第二十三話 ナヨ・タケノカグヤ10
「一体、何故……どうしてこうなった?」
天の川銀河太陽系第三惑星管轄管理士官――グレイ・アダムスキーは、どうしてこうなったのか首を傾げながら不思議に思う。それは今からちょうど四年前。移民船ツッキーの技術士官であるナヨ・タケノカグヤが、地球に降りたことが発端だった。
グレイは当時、ナヨの疲れ切った状態を見て「調子が悪そうだなぁ」とは思いつつも、特に何のケアもしていなかった。上司としては一言声を掛けるべきか、それとも暫くは、ナヨの様子を窺がうべきか迷っていたのである。
何故ならナヨの見た目こそ年端もいかない――と大袈裟だが、例え幼く見えても中身は成人した立派な女性の一人だ。日頃から気を使える上司を気取っているグレイとしては、無闇にプライベートな事に首を突っ込む事を良しとしていなかったのである。
しかしそんな折、グレイの元上司であるタベント・タケノカグヤから、相談に乗って欲しいと連絡が来る。それは奇しくもグレイが心の何処かで気に掛けていた部下のことであり、タベントにとっては目の中に入れても喜びが溢れると豪語する愛娘のことであった。
「えっと、それはつまりナヨ君に長期の休暇を与えて欲しい……という事でしょうか?」
タベントからの相談を受けたグレイは、そう答える。グレイの座る管理士官用のデスクには、空中に透明のモニターが浮かんでおり、そこに移っているのは彼の元上司タベントだ。タベントはグレイの言葉に大きく頷きながら、元部下の問い掛けを肯定する。
「ああ――私がムキになり過ぎて、ナヨに負担を掛けてしまっている。ここであの娘に一度、長期の休暇を与えて欲しいのだ。そうなればナヨも羽を伸ばすために、ここ母星ケプラーの実家でゆっくり出来ると思うのだよ」
「そう、かもしれませんね。確かに最近のナヨ君は、とにかく疲れ気味のようでした。その事を踏まえると一度実家の方で、骨を休めるもの彼女の為になるでしょう」
グレイは最近、頓に疲れた状態の姿を見せているナヨの事を思い出す。ナヨが民船ツッキーに来てから既に数百年の時が過ぎた。ここらで彼女の疲労を癒すために長期休暇の一つでも取らせることは、今後の業務のためにも良い影響が出るだろうとグレイは判断する。
もちろんグレイはナヨのそうした疲れの元凶が、目の前の元上司――タベントにあるとは気づいていない。そのためグレイはタベントの提案を手放しで褒めながら、ナヨやこの移民船ツッキーのためにと了承する。
「うん、確かに良い考えかと思います。そうですね……母星ケプラーに戻るなら、十年くらい休みの期間を設ければ大丈夫でしょうか?」
親子でゆっくり話したり、何処かへ一緒に出掛けるならば、それくらいの休みが必要だろうと少し――だいぶ長めの休みを提案する。だがそれを聞いたタベントはモニター越しに少し考え込み、グレイの言葉を訂正した。
「いや、五年……もしくは四年くらいあれば十分だろう。それ位の期間があれば、ケプラーへも戻ってもゆっくり出来るだろう。後はちょっとした旅行にでも連れて行ってやれば、娘もリフレッシュ出来る筈だ」
「そうですか……? でもナヨ君にはナヨタケ号の開発やら、この移民船の改良や整備も担当しています。特別ボーナスとして『彼女だけ』に、地球の観光を許可してあげても良いかもしれません」
「おお! それはあの娘も喜ぶだろう。ではグレイ、早速だがそんな感じで頼む……娘の事で色々と迷惑を掛けてすまなかったな」
「了解しました、直ぐにでもナヨ君の長期休暇を申請しておきます」
そうして電源が落とされ空中に写っていたタベントの顔は、モニターと一緒に、何も無かったように消えてしまう。グレイの元上司であるタベントも、今頃はこれで何とかなったと一安心しているだろう。
タベントは娘をどうしても手元に置いておきたい親馬鹿である。だが娘が可愛い存在である事には変わりが無く、そしてそれは当然の如く煙たがられてしまう。
そしてそれは最近になってナヨも疲れがピークなのか、彼女は父の姿を見るだけで『お父さん! うるさいっ! 連絡なんかメールで済ませて、いちいちテレビ電話なんかしないで!』などと言われる始末。
もちろんそんな事を言われた父親の心理は、まるで娘からナイフの切っ先でも向けられたかの様な状態だ。ならばそうなった父親の取る行動はたった一つで、何とか娘のご機嫌を取るための行動をするだけだ。
つまりタベントは昔取った杵柄――要するにコネを使って、グレイにナヨのための休暇を特別に取らせて貰えるように頼んだのである。
そうしてその翌日。グレイがナヨに休暇の事を伝える前に、何故か彼女はナヨタケ号を使って地球へと降りていく。
「はて? 僕はいつの間にナヨ君に休暇の事を伝えたのだろう?」
グレイは首を傾げ考え込むが、とんとそんな覚えは全くない。しかしナヨの父親であるタベントが休暇の事を知っており、間違いなく彼は娘ファーストだ。ならば父親から娘に直接伝えることもあるだろうとグレイは考え、特に問題も無いなと判断する。
そのためグレイは地球に降りたナヨの様子を時折見るだけにして、特に何かを干渉するような事はしないと決める。何しろ今回の事は、グレイがタベントがナヨのために用意した休暇なのだ。
グレイは今回の長期休暇で、ナヨには心の底からゆっくりして欲しいと思っている。そんな風に考えているグレイが、ナヨの休暇に余計な茶々を入れる筈も無い。
こうしてタベント・タケノカグヤの余計なお節介と、グレイの上司らしい行動と、管理士官の権限によりナヨは地球で四年の歳月を過ごすのだ。
――そして今日。二週間ほど前に伝えた通り、グレイはナヨを自ら迎えに来た。
「ほんと、どうしてこうなった?」
グレイは目の間の光景を眺めつつ、自分の言葉を確かめるように呟いた。ナヨに迎えの連絡を翻訳機越しに伝え、いざその日の晩に目立たぬよう地球へ降りて見れば、その土地の原住民二千人でのお出迎えである。
しかもその二千人はまるでナヨを守るように武装までしており、グレイの事を親の敵でも見るかのように睨んでいる。
グレイからすればホームステイ先に知り合いの子を迎えに行ったら、何故か喧嘩腰で相手の家族が迎えに出ていた――まるで、そんな不思議な状況だ。グレイからすれば「何故?」と首を傾げる状況でしかなかったのである。




