【チューリップ賞①】乙女だけの戦い
《ジョッキーコレクション No.26》
小森優一
生年月日:1988年4月7日
出身地:京都府
血液型:O型
所属:栗東・小森良一厩舎
Q.一番好きなG1は何ですか?
A.桜花賞。大体毎年自分の誕生日だから
Q.ジョッキーをやっていてよかったことは?
A.たった数分で大きな夢を見せられること
Q.これだけは負けないと思うところは?
A.牝馬の扱いなら絶対に誰にも負けません
Q.忘れられないレースは?
A.2017年のオークス。9歳下の弟が先にG1を勝って、僕は2着。その日は悔しくて眠れませんでした……
Q.今後の目標は?
A.牝馬G1完全制覇(父の管理馬と!!)
◆◆◆
その馬に負けたものは、必ず強くなった。
新馬戦で下した相手。
2着——マジックキングダム。未勝利戦を圧勝の後、朝日杯フューチュリティステークス(G1)を優勝し、キャリア3戦で世代の頂点に。
百日草特別(1勝クラス)で負かした男馬たち。
2着——マイティタックル。その後ホープフルステークス(G1)を勝利。
3着——タグタグウマッコ。きさらぎ賞(G3)1着。
4着——パイクドール。京成杯(G3)1着。
ついでに8着——クロノドラクロワ。エリカ賞(1勝クラス)1着。
東スポ杯2歳ステークス(G2)で撃破した馬は——
2着、ニルヴァーナ。朝日杯2着、後に弥生賞(G2)1着。
負けた馬が活躍すれば、勝った馬の評価は上がる。
勝ち馬の価値を、敗者が証明してくれる。
驚くべきことは、この数々の優駿を負かしてきた馬が、女だということだ。牝馬特有のしなやかな筋肉に、母父譲りの強烈なバネと末脚。我先にと進路を取り合う牡馬にも怯まず、一瞬の隙間を見つけて軽やかに、悠々と抜け出す。
それでも2歳の頃は、牝馬の方が早熟なことを理由に、"牡馬混合でも恥はかかない"という評価に留まっていた。小学校の頃に男子を負かしていた少女も、いずれは彼らに追い抜かれ、はるか遠くに離される……そう、誰もが思っていた。
ところが明け3歳になっても勢いは止まらず、叩き1戦目の共同通信杯(G3)を5馬身差で快勝。今や、この怪物牝馬が果たして"どちらの"クラシック路線に進むのかという話題が、専ら競馬界を席巻していた。
◆◆◆
2026年2月、滋賀県・栗東トレーニングセンター。
「桜花賞を目指す予定です」
ドンナモンジャイの管理調教師・小森良一のその一言で、一体どれだけの人間が頭を抱えたことだろう。50%、いや100%当たるはずの予想が外れてしまったのだ。
群雄割拠の牡馬クラシック路線とは対照的に、有力馬の相次ぐ故障で全体的なレベルの低下が囁かれていた牝馬戦線。その中に、突如として劇薬が投じられた。
当然、記者からはこんな質問が挙がる。最前列に座っていた若い女性記者は、物怖じせずに切り込んでいった。
「これほどの馬です。失礼ながら、皐月賞というお考えは無かったのですか?」
それはその場にいた報道陣の誰もが思っていたことだった。過去3戦で負かしてきた男馬たちが、今や次々とクラシックに名乗りを上げている。にも関わらず、彼らと全く別の道を選んだ陣営の意図が到底理解できない。
いや、むしろ牝馬にとって3歳春の大本命は桜花賞にオークスである。本来なら「桜花賞に出す」という発言に何ら違和感は無いはずなのだ。
ところが、そんな生涯一度の晴れ舞台が物足りないと感じてしまうほど、この馬の走りは人々の心を掴んでいた。まして数々の女傑を輩出し、牝馬が牡馬を蹴散らす時代を切り開いてきた小森厩舎が王道の牝馬路線を選んだことに、会場からは少なからず落胆の声も上がっている。
——あんなに牡馬を負かしておいて自分は牝馬路線に行くのか?
——牝馬三冠という称号が欲しいだけだろう?
——勝ち逃げして、弱い者いじめをして何がいい?
小森良一は静かに息をつくと、目の前の若き乙女にゆっくりと言葉を返す。
「それはね、お嬢さん。この馬が牝馬だからです」
その柔らかくも有無を言わさぬ声は、部屋の空気をわずかに、だが確実に引き締めた。
「……近年、牝馬の活躍はめざましい。私が厩舎を開いた80年代の頃は、牝馬が牡馬に挑むには限界があると言われていた。それが今や、男馬に勝って初めて一流の牝馬と言われる時代です」
そんな時代にした張本人だというのに、良一は他人事のように語ってのける。
「あれは97年の秋天でしたかね……うちの厩舎のファントムルージュが、バブルガムフェローを破って盾を取った。美人だったもんで、情熱の妖女とか言われてましたけど」
懐かしむようにほんの数秒瞼を閉じたが、すぐにぱちりと目を開ける。その瞳には力がこもっていた。
「但し、どんなに牝馬が強くなろうと、身体構造は牡馬とは全く違うのです。気持ちが揺れやすいし、スピードはあっても総合的な筋力やスタミナはどうしても牡馬に劣る。牡馬と同じやり方では勝つことはできません」
確かにドンナモンジャイの勝ち方は、男勝りな力業という一言では表現できない。世代屈指の末脚こそあるものの、体つき自体はそこまで筋骨隆々ではなく、牝馬特有の美しい曲線美を身に纏っている。それは筋肉の柔らかさと皮膚の薄さ——「走る」馬の条件であり、強く、だが重さを感じさせない軽やかな末脚を生み出す秘訣だった。
「牝馬が強くなったからといって、男馬ばかり意識していては、牝馬ならではの長所が消えてしまう。ですから今年の春は、牝馬のみで走らせるべきと判断しました。真の名牝になるには、異性のライバルではなく同じ立場——同性のライバルが必要ですから」
"牝馬の小森"にとって、牡馬は壁ではないというのか。
「そうして強い女同士が切磋琢磨し、いずれ牡馬混合戦で当たったときに、ライバルになるのは牡馬ではない。彼らをなぎ倒す、強く気高い牝馬ですよ」
そんなライバルが、果たして同世代の牝馬にいるのか。もしドンナモンジャイが圧勝して、乙女たちの夢舞台が白けた空気に包まれたら、この男は一体どうするのだろう。
だが、良一の目に迷いはなかった。数々の女傑を生み出してきた名伯楽は、この怪物牝馬をさらに進化させる一頭を既に見極めていたのである。
ドンナモンジャイ(Donnamonjai)
2023年生 牝3 鹿毛
父:デクラレーションオブウォー
母:ヤルヤン
母父:ディープインパクト
生産牧場:下坂部牧場(新ひだか町)
馬主:有限会社棚橋商事
勝負服:緑、黄星散、桃袖緑二本輪
戦績:4戦4勝(4-0-0-0)
お待たせして申し訳ありません。
次回は4/3頃に投稿します。




