堕落
5「とはいうものの」
A子「なんとなく会社を作れば仕事がくる気がしたのよねぇ、やっぱそんなことなかったかぁ」
英子はSNSの自分の会社コミュニティーにおもわず愚痴を投稿した。
自分がもう、かつてのバリキャリビジネスウーマンではないことをうすうす感じていた。かつて自分が忌み嫌っていた人種、「ヒモ、ニート、干物」こういった類の人種に自分がなっている自覚が、日1日と芽生えてくる。いや、もう数年前からとっくになっているのだが、精神的にはなっていないというか…。
「いや、芽生えてはいけないわ」
しかしこのままではきっと抗えない。大人になってからの人格の上書きというのはその人の残りの人生を決定付けるらしい。
半年前、勢いよく会社を立ち上げる宣言をしてみたものの、お金になるような問題も、案件も、パソコン修理もないのであった。
パソコン関係はサブローがちょこちょこ今や絶滅種になりつつあるノートパソコンやらデスクトップパソコンの問い合わせや、回収業の手伝いをしているぐらい。そう、かつては頼みの綱として機能したパソコンの問題も、時代が進み、機械の90パーセントがモバイルになってしまうと、たんなる大型資源ゴミの廃棄に関する問題に成り下がってしまったのである。
ネトゲやら、デイトレードやらやっている人間にはパソコンのニーズはまだそれなりにあるものの、わずかしかいないそんな業種・人種の仕事などそうそうなかった。
英子がかつて精力的に集めていたパソコン問題もどんどん減少傾向であったのに、勢いで会社を作ってリカバーしようとしても何も変わらないのであった。
あてにしていたかつての古巣、SAE社の部長はすでに転職しており、コンサルタントとして独立しているとのこと。社名だけでも聞こうと思ったが、守秘義務があるとやらで教えてもらえなかった。
結局出産・育児で忙しい、さよりの出版関係のエージェントの仕事がちょろちょろあるのと、絵美からのサブローに対しての調査依頼があるのみ。
A子「もっと大口の案件がなければダメね!、屋台骨になるような」
サブロ「すみません、パソコンのことしか脳がなくて」
A子「いえ、いいのよサブローさん、それにこちらだってほとんどお給料出せていないし…あなたが私の側にいてくれるだけでも精神的な支えとなっているのよ。すくなくとも会社を設立以前のような不安定な私ではないわ」
英子は心療内科の薬袋を横目にSNSにそう書き込んだ。中身はほとんどなくなっている。
「もう長い間病院には行ってない…、最近また眠れないし、眠剤だけでも貰いたい、でも先生にももう会いづらいし何時間も待たされるし」
考えただけで頭が締め付けられるように痛くなる。英子は膝を抱えてタバコに火をつけ、天井に向かって息を吐いた。机の灰皿は吸殻で溢れかえっており、アパートの天井はとっくにヤニ色になっている。
SNSで強がってみたものの、サブローが果たしている精神的な支えの成果は、以前のようにに人目をはばからず号泣しなくなったぐらいである。結局それはサブローが近くにいることによって自らが感じる劣等感と他人への嫉妬がゆるくなっているということだけである。
ああ、なんとかならないのか、この低空飛行。預金通帳に残ったお金も50万円を切った。このまま無職では半年も保たない。誰かにパラサイトしようとしてもこんな姿の自分じゃ到底…。
電話がかかってきた。さよりからだ。
「ハーイ、メンヘラ貧乏ヤニ女、わたしのきれいな赤ちゃんに近づかないでね」
「あなた、見てたの?見てたのね」
「冗談よ冗談。それよりあいつが出所するらしいわよ」
「あいつって?」
「あいつよ、爆破未遂犯ケイトー、加藤真一。あなたの元同僚でしょう?」
「なんでそんなことがあなたにわかったの?」
「私の自伝本のSNSアカウントのメンションでね、暴露されてたのよ、そのうちケイトーからあなたのところに連絡が入るかもしれないわね」
「やめてよ物騒な」
「まさかあいつも、あんたがボロボロの生活をしているなんて思ってもいないでしょうね」
「まったくそのとおりだわ。逆恨みされた挙句、こんな人生になってしまうなんて」
「逆に出所前に面会してみれば?」
「なんでよいやよ」
「会って釘を刺しておけば、かえって変なことにならないかもよ。いまやケータイさえ手に入れて仕舞えば、あなたの居所なんてすぐ分かってしまうわ」
「それも一理あるわね。どこにいるのかしら」
「え?まさか本気?やばいんじゃない?」
「本気も本気よ。あたしあの事件には今でもちょっと疑問点があるのよ」
「どんな疑問点?」
「ケイトーが捕まる時にいっていた、’あいつの仕業’という言葉。あの小物がビル爆破なんてちょっと不自然だなってずっと思っていたの。それに3年なんて出所が早すぎるわ、おそらく何かあったのよ」
「わざわざ自分から危険なことに飛び込むつもり?」
「さより、これでも探偵社の経営者なのよ。それにあの事件はわたしが決着をつけなきゃいけないんだわ」
「わかったわ、気をつけてね、どこにに入所しているかはメールで送るわ」
「ありがと」
英子は電話を切るとタバコの火を消し、洗面所で鏡を見た。ひどい顔だ。化粧をしなおし頬をパンパンと叩いた。
「何度目かわからないけれども、今日こそ行動をするわよ!」




