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直線659  作者: 伊野部俊
5R【"妹"、戦う】
55/61

【桜花賞②】銀メダルコンビ

お待たせして大変申し訳ありません。

次回は4/14頃を予定しています。


明日の桜花賞は何を買えば良いか悩んでいます




2026年4月12日(日)、阪神競馬場。

今日は牝馬クラシック第1弾、第86回桜花賞(G1)。前哨戦のチューリップ賞(G2)で無敗の女傑に思わぬ土が付き、一強かと思われていた牝馬戦線が一気に盛りあがりを見せていた。


⑬ドンナモンジャイ  2.8

⑥スターフィーユ   3.1

⑩インディゴラシーン 4.5

②キャノピーランド  5.9 

 

有力馬の相次ぐ故障こそあったものの、牡馬を蹴散らしてきた怪物牝馬ドンナモンジャイを筆頭に、骨膜炎から復帰した阪神JF覇者のインディゴラシーン、チューリップ賞で一強ムードを打破したスターフィーユ、フィリーズレビュー(G2)をレコードで制したキャノピーランドと、ここに来て急に役者が揃ってきたのだ。



◆◆◆


《仁川に咲き誇る満開の桜並木が、乙女たちの生涯一度の春を祝福しています。阪神競馬場、本日のメインレースは第86回桜花賞(G1)。芝外回り1600m、コンディションは良。実況は私三角(みすみ)、解説は元JRA騎手で2007年にレッドファントム号と桜花賞を制されました、円山周二(まるやましゅうじ)さんにお越しいただいています。円山さん、前回のチューリップ賞に続きよろしくお願いいたします》


《よろしくお願いします。さて三角アナ……1ヶ月前とは大分お客さんの熱が違うようですが、いよいよ面白くなってきたという空気がこちらまで伝わってきますよねぇ》


《ええ、円山さんの仰る通り3月までは完全にドンナモンジャイで決まりだろうという雰囲気だったのですが……この1ヶ月で次々新星が登場しました。まず何と言ってもトライアルのチューリップ賞でドンナモンジャイを破ったスターフィーユですよね》


《この馬はやはり外せませんね。馬体重は430キロ台と軽めなんですが、とにかく器用で安定した走りが魅力です。重賞で惜敗が続いていた印象がありましたけど、前走で初の重賞制覇。阪神の千六は3回目ですし、これはもう買わない理由がありません》


《おや、円山さん早くも夢馬券のお時間ですか?》


《あー、違います違います。それは後でゆ~っくりと話させてもらいますよ。で、次は……同じくトライアル勝ち馬でレコードを出したキャノピーランドですか》


《はい。このキャノピーランドですが、昨年キャリア3戦で朝日杯フューチュリティSを勝ったマジックキングダムと同じMagic The Gathering産駒ということで……初年度産駒が早くも大活躍しております。こちらについては円山さん、どうお考えで?》


《日本の高速馬場にきっちり対応できる産駒を出しているのはすごくポイント高いですね。米国血統のスピードと早熟性が非常に強く出ています。現時点では中距離よりマイルな印象がありますけど、産駒がクラシックでも活躍すればさらに評価は上がりますよ》


《なるほど、親子ともに今後が楽しみな血統ということですね。さてお次は軽度の骨膜炎から復帰を果たしました、阪神JF勝ち馬のインディゴラシーンについて一言……》



◆◆◆


乙女たちの戦いの数時間前——第4レース、3歳未勝利。

黒木牧場の初代牧場長・御年八十の黒木勇は、一般客に交じって独りパドックから若駒たちを眺めていた。


時折何か考え込むように首をひねる。だが真剣に予想をしているわけではなく、久しぶりに着るスーツのせいでどうも体が窮屈なのだ。特にYシャツの襟が苦しい。糊を付けすぎたか……


すっかり皺の刻まれた指で襟をいじりながら、勇はぼんやりと目の前を周回する若駒に目を向ける。


(あいつ——ジョージは、いつも早めに来ていた)

(早く来て、自分以外の所有馬も沢山見ていた……)


クロノレーシングの創始者、日系アメリカ人のジョージ・ブラック。彼はいつも自分の馬が出るレースの前から競馬場に入り浸り、パドックで目を輝かせていた。どの馬が勝っても称賛し、悔しがることはあっても決して他馬を罵ることは無かった。勝負と言うより社交の場として競馬を捉えていたのだろう。


彼が生きていた頃は、まだクロノレーシングは大きなレース——重賞を勝てていなかった。当時の生産馬たちは、勇が今目の前で見ているような条件戦を主戦場としていたものだ。それが今や、G2やG3はもちろんG1にもコンスタントに出走できるレベルに達している。もしジョージが生きていたら、どんな顔をしていたか……


ふっと亡き戦友の顔を思い浮かべる。40年近く経っても鮮明に覚えているが、その顔に皺は無かった。


「…………」

自分の手を見つめ、勇は静かにパドックを後にする。



◆◆◆


15時になってようやく勇は陣営と合流した。既に息子の(わたる)と孫の(とおる)は、調教師の栗林親子と何やら話し込んでいる。だがこちらに気づくと、渉は急かすように手を振った。


「あ、来た来た。もう、どこ行ってたんです?」

「前のレースを見てた」

「……そうですか」


息子はそれ以上聞かず、自分たちの所有馬をしきりに気にしていた。何と言ってもスターフィーユはチューリップ賞の結果が大いに評価され、オッズは単勝3.1倍の2番人気。1番人気こそ2.8倍のドンナモンジャイに譲っているが、十分対抗と言える数字である。体調も申し分ない。しばらく馬産から遠ざかっていた勇でも一目で良い馬とわかった。


勇は次に、栗林親子の横で静かに合図を待っている1人の騎手に目を向ける。


その男——柚木慎平(ゆのきしんぺい)。戦友が死んだ"あの日"に生まれ、お茶の家元から騎手になったという少々特異な経歴を持つ。勝負師にしては落ち着きすぎている気がするが、それがきっと驚異的な安定性の秘訣なのだろう。逆に言えば、ギラギラが足りない善戦マン……


「今度こそ、うちの馬で柚木がG1を獲るんです」

渉の声に力がこもる。

「阪神JFでは不利を受けて3着に敗れた。でも前走のチューリップ賞であのドンナモンジャイを破ってみせたでしょう。スターフィーユは必ずG1を勝てる馬なんですよ」


渉はそう言いきり、愛馬のパートナーこと万年銀メダル男に激を入れる。

「頼むぞ。お前はデビューからずっとうちの牧場の馬に乗ってきたんだ。フィーユのことだって、お前が一番わかってるだろ。あのドヤ顔の馬にだって勝ったんだから、自信を持って乗ってこい」


オーナーからの言葉に柚木は軽く頷いたが、どこか目の奥は揺れていた。それを勇は見逃さなかった。



◆◆◆


終わってみれば、スターフィーユはドンナモンジャイに2馬身離されての2着だった。


柚木は前走と同じ先行策を選択し、道中もロス無く競馬を進めていた。そして最後の直線で先頭に立ったものの、残り200mの急坂で小森優一騎乗の怪物牝馬に追い付かれ、上がり3F(ハロン)31.5秒の豪脚で無情にも差し切られた。1ヶ月前のように差し返す隙など全く与えられずに終わった。


検量室前で、スターフィーユは2着の場所に入る。柚木は馬から降りてゼッケンと鞍を外すと、真っ先に陣営の元へ頭を下げに行った。


「……すみませんでした」

「まぁ……気を落とすな。あっちも余裕をもって勝ったわけじゃない。上り坂であんな脚を使ったらただじゃ済まないはずさ。それだけお前たちが粘ったってことだよ」


渉は悔しさを押し殺して柚木を労う。ドンナモンジャイはレースを勝ったものの、入線後に歩様が少し乱れて馬運車に乗り込んでいた。1着馬が入る隣のスペースはぽっかりと空いている。


「柚木。今回に関しては相手が強かった」

いつもなら"あのレースは勝てたぞ"とダメ出しする康成までこう言うとなれば、陣営の目には大健闘したように見えたのだろう。


だが柚木は、馬の一番近くにいる者として真実を言わずにはいられなかった。


「こうなることは……実は薄々わかっていました。チューリップ賞でフィーユが勝てたのは、彼女がドンナモンジャイより優れていたからではないので」


渉の目が見開かれる。誠が「おい……」と顔をしかめて止めるも、柚木はこの際だからはっきり言ってしまおうと言葉を続けた。

 

「あの時、ドンナモンジャイは初めて阪神を走りました。それに負けたことがないから、多少なりともプレッシャーはあったでしょう。でもフィーユは既に阪神の千六を経験していたし、負けたことがあるから失うものはない。総合力では劣っていても、阪神1600mという舞台に限って言えば、あの時点ではフィーユの方が有利だったんです」


柚木の見立て通り、スターフィーユは敗者としての悔しさとコース経験を武器にして能力差を覆した。だが同時に、ドンナモンジャイに大きな勉強をさせるという痛恨のミスもおかしていた。


「チューリップ賞を使ったことで、ドンナモンジャイも阪神を経験しました。それに負ける悔しさを知って打たれ強くなった。今日のレースでは、素質でも技術でも付け入る隙は無くなっていたんです……負けるべくして、負けたんです」


苦い胸の内を吐き出しながら、柚木は1ヶ月前の優一の言葉を思い返す。"本番では負けへんよ"というあの一言、決して負け惜しみで言ったわけではなかろう。むしろ"ご苦労。本番は頂く"とでも聞こえてきそうな、確固たる自信に溢れていた。


そして今日、きっちり一冠目を獲った。2歳女王もトライアルの勝ち馬も相手にしない完璧な騎乗だった。


対して自分は、トライアルこそ勝って相棒を夢舞台に導いたものの本番ではまたも惜敗。周りから見ても、どちらが勝負師として優れているかは一目瞭然である。


馬と自分の力を信じ大舞台でバシッと決められる優一と、善戦マンで安定しているものの決め手に欠ける自分。負けても次に繋がる競馬ができる親友と、足りない馬を奇策で勝たせても、馬自体を成長させられない自分……


厩舎と牧場の縁で新馬戦からずっとコンビを組んできたが、本当にフィーユは自分で良いのだろうか?他の騎手、それこそ優一のような牝馬に強く勝負強い騎手と組めば、もっと活躍できるのではないか……


その場の重苦しい空気をとにかく動かそうと、誠が渉に話を切り出した。


「……牧場長。次走はオークスですよね?多分」

「あ……あぁ。距離を一気に伸ばすことになるけど、父馬がダービー馬だし血統的には問題ない。むしろ中距離の方が、今日みたいなスピード決戦よりフィーユには向いてる気がする」


「だってよ。慎平、今度は勝てよ」

「…………」

「ほら!!シャンとしろ、もう。お前がそんなんじゃ、フィーユも不安になるだろ」


黙りこくっている親友の背中をばしりと叩くと、誠は報道陣への対応を始めた。渉や徹も一旦その場を後にする。



◆◆◆


検量室前には、勇と柚木だけが残された。

「あの馬の背中はもう、お前のケツの形になってんだよ。乗るなら最後まで乗れ」


勇の言葉に、柚木は困ったように目を泳がせる。そのおろおろとした様子が気に入らず、勇は久しぶりにホースマンとしての矜持が目覚めた。


「いいか?俺の息子も栗林んとこのテキ(調教師のこと)も、あの馬にはお前を乗せるって決めてるんだ。それも相当な覚悟でな。ならお前に断る資格はない。それとも何だ、他にクラシックで乗り馬がいるってのか」

「あ、いや……そういうわけでは」

「なら、銀メダル同士最後まで付き合うことだな。途中で投げ出すやつにG1なんか獲れるか」


勇はそう吐き捨てると、かつてのようなスタスタ歩きで去っていった。


インディゴラシーン(Indigo Rasheen)

2023年生 牝3 青毛

父:インディチャンプ

母:ネオラシーン

母父:ネオユニヴァース

生産牧場:ノーザンファーム(安平町)

馬主:シズクレーシング

勝負服:水色、青玉絣、水色袖青一本輪

戦績:4戦3勝(3-0-1-0)



キャノピーランド(Canopy Land)

2023年生 牝3 黒鹿毛

父:Magic The Gathering

母:ニューホライゾン

母父:Grand Horizon

生産牧場:ノーザンファーム(安平町)

馬主:ベンテンドー

勝負服:赤、白ディスク、黒袖

戦績:5戦2勝(2-0-2-1)


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