受託
数日後、英子は加藤に仕事を受ける旨の電話連絡をした。3年前のSAE社ビル爆破未遂事件の500万円の依頼を受けることにしたのだ。
「え?受けていただけるんですか?本当ですか?」
「ええ、決心したわ。私も前に進むために、過去のトラウマと対峙することにしたの」
「ありがとうございます、ありがとうございます。警察は私に謝るどころか、全く捜査を進めていません。目下訴訟を起こす準備をしている最中で、私もなかなか関われなくなってきているのです。英子さんが調査してくれるということであれば、大変心強いです」
「さぁ、どうかしら、事件なんて調査したことないもの。私も私のスタッフも。とりあえず調査計画を立てて見積もりを送るわ。あなた今のお住まいにFAXは?」
「メールなら受け取れます」
「それでは見積もりをPDFで送るわ」
「わかりましたメールアドレスは先日お渡しした連絡先にあります」
「承知したわ、それでは送ったらまた連絡する」
ガチャ。
「英子さん、ケータイを使わず、オフィスの電話なんて今時準備して」
「サブローさん。3年前の私は、犯人になんらかのルートでアドレスをつきとめれれてしまい、LIMEでさんざん脅されたのよ。今回またそんな目にあったら立ち直れなくなってしまうわ。ステークホルダーにはできるだけ、自分の個人情報を知られないようにする。ケータイもプリペイドのものをこの事件専用に契約するわ」
「さすが英子さん、バッチリ予習してらっしゃいますね」
「ええ、この間はさよりに邪魔されたけど、アレから7日間。みっちりこのVRヘッドセットと、スパイゲームで基礎知識を身につけたわ」
「動きがカクカクするようなことは?」
「皆無だったわ、さすがサブローさんが組んだマシンね」
「恐れ入ります。細心の注意を払い、このゲーミングPCを組ませていただきました。私が組んだ中でも最も高性能なマシーンです。CPUはインチェルのi9、グラフィックボードはATTのドラゴンE3、RAID50、フルSSDに水冷装置。ありとあらゆる贅を尽くしたものになります」
「よくわからないけど、カクカクはしなかったわ。止まったりもしなかったし」
「最高の賛辞です。これ、請求書です」
「えっ」
「言われた通り纏めておきました」
英子は請求書に書いてある数字の0を見て目を丸くした。
「ひゃ、150万円って、何?車?サブローさん。社用車買ったの?」
「いえ、高性能なPCの組み立てにあたりベンダーに一任して部品から何から指定して調達してもらい、ついでに組んでもらいましたところ、このような請求に、米国で手に入れたボードが効きましたね」
「ぱ、ぱそこんに150万円!?、あた、あたしの年収ぐらいのお金がこの四角い箱に?」
英子はめまいで倒れそうになった。
「いやまさに、そこが高度なテクノロジーの欠点でして」
「サブローさん。もう一本にしてなんて言わない。全部領収書は私が処理するから、今度からサブローさんが何でもやって」
「承知しました、仰せのままに」
そうなのだ。この男は利益貢献などできない男。パソコンヒモ男なのだ。普通の指示は意味をなさない。放っておけば女の資源を食い尽くし、自分の好き勝手に’パソコンをする’。そういう男だった。さよりのような、ハッキリした強気の竹を割ったような性格でない限り、この男と付き合うとズルズルこういうことになる。英子には到底向いていないパートナーなのである。
しかし
「なんとなく好きなのよねぇ」
「え?英子さん、何か」
「いえ、なんでもないわ」
なぜ好きなのかはわからない 。以前それを突き止めようとしたこともあった。しかし、自分にはわからなかった。なぜこの男が数々の女性に好かれるのか。そしてなぜ未だにコンピュータにこだわったことしかやらないのか。いずれ分かる日が来るのだろうか。そんなことを考えたところで、何の特にもならない気がした。とにかく今はサブローがいてくれて何となく助かっている。それで充分な気がした。
「ところで英子さん」
「何よ」
「調査計画の当たりはついてるのですか?」
「それがさっぱり、だって事件なんて調査したことないもの」
「やっぱりアレですかね、基本的に…」
「ええ〜あれ、やるの?」
「やりましょうよ、’聞き込み’」
「だって暑いじゃないまだ。雨も多い季節だし」
「10月になればマシになりますよ、とりあえず見積もりが必要でしょうから、項目を埋めないと」
「わかったわ、まずは聞き込み調査を1ヶ月。日給5万、半月調査で100万円ね」
「そうですそうです」
「じゃあそれで見積もり送っておくわ、サブローさんは聞き込みで何を聞くかを考えておいてくれる?」
「え?私がですか?技術用語ナシで?」
「ええ、マニアックな用語はナシで考えるのよ。さよりを使ってもいいわ。ライターなんだから何か思いつくでしょ」
「わかりました、なんとかします、聞き込みのためならば!」
「ほんと、刑事物にミーハーなのね、サブローさん」
「ええ、’因縁の事件’といよいよ対決です!ぞくぞくしませんか!英子さん!」
「あーあー、わかったわ。うーぅぅぅ、私また吐き気がしてきちゃった。今日はこれで帰るわ、見積書は明日送る。質問事項、よろしくね」
「承知しました」
英子は口元を抑えながら、事務所を後にした。アパートで寝込んでいると、また爆弾魔の出る夢にうなされたのだった。汗だくで目がさめると天を仰いで喘いだ。
「うーうーうー、ぜぇったいつかまえてやるぅ」




