【皐月賞①】もう少し長ければ
更新が遅くなり申し訳ございません。
次回は4/18~4/19頃を予定しています。
桜花賞はスター"アニス"が勝ちましたね!!
自分の誕生日でワイドを買ったら、見事に的中しました。しかし来週の皐月賞がほんとにわかりません。何を買っても確信が持てない……
26世代におけるクラシックの幕開けは、牡牝ともに穏やかではなかった。
1週間前の桜花賞は、怪物牝馬ドンナモンジャイがコースレコードで制した。しかし入線後に右前肢の裂蹄が判明し、そのまま馬運車に乗り込み口取りは行われず。そして今日——牡馬クラシック初戦の皐月賞では、レコードの赤い文字ではなく【審議】のランプが青く光っていた。
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中山11R 審議
③マイティタックル 1/4
⑯ニルヴァーナ アタマ
①マジックキングダム クビ
⑭チェルシーキッド 1
⑧タグタグウマッコ ハナ
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◆◆◆
「どうしてですか!!」
告げられた裁決に納得がいかないのか、その小柄な若い男は力一杯拳を机に叩きつけた。周りの人間が制するも、全く怒りは治まらない。
「パトロールビデオにも映ってるでしょう。ほらここ、明らかに3番が8番を押し退けて進路を取ってるじゃないですか!!それがどうして過怠金だけなんです。降着ですよ、こんなの」
男の骨ばった指は、画面の中で競り合う2頭の馬をしつこくなぞっている。牝馬かと思うほど小さな鹿毛の馬が、大柄な栗毛の馬と接触して明らかにバランスを崩していた。あわや落馬かと思うほどだが、すぐに小さな馬の方は体勢を立て直し、5着で入線する。そこで男は動画を一旦止めた。
パイプ椅子に深く座り直すと、裁決委員をじっとりと睨み付ける。野性味溢れる浅黒い肌に埋もれた目が、きらりと光っていた。
「俺は納得してませんからね。こんなタックル野郎の皐月賞馬がいてたまるもんですか——何時間でも居座ってやりますよ。裁決をやり直すまでねぇぇ」
あまりの執念深さと強情ぶりに、裁決委員は忌々しそうに息を吐いた。前々から扱いに困る男だとは思っていたが、ここまでとは。若いくせに斜に構えたところが鼻につく。
「"ソンタク"ですか。え?"ソンタク"」
最近覚えた日本語を嫌みったらしく使うところも気に入らない。声だけ聞いたら日本人かと思うほどの流暢な話しぶり。だが顔を上げると、日本の血とは全く違う目鼻立ちがこちらをじっと睨んでいる。より野性的で、より強く本能的な顔……
(ハングリー精神の塊だな)
それは日本人には無い彼の強みだった。力士を志した兄と一緒に15歳で来日。兄と違い小柄だったため騎手を志し、全くわからなかった日本語を必死に覚え、何とか競馬学校の試験を突破した。そこから一気に力をつけ、20代半ばながら既に700勝をあげている。
「桜花賞は、小森兄弟の兄——小森優一が勝ちました。今日の皐月賞を弟の小森賢雄が勝ったことにしたのは、明らかに"ソンタク"でしょ」
なおも目の前の小さなモンゴル人——ジジグは詰め寄る。決して折れない。引かない。実兄で現役力士の小結・三春駒の粘り腰と通じるものがあった。
「あのな、確かにマイティタックルはお前の馬にぶつかってたよ。それは俺たちも認める」
「じゃー、やり直し。審議やり直し!!」
「バカ、最後まで聞けってんだ。確かにぶつかってたけどすぐ体勢を立て直しただろ。それに接触自体はそこまでひどくなかったぞ」
「むぅ……?」
「タグタグウマッコはひどく小柄だからバランスを崩したが、普通の馬なら大して影響はない。"特殊な個体"の都合で降着扱いにすることはできない」
次の瞬間、机は勢いよくひっくり返った。
◆◆◆
翌週——2026年4月25日(土)。
4日間の騎乗停止を食らったジジグは、"賭ける側"として東京競馬場に足を運んでいた。といっても、自分はジョッキーなので馬券を買えない。地方競馬なら騎乗予定が無い日に限り馬券を購入可能だが、中央競馬ではどうあがいても買えないのだ。
メインレースは青葉賞(G2/東京芝2400m)だった。ダービーと全く同じコース・同じ距離で行われるにも関わらず、過去1度もダービー馬が出ていないジンクスを持つ。しかし昨年から開催時期が1週繰り上げられ、以前より余裕を持ってダービーに挑めるようになった。長きにわたるジンクスが破られる日も近いのかもしれない。
馬券購入も予想もできないため、ジジグは焼き鳥屋で買った串を片手にのんびりパドックを眺めていた。いつも"賭けられる側"にいるだけに、どこか変な気分である。こんなにゆったりしていていいのだろうか、馬主や調教師に挨拶をしなくては、勝負服を着替えなくては……する必要も無いことが頭を駆け巡って仕方がない。
(もう。うるさいね、アタマ)
そう心で呟くと、コツンと自分の頭を叩く。
相棒のタグタグウマッコは、順調ならダービーに出走する予定だ。年明けにきさらぎ賞を勝って賞金は足りているし、皐月賞で5着に入ったので優先出走権も取れた。余程のことがない限り夢舞台に立てるだろう。あとは、自分が余計にやらかして相棒に乗れなくなるのを避けるだけ……
(中山の直線は短いね)
(あともう少し長ければ……差し返せたかも)
ウマッコは小柄な馬だ。男馬で明け3歳になったというのに体重は420キロ程度しかない。これでも増えた方である。馬体はすらりとした胴長体型で、力強さとは無縁の"その他大勢"にしか見えない。
しかし父シルポート、母チェイスタグ、そして母父Silent Chaserと一族はみな"逃げ馬"だった。この馬の中には、無尽蔵のスタミナと世代屈指のテンの速さが宿っていたのだ。
ジジグもウマッコに思い入れがあった。故郷のモンゴルの馬はサラブレッドと違って小さい。しかしそんな体で長距離を走ることができる。その秘密は「側対歩」と呼ばれる、同じ側の脚(例えば右前脚と右後ろ脚)を同時に出す特殊な走り方にあった。疲労が少なく長い距離を走るのに適した走法である。
ウマッコは小柄でタフで、どこか故郷の馬たちに似ている。新馬戦からコンビを組むと、逃げ一辺倒でここまで勝ち上がってきた。大逃げを打って他馬を引き離すと、まるでモンゴルの大草原を二人きりで駆けているような爽快な気分になる。一瞬だけ、遠い遠い故郷と繋がれる。ジジグはそんな時間が何より好きだった。
「止まーれー」
係員の声で、ジジグはふと我に返る。いつの間にかレースまであと20分を切っていた。焼き鳥のごみを手早く処理して立ち上がると、1頭の黒い馬が目に入った。
(……あ)
(クロノドラクロワね)
半年前の11月、百日草特別(2歳1勝クラス)で戦った馬だ。それはもうよく覚えている。
なぜならわざと刺激して競りかけさせたからだ。大柄なドラクロワを小柄なウマッコのすぐ後ろで走らせることで、遠近法でウマッコがはるか遠くにいるように見せた。後続馬たちは先頭のウマッコがハイペースで飛ばしていると勘違いし、仕掛けるタイミングを見誤った。
もっとも小細工が通じなかった馬もいたが。後の桜花賞馬・ドンナモンジャイと、にっくき皐月賞馬・マイティタックル……小森兄弟が操る2頭にかわされ、ウマッコは3着に敗れた。ドラクロワは競りかけて体力を消耗したのか、直線で伸びを欠いて8着だった気がする。
(あの時はゴメンね)
(今日は応援してあげる)
ジジグはさっきよりも軽い足どりでパドックを後にした。
マイティタックル(Mighty Tackle)
2023年生 牡3 栗毛
父:ライジングマイティ
母:パンチホッパー
母父:ライジングホッパー
生産牧場:下坂部牧場(新ひだか町)
馬主:ヒデンレーシング
勝負服:黄、黒V字襷、白袖赤一本輪
戦績:5戦3勝(3-1-0-1)
主な勝ち鞍:25'ホープフルステークス(G1)
26'皐月賞(G1)
タグタグウマッコ(Tag Tag Umacco)
2023年生 牡3 鹿毛
父:シルポート
母:チェイスタグ
母父:Silent Chaser
生産牧場:鈴鳴牧場(新冠町)
馬主:有限会社ニシゾノスポーツ
勝負服:水色、赤星散、赤袖
戦績:7戦2勝(2-0-3-2)
主な勝ち鞍:26'きさらぎ賞(G3)




