157.ブランディング
ちょっと短めです。
「ということはプラムさんも、価値創造できるの?」
「そう、ですね。ただ私の場合、時間も素材も限られちゃったので、夢現のほどトンデモ効果じゃないんですけど」
「でも、試合では期待していいんだよね?」
「善処します」
先輩からほのかなプレッシャーを受けながら、私は昨晩のことを思い出して頷く。
もう少し時間があれば、とか、もうちょっと素材があれば、というのはいくらでも思いつくが、今は試合に間に合わせるのがマストだ。
この試合が終わったらちゃんと完全版にするからね、と約束することをハチに誓った。
そう、私の価値創造はまさしくハチだ。
もちろん一から作り直すなんてことは出来なかったから、一部改良という手段を取ったが。
新作出なければ登録できないという制約上、ハチ自体をプラムブランド化は出来なかったが、一部武装については可能であった。
というか、時間的にもそこが限界だった。主に私の眠気が。
私の睡眠時間と、お肌の健康を犠牲にして出来たもの、それはすでにハチに搭載されている。
「夢現のこともあるので、ハチの展開は試合が始まってからにします」
「それがいいね。まぁ、流石に他に内通してる人なんていないと思うけど」
そうですね、と言って部屋を見渡せば、もはや残っているのは私たち三人と、クレスの取り巻き三人衆のみ。
さすがにあの三人衆が裏切るとは思えないのでそこは信用しているが、盗聴盗撮の類がないとは限らない。
と、思って周りを見ていたら、ソファにぐったりと項垂れるクレスの姿があった。
そういえば、さっきから静かだったなぁ。
「クレス、大丈夫?」
「だいじょばない」
「なにそれ。一回落ちて休んできたら?まだクレスの試合まで時間あるし」
いつもは黙って無理しがちなクレスが、あっさり降参の声を上げるあたり、もしかしたら本当にまずいのかもしれない。
それでなくても朝からほとんどログインしっぱなしなのだ。体調に支障が出てもおかしくない。
「だいじょばないけど、一回落ちたら戻ってくる自信もない」
「なにそれ!?本格的にヤバいやつじゃん?そこまで無理することないって!」
「いいの、したいからしてるだけだし。
それより、次の試合、頼んだよ」
「う、うん。本当に無理なら言ってね?」
ソファに完全にもたれかかるクレス。
うぼあーと天を仰ぎながらも、手だけは親指を立ててぐっと突き出してくる。
まぁ、本人がそこまで言うなら、私から言うことはもうないけど。
『ええーっと、ご視聴頂いている皆様にご連絡です。
ただいま運営より、バグの修正と諸々の確認のため、第四試合の開始時間を遅らせるとの通知が入ってきました!』
なんですと?
と、視界の端を見ればメール受信のマークが灯った。
宛先を見れば、運営から。おそらくは今クチナシさんが話していることと同じ内容だろう。
『十五時から第四試合の予定でしたが、十六時から開始の一時間繰り下げとなります。
なお第五試合は、変わらずの十七時開始!?え、マジですか!?あ、す、すいません、ちょっとびっくりしてしまって…改めまして、第五試合は変わらず十七時よりの開始となります』
『ということは第四試合は一時間短くなる、という訳ですね?』
『そう、なりますね、シューベルトさん。
ただ、今回のルールによれば、前の試合が終わっていなくても次の試合が開始される、ということでしたので、時間で打ち切りってことはないですけども』
『混戦になるってこともあり得るってことですね』
『それはそれで非常に楽しみですね!』
うっそぉ…。
念のため運営からのメールを開いて見れば、さきほどクチナシさんが行っていたことと同様のことが書かれていた。
第四試合の開始は一時間遅らせるけど、第五試合の開始は遅らせないって…。
私はちらり、とクレスの方を見る。
クレスにも流石に聞こえているとは思うが、どうやらそれを確認する余裕もないのか、先ほどと同様ソファーに項垂れたままだ。
「プラムさん、大丈夫?」
「えぇ、まぁ多分、ハイ。元々長期戦に持ち込もうとは思っていなかったので」
私の集中力的にも、ハチの燃費的にもそこまで長期戦が得意という訳ではない。
出来るなら先輩やメアリの時のような短期決戦で終わらせたいところだけど。
「そのためのアヤナは、まだ…」
「そっか、でもこの一時間で間に合うかもよ?」
「うーん、どうでしょうか、それでも結構ぎりぎりかもしれません」
さっき確認しに行ったが、むしろペースは落ちているようだった。
そういうものなのかもしれないと思う反面、このタイミングでそういう状態となると、大いなる神の意思が見え隠れもしてくる。まぁこの忙しいタイミングで、一プレイヤーの行動に茶々を入れてくるとも思えないけど。
「さて、と。ランカ、行けるね?」
「ようやく出番?待ちくたびれて寝ちゃうところだったよ」
「朝からほとんど寝てたくせによく言うよね、頼んだよ?」
「期待されるのは嫌いじゃないよ」
よっ、とベッド代わりにしていたソファからランカが飛び起きる。
後頭部の髪の毛が寝ぐせで逆立っていたが、数回頭を振ったら元通りになった。
「それじゃあ、行ってきます」
「頑張ってね、プラムさん」
「頼んだ」
私が負けるなんて微塵も思っていない目をした先輩と、相変わらずこっちを見ることも出来ずに項垂れているクレスの声に、一層気を引き締めて私たちは待機スペースを後にした。
「まぁ、ハンデだと思っておきなよ」
「ん?」
「試作機のこと。相手がどんなのかは知らないけど、アタシたち三人いたら流石に余裕すぎるっしょ?」
選手控室へと向かう道すがら、ランカがそんなことを言い出した。
頭の後ろで手を組みながら、私のちょっと前を歩くランカ。その表情はうかがい知れない。
「夢現がアタシたちの情報売ったって言っても、アタシの情報はまだそんなに出回ってないはずだし、そんな心配することもないって」
「ねぇ、ランカ」
「なーに」
「もしかして、心配してくれてる?」
私がそう言うと、すぐには返事がなかった。
少しの間、通路を歩く二人の足音だけが聞こえた。
「…別にぃ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべて振り返るランカ。
それはいつも通りの表情で。
その心遣いが嬉しかった。




