第二十五話 ナヨ・タケノカグヤ11
天の川銀河太陽系第三惑星管轄管理士官――グレイ・アダムスキーは地球人類に直接、弓を射られてから「あれ? 僕ってば、何故か敵対されてる?」と、やっと気づいた。
もちろん周囲の雰囲気から歓迎されていない事にグレイは気づいていたが、まさか攻撃されるほどに嫌われていたとは思っていなかったのである。
しかし月にすら基地を作り、よく分からん超宇宙技術を持つ宇宙人類にとって弓など豆鉄砲のような物。そんな原始人並みの攻撃では、グレイに傷一つ付ける事など出来はしない。彼に向って放たれた矢は、まるで重力の方向すらも変えるように捻じ曲げられていく。
そしてそのまま何事も無く迎えに来た知人の娘、もしくは職場での上司としてナヨの居る傍へと空から降りる。
「えっと……ナヨ君、これは一体どういう事かな?」
「グレイ主任……」
グレイが質問を投げ掛けながら、少し俯くように地面を見ているナヨと周囲の様子を見る。どうやら地球人類はグレイが邪魔なだけで、ナヨをどうこうするつもりはないらしい。そんな考えがグレイの頭の中に浮かび、未だ何を喋ればいいか迷っているナヨにその視線を向けた。
「これは……この辺りの服装か? 珍しいものを着ているのだな」
ナヨはこの土地独自の民族衣装を纏っており、不思議とその姿は彼女にとても良く似合っている。月に住んでいる宇宙人類にしては低すぎる背丈と、オニキスのような黒い瞳と黒い髪色も相まって、まるで最初からここに住んでいた地球人類に見えなくもない。
正にそれは郷に入っては郷に従えというもので、グレイは「ナヨ君は現地の風習を受け入れ、大事にしているのだな」と感心する。
だがそこまで考えたグレイはこの状況を冷静に考え、地球人類が攻撃してきた意図を考える。そして彼の中にはある仮説が一つ思い浮かび、あまりにな自分の状況を嘆くように叫び声を上げた。
「え!? あれぇぇ、おっかしいなぁ? もしかして僕が地球人類を攫いに来ている様に見えるのか? コレ!?」
実際はどうであれ、傍から見ればアブダクション案件だ。しかも地球人類――さぬきの老夫婦やミカド達からすれば、そう間違いでもない話しなのが余計に厄介である。
しかし実のところグレイは、見た目若い女性を誘拐に来た犯罪者ではなく、ナヨを迎えに来ただけの知り合いのおじさんだ。
だがそうは言っても普段は見た事の無い誰かが、幼女や幼子へと無断で近寄れば、通報される事も稀にある世の中だ。地球人類がグレイに抱いた認識は、然程も間違ってるとも言えなかった。
そしてそうした考えに思い至ったグレイは、何とか地球人類――特にナヨがお世話になった老夫婦とは、平和的にかつ、紳士的な話し合いで解決したいと思っている。
それは屋敷に居る戦力でどうにかなるほどグレイは弱くないが、彼にとって本来地球人類とは真っ先に保護すべき隣人だ。そこで無用な争いを避けたいと思っているグレイは、コソコソとナヨに向って話しかける。
「ナヨ君……取り敢えず、そこで僕の事を睨んでいる老夫婦と話をさせてくれないかな? 僕も君がこの四年間、お世話になったお礼をその二人に言っておきたいんだ――あと出来れば、僕の事も説明して欲しい。まさかこんな派手な出迎えを受けるとは、全くも思ってもみなかったよ。それも含めて誤解を出来るだけ解いて欲しいんだ」
「ええと、はい……分かりました」
そう言ってナヨは自分の面倒を見てくれた老夫婦と向かい合い、グレイのことを事細かに説明する。
「この人は私の知り合いで……迎えに来た人なの。決して変な人じゃないし、思ったよりも全然まともな人だから心配しないで。それにお爺さんとお婆さんと、お話がしたいって言ってるの……そのいい?」
――などど言われた老夫婦の二人は、訝し気な表情になりながらも、愛娘にそこまで言われては頷くより他はない。
そして一歩だけナヨを庇う様に前に出て、老夫婦の二人はグレイを射抜くような目で見つめ始める。そんな瞳にグレイは心の中では多少尻込みしながらも、威厳と毅然な態度を以て、自分の役職と立場を二人に紹介する。
「始めまして、地球人類のお二方。私のナヨ君の現上司で、天の川銀河太陽系第三惑星管轄監査管理士官をしているグレイ・アダムスキーです。この度はナヨ君……ナヨ・タケノカグヤのホームステイ先になって頂き、誠にお礼を申し上げます」
「ワシはさぬきの造りという者DA! どうか、どうか、見逃してくれないかKA! 娘とは……ナヨとは離れたくないんだYO!」
グレイが自己紹介を終えた途端、老夫婦の夫の方がまるで掴み掛かるように捲くし立てる。隣ではその妻である老婆が、夫の言葉を肯定するように大きく頷いていた。
そうした言葉を聞いたグレイは何か言葉遣いが変じゃないか? と思いつつ、取り持ってくれたナヨの為にも、穏便に事を運びたいと考えながら慎重に話を続けていく。
「我々はナヨ君も含めて、宇宙人……あの月に住んでいる存在です。それ故に我々と貴方方では、同じ時間を生きる事は出来ません。貴方は……貴方達はこの後、何年ナヨ君と共に生きられるのですか? もしここいる皆様方が亡くなれば、彼女はここで一人っきりで、貴方達が及びも付かない時間を生きねばならなくなるのですよ」
「ぐっ……じゃがワシらは、あの娘と出来るだけ長く一緒に居たかっただけJya…………だがそうしたワシらの想いがナヨの悲しみを深くするのも分かってORU。しかし、しかしJya……」
老爺の口からは苦悶の声が漏れ、その気持ちは一緒なのか、妻である老婆も悔しそうにグレイの事を睨んでいる。だが二人の――さぬきの老夫婦の年齢は共に六十を超えている。
未開な土地で原始的な生活をしている地球人類としては、十分長生きした方だろう。しかしこれからこの老夫婦がどんなに長く生きようと、それは所詮あと十数年程度の時間に過ぎない。下手をすれば、数年でその命の寿命を迎えてしまう事もある。
「……DEMO、だが、わしは!」
もし自分たちが死んだなら、ナヨに想いを寄せる者がいなくなれば、それはきっと孤独な毎日がやって来る。例え老爺が死んだとしても老婆が居る。老婆が死んでもミカドが居る。だがナヨに想いを寄せるミカドが居なくなれば、その先の彼女はどうなってしまうのだろうか?
何百年、何千年も生きる彼女を神と崇めるのか、それとも化物と断じるのか、それは短い時間しか生きられない老爺達には分からない。
もし、もしも自分たちが死んだ後の事を考えるなら、確かにナヨを故郷へと――あの夜空に輝く月へと帰した方が彼女の為になる。
そしてそんな考えが老夫婦の二人の頭を過ぎったのか、老爺と老婆はお互いに顔を見合わせ頷いた。生まれた場所が違えば、生きて行く時間もまた違うのだ。その道が交わる事はあったとしても、それが一つになる事は決してない――だがそんな老夫婦の二人の考えを邪魔するように、それに否と唱える人物が声を上げる。
「ま、待ってくれ!」
それは勿論ナヨに求婚していた人物、この地を治める王のミカドである。そんなミカドはグレイが地上に降り立ち、ナヨの前に立った時点で弓を射るのを止めている。
それは決してミカドがナヨの事を本当に諦めた訳でなく、自分たちが放った矢で彼女を傷つける事を厭ったからだ。ミカドが都から連れて来た部下達にはグレイに対する攻撃を止めさせ、今まで老夫婦とグレイの会話を聞いており、その様子を窺っていた。
それでミカドが分かった事は、結局今までの話と変わらない。このまま手をこまねいているだけでは、ナヨが月に帰ってしまう事。そんな彼女と自分では生きる時間違う事。そうした理由があるからこそ、ナヨはこの地に居られないのだと、目の前の銀の男が言っている。
ならばミカドが取れる行動は一つだけ。それはある意味で無責任で、身勝手で、とてもこの地を治める王が取る行為ではないだろう。
しかしミカドは心の底からナヨと添い遂げたいと思っている。故に自分の考えを、想いの丈をグレイに向って告げだした。
「カグヤが――ナヨがこの地で生きるのはハッピーではないのだろう。だが僕は彼女の事をラブしている。ナヨがここで生きてゆくのが辛いなら、僕がトゥギャザーでムーンにゴーだ!」
グレイはやっぱり何か言葉づかいが変だな? とは思ったが、目の前の青年の真剣な声と表情に気圧され、そのまま彼と会話を続けることにした。
「ええっと、つまり君はそこに居るナヨ君と夫婦になりたい――という事かな?」
グレイの質問に、ミカドは首を縦に振る事で答える。その瞳は先ほど叫んだ時と同じで、一切ブレる事は無く、グレイの目を真っ直ぐ見たままだ。
そんな自分の想いの丈を語ったミカドに対し、グレイは無情にも、天の川銀河太陽系第三惑星管轄管理士官としての判断を下す。
「確かに君がナヨ君を思う気持ちは、純粋なものなのかもしれない。しかしそれは無理というものだ。例え君が超宇宙的……あの月に来たとしても、ナヨ君と地球人類では生きられる時間が、そもそも違う。もし君たちが同じ人類として宇宙、いや天に昇っても、今はまだ添い遂げる事など出来はしないだろう」
グレイはここにきて、ようやく事態を把握する。要するに地球に降りたナヨは、現地の人々と仲良くなり、その中でも一人の男性と良い雰囲気になったらしい。
きっとここに居る老夫婦もその事を知っており、ナヨと青年の間を取り持ったりしたのだろうと、グレイは推察した。
そしてそうした事に気づいたグレイがナヨの様子を窺ってみれば、彼女はミカドの台詞に顔を真っ赤にして照れている。この事からすると、どうやら彼女は青年のことを嫌っているようには全く見えない。むしろナヨもこの青年に対して好意を抱いている様にグレイには見える。
(うーん、日々の疲れを癒す為に地球へ降りたのに、そこで恋人らしき異性を見つけてしまうとは……まさにアバンチュールと言ったところか)
グレイは元上司であるタベントが、俺も地球に降りさせろと言っていた出来事を思いだす。それが父親としての感なのか、単なる子煩悩な感情に拠るものなのかは分からない。だがタベントは地球に居る娘に、どこぞの馬の骨が近寄って来たのを察していたのかもしれなかった。
だがそれとは別に、恋なんてそんなものだろうとはグレイは思う。自分で相手や時を選べるなら苦労はしないし、そもそもこんな事にはなっていないのだ。
グレイは地球人類を愛してはいる。だがそれはナヨのような一人の異性に向ける愛情ではなく、あくまで地球人類を一つの知的生命体として見ているだけだ。
もちろんグレイも過去には地球に降りて、個人的に友好を育んだ相手はいる。しかしそれはナヨのような異性に対する思いとは決定的に違うものだ。
グレイは地球人類の事が大好きな一種の変態だが、その視点はあくまで上から――上位者としての立場に立っている。そのためグレイは地球人類が自らの力で、自分たちが居る場所に上がって来て欲しいと願っているのだ。
何百年、何千年経とうともグレイは宇宙の先で地球人類を待っている。いつか人類は地球を飛び出し、宇宙に出て、グレイの傍へとやって来る未来。自らが生んだ科学と、自らが育んだ文化を伴ってグレイは出会い合うことを信じている。
そしてそれが以前地球に降りた際に友好を育んだ、地球人類との約束を守る事になるとグレイは思っている。
しかしナヨ・タケノカグヤは少し違う。グレイのように上位者として見下ろす立場ではなく、既に同じ場所で、同じ時間で、地球人類と一緒の風景を見ているのだ。
ナヨと目の前の青年――ミカドの早すぎる出会い。もちろんここで出会うことがなければ、二人がこうして恋に落ちることはなかっただろう。時にはこうして交流することはあっても、今はまだ地球人類と共に歩く準備は出来ていない。
だが天の川銀河太陽系第三惑星(略)グレイ・アダムスキーとて鬼ではない。むしろ自分の部下には甘く、地球人類には滅茶苦茶に甘い存在だ。
ナヨが自分以上に地球人類を『個』と認識している事実に嬉しさと、ワクワクするような高揚感を覚えている気持ちは確かにある。故にグレイは軽く溜息をついてから、今まで彼ら――地球人類に話した内容を覆す提案をナヨにする。
「はぁ…………ナヨ君。これが彼や、あの老夫婦にとって幸せな事かどうかは分からない。だが君に一つだけ選択肢を与えよう」
そう言ってグレイはナヨを見つめる。今まで事の成り行きをただ見守っていたナヨは、急なグレイの真剣な表情に思わずゴクリと喉を鳴らした。
「君にこのセイメーの実を預ける。これを使うかどうか君が……君たちで考えてくれ。僕が出来るのはここまでだ……皆が納得できるよう、よく話し合っておきなさい」
そうしてグレイが取り出すのは、セイメーの実と呼ばれる超宇宙技術で作られた栄養補助食品だったのである。




