9.ハルキ
北山春希は昔からなんでもそつなくこなせる子どもだった。
勉強も運動もがんばれば一番が取れる、頑張らなくてもそれなりの成績が取れる。
天才とまではいなくとも、優秀な子どもだった。
そんなハルキが苦手だったのが人付き合いだった。
だが決して出来ないわけじゃなかった。
冗談だって言い合えるし、喧嘩もする。傍から見たら人付き合いが苦手だなんて思わないだろう。
でもハルキの思いとして、人付き合いは苦手だった。
ハルキには親友と呼べるような人はいなかったし、必要とも思っていなかった。
上っ面の付き合いで、学生時代も社会人になった今もそうしている。
恋人も何人かいたけど、あまり長続きした覚えはなかった。
ゲームの付き合いは楽でいい。
アバターを介しているだけで、ちょっとだけ人との付き合いが楽になる。
多分本当の自分を見せていないからだと思う。
学生時代はあまりゲームをやらなかった。
勉強とか部活とか他にやることがあったから。
社会人になり、それなりに年数も経てば、それなりに余裕が出てくる。
上を見るなら自己研鑽に努めるべきなんだと思うが、あいにくそのつもりもなかった。
だから余った時間で、今まであまりやらなかったゲームをやることにした。
気付けばプレイ時間も増え、最前線で攻略を進める攻略組の一人なんて言われるようになっていた。
このエルフのアバターも気に入っている。
MMORPGなのにソロ向けのステータスに育ってしまったが、それはそれで一人で遊べるから構わなかった。
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その日は珍しく最前線で攻略をしているフレンドから緊急の連絡が入った。
なんでも特殊なダンジョンを見つけたらしく、先を越される前に攻略したいとのことだった。
急いで準備をし、着いた先に見たものは、
『氷結回廊
ランク:エクストラ
推奨Lv.80』
ダンジョンランクがエクストラというのは聞いたことがなかった。
しかも推奨レベルが80。自分がLv.55で他のメンバーも60まではいってなかったはずだ。
Lv.50より上の経験値テーブルが故意に重たいものになっているので、事実上のレベルキャップは50だ。今後のバージョンアップで見直され、徐々に緩和されていくとは公式の発表だ。
そんな環境で、Lv.55あたりの自分たちはかなり高レベルといえる。その自分たちよりも20以上も推奨レベルが高いダンジョン。
気分が高揚しているのが自覚できた。
そろったメンバーは6人。
タンク役の盾持ちが2人、物理アタッカーの獣人が1人、魔法使いが1人、回復薬のプリーストが1人、そして自分だ。
攻略は推奨レベルのとおり、過酷なものだった。
ダンジョンは大きなすり鉢状の縦穴型のダンジョンで、一番上が入り口で壁際をらせん状に下っていく。
モンスターは中央の吹き抜け部分から飛行しながら襲ってくるし、つららや崩れる足場などが進行を遅らせていた。
それでも少しずつだが、下へと進み、最下層まで辿り着くことができた。
最下層にある扉前のセーフティエリア。確実にボス部屋であるその前で最大限の準備を行う。
油断はなかった。
その扉の奥にいたのは、氷の彫刻のようなドラゴンだった。
前兆が20m以上はありそうな巨体をのそりと置き上げ、4本の足で体を起こす。
氷でできたかのような一対の翼を大きく羽ばたき、その存在を示した。
氷結龍 ファムレイス
自分の簡易鑑定でわかるのは名前だけだった。
HPはおろか、種族さえもわからない。
横を見ればプリーストのカシィがスキルの鑑定を行っていた。
「鑑定出ました!氷結龍『ファムレイス』。レジェンダリードラゴン!HPが―――」
そこまでいったところでファムレイスからカシィにブレスが襲い掛かる。
それをタンクの一人、ゴルドが防ぐも周囲の壁からつららが発生し、さらにカシィを襲う。
間一髪で魔力障壁を作ったカシィがつららを防ぐも、依然としてファムレイスの攻撃が止まらない。
それでも初撃を防いだことにより、立て直しを図ることができた。
見た目から氷属性なのはわかっていたので、弱点が雷属性だというのがわかったのも大きかった。
何度かピンチはあったが、それでも着実にファムレイスを追い詰めていった。
しかしそれは突然だった。
ファムレイスのHPが残り1割を切ったところでそれは起こった。
周囲の視界を完全に遮る吹雪。急な温度低下によって、凍結の状態異常が発生する。さらにそれまで掛かっていたバフが全てかき消された。
猛吹雪の中で、ファムレイスの嘶きが聞こえた。
人間大の大きさの氷の塊が、遮られた視界の中から飛んできた。
避けられたのは運がよかっただけだろう。当たれば即死していたかもしれない。
その後は身を伏せ、吹雪と氷の塊が止むのを待った。
数秒程度だったか、もっと長かったか、吹雪が止むと視界が晴れた。
そこで立っていたのはタンクのゴルドだけだった。
急いで立ち上がり周りを見渡すが、みんなは起き上がらない。
もう一人のタンクの蓮も、獣人のヴォーガンも、魔法使いのチフも、プリーストのカシィもHPが尽きていた。
それまでの順調が嘘のような戦線崩壊だった。
ゴルドもぎりぎりで残っているだけで、HPは1割を切ってレッドだ。
「クソッ、バフのキャンセルに、視界ゼロで防御無視の氷の塊かよ!ハルキ、いけるな!一気に止めを刺すぞ!」
ゴルドは最上級のポーションを飲み、一気に回復する。
盾を構えなおし、ぎりぎりで踏ん張る。
残ったアタッカーは自分しかいない。弓を構え、矢を連射する。
その全てがファムレイスの体に命中する。
しかし、HPを削れない。
よく見れば吹雪の前よりもファムレイスの体が氷に覆われている。
矢を変え、放つ。
しかしどの矢もHPを削れない。
攻撃手段を魔法に変える。
当たる前に翼の羽ばたきで消滅させられた。
そうこうしているうちに、一人でファムレイスの猛攻を防いでいたゴルドに限界がきた。
雪に埋もれ、身動きが取れない状況でブレスが直撃し、防ぐ間もなくHPが尽きた。
残るは自分だけ。
攻撃は効かない。攻撃を防ぐすべはない。
ファムレイスがこちらを向き、ブレスを放った。
リスポーンした後のみんなの表情は浮かないものだった。
当然だ。あんなぎりぎりで負けたのだから。
みんな、何も言わない。
みんなが何を思っているかは、わかっている。
わかっている。
誰か一人のせいで負けるなんてない。
もしそんなパーティがあったとしたら、そもそもパーティとして成り立っていない。
でも思わずにはいられない。
最後に立っていたのがハルキじゃなかったら、と。
ハルキがソロ向けのステータスに育っているのは、周知の事実だった。
現在のエルフの戦闘スタイルは機動砲台と呼ばれるものが主流だ。高いAGIとTECを利用し、長弓を使って後方から高威力の狙撃を行っていく。撃っては逃げる遠距離アタッカー。
ハルキのように短弓と剣と魔法を使い分けるスタイルのエルフは、初期こそ多くいたものの、今では殆どいない。
それは弓と剣と魔法を使い分けるのが難しかったからで、しかしハルキは持ち前の器用さで使いこなせてしまった。
ハルキのスタイルはなんでもできる。アタッカーにもなれるし、タンクにもなれる。
それが強みなのだが、どれも中途半端と言われればその通りだ。
器用貧乏。
事実、ファムレイスには攻撃が通らなかったし、避けることはできても耐えることができないから後衛を守れなかった。
もし、最後に立っていたのが今の主流の機動砲台エルフだったら、ファムレイスに止めを刺せていたかもしれない。
それを考えると最後に立っていたのが、ではなく、連れて行ったのがハルキじゃなかったら、と思っているに違いない。
誰もが言わなかったがハルキには痛いほどわかっていた。
攻略に失敗したのはハルキのせいだ。
申し訳ない、と言ったハルキにメンバーは、そんなことないと言ってくれるが気休めにもならなかった。
その後、再度挑戦しようとダンジョンへ向かったが、もうダンジョンはなくなっていた。
一度きりのチャンスを自分が、とさらに後悔にかられた。
パーティはそのまま解散となった。
それからしばらく、最前線の攻略へは殆ど行かなくなった。
他の人のクエストの手伝いをしたり、後で行こうと思っていたマップ巡りをして過ごした。
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称号集めもその一環だった。
このゲームにはチュートリアルが殆どない。だから自分が始めた初期のころは手探りで大変だった。
今は先輩プレイヤーがチュートリアルを手伝う形で称号をもらいつつ後進を育成するようになって、多少はましになったが。
今まで時間が掛かるし、人付き合いに抵抗があって後回しにしていた『初心者の道標』をようやく取ろうと思い立った休日の午後、見るからに初心者のエルフを見つけて声を掛けた。
「ねぇ、君。急に声かけてごめんね。君、初心者だよね?」
我ながら初心者相手のナンパっぽいなと思う。みんなどうやって声を掛けてるんだろう。
いきなり話しかけられてテンパっている姿が、かわいいと思いながら話をすれば、お願いしてもいいですかとのことだったので、ほっと安心した。
初心者の彼女を見ているとゲームを始めたころの自分を思い出した。
VRの世界に感動したり、なれない武器の扱いに四苦八苦したり。
それが懐かしかったからか、結局称号がもらえた後も2時間も付き合ってしまった。
さらに自分には珍しく、次も会う約束をしたことに自分でも驚いた。
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夜にまたログインし、パーティリストを確認する。
彼女はもうログインしているようだった。HPとMPが増えたり減ったりしているので、戦闘中だろう。落ち着いたら連絡してみてもいいかもしれない。
しばらくのんびりとしていると、彼女から連絡がきた。
『あの~ハルキさん、いま大丈夫ですか?』
『大丈夫だよー。いま西の森かな?また一緒にいこうか?』
『一緒に来てもらいたいのはそうなんですけど、そうじゃなくて、ちょっとみてもらいたいんですけど』
彼女が恐る恐るといったように、スクショを送ってきた。
そこに表示されていたものに衝撃を受ける。
『傀儡遣いの工房
ランク:エクストラ
推奨Lv.50』
エクストラダンジョンがこんなところに?
見つかったことも驚きだが、場所にも驚きだ。こんな初心者フィールドにあったとは。
推奨Lv.50か。氷結回廊と比べれば低いが、難易度は決して低くないはずだ。
氷結回廊の攻略失敗から、自分に自信が持てなくなっていることには気が付いていた。
だから攻略を避け、人の手伝いや称号集めなんかばかりしている。
でも、もしこのダンジョンを自分がクリアできたなら。
酷く傲慢な考えが頭をよぎる。
彼女が向けてくれている好意を踏みにじるような行為だ。
それでも。
『本っ当に勝手なことを言うんだけど、そのダンジョン、行ってみてもいいかな?』
彼女には本当に申し訳ないと思う。
多分ちゃんと人を集めて、しっかりと作戦を練ればかなりの確率で攻略できる。
でもそれをしない。
今回は自分と、彼女の二人でこのダンジョンに挑みたい。
ひどいエゴイズムだと思う。
それでも彼女は、
『もちろんです!』
そう言ってくれた。それが嬉しくて、申し訳なくて、急いで彼女の元へ向かった。
ダンジョンの攻略はぎりぎりだった。
氷結回廊の失敗から、火力強化のすべは用意していた。この榴弾矢ならあのファムレイスの外殻だって打ち抜ける。数は用意できていないが、同じ失敗はしない。
今回の攻略では自分のステータスがソロ向けの万能型だったのがプラスに働いた。
彼女もなんとかついてこれている。
ここの攻略の為だけに大事なスキルポイントを使わせてしまったので、あとで埋め合わせを考えないと。
考えながらも手と足は止めない。そしてゴールが見えた。
あそこがボス部屋だ。
ここまでこれた。
これからが本番だ。
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最初の4体の人形は倒した。
プラムさんに小型が迫った時は肝が冷えたが、なんとかなった。
しかし大量の人形が襲ってくるこの状況は、最悪と言ってもよかった。
一体一体は弱くとも、それがここまでの数になると処理が間に合わない。
そしてさっきの至近距離爆破によって弓の耐久値がほぼなくなってしまった。
ここまできたらもう、あとはやれることをやるだけだ。
プラムさんはやってくれた。
確実に命中する、というのが弓を扱うものとして感覚的に理解できた。
しかしそれを阻んだのはあの仕留めそこなった弓人形だった。
また自分のせいで失敗するのか。嫌なイメージが脳裏をよぎる。
いや、まだだ!
「プラムさん!」
まだ諦めない。
彼女が駆け出す。
それで彼女の意図を理解した。
ならば自分がやることは一つだ。彼女の邪魔はさせない。
彼女とすれ違う。
思わず口が動く。
「任せたよ」
それで彼女がさらに一段加速した気がした。
迫りくる人形たち。
弓はもう使えない。MPも空だから魔法も使えない。
でも通すつもりもない。
ここを通りたければ、わたしを倒してからにしてもらおうか!
言ってみたかったんだよね。これ。




