152.第三試合・承
151話のタイトルを変更しています。
本編には変更ありません
『第三試合を開始します!』
ブオーーーンっ!
サイレンが響き渡り、視界が遮られたと思ったら俺の身体は闘技場へと転送されていた。
あたりをキョロキョロと見渡し、画面で確認したことを改めて自分の目で確認する。
画面で見たのと同じなのを確認し、ずた袋の下の口角が上がる。
問題ねぇな。
前方、大分前の方に人影が一つ。
対戦相手のアラハバキだ。
相変わらずけったいな格好をしているが、見た目以上に対人戦に関しては強者だ。
俺はそのアラハバキへ向けて、ゆっくりと歩を進める。
対するアラハバキも、俺の方へと向かってくる。
一回戦で見せたハルキの速攻とも、二回戦でやられたイカ大根の特攻とも違う、ゆっくりとした立ち上がりに、周囲の観客からも若干戸惑ったような雰囲気が感じられた。
そのまま二人で距離を詰める。
二十メートル。
二人ともまだ武器を構えていない。
十メートル。
にわかに観客席がざわつきだす。
五メートル。
完全にお互いの間合いの距離に入った。
三メートル。
アラハバキの、土偶で出来た変わらないはずの表情が、にやけているのがわかった。
一メートル。
そこで俺たちは歩を止めた。
そしてそのまま右手で拳を作り、アラハバキに向ける。
アラハバキも、その土偶の手を俺に向けて出し、俺の拳にこつんと当てた。
「…くっくっく」
「…ふっひっひっ」
「くぅわーっかっかっかっかっかーーーっ!!」
「ひゃーっひゃっひゃひゃひゃっひゃーーーっ!!」
がらんとした闘技場に、俺とアラハバキの哄笑が響き渡った。
何が起きているのか理解が追い付かずざわつく観客席。
そして理解が追い付いた者から、事態を飲み込んで余計にざわめきは大きくなる。
「───裏切り?」
「───八百長か?」
「内通」
「出来レ」
「仕組まれ──」
「運営は───」
「──何が」
口々に想像の範疇を超えない憶測をわめきたて、しかしその全ては一つの意思に集約されていた。
───どうなっている?
顔を真っ赤にして怒る者、逆に真っ青にしてわなわな震える者、部外者であるがゆえにこの先の展開ににやにやと笑う者。
さまざまな感情が入り乱れ、そして刺すような視線が叩きつけられる。
怒りが頂点に達したものは観客席から飛び出そうとしているが、闘技場内には入れないようにエリア設定が行われているため、歯がゆく表情を浮かべている者が多数いる。
いいねぇ?
注目が心地よい。
この場の全てをこの手に掌握しているような高揚感。
環境が、人が、空気が、俺を主人公だと言っているように思わず錯覚してしまいそうになる。
おっと、そういえばこいつもいたんだっけか?
目の前にいるというのに思わず忘れてしまいそうになるほど、気持ちが高ぶっていたようだ。
ちったぁ冷静にならねぇといけねぇなあ?
「おいおい、このままじゃ観客様も訳わかんねぇだろうから、ちゃんと説明してやれよ?」
「俺がやんのかよ。まぁいいさ、お前のお陰で楽させてもらえるんだからな」
俺の拳にぶつけた手を下げ、アラハバキが観客席に向かって大きく手を広げる。
「さあさあ観客の皆々様!この度はこんなクソくだらない茶番劇のために集まっていただき誠にありがとうございます!
ワタシは天使族所属、アラハバキ!この第三試合を任された選手にござい!
そしてあちらに見えますのは、悪魔族所属の夢現!かの有名なCGを率いていた伝説的PK夢幻の別キャラクター!」
突然始まったアラハバキの演説に、観覧席の観客は困惑の表情を浮かべている。
「えぇ、えぇそうでしょうとも!なぜこのワタシがこんな演説まがいのことをしているのか!試合はどうしたのか!いったい何を見せられてるのか!
もちろん、もちろんお答えしますとも!
その答えは簡単、簡潔」
アラハバキは、一呼吸おいて。
「夢現は天使族の仲間なんだよ!」
その宣言に、闘技場にかつてないほどの怒号と歓声が響き渡った。
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「あいつ…っ!」
「嫌な予感、的中だね」
その光景をモニターで見ていた私は歯噛みし、手に持った豊穣神の恵みを折れるんじゃないかって程に力を込めて握りしめる。
「まぁそんなことだろうとは思ってたけど」
「ごめん、クレス」
「まぁしゃーない。切り替えていこ」
ある程度は察していたのか、その宣言を聞いてもクレスはそこまで動じていない。
しかしそれでも、夢現を選手にと連れてきた本人としては、しょうがないでは割り切れない。
「あいつ、戻ってきたら、許さない」
「戻ってくるかな?」
「これをあっさり私に渡すとは思えないから、何かしらの方法で回収するとは思うんです。
その時を狙います」
計画的に仕組まれたことなら、この豊穣神の恵みが私の手に渡ることも想定済みだろう。
このゴッドランクアイテムはそうそう簡単に手放していい代物とは思えないので、何かしらの方法で必ず取り返そうとするはずだ。
であれば、その時にこの借りは絶対に返してもらう。
「まぁ、次のプラムが勝てば一緒でしょ?切り替えて準備しておきな」
「そう…だね。ランカ、準備はいい?」
備え付けられていたソファーを一人で陣取り、ベッド代わりにしていたランカがだるそうに手を挙げて返事をする。
「ん、おっけーおっけー。アタシはいつでも行けるよ。アタシよりむしろ試作機の準備の方が、間に合うかじゃない?」
「そう、だね。もうちょっと早く気付いていたら…」
「ま、試合前に気付けただけでも上々じゃない?間に合わなくても、アタシ一人でもヨユーヨユー」
「その自信がどこからくるのかは知らないけど、もし本当にその時は、頼んだよ」
「任せなさい、操者」
アヤナが間に合うかどうかはわからない。
この土壇場で、こんな大きな賭けに出ていいのかと思う気持ちもあったが、しかしそれを望んだのは、アヤナだった。
『アヤナは、試したいです』
アヤナの明確な意思の主張。
アヤナ自身のことだからこそ、その想いを尊重してあげたい。
例えそれが、いかなる状況だとしても。
「本っ当にどうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろ…」
「後悔先に立たずってね。ま、人間、簡単なことほど抜け落ちるってね」
元人間の自動人形にそう言われては立つ瀬がない。
最近は後悔ばかりしている気がするけど、その中でも今回は特別に特大の後悔だ。
しかしそんなことばかり言っていても仕方ない。
クレスの言う通り切り替えて、自分の試合に向けて最終調整をしておかないと。
「ん、みんな、ちょっと待って」
「え、先輩どうしたんです?」
「何か、おかしい」
中継映像を見れば、アラハバキの演説が続いており、観客席の喧騒はさらに激しさを増している。
アラハバキは朗々と自分の功績をたたえ、悪魔族の間抜けさを笑い、天使族の勝利が間違いないことを、全ての観客にわからせるように悠々と歩きながら説いていた。
その口も、その歩みも止まることはなく、観客たちに十分に理解させたところで、夢現の隣へと戻ってくる。
カメラ映りを気にしてか、その場で立ち位置を決めるように足元の芝生を踏みしめる。
万全の体勢となったところで、アラハバキが夢現を促した。
『さぁ兄弟!そんじゃあこの茶番劇をとっとと終わらそうじゃねぇか!
そいじゃ、宣言してくれよな!勝者はどっちだぁ!?』
そう言って夢幻に振り向けば、夢現は肩を震わせている。
いや、何かおかしい。
夢現の様子か?いや違う。
観客の様子か?いや違う。
アラハバキの様子か?いやそれも違う。
違和感。
違和感。
もうそこまで出かかっているのに出てこないその違和感の正体───
『いやー、ひっ、ここまで上手くいく、くふっ、と笑いが止まらないもんだなあ?』
これ以上ないほどの喜劇を見ているように、笑い続ける夢現。
どうにか言葉を紡いでも、途中で笑いをこらえることが出来ていない。
なんとか気を逸らそうかと足元の芝生を蹴って、また笑う。
『おうおう兄弟。あんま勿体つけてくれんなよな?ほら、頼むぜえ?』
いや、おかしい。
おかしい?
おかしい!
芝?
芝生!
そうだ、芝生だ!
荒野のはずの闘技場に、どうして芝が生えているの!?
『あぁすまねぇな?そうだな、あんまり時間かけんのも悪いよなぁ?』
画面の向こうで夢現が首をひねる。まるでこちらが見えているかのように真っ直ぐ中継カメラを見ていた。
いや、違う。カメラじゃない!───あいつ、私を見てる!?
夢現の被るずた袋のしわが、まるで大きく弧を描いたような、厭らしい笑みに見えた。
『勝つのは、俺たち悪魔族だぜ?』
中継カメラの映像が、一瞬で緑に覆われた。




