【皐月賞②】皐月の因縁、青葉の再戦
1週間前——2026年4月19日、第86回皐月賞(G1)。
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中山11R 確定
③マイティタックル 1/4
⑯ニルヴァーナ アタマ
①マジックキングダム クビ
⑭チェルシーキッド 1
⑧タグタグウマッコ ハナ
芝
良 タイム 1:58:1
ダート 4F 47.8
良 3F 34.1
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戒告:③マイティタックル 小森賢雄騎手
最後の直線コースにて斜行(被害馬:⑧タグタグウマッコ)
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《えー……放送席、放送席!!勝利ジョッキーインタビューです!!激戦を制し牡馬クラシック1冠目を勝ち取りましたマイティタックル号、鞍上は今週もこの一族、小森賢雄ジョッキー(28)です。おめでとうございます!!》
《ハイ、ありがとうございます》
《先週はお兄さんの小森優一ジョッキー(38)が、ドンナモンジャイ号と桜花賞を制しました。そして今週は弟の賢雄ジョッキーが皐月賞を勝ち、同一年のクラシックを兄弟で制覇され……これは史上3組目の偉業ということですが、何か感じるものなどありましたか》
《そうですね。記録はあくまで人間側の自己満足なので。まずはしっかり勝ちきってくれた彼に感謝したいと思いますね。立派な馬です》
《道中人気馬が団子状態で争う中、決してベストな位置にはつけられなかったかと思いますが……改めまして今日のレースプランなどお聞かせください》
《ハイ。元々スタートは得意な方で、去年のホープフルステークスでも早めに仕掛けて押しきる形がこの馬に合っている印象があったので。2歳の時より馬体は成長してますし、多少ポジションに困っても強気にいく方が良い結果になると信じて乗りました》
《その言葉の通り、4コーナー過ぎてから力強い競馬で進路を切り開きましたね》
《正直あそこは、彼の能力の高さと気性の難しさが同時に出た気がしました。まあ返し馬の時点でちょっとうるさい感じはあったんですが、それはいつものことなので気にしませんでした》
《非常に強気で落ち着いたコメント(笑)、ありがとうございます。さてクラシック戦線はまだ始まったばかりですが……まだ成長途中の若馬とコンビを組むうえで、何か意識されていることなどありますか》
《ダメなことはダメときっちり教えることですね。しつけじゃないですけど、今の時期に騎手と馬の関係をはっきりさせておかないと。これを言うのはアレですけど、子供と動物には飴と鞭が一番早いですから》
《これからの活躍にさらに期待がかかるマイティタックル号です。ありがとうございました、小森賢雄ジョッキーでした》
《ハイ、どうも》
◆◆◆
口取りと取材を終えて調整ルームに戻ると、そこには兄が立っていた。いつものゆるい顔——よく競馬ファンのスレで(´ω`)と表現される顔が今日は険しくなっている。(´ω`)が(`ω´)に変わっていた。
「なあ。賢雄、さっきの斜行はあかんやろ」
「何のことかな。早く帰りたいんだよ」
「こんなこと言いたないけどな、ネットでむっちゃ叩かれてんで。ジジグに謝ったんか?」
「謝るかよ。あれくらいの進路取りはみんなしてる。相手がたまたま小さかったから審議になっただけだ」
「あ、何やコラ……」
兄の声を背に、逃げるように賢雄は便所に入る。鏡には、兄と正反対の凛々しい——いや、"悪人顔"が映っていた。
(謝ったらこっちの非を認めたことになるだろ)
(つか、非なんかねぇわ)
(あの程度でワーワー騒ぐやつには、本気のタックルってのがどんなものか教えてやりてぇよ)
◆◆◆
忘れもしない3年前、2023年。
兄の優一は、新馬戦からコンビを組んできた栗毛の牝馬にG1を獲らせようと燃えていた。グラスホッパーという名前で、マイティタックルの半姉にあたる。
グラスホッパーは2歳時から頭角を現していたが、運の悪いことに同世代に三冠牝馬がいたため春のクラシックは無冠に終わる。その後夏の札幌記念(G2)を3歳で制すると、秋華賞を蹴って大本命・天皇賞秋に目標を定めた。
ところがそのレース中に、イレ込んで大斜行した馬から強烈なタックルを受けて優一は落馬した。グラスホッパーに故障はなかったが、兄は肩の骨と大腿骨を折る大怪我をして救急車で運ばれていったのだ。
その大斜行した馬に乗っていた騎手こそ、当時2年目でG1初騎乗のジジグだった。しかしファンの疑いの目は、彼ではなく隣を走っていた賢雄に向けられたのである。1週前の菊花賞でたまたま兄弟が口論になったことを理由に、元々ストイックで誤解を生みやすかった賢雄は標的にされた。
ジジグに悪意があったわけではない。騎乗していた馬はひどく興奮していたし、あれを2年目に宥めろと言う方がどうかしている。当時のジョッキーカメラには接触寸前の「危ない!!」という声も残っていた。
結局あの後、兄は折れた骨をボルトで繋ぐ大手術を経て復活する。そして翌年の大阪杯をレコードで制し、翌々年の大阪杯も勝って史上初の連覇を果たした。大欅の向こう側で起きた悲劇は、いつの間にか美談に変わっていたのだ。
しかしこの一件で、賢雄にとって観客は敵に変わった。偉そうに予想しては好き勝手を言い、馬券が当たれば神様扱い、外せば「降りろ」だの「辞めろ」だの……何より自分だけでなく馬をけなす奴が賢雄は許せなかった。
◆◆◆
物議をかもした皐月賞から1週間経ち、今週4月25日(土)のメインレースはダービートライアルの青葉賞(G2)だった。賢雄の騎乗馬・ダグラスファイターは単勝2.6倍の1番人気を背負っている。
(あれだけボロクソに言っといて、結局俺を買うのか)
(言いたいことだけ言って気楽なもんだな……)
"賭ける側"は責任がない。こちらの事情など考えずに、偉そうに"あの騎乗はクソ"だの、"もう鞭置け"だの……勝って"ありがとう"と言われたところで、次の週には手のひら返しである。
(テメーは500キロの動物を動かしたことがあんのか?)
(車並みの速さで走る生き物に、数分間も生身で乗れんのかって話だよ)
地下馬道から本馬場に入ったタイミングでちらりとスタンドを見る。何千もの目がこちらを見ていた。しかし観客から賢雄の目は見えない。怒りの混じった鋭い目付きは、黒いゴーグルの奥に隠れている。
届くはずのない怒りをぶつけても仕方がない。賢雄は冷静になり、返し馬に向かった。
◆◆◆
《散りゆく桜に代わるように、緑豊かな青葉の季節がやってまいりました。東京競馬場、本日のメインレースは第33回テレビ東京杯青葉賞(G2)。芝左回り2400m・コンディションは稍重、今年は14頭で争われます。実況は私三角、解説は元JRA騎手で現在は解説者の円山周二さんにお越しいただいています。よろしくお願いいたします》
《ハイ、よろしくお願いします》
《昨年度から開催が1週早められたこの青葉賞になりますが……円山さんいかがでしょう?この1週間がダービーに大きく影響しますでしょうか》
《うーむ、時期を前倒ししただけで何か変わるかというと難しいですよね。出る馬のレベルは皐月賞に劣りますし、東京2400を短期間で2回も走ること自体が若駒には相当な負担ですから》
《おや。我々としてはジンクスを打ち破る馬が出てこないかと期待もしてしまうんですが……やはりダービーは一筋縄ではいかないようです。さて円山さんにはここで人気馬の返し馬をチェックしていただきましょう》
《1番人気の⑧ダグラスファイターはかなり状態いいですね。弥生賞で心房細動(不整脈の一種。急激に失速する)を起こしてレースを中止しましたが、すぐ回復したそうですし。ただこの馬の場合、ここを勝っても本番で誰が乗るかって言うのが気になるかなぁ》
《確かに鞍上の小森賢雄騎手には、皐月賞馬のマイティタックルがいますからね》
《そうなんですよ。……えー、2番人気の①コミックマーシャルはちょっとチャカついてるかな。パドックではそうでもなかったんですが、こりゃ地下馬道でテンション上げちゃったパターンですかね。3番人気の⑬クロノドラクロワは、だいぶトモ(臀部)が張ってきました。東京は昨年秋に走って8着でしたけど、相手が桜花賞馬と皐月賞馬だったので。左回りは得意ですし、返し馬でもリラックスしてますね。単勝9倍ってこれ、結構美味しいんじゃないですか》
《あ、あの。夢馬券のお時間はね……(笑)》
《今言うなって話ですか?いやぁ、まだ間に合うでしょ》
◆◆◆
《——スタートしました!!》
ゲートが開くと同時に、ダグラスファイターは飛び出した。重賞未勝利とはいえ、リステッドを勝った実力は他馬と明らかに違う。スタンド前の歓声にも動じず、レースに集中できている。その度胸は皐月賞馬と比べても遜色無かった。
何せ弥生賞に出ていた——つまり"皐月賞に間に合っていた"馬だ。新馬戦や未勝利戦を勝っただけの1勝馬たちに負けるわけにはいかない。ダービー本番で自分が乗ることは無いが、夢舞台に必ず送り込まなければならない馬と確信していた。
最初のコーナーを曲がると、賢雄は少しずつ位置を上げ、5~6番手に付けた。他馬の妨害をしないよう、いつもより慎重に指示を出す。
ダグラスファイターは驚くことに、鞍上の細かい指示に正確に応えた。マイティタックルのような爆発的な脚は無いが、3歳春にしてここまで競馬を理解している馬は少ない。調教の飲み込みも早く反応が良いため、賢雄は追い切りにも付きっきりで参加していた。
("乗りたくなる"馬だ)
(体が1つしかないのが残念だな)
その時、左斜め後ろからじわりと上がってくる馬がいた。黒くて大柄な馬——昨年11月に百日草特別(1勝クラス)で戦った⑬クロノドラクロワだった。
ドラクロワは半年前のように、ムキになって先頭の馬に競りかけるようなことはしなかった。自分のペースを守り、馬群の隙間を上手く縫って着実に位置を上げている。位置取り名人の柚木慎平のおかげでもあるが、明らかに馬の動きが良かった。
噂によると、あまりにも右回りが下手なので開き直って左回り専用機にする作戦に切り替えたらしい。確かに2月の共同通信杯(東京/芝左1800)では5着と好走したのに、3月の弥生賞(中山/芝右2000)ではコーナーで大きく外にドリフトして特大のロスをかまし、シンガリ負けしていた。あそこまで極端な馬もなかなかいない。
今日の舞台はドラクロワの得意な左回りだ。ダグラスファイターが勝つには、あちらの末脚を不発に終わらせる必要がある。マイティタックルならそんなことをしなくても勝つ自信があるが、ダグラスに関しては正直怪しいところだった。実績ではドラクロワに勝るが、コース適性では分が悪い……
府中の大欅の向こう側を駆け抜けて、馬群は4コーナーから525mの直線に入った。
そのタイミングで、賢雄は進路を僅かに左に取った。斜め後ろにいるドラクロワの進路を塞ぎ、馬群から抜け出すのを阻止する——「蓋をする」という戦術である。これなら斜行と違って妨害にはならない。
だが次の瞬間、とてつもなく硬いものに当たった衝撃が賢雄の体を駆け抜けた。ダグラスがバランスを崩し、自分の視界も激しく揺れたのがわかった。生き物ではなくトラックか何かにぶつかられたかのようだ。
ドラクロワはその巨体でダグラスファイターを押し退け、自力で進路を切り開いていた。青鹿毛の馬体が光っている。漆黒の蒸気機関車のようにうなりを上げ、線路——いや、直線をぐんぐん加速して進んでいくではないか。レールでも敷いてあるのかと思うほど真っ直ぐに走っていた。
しかしここで諦める男ではない。賢雄は何とか体勢を立て直すと、必死に鞭を振るった。
(頑張れ!!)
(相手はまだ最大速度に達していない——あと400mある。今なら間に合う!!)
ダグラスファイターは鞍上の気迫に応えるように、諦めずに頭を低く前に突き出した。そして残り100mで何とかドラクロワを捕らえると、クビ差だけ差して1着で入線する。
《勝ったのは⑧ダグラスファイター!!直線でややアクシデントがありましたが、やはり実績馬は強かった!!そして惜しくも2着は⑬クロノドラクロワ、得意の東京で力強い末脚を披露!!見事生涯一度の夢舞台への切符を掴み取りました……》
◆◆◆
口取りを終えて、賢雄は便所に入った。鏡にはいつも通りの悪人顔が映っている。
しかし今日は、先週よりかは清々しい表情に見えた。ダグラスファイターとの競馬の魅力、本番で乗れないことへの悔い、そしてクロノドラクロワとの再戦、半年前とは密度が違う力強い走り……
既にこの男は、1ヶ月後の頂上決戦が待ちきれなくなっていた。
兄弟騎手で同一年にクラシックを制覇した例はいくつかあります。
●13'桜花賞(アユサン/C.デムーロ)
●13'皐月賞(ロゴタイプ/M.デムーロ)
●13'日本ダービー(キズナ/武豊)
●13'オークス(メイショウマンボ/武幸四郎)
デムーロ兄弟といい武兄弟といい凄すぎ笑
2013年はどんだけ記録尽くしのクラシックだったのでしょう……




