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月と地球と宇宙人  作者: 会員壱号
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第十六話 ナヨ・タケノカグヤ3 

 ナヨ・タケノカグヤは月にある移民船での生活――正確には父であるタベントの干渉が嫌になって、地球に降りて来た訳ではあるが、既にこの青い星に来た事を早々と後悔し始めていた。

 何故なら自らが設計、開発、作製した救命脱出艇『ナヨタケ号』が地球に不時着し、二度と飛び立てない状態になっているからだ。

 ナヨ自身はこの様な事態を想定し、安全装置による機能のおかげで怪我一つ負っていない。だがナヨタケ号に付随されている機器は故障し、様々な不都合が生じている。


 『あーん、どうしよう……スラスターもメインエンジンもピクリとしない。マイクローン機器は壊れちゃったし、このままだと帰るのが遅くなっちゃうかも』


 そう言ってナヨ・タケノカグヤは『ナヨタケ号』の状態を分析していく。そうして調べた結果、その中でも致命的な故障と思われるのは三つ。

 

 一つはナヨが住んでいた、母星ケプラーで開発されたマイクローン技術。身体の細胞を壊さないまま縮小できるのと同時に、身体の大きさを元の戻せる不思議な技術だ。

 ナヨが開発したナヨタケ号は一本の樹木の幹よりも細く、場所に限りのある移民船では重宝されてはいる。しかし今回のように機器が壊れ、身体の伸縮を行えないとなると、ナヨタケ号はただの物干し竿と変わらない。

 実際、今のナヨの体は元の大きさに戻れず、ナヨタケ号の小さいコクピットにすっぽりと収まったままだ。おかげでその姿はまるで、LEG○で作られたブロックの乗り物に乗っている、玩具の人形のようである。

 とはいえ、この問題はナヨタケ号のコクピットから出れば、時間の経過と共に元の大きさへと戻ることが出来る。それ故にこの事でナヨは、それほど焦ってはいない。

 むしろ厄介なのは一度ナヨタケ号から降りた場合、体を小さくする方法が無いため、二度とナヨタケ号に乗れなくなる事だろう。

 ナヨはそうした致命的な状況を避ける為にも、未だナヨタケ号のコクピットの中で何とか出来ないものかと奮闘しているのである。


 二つ目は翻訳機の故障だ。グレイが地球人類を保護と観察対象の存在と謳っていることから、その文化や文明、習慣や言語も、ある程度は調べている。そして何よりナヨタケ号は救命脱出艇だ。例え彼らの言葉が通じない星に時着しても、無用な摩擦や擦れ違いを避ける為、ナヨタケ号には翻訳機が常備されている。

 しかしそれも地球に不時着した衝撃のせいか、いまいち調子が悪い。使えない訳ではないのだが、変なノイズ音が聞こえたり、意味も分からない動物の声を翻訳したりと、使用するにあたって安定性が得られないでいた。 


 そして最後の三つめは、ナヨタケ号から出ている筈の救難信号が出なくなっている事だ。ナヨがその為のボタンをいくら押しても、うんともすんとも反応がなく何も起きない。

 それはまるで電球の切れたスイッチを押している様で、ナヨは無駄にボタンを連打しており、それは今の不安の気持ちを表しているようであった。


 『月ではナヨの事を把握はしていると思うんだけどな』


 ナヨはポツリとそう呟くが、それは希望的観測に過ぎない。例えナヨが地球に降りた事を把握していたとしても、彼女が地球のどこかに落ちたかまでは特定しているとは限らないのだ。 

 ナヨタケ号は隕石よりも遥かに小さく、そこらに生えている竹の様に細い。それを天上にある月から見つけ出すのは、超宇宙的技術を持ったグレイたちでもかなりの難易度だ。

 例えるなら広い砂漠に落ちた針を探すようなもので、多大な労力と時間を割かなければいけないのは明白だった。もしそんな状況であれば月からの救援が来る時間は、それこそ百年単位になる可能性もあるのだった

 

 『あ、もう! どうしようかなぁ? 現地人に協力して貰って、ナヨタケ号を修理する部品でも作って貰う? それとも救援が来るまで、何処かの誰かに匿って貰おうかしら? でもそんな人たちが居るとも限らないし……』

 

 そうしてナヨが何か打開策はないかと知恵を絞っていると、彼女の事をを珍しそうに見つめている老爺が一人居る事に気づいた。

 その老爺は粗末なボロボロの服を着ており、お世辞にも知的な文化人であるようには見えない。しかもその手には武骨で太い鉈が握られており、何故かナヨの事を見てニヤニヤと笑っている。

 目が開いているのか、開いていないのか。その不気味な笑顔を見て、ナヨの頭の中には一つの嫌な考えが浮かび上がってきた。


 『え? 食べられちゃう!?』

 

 そんな思考が瞬時に浮かび、ナヨは慌てて翻訳機を身に着けて起動させる。そしてこの地球で一番使われているであろう言語に設定を合わせ、ナヨは助けを乞うように喋り出した。


 「プリーズ! ヘルプミー! プリーズ、ヘルプミー!!」


 だがその言葉の意味が通じているのか、いないのか。目の前の老爺は不思議そうに首を傾げ、ナヨの事を見ながら笑顔を深めていく。

 そんな鉈を持った男の雰囲気に、ナヨは先ほどよりも危険な気配を感じ、更に一生懸命助けて欲しいと訴えた。


 「プリーズ! ヘルプミー! アイル、ドゥー、エニスィング!」


 しかしそのナヨの懸命なSOSは無視され、ついに彼女は見知らぬ老爺に捕獲されてしまう。片手でナヨの服を摘まむように持ち上げ、彼女の身体をジロジロと観察する。

 それは食材のチェックをしている様に見え、ナヨは気が気ではない。その構図はまるでジャックと巨人、一寸法師と鬼、巨大化したマジュニアと孫悟空の様だ。

 ナヨはそんな絶望的な状況に、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。そしてそんなナヨを見た老爺は、何故か更に目を細めてニタァと不気味な笑顔になった。

  

 『う、うっわぁぁぁあああんななな、じにたくないよー! だれかだずげてー』

 

 それを見たナヨは最早パニックの最高潮だ。黒い瞳からはポロポロと涙が溢れ、形の良い鼻からはドバドバと鼻水を垂れ流す。その情けない顔を晒すナヨは、その小さな体も含めて、まるで本当に泣き叫ぶ赤子の様である。


 さて――そうやって俎上の鯉の様な気持ちでいたナヨも、何とかギリギリまで足掻く事を決める。その顔には涙や鼻水を貯めてはいるが、それと同時に翻訳機の設定を弄り始めている。

 それはせめて言葉が通じる様になれば、もしかしたら命だけはは助けてくれるかもしれない――というナヨの考えからだ。

 

 (うぅぅ、はやく調整して……うぅ、ホントになんでこんな時に翻訳機の調子が悪いのよ!! これも全部、お父さんのせいだわ!)


 心の中で翻訳機の調子の悪さと、父に恨み言を言いながら、ナヨは翻訳機の波長を合わせていく。先ほど使った地球言語は、この惑星で一番多く使われている物の筈だ。だがそれが通じないとなると、この現地人は希少民族となる。

 普通はこんな少数民族の言葉の翻訳など決していないだろう。だが月にいる移民船ツッキーの責任者は、あのグレイ・アダムスキーだ。

 人類がまだ生まれる前からこの地球を見守り続け、人類の誕生の瞬間にすら目にしている母星ケプラーでの英雄。そしてそれは今も変わらず、この惑星を守護しており、地球人類に深い愛情と慈しみを注いでいるナヨの上司。

 

 (ううう、普通なこんな平べったい顔の民族の言葉なんて、翻訳してるとは思えないけど……)

 

 だが天の川銀河太陽系第三惑星管轄管理士官である、優秀なグレイ・アダムスキー主任なら、可能性はあるかもしれない――そんな儚い希望を抱きながら、ナヨは翻訳機の調子を整えていく。

 

 そうして暫くすればナヨの目には、木の枝と板で出来た粗末な建物が見えてくる。屋根は何かの草をたくさん敷いた様な茶色の束で出来ており、ちょっと強い風が吹くだけで吹き飛ばされそうだ。 

 

 「婆さん、ただいま帰ったYO! 竹林の中で変わった赤子を拾ったYO!」


 そんな言葉からこの建物が、自分を捕獲している老爺の本拠地だとナヨは気づく。しかもここに来るまで四苦八苦しながらも翻訳機を調整したおかげか、地球人類の言葉が、かなり分かるようになっていた。これなら最低限の交渉は出来るだろうと、ナヨは捕獲されながらも心の中で安堵する。 


 「ARAARA、お帰りなさい。OYA! この子はどうしたNO! お爺SAN!?」

 「うむ、竹林にある竹の中に居たんだYO! 神様がワシらに授けてくれた子なんだYO!」

 「まぁ、何と可愛らしい……思わず食べてみたくなるほどの可愛さだNE!」


 お婆さんのその言葉にナヨは先ほどまでの恐怖を思い出し、再び恥も外聞もなく泣き始める。お爺さんとお婆さんは、そんなナヨを見てニッコリ笑い、食事の準備を始めていく。


 お爺さんは籠と藁を利用した簡易なベッドを作り、その場所にナヨを丁寧に置く。その後は納屋か倉庫でもあるのか、今日の夕食の材料を取りに行く為に一度外に出たようだ。

 お婆さんの方は土間の奥の方で、切れ味の落ちた包丁を研ぐようだ。しかし包丁を研ぎながらも、ナヨの事をチラチラと窺がうように見張っている。その事にナヨは戦々恐々の状態で、今にも下の口から何かが漏れそうで堪らなかった


 そんな老夫婦の二人の態度にナヨは『もしかして今日にもナヨを食べるつもりなの!?』と、無駄な疑心暗鬼になってしまう。しかしそれも僅かな間であり、翻訳機から聞こえるくる言葉や二人の態度で、それが自分の勘違いだとナヨは次第に気づき始めていく。

  

 「婆さんYA、婆さんYA、薪割は終わったZO! ワシがこの子の面倒を見てるから、婆さんは夕餉の準備を頼むZO!」

 「ええ、分かりましたTOMO。この子には、栄養がたっぷり詰まった赤子でも食べられる物を作りまSYOU!」


 そうしてナヨは、時にビクビクしながらも『さぬき』の老夫婦の元で、幾日の日々を過ごしてゆく。そして暫くして数日、もしくは数十日が経った頃。ナヨは自分がこの老夫婦に助けられた事を知り、心の底から感謝し始めた。

 その上この老夫婦は、ナヨの事を実の娘の様に大切に扱っているのだ。もはや彼女からすれば、申し訳ないやら、有り難いやらで、本当にこの二人には頭が上がらない思いになっている。

 そんなナヨがこのままただ御厄介になるばかりでは悪いと、ある時、父親代わりであるお爺さんに質問をした。 

 

 「お爺さん、お爺さん。このままお家に置いてくれるだけでは、私の気持ちが収まりません。私に何か出来る事はないのでしょうか?」 


 お爺さんは、そんなナヨの健気な言葉と仕草に感動し、いつもの五倍増しの笑顔で答える。

 

 「気にしなくていいYO! 全然平気だYO! ワシらはお前が居るだけで、とてもとても幸せDA!」


 テンション高めのその答えに、ナヨは少し戸惑いながらも了承する。それでもナヨは何か出来ない事はないかと考え、自分が月から乗ってきた宇宙船を売り払う事を提案する。

 お爺さんにとっては光り輝く竹――『救命脱出艇ナヨタケ号』は娘との出会いの品ではあるが、ナヨにとっては壊れた宇宙船に過ぎない。

 宇宙を飛べない宇宙船なぞ、空を飛べないただの豚に過ぎず、だったら自分の生活を見てくれる二人の為にと、ナヨタケ号を分解する事をを決意する。

 

 こうして分解されたナヨタケ号は数多くのパーツに分けられ、その一部は質の良い鉄として売られたり、様々な箇所に埋め込まれている鉱石などは、一種の宝飾品として加工される事になった。


 この様にナヨは翻訳機の調子が悪いながらも、『さぬき』夫婦との穏やかな日常を過ごしていく。父親に無理やりお見合いを勧められ、それも上手くいかず、それでも父であるタベントは機会があればナヨに男性を紹介してくる。

 そんな生活に精神を摩耗しきっていたナヨからすれば、ここでの生活はまさに天国だ。お爺さんとお婆さんの生活も、売り払ったナヨタケ号のおかけで豊かになっている。

 少なくとも老夫婦が亡くなるまで――あと200年程度なら今の生活を続けられる蓄えも出来ていた。

 

 こうしてナヨ・タケノカグヤが順風満帆の生活を過ごし始めて3か月。ナヨの体も、今では元の大きさに戻っており、地球人類から見ても14、5歳くらいの娘に見え始めた。


 ナヨは長い黒髪を先の方で纏め、雪のような白い肌が彼女をより艶やかに見せる。背も既にお爺さんやお婆さんと同じくらいになっており、手足は竹のようにスラリと伸び嫋やかだ。老夫婦の二人から見れば、ナヨはどこからどう見ても立派な女性にしか見えない。

 そうして成長したように見えるナヨに、老夫婦の二人は髪結いの儀式――成人式のようなものを行う事をナヨに提案する。その事をお爺さんとお婆さんから告げられたナヨは、至極照れた表情を浮かべながら、しどろもどになって答えた。


 「お、お、大人ですか? お爺さん、ナヨは……私は大人に見えますか?」

 「うむ、とってもとっても綺麗だYO! 立派な立派な大人だYO! 誰が何処からどう見ても! 立派で綺麗な女性だYO!」

 「はわわわ、そ、そうですか?」


 お爺さんが満面な笑顔でべた褒めする姿に、ナヨは少し照れ臭そうだ。お婆さんはそんな自分の連れ添いの態度に呆れながらも、納得の表情をする。そしてこんな老夫婦の様子は、ナヨにとっても救いであり不思議と心が温かくなる。

 

 何故ならナヨは元々月でのお見合い話が悉く破断になり、この地球に降りて来た。もちろんその元凶はナヨの実の父親――タベントがナヨの心情を理解せずお節介を行った結果だ。

 彼女はお見合い話が駄目になった事で彼女の自尊心は傷つき、一人の女性としての自信をこの地球に来るまで失っていたのである。

 もし当時のナヨの心境を表すならば『私は少女の姿のまま行かず後家の様になるんだ!』――である。まさにその言葉通り、矛盾した非常に混沌とした状態であった。

 

 「うふふふ。有難うございます、お爺さん。ナヨは……私は、とっても嬉しいです」


 それが父元を離れ、職場を無断欠勤し、今こうして救いの言葉を得られたのである。ナヨはお爺さんとお婆さんが住むこの地球で、ずっと暮らすのも良いかな――と考えるのに、然程時間は掛からなかったのである。

 

 そんなナヨの想いとは別に『さぬきの老夫婦』は、天から授かった愛娘がスクスクと育つ姿を見るだけで幸せだった。娘の為に老夫婦の二人は髪結いの儀式をすぐさま手配し、更には高価な服である『裳』と呼ばれる衣装も用意する。

 そうして用意された『裳』を着込み、髪結いの儀式の準備を整えたナヨの姿はまさに天女の様だ。これには流石のお爺さんとお婆さんもビックリで、まるで家の中が光で満ちている様に感じてしまう。


 「お爺さん、お婆さん、どうですか? お二人が贈ってくださったこの衣装――似合っているでしょうか?」


 そう言って、はにかみながら笑うナヨの姿は、この地上のものとは思えない程の美しさになる。すらりと降ろされた長い髪。雪の様な白く輝く肌。艶やかに紅く染められた衣装。それらが合わさり頬を僅かに赤らめている愛娘。『さぬき』の老爺は、後に――こう語る。


 「あの子の輝く様な笑顔は、まさに天女のようであった」


 拾ったばかりの頃は、燃え盛る竈のように泣き叫んでいた。


 「夜空の様な黒い眼の中には月の如く煌めきがあり、同じ色に染まった髪が、葉擦れの音を鳴らすようにサラサラと流れてゆく」


 その一日ごとに育つ姿は、まるで昔に授かる筈だった、我が子の成長を見ている様であり。 


 「わしはこの子の姿を眺めているだけで、辛い事も苦しい事も、不思議と忘れる事が出来るのだ」


 あぁ。これが親の喜びなのだと、この子がいつも教えてくれる。


 「だからワシは……ワシらは、この子を授けてくれた天に願うのだ。ここに来てくれたこの子が……わしら夫婦のもとへと来てくれたこの子が、どうか、どうか――」

 

 ――ここへ来た事を後悔などしませんように、と心の中で今も願っている。


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