十キロくらいだったはずだ。しかも郊外でいちいち車と乗り換えていたらとうてい間に合わない」と雑賀さいがさんが言った。


「それより速いジェット機なんて、個人では用意できないだろう」


「その上、フェニックスでの事件現場からAは車で逃走しているんだが、ブライスのガソリンスタンドに乗って来たのも同じ車だった。飛行機だけじゃなく、同じ車種の車まで用意できるだろうか?」


「普通に考えれば無理だな」と寒凪かんなぎさん。


「しかも衝動的な殺人だったらしい。Aと被害者はバーで最初はにこやかに談笑していた。途中で口論となり、Aが持っていた拳銃をぶっ放したんだ」


「その一連の行動も計画してたんじゃないか?」と聞くさきづめ先生。


「その可能性を百パーセント否定はできないけど、やっぱり移動に一時間しかかかっていないことが引っかかる。もちろんAには瓜二つの双子の兄弟はいない。Aに変装できそうな人物もいない。ならどうやってAは二百四十キロの距離を一時間で移動したのだろう?その点を藤野さんに解いてほしいんだ」


「そうですね、ちょっと調べたいことがあるのですが、百科事典などはありませんか?」と俺は尋ねた。


「別の部屋で資料室に当てている部屋がある。そこに案内しよう」と雑賀さいがさんが言ってくれた。


そこで俺と雑賀さいがさんはマンションの廊下にいったん出た。既に外は暗くなっている。雑賀さいがさんはすぐに別の部屋のドアの鍵を開け、一緒に中に入った。どうやらマンションの一室をまるまる資料部屋にしているようだ。


中に入ると大きな本棚にたくさんの本が並べられていた。別の部屋には資料が入った段ボール箱が所狭しと敷き詰められている。俺は本棚から百科事典を取り、ページをめくった。そして目当ての項目が見つかると、立ったままその記述を読み込んだ。


「やっぱりそうですね!」と俺が言うと、


「わかったのかい、謎の答が?」と雑賀さいがさんが聞いてきた。


「はい。先生方のところに戻りましょう」


百科事典を持ったままマンションの廊下に出て、事務室がある部屋に戻った。奥ではさきづめ先生と寒凪かんなぎさんが首を長くして待っていた。


「わかったのかい?」と聞いて来るさきづめ先生。


「はい。これから説明します」と俺は言って持って来た百科事典をテーブルの上に置いた。


「アメリカ大陸は広いので、時刻を四つの地域で分けています。大西洋側の東部標準時、その西の地域の中部標準時、その西の地域の山岳部標準時、そして太平洋沿岸の太平洋標準時の四つで、隣の地域とは時刻が一時間ずれます」


「となると?」


「アリゾナ州とカリフォルニア州は隣接していますが、アリゾナ州は山岳部標準時、カリフォルニア州は太平洋標準時になります。つまり、アリゾナ州のフェニックスで午前十時のとき、カリフォルニア州のブライスではまだ午前九時なのです。サマータイムを考慮に入れなければ」


「となると、フェニックスで午前十時に事件が起きたとき、ブライスでは午前九時だった。その二時間後の午前十一時にブライスのガソリンスタンドにいたのなら、フェニックスから車で飛ばせば何とかたどり着けるな!つまり、アリバイは成立しないことになる!」


「そうです。フェニックスとブライスの間の道は砂漠の中の一本道で、車通りは多くないので、高速道路のように車を走らせることができます」


「この時差にサマータイムの有る無しが絡んで話が複雑になったというわけか。・・・我々にはぴんとこなかったが、アメリカの警察ならすぐにわかる話だったな」


「そうですね。雑賀さいがさんの友だちも最初この話を聞いたときに不思議に思ったので、雑賀さいがさんに謎かけをしてきたのでしょう」


「やれやれ、すっかり騙されるところだった」と雑賀さいがさんが言って笑った。


「ところでいい時間になったから、藤野さん、一緒に夕食を摂ろうじゃないか」とさきづめ先生に言われた。


「はい、ありがとうございます」と答えたが、はたして今夜、下宿に帰れるのだろうか?


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

雑賀良治さいがりょうじ さきづめはじめプロダクション(さきプロ)の作画部門チーフ。

さきづめはじめ(崎詰 肇) 有名な劇画家。さきプロの代表者。

寒凪春夫かんなぎはるお さきプロの脚本部門チーフ。


モデルガン情報


MGC/ワルサーPPK(1964年発売、2,000円)

MGC/ワルサーP38 Uncle Type(1966年発売、3,000円)

INT/コルトポケット(1966年発売、2,500円)


映画情報


ショーン・コネリー主演/007は二度死ぬ(1967年6月17日日本公開)


テレビ番組情報


日本テレビ系列/0011ナポレオン・ソロ(1965年6月11〜1971年6月28日放映)

TBS系列/エイトマン(1963年11月7日〜1964年12月24日放映)


書誌情報


望月三起也/ひみつ探偵JA(週刊少年キング、1965年1号〜1969年34号連載)

望月三起也/秘密探偵JA(少年画報社Kingコミックス、1巻: 1967年4月5日初版〜15巻: 1970年5月15日初版)

桑田次郎作画/8マン(週刊少年マガジン1963年20号〜1965年13号連載)

桑田次郎作画/8マン (秋田書店サンデーコミックス、1巻: 1968年1月30日初版〜5巻: 1968年8月10日初版)


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