六十六話 人まね妖怪(美知子の妖怪捕物帳・伍拾伍)
さきづめ先生より、さきプロの劇画作品が盗作だと文句をつけられたとの相談を持ちかけられた。
「クレームを言った相手はどういう人でしたか?」
「アマチュアのマンガ家で、ペンネームしか聞いていないので、本名はわからない」
「相手が作品を発表する前だったら、たとえ似た内容だったとしてもクレームできませんよね?どういうクレームでしたか?」
「某少年マンガ雑誌の新人漫画賞に応募した作品と内容がほぼ同じだと言っている。ただし落選したので雑誌には掲載されていない。我々はその雑誌の編集部と関わりがないので、選考時や落選後に作品を見る機会はないんだ」
「先生の作品のストーリーや発表時期を教えてもらえますか?」
「北海道千歳基地に勤務する航空自衛官が主人公で、戦闘機F−104のパイロットなんだ。あるときソ連の戦闘機が領空侵犯してきて、スクランブル発進するんだが、領空外になかなか退去しないので、威嚇射撃するべきか逡巡するという話なんだ」
「なるほど。緊迫感がありそうな作品ですね」
「実際に読んでもらった方がいいだろう」と雑賀さんが言って、一冊の雑誌を手渡してくれた。青年向け隔週マンガ雑誌の昭和四十五年五月一日号だった。
戦闘機を始め写実的に描写され、主人公の葛藤や、任務を遂行したときの達成感と安堵感が描かれた、珠玉の読切作品だった。
「私は評価する立場にありませんが、とても素晴らしい作品ですね」と褒めると三人とも破顔した。
「この作品はどのようにして作られたのですか?」
「三年前に実際にソ連機が領空侵犯する事件があってね、その新聞記事をとっておいたんだ。年末頃にこの雑誌の編集部から読切作品の依頼が来て、その事件を思い出して実際に千歳基地に取材に行ったんだ」と寒凪さん。
「わざわざ現地に行かれたのですか?」
「作品のリアリティを出すためには綿密な取材が不可欠なんだ。編集部を通じて作品の概要を伝えて取材を依頼し、許可を得て二月の北海道に行った。寒かったよ」
「寒凪さんが行かれたのですか?」
「僕と雑賀くんと、もうひとり背景担当の作画スタッフの三人で行ったんだ。空自の警戒体制や当時の事件の詳細を教えてもらい、許される範囲で基地や戦闘機の写真を撮らせてもらった」
「劇画は絵で表現しなくちゃ始まらないからね」と雑賀さん。
「戦闘機は写真だけでなく、いろいろな角度から描けるように、プラモデルも買って参考にしたんだ。そうして準備したのがこの資料だ」
そう言って雑賀さんはテーブルの上に何枚もの紙と写真を置いた。紙には基地や戦闘機のスケッチがたくさん描かれていた。
「なるほど。そこまで入念に準備されるから、素晴らしい作品ができあがるのですね」
「三人はついでに北海道の冬の幸を堪能したそうだ。僕も行きたかったけど、他の連載を抱えていたので、行く余裕がなかったんだ」とさきづめ先生が残念そうに言った。
「まあまあ、先生、おみやげに木彫りの熊を買ってきたじゃないですか」
「作品の背景に描き入れたが・・・北海道感を出すために・・・木彫りの熊じゃあ腹は膨れないよ」
「それでこの作品を描かれたのはいつ頃ですか?」
「北海道から帰ってすぐに脚本を仕上げ、作画してもらったから、三月中旬には完成して編集部に渡したな」と寒凪さん。
「一方の新人漫画賞の〆切はいつですか?」
「三月末だったな。だからクレームを入れてきた相手も同じ頃にマンガを描いていたんじゃないかな?」
「そして落選したのですね?」
「その編集部では集まった作品を一次選考としてまずアルバイトの学生に読ませ、完成度が低いものを落とし、残った作品を二次選考と称して編集員や審査員のマンガ家たちが読むんだ。そいつの作品は一次で落ちたようで、実際に見たのはアルバイトの学生だけのようだ」
「その学生と知り合いのスタッフはいませんよね?」
「と思う。学生の名前まではわからないので知り合いかどうか確かめようがないんだ。それはペンネームを用いていた相手も同じだ。いずれにしろ、我々スタッフが雑誌掲載前の他人の作品の内容を聞き出すような真似はしない」
「領空侵犯の記事を思い出して作品にしようと考えたのは偶然ですか?」と寒凪さんに聞く。
「確かニュースか何かで航空自衛隊の特集をしていて思い出したんだ。誰かからヒントをもらったわけではない」
「相手の作品の内容はわかりませんが、盗作だと言ってくるのなら、単に領空侵犯事件を扱った作品というわけではなく、細部がかなり似通っていたのかもしれませんね」
「かもしれないが、確認のしようがないんだ。先方の作品を直接見て確かめることはできない。おそらく某少年マンガ雑誌の編集部に残っているのだろうが、伝手をたどってそのマンガを実際に取り寄せなどしたら、かえって事前に盗み見したのだろうと疑われかねない」
「その作品は作者に送り返されなかったのですか?」
「応募作品の返送はしないと応募要領に書いてある。落選作品を他社の編集部に持ち込まれたくないのか、単に返送の手続きが面倒なだけなのか、いずれかの理由からだろう」
「千歳基地に取材に行かれたのは先生方だけですか?ほかに取材に行った人はいないのでしょうか?」
「我々が取材に行ったときは、航空自衛隊の活躍を描く作品だということで非常に歓迎してもらったけど、ほかに取材があったという話は聞かなかったな」と雑賀さん。
「有名なさきづめ先生の劇画になるのなら航空自衛隊も協力してくれますが、アマチュアのマンガ家の取材なら端から断られた可能性が高いでしょうね」
「実際に我々の作品は高評価で、千歳基地の責任者からお礼の電話が編集部にあったようだ」とさきづめ先生が言った。
「クレームをつけてきたやつも、さきプロの作品を読んで格の違いを思い知ったと思うけどね」と雑賀さん。
「ひょっとしたらクレームを入れたアマチュアマンガ家は、もともと千歳基地に勤めていた人だったのかもしれませんよ」と俺は言った。
「なんだって!?」と驚く三人。
「航空自衛官だったのか?」
「どういう仕事に就いていたのかはわかりません。ただ、間近で領空侵犯事件を見ていて、いつかこの内容でマンガを描こうと思っていたのかもしれません。つまり、当時からマンガ家志望の人だったということです。そして同じニュース番組を見て、領空侵犯のマンガを描こうと思い立ったのかもしれません」
「自衛官が自衛隊を辞めて他の職業に就くことはままある。マンガ家を目指す人がいてもおかしくはない」とさきづめ先生。
「とはいえ、盗作でないのにネタが偶然かぶることはよくある話だ。それだけで盗作だと決めつけられてもいい迷惑だ」
「作画が同時期だったとしたら、そいつのマンガの内容を偶然知ったとしても、取材や脚本に時間がかかるから、すぐに雑誌に掲載はできない」と雑賀さん。
「我々を山童みたいに言いやがって」と怒り心頭のさきづめ先生。
「山童とは何ですか?」と俺はさきづめ先生の怒りを治めようと思って聞いた。
「ん?山童とは、山童とか山太郎と呼ぶこともあるが、熊本に伝わる山の中に棲む妖怪のことだよ。人まねをすると言われている」
「なるほど。・・・あ、ひょっとしたら!」と俺は叫んだ。
「何だね?何かわかったのかね?」
「まさか相手のマンガ家が山童とでも言うつもりじゃないんだろうね?」と茶々を入れる寒凪さん。
「妖怪だなんて思っていませんよ。・・・マンガ雑誌を始めとする多くの雑誌には何月何日号と日付が書いてありますよね?月刊誌だと何月号という表記になりますが」
「そうだが・・・?」
「そして理由はわかりませんが、その日付はたいてい雑誌の発売日より後の日付になっていますよね?」
「うん、そうだ。週刊誌なら発売日の約半月後、月刊誌なら一月後になっている」
「それはなぜなんですか?」
「雑誌業界の慣習と言うしかないが・・・」と腕を組むさきづめ先生。
「僕が聞いた話だと」と寒凪さんが言った。
「雑誌はある程度の期間、書店の店頭に並ぶだろ?だから本当の発売日と同じ日付にすると、日が経つにつれて実際の日付より古くなって、新刊と思われなくなってしまう。だから少し新しめの日付をつけると聞いたことがある」
「なるほど」
「それに離島の書店だと本土よりも発売が遅れることがある。そこで東京での発売日より後の日付をつけるという説もあるぞ」と雑賀さん。
「いつからの風習かは知らないが、そういうことになっている」
「で、先生方の作品が掲載されたのは五月一日号でした。実際は四月の半ばに発売された雑誌なので、先生方に盗作する時間的余裕がなかったのは明白ですが、相手は五月一日発売と勘違いして、先生方が内容を真似る時間があったのだと誤解したのかもしれません。もちろん丁寧に取材したことにも考えが及ばなかったのでしょう」
「そうか。・・・仮にもマンガ家を目指すものならば、マンガを描くのに時間がかかること、描き始める前にいろいろな準備が必要なこと、雑誌の日付は実際の発売日より遅いことを知っていて然るべきなのだが」とさきづめ先生。
「自衛隊に勤務していたことが関係しているのかはわからないけれど、世間知らずだったということだな」と寒凪さんも言った。
「先方はどのようにしてクレームを伝えてきたのですか?」
「我々の劇画が掲載された雑誌の編集部に電話をかけてきたそうだ」
「なら、もしまた電話があったのなら、上記のことを編集部の方に説明してもらうのがいいでしょう。先方の作品を目にする機会がなかったということと一緒に」
「そうだな」と納得するさきづめ先生。そのときドアホンが鳴る音が聞こえた。
「はーい」と言って玄関に向かう優子さん。
まもなく「きゃあっ!お待ちになって!」という優子さんの絶叫が轟いた。
何ごとかと思って立ち上がろうとするさきづめ先生たち。するとこの部屋に若い男が入って来た。頭は五分刈りで、がっしりとした体つきをしている。
「何だ、君は!?」と叫ぶさきづめ先生。
「俺はマンガ家の・・・マンガ家志望の千空遥自だ!」
「千空遥自?・・・お前か!我々が盗作をしたといちゃもんをつけてきたやつは!」
「盗人猛々しいとはお前のことだっ!」と叫んで俺が座っているソファの後からさきづめ先生に詰め寄ろうとする千空さん。
俺はすかさず立って千空さんの前に立ちはだかった。俺の体にぶつかりそうになってうろたえる千空さん。
「何だ、お前は?」
「どうか落ち着いてください。そして私の話を聞いてください」
「なんでお前の話を・・・」と千空さんは言い返したが、さすがに女の俺に暴力を振るおうとはしなかった。
「盗作疑惑の件について説明しますので、どうか座ってください。あなたも私たちもマンガ家です。その手はペンを握るもので、拳を振るうためのものではありませんよね」俺はマンガ家ではないけどね。
「そうだが・・・」と答える千空さんを俺が座っていたソファに座らせ、優子さんに「お茶をお願いします」と頼んだ。
「はい、直ちに!」と応じる優子さん。
「千空さん、この資料を見てもらえますか?」と俺は言ってテーブルの上に広げられているスケッチや写真を示した。
「さきづめ先生たちがあの作品を手がける前の二月に千歳基地まで行って取材したスケッチや写真です。これほど入念に準備して、作品を創って、雑誌に掲載されたのが四月中旬です。あなたが作品を投稿されたときには、既にこれだけの準備をしていたのです。あなたの作品を盗む暇はなかったのですよ」と諭すように説明した。
俺の渾身の説明でようやく自分の勘違いに気づいて、さきづめ先生たちに土下座して謝罪する千空さん。
「今回はたまたまネタがかぶったが、君は経験に基づくネタをまだたくさん持っているのだろう?だから新人賞に再チャレンジして、やがて我々と並ぶマンガ家になってほしい」とさきづめ先生に言われ、千空さんは感激して帰って行った。
「一時はどうなるかと思ったけど、藤野さんのおかげで事なきを得たよ。その点は感謝するが、怒り狂う男の前に立ちはだかるなんて無茶はしないでくれ。君がけがをしたら我々には詫びようがないよ」とさきづめ先生が言った。
「自衛隊の関係者なら、市民を守ることが使命だったはずです。女に手を挙げることはしないだろうと思ったのと、私が前に立つことで気勢を削ぐ目的がありました」
「しかし・・・」
「千空遥自というペンネームは、千歳基地の航空自衛隊からつけたのではないでしょうか?自衛官だったという自負があるのなら、絶対に女に手を出さないと思いました」と俺は答えた。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
さきづめはじめ(崎詰 肇) 有名な劇画家。さきづめはじめプロダクション(さきプロ)の代表者。
寒凪春夫 さきプロの脚本部門チーフ。
雑賀良治 さきプロの作画部門チーフ。
崎詰優子 さきづめはじめの妻。さきプロのスタッフの食事の用意などをしている。
千空遥自 マンガ家志望の男性。
プラモデル情報
マルサン/ロッキードF104J(1/100シリーズ、1960年代初め頃、80円)




