転落
第3部
登場人物
伊澤英子・・・このお話のヒロイン、探偵社を経営
中野三郎・・・パソコンに詳しい男、一児の父、主夫
中野さより・・三郎の妻、フリーライター、作家
青柳絵美・・・クリエイター、サブローに仕事を斡旋する。
榊原’サンダース’良一・・・かつての英子の上司、経営コンサルタント
加藤真一・・・かつての英子の部下
1「人生、ひきこもごも」
事件から3年が経った。今日は一条さよりと中野三郎の結婚式である。
英子は事件後間もなく会社を辞めることになった。結果的には事件の責任を取らされる形となったのである。
「なんで、なんで私みたいに仕事のできる女が⁈し、信じられない、信じられないわ」
3年前、英子はオフィス内で他人の目もはばからず、涙ながらに叫んだものだ。今から考えると、会社に多大な迷惑をかけたのだから、仕方のないことだったのかもしれない。
企業というのは個人の正当性なんておおよそ通じない組織である。組織としてプラスの人材なのか、そうでないのか、というところが社員の存在意義の判断の基準である。特に外資系の会社はその判断を雇用調整で行うのだ。つまり、クビである。
クビになった人材に世間の風は冷たい。特にここ日本では。しかし、アメリカの大学を出てから日本支部にいた英子には海外に人脈もなく、日本企業に頼るしかなかった。しかし仕事人間だった英子は職種経験が少なく、どの企業も採用を敬遠した。
英子はマンションを売り、借家に引っ越した。
「なんで、なんで私みたいなお金持ちが⁈信じられない、信じられないわ」
1500万円あった収入はゼロに。とにかく借金を抱えているのはまずいと、早合点した英子が自分でマンションを売ったのだが、結局他の街など知らず、川崎の少し不便な地域へと引っ越しになるだけであった。借金はなくなったものの、残債の返済や引っ越し費用などで資産はほとんどなくなってしまった。
勧められるがままに入っていた保険や、焦げつかせていた投資などはすべて解約したが、それでも結局はわずかに残った蓄えを崩していく毎日である。
「なんで、なんでこんなことに・・・・」
英子は泣きながら結婚式の二次会会場端のテーブルで、一人クダを巻いていた。絵に描いたような転落である。そして転落のきっかけとなったサブローとさよりの結婚式に出ていた。壇上で着飾った二人は幸せそうで、光り輝いて見える。
一方のさよりは自著の出版が成功し、今や華麗な印税生活である。それでサブローと自分の家族を養うには十分と判断し、結婚へと踏み切った。サブローも長い間一緒に住んでいて、経済的にもパソコンの話題の供給も安定しているさよりとの結婚を快諾した。
「あ、あたしが、あたしがあの男にパソコンの問題を、問題を……」
そう、実際はパソコンの問題を英子が彼らに提供し、サブローが解決をする。そこで起こる日常的なドタバタをさよりがネットのブログに書き、そのまとめ本が大ヒットしたのである。
しかしそんな事情など、だれも知らない。唯一この女を除いては
「英子さん、あなたの転落人生は確かに不幸よ。でも彼らの成功は、何かを解決した。つまり、何かを作り出したから訪れたに他ならないの。あなたはそのきっかけを供給しているだけ、いわば情報屋みたいなものね。その対価は命を削るわりにはあまりにも低い、と言わざるをえないわね」
「絵美!あんたが、あんたがやれっていったからでしょうが!」
「わたしは何もあなたの生活を崩壊させなさい、なんて言ってないわよ、再就職できなかったのも、今、あなたが貧困にあえいでいるのも、あなたにその要因があるのでしょう?」
「ひっく、そう、そうだけど」
「ひとつ提案するわ、あなた、何か会社を経営すればいいんじゃないかしら」
「ひっく、ええっ?」
「パソコンの問題をあれだけ引きつけられるのだもの、何か問題を解決する会社を設立すればいいじゃない?サブローさんだって、あなたの経営する会社なら手伝ってくれると思うわよ。彼は誰から自分に情報が来ているかおそらく知っているんだもの」
「でも、パソコンの問題なんてそうそう」
「パソコンの問題は、彼、それ以外はあなたが解決すればいいじゃない?コンサルタントだったんでしょう?、泣いてばかりいないでしっかりしなさい。何も作れない自分を肯定しなさいよ、すべてはそこからだわ」
「そう、そうね。たしかに私、何かを作り出すことはできないけれど、すごい頑張り屋で、仕事ができる女なの。忘れていた。忘れていたわ」
英子は長いボサボサの髪を搔きあげ、泣き顔を整え、新たな人生を歩む決意をしたのであった。




