エピソード2:selfish self-assertion②
文中に、犯罪行為があります。当然ですがそれらを肯定する意図は一切ありません。
また、女性の性的消費や蔑視に嫌悪感がある方はご注意ください。
文中で語られている、戸塚少年が出てくるのは、コチラのエピソードです→https://ncode.syosetu.com/n4578fx/27/
11月に突入した、平日の午前中。
来客のため、応接用のソファに座っていた政宗は、その人物の愚痴聞き役に徹していた。
「本当……何なんですかねあれ!! 俺はただ、真実を知りたいだけなのに、もう本当……何なんすかね!!」
「俺が頼んだこととはいえ、厄介事に巻き込んじゃってごめんね、千葉くん」
政宗の向かい側に座っている青年―― 千葉駆は、出された緑茶をすすってから、「いいえ」と頭を振った。今日の彼は仕事が休みとのことで、丸襟のロングTシャツにカーゴパンツ、足元はスニーカーというラフな格好だ。髪の毛も普段より毛先を遊ばせており、大学生のように見える。
彼は宮城の沿岸部にある石巻市で新聞記者として働いており、職場を通じて『仙台支局』にも協力してもらっている。今日は休みを利用して仙台に来たついでに、政宗から頼まれていた件を報告……すると同時に、愚痴を垂れ流していたのだ。
ただ、彼が愚痴っぽくなってしまう理由も理解出来る。なぜなら。
「間違いなく、彼側の大人の事情だと思います。うちみたいな地域密着型の新聞社にも、急に圧力がかかったみたいで……俺が次に『戸塚歩夢』について取材をしたら、社内全体にペナルティを課すって言われて、もう、何がなんだか……」
駆はそう言って、大きなため息を1つ。彼の様子から、相当に唐突で強力な圧力がかかったことを察した政宗は、彼に対する申し訳無さと……これ以上の詳細を知られたくない大人がそれなりにいることを察し、次の手を考え始める。。
「そこまで言われたんだ……むしろ、そんな中でここまで調べてくれてありがとう。本当に助かるよ」
駆へ改めて謝辞を述べた政宗は、彼が持参した資料に視線を落とした。
そこには、先月上旬、突発的に『縁切り』をすることになった少年・戸塚歩夢と、彼の周辺環境について調べた情報がまとめられていた。
戸塚歩夢、それは先月、『仙台支局』が突発的に『縁切り』をした『痕』――亡くなった少年の残骸、幽霊のような存在――である。
政宗達が福岡へ行っている間のに発生したことだったので、必要書類の準備が事後になってしまっていた。そういうことはこれまでにもよくあったことだし、裏取りの書類――『生前調書』と呼んでいる、死者の生前の様子をまとめたもの――を作るために、新聞社等、客観的に信頼できる情報筋から情報をもらって、どこの誰を対処したのか、記録として残すのが業界全体のルールだ。
そのルールに則って、書類を作っているのだが……この少年について調べてみると、不審な点がポツポツと出てくる。
彼は、自らの手で人生を終わらせていたこと。
その直前に亡くなった同級生の靴を、恐らく奪い取って履いていたこと。
彼の本当の母親と思われる女性は、別の場所で既に亡くなっていたこと。
彼を産んでいないはずの女性が、戸籍上の母親であること。
この全ての事柄が……一切、表に出て来ないこと。
このことを不審に思った政宗が、新聞記者の駆にも情報を一部共有して、歩夢がどうして自死を選んだのか、彼の交友関係を中心に探ってもらっていたのだ。
ただ……駆の取材内容を知った大人が、静かに手を回していたらしい。そのせいで、駆は自身の取材を諦めざるを得なくなってしまい……新聞社の中でも、少しだけ、肩身が狭くなってしまっただろう。
政宗は駆のことを案じつつ、今後のことを思案する。
「千葉くん、結局のところ……この戸塚くんの評判ってどんな感じだったの?」
「学校でも割とトラブルメーカーだったらしいです。正直、あまりいい話は聞いていません。ただ、親の会社が業績を伸ばし続けていて、羽振りが良かったこともあって、あまり、表立って反抗する人はいなかったみたいです」
「なるほど。金銭的保証と根回しがしっかりしてるってことね。んで……彼の両親が経営している戸塚建設の外部顧問の一人が、名杙慶次さん、と」
「コンサルタントとして長い付き合いらしいです」
「なるほどなるほど……藪をつついたら早速コブラが出たか……」
政宗は苦笑いとともに書類を机上に戻すと、額に手を添えて険しい顔をした。
関わりがあるだろう、と、予測していなかったわけではない。ただ、実際にその事実を目の当たりにすると……少し、情報を整理する時間が欲しくなってしまうのだ。
政宗は手元の書類を裏返すと、憤慨しながらお茶をすすっている駆を見つめ、改めて頭を下げる。
「千葉君、本当にありがとう。会社からの警告を無視することは出来ないから……とりあえず、この件はここまでにしよう」
「えぇっ……!?」
刹那、政宗の言葉を受けた駆が非難じみた声とともに、目を見開いて反論した。
「佐藤支局長はそれでいいんですか!? 確かに圧力はかかりました、けれど、こんな……何も分からない状態で手を引くなんて……!!」
「勿論、これで終わりにはしないよ。ここから先は俺がもう少し調べてみる。それを例えば、俺がうっかり千葉くんに世間話として話をしてしまっても、それは千葉くんが調べたことじゃないから、ギリギリセーフでしょ?」
政宗はこう言って、口元にニヤリと笑みを浮かべた。それを見た駆は……彼の底知れぬしたたかさを感じ、内心で舌を巻いていた。
駆をこれ以上関わらせない、けれど、彼を切り捨てるわけでもない。
正直、こんなことを平然と実行しようとしている彼のことが心配になってしまうけれど、これまでにも多くの修羅場を越えてきたからこその発言なのだろう。だったら、自分もそれに従うべきだと思う。
だから今は、一緒に笑っておこう。
「それ、ギリギリアウトな気もしますけど……ありがとうございます。何か分かったら教えてください」
こう言って頭を下げる駆に、政宗は「勿論」と返答しつつ……次の一手を組み立て始めた。
その日の就業後、ユカは政宗と共に、仙台市中心部にあるクリスロード商店街を歩いていた。
帰宅中の人、買い物をしている人、これからどこかへ行く人、様々な人々が行き交い、人の流れが出来上がっている。
ユカは隣を歩く政宗を見上げ、目的地を尋ねた。
「政宗、これからどこ行くと?」
「いろは横丁だ。そこに世渡さんが勤めている店がある。今日は店の設備点検があって20時開店だから、その前までなら時間が取れるんだと」
「なるほど……でも、なしてあたしまで一緒なん?」
ユカの外見はお世辞にも、夜の飲み屋街に溶け込めるものではない。むしろいたら邪魔なのでは、と、視線で訴えると、政宗はなぜか彼女にジト目を向けて、帯同させた理由を告げる。
「世渡さんのご指名なんだよ。ケッカ……そんなに世渡さんに好かれるようなことしたのか?」
「うーん……」
若干嫌味っぽい彼の言葉に、ユカは真顔で首を傾げた。
これから会いに行く人物・世渡直生とは、9月上旬に一度だけ、顔を合わせたことがある。
その際のユカは、商店街の中で出会った『遺痕』になぜか目をつけられてしまい、急遽、商店街で追いかけっこをすることになってしまったのだ。
がむしゃらに逃げた結果、土地勘がなくて行き先に迷っていた時……信号待ちの横断歩道で、彼が、唐突に話しかけてきた。
――そっちで、いいの?
――そういうお姉さんも、オレと似たようなもんでしょ? で、どーすんの?
彼は、とても軽妙な口調で、焦るユカへ選択肢を提示する。
助けるために協力してもいい、ただし、対価が必要だと。
お金がかかるのかと焦るユカに向けて、彼は楽しそうにこう言った。
――お金なんていらないよ。オレが欲しいのは、情報なんだ。
かくして。
政宗の個人情報と交換に、集中して『遺痕』に対処できる場所まで案内してもらい、無事に、ピンチを脱することができた。
接点と言えば本当にそれだけ。
だから、彼が自分を気にかけている理由は、皆目見当がつかない。
ユカは政宗と共に、まさに、彼と会った横断歩道で信号待ちをしながら……顔をしかめる。
「……いっちょん分からん。そもそもあたし、彼に名乗った覚えもなかよ? 向こうは勝手に『お姉さん』とか呼んできたけど」
「お姉さん!? マジかよ……」
「そうなんよ。どう考えても訳ありの人なんやろうけど……『縁故』って感じじゃなかった。なーんか、変に暴こうとするとこっちが不利になる気がするっちゃんねー……政宗も気をつけんねよ」
「そ、そうか……分かった」
政宗はユカの言葉に同意しつつ、益々、彼のことが分からなくなるのだった。
横断歩道をわたり、サンモール一番町商店街の中を進むこと約5分。
『壱弐参横丁』と書いてあるのれんの先にある通路を進んだ政宗は、とある店の前で立ち止まった。
壱弐参横丁は、終戦後の仙台で生まれた横丁であり、飲食店のみならず、雑貨屋や衣料品店など、様々な店が集まっている場所だ。良い意味での古臭さはあるが、店の入れ替わりもあるので古き良き時代の名残と流行が同居している、そんな場所。
夜の飲み屋街といえば、仙台では国分町が有名だが、あちらのきらびやかな印象とは少し異なり、大衆向けの店が多い印象がある。
政宗が扉を開いたのは、そんな横丁の一角。頭上に看板を構える、こじんまりとしたバーだった。カウンターが3席、テーブル席に合計で7名座れる程度の空間しかなく、知る人ぞ知るか隠れ家、という言葉が似合う。
ユカはこういう店に入ったのが初めてなので、少しだけドキドキしながら周囲を見渡していると……カウンターの奥にいた人物が2人に気付き、人懐っこい笑顔を向けた。
今日の彼は、相変わらずピンクの髪の毛が目を引くけれど、丸メガネをかけており、第二ボタンまで開けたワイシャツの上からデニムのエプロンを着用している。足元は見えないけれど、動きやすい状態であることが想像できた。
「シュガー君、それにお姉さん、お疲れ様。何か飲む?」
そして彼は政宗のことを、名字をもじって『シュガー君』と呼ぶ。ユカは自分の呼び名が『お姉さん』で固定されたことに気付き、また新たな呼び名が増えたことに乾いた笑いを浮かべた。
一方、政宗は仕事の話を始めたいのか、カウンターの向こうにいる彼を真顔で見据える。
「世渡さん、今日はありがとうございます。飲み物は特に――」
「えー? 酔ったシュガー君渾身の一芸、お姉さんに見せてあげないの?」
「そ、そんなものありませんしそんなことしませんよ!?」
仕事モードが数秒で瓦解した政宗を、彼は「またまたご冗談を」と笑い飛ばして。
「今度、動画見せてあげるね。お姉さんは飲み物どうする? コーラでよければサービスするよ?」
「あ、じゃあください」
「了解。じゃあ、カウンターにどうぞ。シュガー君は水でいいの?」
「じゃあ……俺もコーラください」
すっかり彼――直生のペースに巻き込まれた政宗は、ため息を付きながらカウンター席に腰を下ろした。そして、自分に冷めた目を向けてくるユカから、露骨に視線をそらす。
「政宗の渾身の一芸、ねぇ……」
「そ、そんなものないんだって。ケッカは信じてくれるよな?」
「日頃の行いと動画の存在で、どっちを信じるか決まりきっとると思わん?」
ユカのもっともで辛辣な物言いに、政宗は「世渡にどんな情報を渡せば動画を削除してくれるのか」を本気で考え始めた。
そんな2人の前に直生は笑いながらコースターを並べると、ガラスコップに入ったコーラを置く。
ユカは早速ストローに口をつけて喉を潤しつつ……書類を確認している直生を見つめた。
先日はサングラス。本日は丸メガネ、とはいえ、レンズに多少、色が入っているようにも見える。
「世渡さんって、目が悪かったんですか?」
ユカの問いかけに、直生は笑顔で眼鏡をずらした。
「ううん、伊達メガネ。似合ってると思わない?」
「そうですねー」
「お姉さん、興味ないのバレバレだよ。シュガー君にも普段からこういう態度なんでしょ?」
「そうですね」
ユカは彼の言葉を受け流してストローをくわえつつ、横に座っている政宗を見やる。刹那、「動画を消すための情報」を脳内精査していた政宗が我に返り、直生を見つめた。
「本題に入ります。世渡さん、お願いしたこと、何か分かりましたか?」
「勿論。国分町にあったらしい『あけみ』ってお店と、名杙慶次さんの関係、でしょ? シュガー君が思ってる以上にズブズブだったよ」
直生はそう言って、A4サイズの茶封筒に入った書類を手渡した。政宗は「拝見します」と言ってそれを取り出して、中身を簡単に読み進めた後……分かりやすく眉をひそめる。
「……だよな。まぁ……うん」
「政宗、それ、あたしも見てよかと?」
「ああ。ただ……予想以上に楽しい内容じゃない」
言葉の端々に嫌悪感を滲ませる政宗は、持っていた資料をユカへ渡した後、憮然とした表情でコーラをすすった。
政宗から書類を受け取ったユカもまた、内容を確認して……思わず、ため息をついてしまう。
かつて国分町にあったらしい、『あけみ』という名前のお店。
そこは、ユカが先日『縁切り』をした女性・三浦美紀――戸塚歩夢の実の母親――が働いていた店舗。
そして、その店の二代目店主が……名波華の母親・名波利子だったことが分かっている。
しかも、三浦美紀の生前を記した書類には、『あけみ』で働いていた事実は、一切記載されていない。
果たしてこれは、偶然なのだろうか。
そう思った政宗が、直生に依頼して、当時のことを調べてもらっていたのだ。
受け取った書類には、このようなことが記載されている。
『あけみ』という店は、表向きは人当たりのよいママと明るい女性従業員がいて、お酒や会話を楽しめるスナック。
しかし、裏側では……従業員に未成年を雇って接待をさせたり、美人局のようなことをさせて客から金銭を巻き上げたり、客が従業員を金で買ったりしていた場所だった。
ただし、警察沙汰になったことは一度もない。その、ある意味では信頼出来る実績によって、多くの客で賑わう店だったそうだ。
ただ、店主が先の災害で亡くなったことにより、店そのものが売却に出されて……今は一切関係ない飲食店になっている。
いつからそういう場所になってしまったのかは分からない。ただ、名波利子がこの店のママになってからは……確実に行われていたことであり、名杙慶次が『お得意様』として頻繁に出入りしていたことから、少なからず関わっている可能性が高い。
そして、主な顧客リストの中には、慶次のみならず、歩夢の父親と思しき男性の名前もある。
ユカは黙読した後、書類を封筒に戻して政宗へ突き返すと……もう一度、ため息をつく。
「なるほどね……」
何となく見えてきた、一連の人間関係。
それが、こんなに無機質で……気分の悪いものだとは、思っていなかった。
いろは横丁(http://www.iroha-yokocho.jp/)は、国分町と反対側にある横丁です。レトロです。とってもレトロ。お店の種類も様々なので、昼間でも十分に楽しめます。
仙台の歓楽街は国分町が有名ですが、そうじゃない場所にも色々あるんだよ、ということが伝わるといいなぁと思って、直生の店の位置を考えました。ちなみにユカと直生が外伝でたどり着いた神社もこっち側にあります。
ところで政宗は……どんな動画を撮られたんですかね。きっと、ろくでもないんでしょうね。




