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7.傀儡遣いの工房

 扉を開けた先の部屋は、先ほどまでとは比べ物にならないほど明るかった。

 ぱっと見渡し、その大きさを確認する。大きさは体育館より少し小さいくらい。高さは5mほどありかなり高い。

 しかしそこはただの広い部屋ではなかった。


 壁一面に埋まる壊れた人形の残骸。


 先ほどまでの木偶人形よりも、もっと人間に近い精緻な人形。

 しかしそのほとんどが四肢が掛けたり、顔が崩れていたりしてまともな形を保ったものはない。

 それが壁を埋めるようにうずたかく打ち捨てられているので、見ていて気持ちが悪い。


「趣味が悪いな」

 ハルキさんがぼそりとつぶやく。

 私も同意見です。


 ぱっと見渡したところに人影や、動く様子があるものは見えない。

 しかしそこかしこに人形の山があり、その向こうは死角となっているのでわからない。

 異様な光景と緊張感に、ごくりと喉が鳴った。


 その瞬間、がたりと部屋の右奥から物音が聞こえた。

 ハルキさんと目を合わせ、頷く。

 物音を立てずに、部屋の奥へと進む。

 人形の山の向こうに、それはいた。


 部屋を照らす明かりより一層明るい光を照らしながら、まるで手術台のような台の上で人形を弄っている人影。

 黒いローブをまとい、身長は私くらいだけど体型まではローブでわからない。

 人形を弄る手には古びた分厚いグローブがつけられている。

 これだけ明るい光に照らされているというのに、ローブの中の顔は見えなかった。


 その人影まで数mというところで、立ち止まる。いや、立ち止まさせられた。

 そのまま体が動かなくなる。隣のハルキさんも同じようだ。

 イベントシーンってことかな。


 かちゃりかちゃりと、しばらく音が聞こえ、その音が止む。


「グ」

 作業の手が止まった。人形の完成は傍目にもまだ遠そうだが。

「グアアアアァァァァァアアァッ!!ダメだ!こうじゃないンダ!クソッ、また失敗カ!」

 叫ぶや否や、台の上の人形の足を掴み、壁の方へとほおる。

 10m以上の距離を軽々と投げ、その人形はほかの数多の人形と同じ運命を辿る。

 衝撃に一瞬目をつぶる。残ったのは時折ノイズが掛かったような、聞き取りづらい声。

「彼女の美しサはこんなものではナイ!彼女はこの程度ではナイ!ワタシには、ワタシには無理だというノカ!」


 悲壮な叫びに、思わず身をすくめる。

 そこにいるのはモンスターで、ゲームAIだってわかっているはずなのに、ひどく生々しく思えた。

「オマエたちはなンダ…ここで何をしてイル?まさか、彼女を狙ってココに来たのカ?ふざけルナ!ここはワタシと彼女の世界ダ!彼女は誰にも渡さンゾ」

 私たちを視認し、まくしたてるように怒鳴りつけてくる。

 どうみても話が通じない系だ。はなから話し合うつもりなんかなかったけど。

「ワタシたちの邪魔はサセン!…ヤレ!」

 傀儡遣いの号令で、その背後から4体の木偶人形が現れた。

 さっきまでの木偶人形と違うのは、それぞれ武器を構えているところ。

 1体は4本の腕を持ち、それぞれ片手剣を持っている。

 1体は腰から上の上半身が二つに分かれ、二つの上半身でそれぞれ槍を構えている。

 1体は他の人形の半分ほどの大きさだが、腕だけが地面につくほど長い。

 1体は4本の足を持ち、弓を構えている。


 そこまで確認できたところで、体の硬直が切れた。

 それが戦闘開始の合図となった。

「プラムさんは下がってて!」

 ハルキさんが真っ先に声を上げる。私はその声に反射的に答えるように後ろへ下がる。

 ハルキさんは私への声かけと同時に弓人形へ矢を放つ。

 勢いそのまま、地面すれすれを走り迫ってくる小型人形に剣をふるう。小型人形が持っていたアイスピックのような短刀をはじき、そのまま蹴りをいれた。小型人形が距離を取ったところで他の三体を見れば、さきほど放った矢は剣人形に撃ち落されたようで、無傷のまま臨戦態勢を取っていた。


「―――っ!」

 声が出せない。

 一瞬の出来事に、言葉が詰まる。

 何か声をかけるべきか。もしそれで敵がこっちに来たらハルキさんの迷惑になるんじゃないか。

 ぐるぐると回る頭で、それでも祈るように願う。

 ハルキさん、勝って!


 弓人形が矢を放つ。それをハルキさんは剣で振り払うが、その隙をついて小型人形がまた距離を詰めてくる。あと1mの距離となったところで左手のグローブが光り、そこから蜘蛛の巣のようなネットが広がった。小型人形はそのネットに絡めとられ、身動きが取れなくなる。


 そこに剣を振り下ろそうとしたところで、槍人形が一気に距離を詰め、小型人形とハルキさんの間に槍を突き入れ、距離を取らせる。下がったところに、剣人形が体を回転させながら飛びかかってくるが、ハルキさんも体を回転させギリギリのところでそれを避ける。


 しかしそれで剣人形の背後を取ることができ、勢いそのまま剣人形の右腕2本を切り落とす。

 その背中を狙って弓人形の矢がハルキさんを狙う。


「あっ、ぶなっ!」

 その瞬間は思わず声がでた。

 なんの役にも立たない言葉だったけど、ハルキさんは一瞬でそれに気づいてくれたようで。


 迫る矢に視線を向けずに無理やり体をひねる。

 わき腹をかすめるがまだ大丈夫そうだ。ハルキさんは片側の腕を切り落とされて姿勢を崩している剣人形の左腕2本をさらに切り落とす。そして腕のなくなったその人形の腰を抱き、盾にしながら弓人形へと距離をつめる。弓人形は4本の足を巧みに使い距離を取りながら矢を放つが、全て盾となっている剣人形に突き刺さる。それまでは辛うじて身をよじっていた抵抗を続けていた剣人形は、完全に糸の切れた人形のようにだらんとなる。


 ハルキさんは抱えていた腰から手を放し、弓人形の方へ剣人形を放り投げる。距離はまだ遠い。届かない。グローブを嵌めた左手を剣人形の背へ伸ばす。グローブが再び光り、そこから豪風が吹き荒れる。豪風は剣人形を吹き飛ばし、弓人形へ向け飛んでいく。それに一瞬反応が遅れた弓人形は完全に避けきれず、足の一本に剣人形がぶつかり姿勢を崩す。そこへ2本の矢を放つ。頭と右肩に刺さる。頭に刺さった矢はそのままだが、右肩に刺さった矢はそのまま右肩を引きちぎりながら貫通する。これでもう弓人形は矢を放てない。


 ハルキさんはそのまま振り返って、槍人形へと相対する。小型人形はまだネットに絡まったままだ。一気に距離を詰めてこようとする槍人形に対し、バックステップで距離を取りながら矢を放つ。直撃こそ避けられているが、じわりじわりと確実にダメージを蓄積している。優勢なのはハルキさんだ。しかしその顔に驚愕の表情が見えた。


 ()()()

 こちらを見ていたから、見えた。


 視界の端でさっきまでネットに囚われていた小型人形がいないのを認識した。

 ではどこへ?あれはさっきハルキさんを死角から襲おうとした。ならば。

 左足に衝撃がはしる。振り返って見ると小型人形が私の足にアイスピックを突き立てている。

「ひゃ、ひゃあぁあ!」

 振り払おうとするが、膂力が足りない。小型人形はさらにもう一本アイスピックを出し、今度は私の右足にそれを突き立てた。それで私は体勢を崩してその場に倒れこむ。

 ゲームだから痛くないはずなのに、アイスピックを体に突き立てられたということに恐怖を感じる。倒れこんだことで見上げることになった小型人形が、さらにもう一本のアイスピックを取り出し、今度は私の顔をめがけて振り下ろす。

 恐怖に目をつぶる。


 バシュっという音が聞こえたが、私の体に衝撃はこなかった。

 目を開けば小型人形は矢に撃たれ吹っ飛ばされていた。はっ、とハルキさんの方を振り向けば矢を放った姿勢のまま、お腹のあたりに槍が貫通していた。

 早くハルキさんを回復しないと!と思いインベントリからポーションを取り出そうとすると、

「まだ!そいつを仕留めて!」

 小型人形は胸に矢を刺しながらも起き上がろうとしているところだった。

 私はハルキさんから貰った榴弾矢をクロスボウにつがえる。狙いもそこそこに引き金を引く。直撃はしなかった。しかし榴弾の衝撃と破片が小型人形を襲うのが見えた。私も爆風に巻き込まれて地面を転がる。

 がばっと起き上がり、小型人形を見れば木っ端みじんとなっていた。勝利の余韻に浸る間もなく、私はハルキさんを探す。


 ハルキさんは槍人形から距離を取り、矢を放っていた。お腹にはまだ槍が刺さっている。人形の持ち手側を斬ったようで、槍人形は左側の一本だけしか持っていない。ハルキさんは巧みに距離を保ちながら、私の方へと近づいてくる。私は投擲で届く距離になったのを確認し、ポーションをハルキさんに投げ回復を試みる。


 ありがと、と口が動いたのがわかった。

 ハルキさんは一層強く弓を引くと、槍人形へ止めの一撃を放った。轟という音が弓から発される。空気までも揺るがし、槍人形の頭を粉砕した。


 槍人形を倒したことで、戦闘可能な人形はいなくなった。弓人形はまだ動けるが、戦闘はできなそうだ。ハルキさんは私の横まで戻ってきて、お腹に刺さった槍を引き抜きながら息を整えている。私は再度ポーションをハルキさんに使い、出来る限りのことをする。


「フン、まだ改良の余地があるナ」

 人形を4体とも戦闘不能にされたのに、傀儡遣いにはまだ余裕があるように見えた。

「どうセ試作品ダ。記録は取レタ。もうお前たちは必要ナイ」

 そう言うと、傀儡遣いの手にはめられたグローブが鈍い闇を纏う。


「潰レロ」


 部屋中が爆発した。

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