注文
「先程から、聞いていますと、三年前のあの事件の話をされていますね?」
男はいきなり英子に向かって切り出し始めた。
「いいえ、サブローさん…、この方のメモが細かいって話なんだけど」
「いや、その前に」
「その前は、この方の娘さんが今日ベビーシッターに」
「わざとでしょう、わざと話をはぐらかしているでしょう?」
「なによ、勝手に他人の話題に入ってきて、失礼ね」
「お聞きしたところ、あの事件の関係者をお探しとか」
「そうかもしれないけど、あなたには関係ないことじゃない」
「それが大ありなんですよ」
「ほう?」
サブローはすかさずメモを取り出した。
「お待ちどうさま、レモンサワーと、中生です」
「あ、ありがとう、それじゃカンパーイ、でね、サブローさんのメモの話なんだけど」
背の高い男は英子がそう言うと、明らかに失望した顔をした。
「英子さん!」
「何?サブローさん」
「念のため話を聞きましょうよ。手掛かりになるかもしれないんだし」
「ええ〜。せっかくの乾杯なのにぃ?」
「私なら構わないわよ?」
さよりが何故かニヤニヤしながら言った
そう言うならと英子は気を取り直して
「私は伊澤英子、三年前のSAEビル爆破時未遂事件の調査をしているものなの。あなたは一体誰なの?」
「私は東海林秀一と申します。毎朝新聞で新聞記者やっています」
男は名刺を英子に差し出した。
「毎朝新聞?そんな新聞あったかしら」
なんだか、大手っぽいが聞いたことのない新聞社の名前だ。まるでドラマに出てくる会社だ。
「伊澤さん、最近はネット社会。新聞社もたくさん立ち上がっています。我が社も昨年ベンチャーで」
「はいはい、わかったわ、それであなた、三年前のあの事件になんで興味が?」
「私は企業犯罪に関する記事を書いていまして、そのなかにSAE社ビルの爆破未遂事件が引っかかりました。実はあの時、私は当時別の新聞社であの事件の取材をしていたのです」
「へぇ」
英子は少し体を乗り出して話を聞く姿勢になった。
「そうなの?それは是非話を聞きたいわね、私はあの時現場で爆弾処理をやらされたのよ。一般人なのに」
「やはり、あの時の直接の関係者でいらっしゃいましたか」
「その通りよ、ここのサブローさんもそうだわ。私たちはビルの爆弾の撤去をしたの、一般人なのに」
「私も当時あの事件を独自に調査したレポートがありまして、そのお話を今度させていただけませんか?」
「そうね、ここじゃなんだから、そちらにお伺いしても良いわ」
英子はそう言うと男は少し慌てた。
「そう、サブローさん、ここの”男は少し慌てた”って所、いいメモだわ」
「い、いや、私の方からそちらにお伺いします。お仕事はどちらで?」
「ここ、川崎よ、これ私の名刺」
「…PHOリサーチ、ほう、なんの略称ですか?」
「なんでもいいじゃない、とにかく、今週は何も入っていないので、いつでもいいわ」
「わかりました、後日また連絡します、会話に割って入って失礼しました」
男はそう言うと軽く会釈をして自分の席に戻った。なんだかずいぶん離れた席である。なんでこちらの会話に気づいたのか。
「なんだか、都合よく関係者が現れましたね、英子さん」
「そうね、まぁ、今はなんでも手掛かりになるならいいわ。ね、さより、こんな感じでいつもやってるのよ。遊んでるわけじゃないわ」
さよりは去って行く男を睨むように見ていたが、すぐこちらを向いた
「え、ええ、そうね。真面目にやってるじゃない、さ、飲も飲も」
…絵美のやつ、あからさまに怪しい送り方をしてぇ。とりあえず上手く行ったが、後で文句言ってやる。さよりは一瞬恨めしい顔をしたが、英子に気づかれまいと、気を取り直した。英子はくるくる変わるさよりの表情を不思議に思いながら、食べ物も注文しようと、店員を呼んだ。
「すみません、注文よろしいでしょうか?」
「はい」
「ええっと、卵焼きと、アジの一夜干し、マグロぶつ…」
「はい、あの…ぉ」
「何?どうしたの?注文は以上よ」
「さっきの話、聞いちゃったんです」
「さっきの話って?この”男のメモがすごい”って話?」
「違います、爆破未遂事件のことです」
「えっ?」
さよりは、顔を覆ってその場に突っ伏した。




