仮想
ガチャ
さよりが合鍵でドアを開けると、栗毛のウェーブがかかった長髪、ギバンシーのタイトスカートを履いた30半ば過ぎの女が頭に妙な被り物をして、ふらふらと部屋をさまよっていた。
さよりはしばらくその様を眺めていたが、しびれを切らして女に話しかけた。
「…子!、…子!」
「はっ、いやぁぁぁ、あっ、あーん、ひゅるるるる」
「…子、…子!」
「はっ、はっ、あっ、あっ、あーーーッ」
「英子!英子!」
「ああー、やばいやばいやばい、もうだめもうだめもうだめぇ〜」
「英子!」
だめだ、女は完全に没頭していて、こっちの呼びかけなど全く聞いていない。
「ああっ、ああー、ダメダメダメ〜」
ブチッ。
さよりは女が被っている被り物につながっている線を引き抜いた。
「ああっ、あれれれれぇ〜、真っ暗。真っ暗なのよ〜」
「英子、わたしよ」
女はハッとして頭にかぶっていたものを外すと、さよりに向かって怒りはじめた。
「何すんのよ!もう少しでステージクリアだったのに!」
「英子こそ何よ、私が来てからもう15分以上経つってのに頭におかしな機械を被って奇声をあげて!」
「おかしな機械って何よ、これは絵美から借りたシミュレータよ。これをあ・な・た・のダンナが組んだPCと繋げて仮想現実の事件を解決してたのよ」
「仮想現実?」
「そう、世の中には物騒な事件を持ってくるクライアントもいるじゃない?」
「まぁ、そういうこともあるかもね」
「でもいきなりそんな難事件なんてものにこの私が対峙したら、怪我とかしかねないじゃない」
「まぁ、そういうリスクもあるかもね」
「だから、その時のために、このシミュレーターを使って難事件を解決しておくのよ」
さよりは呆れた顔をした。
「要するに」
「要するに?」
「ヒマだからゲームで遊んでたのね?」
「えっ?」
「ヒマだからゲームやってたんでしょう?」
「さより、あなたってば…」
「何よ」
「ほんと人の話聞かないわね」
「英子こそ聞いてないでしょ!、平日の昼間っからゲーム三昧で、脳がゲームになってるんだわ」
「人聞きの悪い。最近危険な依頼があったんだって」
「ほんとかしら、ちょっとお金ができたからって、サブローさんもあなたも事務所をゲームパソコンだらけにして昼間っから一緒に遊んでるんじゃないの?あたしの知らないところで二人の世界をつくろうってのねッ」
「な、何言ってるの?さ、さよりさん。それよりあなた、加藤、加藤を覚えている?」
「あぁ?ああ、あの爆弾で捕まったケイトーのこと?」
「そう、そのケイトーが出所して先日、うちの事務所に顔を出して、例の爆弾事件を調査してくれたら500万出すっていってきてるのよ。」
「500万!!」
「そう、500万よ。500円じゃないのよ。でも爆弾事件でしょ?とてもじゃないけど、今の私じゃ受けられないわ。そこで、私のブレインに相談したってわけ。やはり、危険な任務の前には訓練に勝るものはないと」
「絵美が言いそうなことね」
「やはりシミュレーターで訓練するのがいいって話になって、絵美が持て余していた、VRキットをサブローさんが借りてきて、PCのセットアップをして、私がゲームをインストール、そして、訓練してたってわけなの、絵美にはこの機会の使い心地をレポートすることにしてるの」
「やっぱゲームなのね」
「えっ?」
「ゲームをインストールしたって言ってたじゃない」
「えっ?」
「やっぱりゲームで遊んでたってことね」
「いや、そのぅ」
「それで絵美の代わりにその機械の体験レポートを書いて小銭稼いでるんでしょ?そうでしょう?」
カチッ、フー
英子はタバコに火をつけた。話題を変えたいのだ。
「そういえば今日、サブローさんは?」
「家で子守してるわ、今日は私がこっちに出て手伝う日なんだもの」
「きっちりしてるわねぇ、娘も連れてみんなで来ればよかったじゃない」
「あんた、よくそんなタバコをスパスパさせてそういうことが言えるわね」
「まさか、子供に前で吸うわけないじゃない」
「もう、英子に会わせるだけで、娘が汚れるわ。ぜったいにあなたには会わせない。いろいろ伝染りそうだし」
「失礼ね!」
「それより、その500万、受けるの?」
「どうしようかなぁって思ってるのよ。金額は魅力だけれども、危険だし、あまり仕事的なメリットも感じられない。要するに金銭だけって感じがするのよ」
「危険な目にあって、それでメリットが金銭だけじゃね」
「そうなの。なにかこちらになにか金銭以外にいいことがあるか、それとも」
「それとも?」
「受けて解決しておかないと、将来が不安になるようなネガティブなことがあるか?」
「確かに英子やサブローさんは当事者ではあるから、それもないとは言えないわね」
「でも、ここ3年そんなひどい目に…いや、会社をクビになったりマンションを二束三文で売って貧乏になったりしたけれども…」
「そうね」
「タバコも中毒になっちゃったし、卑屈になったし、なんだかキャラも変わってしまったわ」
「以前の英子の真面目さは何処に」
「夜も未だに眠れないし、あ、精神科の先生のところはね、行き始めたの。でも全然変わらないわね。相変わらず朝は吐き気で目がさめるの」
「英子…」
「夜になると、頭が締め付けられるように痛くて、気づくと奥歯を噛み締めて何時間も過ごしてるの」
「英子、仕事、受けなさい。トラウマを克服するのよ」
「やっぱりそうなるわよね…」
「あ、あたしもサブローさんに変な後遺症がないか念のため聞いておくわ…」




