第十七話 ナヨ・タケノカグヤ4
月から飛来した宇宙人――ナヨ・タケノカグヤが、地球に住む『さぬき』夫婦のもとに来てから半年が過ぎた。
ナヨはこの星における成人の儀式、髪結いの儀式を済ませており、地上では立派に成長した大人の女性となっている。そんな彼女の今の生活を一言で表すならば、それは良家の『お姫様』と言えよう。
ナヨが月から乗ってきた『救命脱出艇ナヨタケ号』の部品を売り払ったおかげで、自分の面倒を見てくれる老夫婦の生活は一変に潤い出した。
日々の食生活は豊かになり、普段着ている服装も高価な生地で出来ている。だがその影響を一番受けたのは、彼女ら『さぬき』家族の住んでいる家であろう。
それは以前の掘立小屋のようなボロ屋ではなく、綺麗な白い漆喰の壁で出来た大きな屋敷だ。しかもその屋敷を囲むように塀が張り巡らせてあり、大人の背丈の二倍以上の高さがあって、生半可な男たちではとても乗り越える事が出来はなしない。
更に屋敷の入り口である門は、大きく硬い丈夫な物が備え付けられている。これでは普通の人間が束になっても、力づくでは開ける事は無理だろう。
だがそんな完璧なセキュリティーを携えた屋敷には――通称『さぬき御殿』と呼ばれた建物に、今では甘い食べ物に群がる蟻のように、様々な男が訪れている。
「ブヒー! 俺たちのお姫様は何処にいる!?」
「あっちだ、あっち! 今日は赤い衣を着てマジ萌える!」
「マジか!? ナヨ様! こっち見てくれ~!」
などなどアホことを叫びつつ、協力しながら塀の上に登ろうとする男衆。それとは別に何とか門の隙間から、少しでも屋敷の中を覗こうとする馬鹿者たち。そして最後に諦め悪く、山の高い場所からなら眺める事は出来ないかと群がる男たち。
とにかく各々で取る方法は全く違うが、その目的は一緒であり、とある噂を聞きつけてやって来てた。それはこの『さぬき御殿』に住んでいるお姫様――ナヨタケノ・カグヤ姫を一目だけでも目に収めようと集まっていた。
ナヨ・タケノカグヤが髪結いの儀式を終えてから三か月。その地上の者とは思えぬ美しさは、つい先日行った成人の儀式と、新たに行った命名の儀式により広まった。
それは最初、人の口から口に伝えられる小さな噂に過ぎなかった。だが実際ナヨの姿を見た男たちは、その美しさに一目で虜になり『その姿は夜に輝く月の様に美しかった』と口々に吹聴する。
そしてその噂を聞いた男どもは『なら試しに、その姫を見てやろう』と意気込みやって来れば、そこに居るのは本当に天女のような美しい姫君だ。
そうなれば後は自然にナヨの――カグヤの噂が噂を呼び、貴賤を問わず男たちの憧れの的として、燦然と世に広まってしまうのだった。
「うーん……困ったわ。本当にどうしようかな?」
そんな人生初めてのモテ期となったナヨではあるが、今はそれとは別に悩みがある。もちろんそれは外に群がっている男どもの事ではなく、老夫婦と一緒に暮らす上での切実な悩みだ。
彼ら男どもはナヨを一目でも見ようと集まってはいるが、この屋敷に住んでいるナヨを本当のお姫様として扱っている。
それ故に男どもはその足りない頭でも、決してナヨが本当に嫌がることは滅多にしない。例え塀の上に登ろうとも、門の隙間から屋敷を覗こうとも、基本的には人畜無害の存在である。
彼らも普段は仕事があり、一日中こうして騒いでいる訳でもない。昼間になれば田畑を耕し、夜になれば各々の家に帰って床に着く。しかし問題なのは、そうではない一部の男たちだ。
「お付き合いの申し込みは嬉しいけど、昼夜問わずの訪問は迷惑だから止めて欲しいなぁ」
ここに来る大抵の男たちは地元や近所の男たちで、昔から老夫婦の知り合いでもある。だがナヨに真剣に嫁入りを望んでいる人物たちは、大きな富や権力を持つ豪族、もしくはそれらを従える諸王もいる。
そしてそんな人物たちは、自らがこのさぬき御殿に訪れる事はなく、殆どが使いとして代わりに使者を寄こすのだ。
「そうだNE! 使者の方々は主人の命令もあって一生懸命DA! 昼DEMO夜DEMO、ナヨの名前を呼びまくりだYO!」
「そうですNE、お爺SAN。夜に門をDONDON叩くのは勘弁して欲しいですNE」
ナヨが何となく溢した愚痴に、お爺さんとお婆さんも困り顔になって頷く。お爺さんは眉間に皺を寄せ腕を組み、お婆さんは片手を頬に当てながら苦笑いだ。そんな二人を見たナヨは、何故か心の奥が温かくなり、ホッとした気持ちになって二人に言った。
「そうだね。昼でも夜でも、使者の人たちがたくさん来て『カグヤ姫は居らんか!? カグヤ姫に一目だけでもお目通りを!』……だもん。私の名前が呼ばれまくって、いっぱいいっぱいな気持ちだよ」
「そうだな。夜でもナヨの名前を呼ばれて、IPPAI、IPPAI、DA!」
「うふふ。そうだね、お爺さん。夜にも名前を呼ばれて、いっぱいっぱい――略すと『ヨバイ』とか……かなぁ?」
どうしようもないアホな会話が繰り広げられるが、ナヨと老夫婦の二人は楽しそうだ。そんな家族三人が住んでいる彼女たちの屋敷の周囲には、無害ではあるが傍迷惑な男たち。
ナヨは豪族や諸王からも結婚を迫られつつも、以前のような圧迫感を受けることは無い。ナヨを含めた家族となった三人は、こんな日々は大変だと嘯きながら笑顔で暮らす。
こうして幾何かの日々が過ぎ、とうとう豪族や諸王が使者ではなく、ナヨに結婚を申し込む為に直接訪れる猛者が現れた。
ちなみにこの時の出来事。カグヤに昼夜を問わず結婚を申し込む事が風習となり、後の日本のにおける夜這いの原型になったとか、ならなかったとか――色々言われる様になるのであった。




