豪邸
「ふたりめ」
翌日夜、英子とサブローは加藤にアポイントを取った。依頼人とはいえ、事件の一番の当事者の加藤の話を聞くことは重要である。加藤は二つ返事で聞き込みの依頼を引き受けた。待ってましたとばかりである。
サブローは昨日の榊原の聞き込み内容の詳細をPCに打ち込んでいた。榊原の仕草や行動まで「そのとき、お茶を一口飲んで…」であるとか「英子さんは、ぬか漬けを二度噛み…」とか全くどうでもいいような内容まで記録していた。
それが終わるともう、加藤の聞き込みの時間になっていた。
「サブローさん、いくわよ」
「あ、英子さん、待って。ボイスレコーダーを持っていきます」
「あ、大事よね、そういうの。私、全部頭の中で覚えようとしていたわ」
「私もそうですけど、機器に記録された情報はいくらか足しになることもあるので…」
サブローと英子は川崎の事務所を出ると、加藤の住む横浜へ向かった。これまた、山下町に近い一等地である。金持ちのボンボンであることは疑いもなかった。
「うへぇ、このあいだの広尾も大概でしたが、この辺りもなんだか別世界みたいですね」
「そうね、このあたりは古くからの名家も多そうね」
「やはり、英子さんは、訳のわからない機械とは無縁のこういうところに住む男性とケッコンして、あのような邸宅でお休みの午後にテラスでお茶を飲むような生活に憧れるのでしょうか?」
サブローは目の前にある豪邸を指して言った。
「け、けっこんはしないしっ、お嬢様に憧れている訳ではないのよ。それにやっぱり古い家ってのは色々しきたりがありそうで面倒よね。私は東京の方が好きかな、異邦人を受け入れる雰囲気があるもの」
「横浜にはそういうのがないのですか」
「そう、やっぱり横浜の人間てのは変にプライドが高いし、地元意識が強い人が多いわね」
「そんなもんですか」
「なんていうか、横浜だけで十分世界を作っていけていると思っているのよ」
「帰国子女なのに、詳しいんですね」
「帰国子女だからよ」
「え?」
「帰国子女ってのは意外にそこにずっと長く住んでいる人より日本や地元のことが詳しかったりするものなのよ、みんなと馴染もうとするからかしらね」
「そういうもんですか」
「そういうものよ」
そうこうしているうちに二人は加藤の住む家にたどり着いた。先ほどサブローが指差した邸宅より少し小さかったが、それでも大きな家であった。
「こ、こんなところのおぼっちゃまだったのね、あの男は」
「おぼっちゃまって、英子さん、今時w」
英子が呼び鈴を押すと、老人が出た
「どちら様でしょうか?」
「あ、こちらの真一さんと本日お約束している、伊澤、伊澤英子です」
「あ、おぼっちゃまの」
「…おぼっちゃま?、え、ええそうです」
「少々お待ちください」
サブローと英子は顔を合わせて笑った
「おぼっちゃまでしたね、英子さん」
「おぼっちゃまだったわね、サブローさん」
しばらくすると、門の前に加藤が現れた。
「やぁ、英子さん、それに…、ええっと」
「サブローです、中野三郎」
「ああ、サブローさんでしたね、よくきていただきました、ご案内します、こちらです」
長い庭の道を通って玄関のドアを開けると、執事と数人メイドが立っていた。まるで漫画か映画のようないでたちである。
「今日はあいにく父母が不在にしていましてね、ご挨拶できなくて残念です」
「加藤さんはずっとかこちらにお住まいで?」
「いえ、帰ってきてからはここはこの家ですが、以前は広尾の方に」
「あ、そうですか」
サブローは聞いて損したという顔をした。この男も違う世界の人間なのだと思い知ってしまうだけであった。やはり外資の大企業にいるというのは、そういうハクみたいなものが大事なのだろうか?
「サブローさん?」
「たまたま加藤と、榊原さんがお金持ちなだけ。私の父は普通の会社員よ。海外勤務だっただけで」
「あ、そうですか」
「あなたの奥さんは、魚屋の娘よ」
「そう言えばそうでした」
「このあいだの私の話なら気にしないで。もう、セレブな生活に憧れていたりしないわ。そんな事したら、川崎にある私の焼酎とかどうなっちゃうのよ」
「英子さん」
「何?サブローさん」
「お酒も随分と?」
「何よ、悪い?」
「さて、こちらです。こちらでお話ししましょう、どうぞお掛けになって」
加藤は英国風の居間に二人を通すと二人に長椅子を薦め、自分は一人がけのソファに座って話を始めた。




