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エピソード2:selfish self-assertion①

 週が明けて、10月最後の火曜日。時刻は間もなく17時30分。

 学校終わりの制服姿で『仙台支局』へとやって来た名杙心愛は、息をする度にツインテールが盛大に揺れるくらい、不機嫌なオーラをダダ漏れさせていた。

 ソファに座っている彼女を苦笑いで見つめつつ、ユカは持ってきた書類を差し出す。今日のユカは頭にいつものキャスケットを被っており、髪の毛を結ぶのが面倒になったので首の後ろに垂れ流し。腹部の位置までボタンをしっかりとめた白いロングカーディガンと、ジーンズ素材のワイドパンツを着用していた。

「じゃあコレ、月末にある『中級縁故』の試験に必要な書類。1週間以内に持ってきてね」

「……分かったわ」

 流石に無視をするわけにいかない、という雰囲気のまま、心愛は手を伸ばして書類を受け取った。願書になるので本人に書いてもらわなければならないのだ。

「心愛ちゃんは座学に関しては心配しとらんけど……実地試験は前回よりも基準が厳しくなるけんね。まぁ、ここ最近の様子なら問題ないと思――」

「――ねぇケッカ。お兄様は……お兄様はどうして家を出ていったの? ここ、そんなに忙しいの?」

 ユカの説明を遮り、心愛のどこか切実な声が響いた。

 情報が欲しい、そう訴える眼差しに……思わず、顔が引きつる。

 統治は果たして、どんな説明をしているのだろうか。

「えぇっと……心愛ちゃんは、統治からどげん聞いとる?」

 変に話を誇張して兄妹の溝を深めたくはなかったので、素直に尋ねてみる。心愛は膝の上で両手を握りしめると、何かを思い出したのか、少し不機嫌な声で返答する。

「年末の繁忙期に向けて、これから仕事が忙しくなるって。だから夜遅くまで対応できるように、しばらく小鶴新田の近くに住むって……ケッカが引っ越して部屋が空いたから丁度いいって、洋服だけ持って、さっさと出ていっちゃったの」

「なるほど……間違いじゃなかね。現に、年末年始はこの業界の繁忙期やけんが、心愛ちゃんも覚悟しとった方がよかよ」

「そんなこと分かってるの!! でも、絶対それだけじゃないもの!!」

「……」

 心愛の様子を見たユカは、内心、「統治、もうちょっと彼女の気持ちその他諸々を考えて説明してやれよ……」と思ったが、今の彼にそこまで語るのは酷な気がした。

 それに、遅かれ早かれ分かることだ。だったら……早めに情報を開示して、心愛に協力してもらったほうがいい。

 立ち上がったユカは、「ちょっと待っとってね」と言ってから、衝立の奥へ引っ込んだ。そして、約5分後……スマートフォンを右手に持ち、心愛の前に戻ってくる。そして、憮然とした表情の彼女を見やり、今後の方針を告げた。

「あと10分くらいで、里穂ちゃんがここに来るんよ。彼女が揃ってから、何があったのか、あたしから簡単に説明していいって許可を取ってきた。ただ……今回のことは正直、心愛ちゃんにとって、いっちょん(ちっとも)楽しい話じゃなかよ? それでも聞く?」

「き、聞くに決まってるでしょう!? 心愛だけ蚊帳の外なんて……冗談じゃないんだから!!」

 最後の良心で確認したユカの予想通りに食って掛かる心愛を「了解」と受け流しつつ、ユカは改めて、彼女の前に腰を下ろした。


 名杙心愛。今年の4月から本格的に『縁故』の修行を始めた、統治の妹。

 時を同じくして福岡から仙台へと移動になったユカは、心愛の研修も主な業務の1つとして受け持っていた。

 過去の経験から、幽霊のたぐいが大の苦手の彼女にとって、それと関わることの多い家業に関わることは、とても大きな挑戦。

 失敗と成功を繰り返し、弱音と文句を口に出しながら、なんだかんだと半年が経過している。学業もおろそかにしていない、という話を聞いているので、よく頑張っていると思う。


「しっかし、心愛ちゃんもトントン拍子で『中級縁故』の試験かぁ……ケッカちゃんの教え方の賜やね」

 ユカが淀みなくそう言うと、心愛が盛大にジト目を向けた。

「それ、自分で言ってどうするのよ……」

「でも、4月の心愛ちゃんを知っとる身としては、本当に頑張っとるなって思うよ。正直、あたしも、初級から中級までは受験資格を得るまでに半年以上かかったけんね」

「そ、そうなの?」

「そう。やけんが……統治が心愛ちゃんに事情をしっかり説明出来んかったのも、心愛ちゃんが力不足って理由じゃなかよ。それよりも……何十倍も厄介だってこと、今のうちに覚悟しとってね」

 あえて厳し目に告げるユカに、心愛は思わず目を見開いて「分かった」と頷いて。

 ユカが満足そうな表情で頷いて、月末に向けて今後の動き方を共有していると……来客を告げるインターホンが鳴り響いた。


 その後、合流した里穂には心愛の隣に座ってもらって。

 ユカは改めて、この週末に何があって、これからどう動くつもりなのか、簡単に説明をした。

 櫻子の個人情報が名杙内で勝手に閲覧されており、それが彼女への誹謗中傷に広がっていること。

 その原因・元凶を突き止める必要があるが、名杙本家の人間が深く関わっているため、あまり表立って動けないこと。

 統治が一時的に名杙から出たのは、櫻子を名杙本家に近付けさせないようにするための措置であること。

「とりあえず、こんな感じやね。勿論『仙台支局』としては今まで通りの活動を続けていくけんが、2人には『遺痕』の対応をお願いすることもある。ただ……今後、どげんなるかはなんとも言えん」

 ユカの言葉を聞いた里穂は、冷静な表情で頷いた。一方、隣に座っている心愛は、表情と声に動揺を滲ませて問いかける。

「そんな、こと……お父様は、お父様なら何とかしてくれるんじゃないの?」

 心愛なりに一縷の望みをかけたのだろうが、ユカは真顔でそれを否定するしかない。

「当主は、全部知った上で静観を指示しとる。やけんが、今はこれ以上頼れんと」

「っ!?」

 刹那、心愛が悲しそうな表情で息を呑んだ。まだ学生の彼女にこんな表情をさせるのは心苦しいが、こればっかりはしょうがないので、間髪入れずにフォローをするしかない。

「ただ、これは『我関せず』じゃなくて、ちゃんと準備を整えてから、相手を叩きのめせってことだと思っとる。現に、あたし達に対する行動制限的なお達しは何もなか。当主は中立な立場でおらんといかんけんが、統治の、証拠もない一方的な言い分だけで罰を与える訳にはいかんとよ。要するに……あたしたちが当主を納得させるだけの証拠を揃えれば、絶対に動いてくれる」

 心愛の隣に座っていた里穂が、そっと、彼女の手を握った。そして、動揺に揺れる瞳を真っ直ぐに見つめ、笑顔で頷く。

 ユカはそれを見ながら、里穂も政宗と同様の体験をしてきたことを悟り……先程、裏でこの話をする許可を取った際、政宗が里穂の到着を待てと言った意味を実感していた。

「やけんが心愛ちゃん、間違っても当主に直談判とかせんでね。その行動が回りまわって……あたし達の足かせになる可能性があるけんが」

「わ、かった……」

 ユカの言葉に心愛は悔しそうな表情で頷いた。それを見た里穂が、「ケッカさん」と軽く手を挙げる。

「とりあえず私達がやるべきことは、いつも通りの生活ってことっすよね」

 この問いかけに、ユカはしっかりと頷いた。

「そういうこと。あたしや政宗……そして統治が、櫻子さんの名誉回復のために裏で動いていることだけ知ってくれてればよかよ。2人へも適宜報告はするつもりやけど……どうしても言えんことが出てくることも、理解してほしいかな」

「分かったっす」

 頷いた里穂は、心愛の手を改めて握った。そして、心愛がコクリと頷いたことを確認したユカは、時間を確認して……「じゃあ、今日はここまで」と、話の終わりを告げる。

「里穂ちゃん、わざわざ時間を作ってくれてありがとう。気をつけてね」

「了解っす。ココちゃん、帰るっすよ」

「え? あ……うん、分かった」

 笑顔の里穂に促された心愛は、我に返って荷物をまとめる。そして、『仙台支局』を後にした2人は、仙台駅へ続くペデストリアンデッキを歩いて駅へと向かった。

 時刻は間もなく18時。学校帰りや仕事帰りの人が多く行き交っており、それぞれの目的地を目指して歩いていた。

 雑踏の中、横並びで歩く途中……心愛がふと、口を開く。

「……ねぇ、りっぴー。心愛、次に櫻子さんに会ったら……どうすればいいのかな」

 迷いのある声に、里穂は努めて普段どおりの口調で返答した。

「そうっすねぇ……普通にするのが一番、とはいえ、今のココちゃんじゃ難しいかもしれないっすねぇ……」

 うーん、と、唸る里穂をチラリと見上げた心愛は……彼女の横顔に向かって、思わず、こんなことを尋ねてしまった。

「りっぴーも……こういう経験したこと、ある、よね……?」


 刹那、里穂がその場で足を止めた。それに気付いた心愛もまた、心配そうに揺れる眼差しを向けたまま足を止め、彼女の答えを待つ。

 里穂は少しだけ考えた後……一度、大きく息を吐いた。そして。

「……あるっすよ。だから正直、ケッカさんの話を聞いて……うち(にぃ)も気付くのが遅いとは思ったっす」

「……」

 里穂の言葉に、心愛は心臓をギュッと掴まれたような、息苦しさを感じた。


 分かっていたことだ。本家筋の人間は、それに属さない存在を軽んじている。能力は同等でも、血筋が違うだけで、結婚で分籍しただけで、その人は『他所者』になってしまうのだから。

 心愛もそんな大人の中にいたことで、里穂や仁義に暴言を吐いてしまった過去がある。吐き出した唾を口の中に戻すことはできない、自分が発した言葉をなかったことには出来ないのだ。

 無言になってしまった心愛を里穂はチラリと見やり、意識して口角を上げた。


 勿論、今でも許せないことはあるし、これからもそれは増えていくと思う。

 でも……少なくとも、眼の前にいる彼女はもう、自分や、周囲に対して、そんなことはしないと思えるから。


「でも、私もジンも櫻子さんも、ケッカさんも政さんも、うち兄やココちゃんがあんな大人と同じだなんて、1ミリも思ってないっすよ。だからケッカさんもココちゃんに話してくれたと思うっす」

「りっぴー……」

 不安で泳いでいた心愛の瞳が、ようやく、里穂を真っ直ぐに捉えた。里穂はそんな彼女にいつもの笑顔を向けると、駅へ向けた歩みを再開する。

「今の私達に出来ることは、うち兄達のやろうとしていることを邪魔しないことだと思うっす。ココちゃんもおんちゃんやおばちゃんに突撃しちゃダメっすよ。悪い大人がそれを知ったら、それも、うち兄達にとって不利なことになってしまうっす。要するに……女優になるっす!!」

「じょ、女優に……!!」

「何か分かったら、私やジンから共有するっす。でも、ココちゃんは名杙本家の敷地内にいるので、スマートフォンの管理なんかは今まで以上に気をつけて欲しいっす」

「わ、分かった!!」

「その意気っす!! 私たちは女優になるっすよ!!」

 明るくそう言って笑顔を向けてくれる里穂に、心愛は心底安心しつつ……せめて、自分の行動で迷惑をかけないようにしよう、と、心に誓う。

 今の自分がやるべきことは、『中級縁故』の試験に合格して……本当の意味で、独り立ちをすることなのだから。


 場所は移動し、宮城県富谷市。

 18時に外来診療を終えたばかりの『透名内科・小児科クリニック』は、先程、本日最後の患者を見送ったところだった。スタッフのみになった院内は、片付けや清掃などの役割分担の下、明日への用意を始めていた。

 そんな中、白衣姿で髪の毛を高い位置で結い上げている富沢彩衣は、ロビーにいたスーツ姿の男性から受け取った荷物の中を見て……注文書と相違がないことを確かめている。

「……問題ないです。ありがとうございました」

 確認完了後、会釈をして印鑑を押す。それを受け取った彼が「ありがとうございました」と頭を下げた。

 年齢は20代中盤の彩衣と同じくらいに見える。身長は180センチ程度で、グレーのスーツに身を包み、清潔感のある見た目。彼は穏やかな笑顔で「いつもありがとうございます」と告げ、彩衣から受け取った書類を手持ちの黒い革のバックへ片付けた。

 するとそこへ、雑誌の整理を終えた櫻子が顔を出す。

「瀬川さん、お疲れ様です。急な注文にもご対応いただいて、ありがとうございました」

「とんでもないです。寄るのが遅くなってすいませんでした」

 そう言って彼が再度頭を下げる横を、箱を持った彩衣が静かに通り過ぎていく。彼から受け取った医療品を、所定の場所へ片付けるために。

 彼は瀬川翼(せがわつばさ)。この病院に医薬品等を届けている会社の営業担当者だ。院内のスタッフが発注をかけたものを持ってきてくれたり、新製品の売り込み等て定期的に出入りしている男性である。

 元々、櫻子の実家の病院と彼の勤めるメーカーは長年の取引がある。この場所に分院を出すことになったことで、翼が新たにこの病院の担当になったのである。

 櫻子もまだ、そこまで多く顔を合わせたわけではないが、ハキハキとした喋り方と実直そうな印象、急な頼み事も自分に出来ることを告げた上で最大限に対応してくれる態度に、取引相手としての信頼を強めていたところだった。

 そして、彼のことを信頼している理由が、もう一つ。

「そうだ瀬川さん、紅葉の絵手紙、ありがとうございました。また、カウンターに飾らせてもらっているんです」

 こう言って受付カウンターを見ると、それに気付いた翼が「恐縮です……!!」と笑みを浮かべる。

 彼は絵手紙――ハガキ大の紙に絵と、それに合わせた文字を書いたもの――が得意ということで、注文書と一緒に手渡してくれることがあった。その完成度はかなりのもので、この病院ではそれをフォトフレームに入れて飾っている。

 他にも、彼は手書きでメッセージを残すことが多かった。電子メールやデジタルでの交流が主流になっているとはいえ――だからこそ、かもしれないが――直筆のそれに感じる温かみが、彼の人柄に繋がっているような気がする。

「瀬川さんは筆まめでいらっしゃいますよね。絵手紙もどこかで習ったんですか?」

 かねてから気になってたことを尋ねると、翼は何かを思い出すように、少し目を細めて返答する。

「高校生の頃から、縁あって識字ボランティアをしていて……そこで一緒だった諸先輩から教わりました」

「そうだったんですね。素晴らしいです」

「今はパソコンやスマートフォンでのやり取りも増えていますけれど……手紙は手元に残りますから。データと違う、良い意味での重さがあると思っています。気に入っていただけて嬉しいです」

「データと、違う……」

 翼の何気ない言葉を反すうした櫻子は、次の瞬間、何かを思いついたように目を軽く見開いた。

「透名さん?」

「あ……すいません。私も久しぶりに、誰かに手紙を書きたくなってしまって。いつも本当にありがとうございます」

「キッカケになれたのであれば幸いです。では、失礼します」

 そう言った翼は、改めて頭を下げると……荷物をまとめ、足早に院内を後にした。

 その背中を見送った櫻子は、先程の会話を思い出して……1つ、決意を新たにする。

 そして、まずは明日への用意を終わらせるべく、トイレの掃除へと向かうのだった。

 新キャラ登場。瀬川さんは櫻子がいる病院に出入りする営業担当です、が。

 彼がどんな役割を担うのか、見守ってやってください。よろしくお願いします!!


 そして、みんなの妹・心愛さんが本格的に登場です。8幕は2幕の解決・発展版なので、心愛の出番もこれからモリモリ増えております。

 そして、この作品に里穂がいてくれて良かったなぁと思いました。「統治も気づくのが遅い」って、里穂じゃないと言えないんですよね。政宗は気付いていたけれど気を遣って黙っていたところがあります。

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