焼鳥
「ってわけでぇ、全然思い通りいかないのよォ、サブローさん!」
「はぁ」
英子は新橋の焼き鳥屋でクダを巻いていた。相手はサブロー、そしてサブローの監視にやってきたさより。
「監視って何よ、失礼ね」
「だってそうじゃない」
「あんたこそなんでいるのよ」
「わたしはれっきとした仕事の依頼よ、サブローさんに」
さよりの向かいには銀色のノート端末をカチカチさせながらバラした焼き鳥を箸でつまむ絵美。
「どうせまたろくでもないワードを送りつけてきて、私たちの生活を邪魔するつもりでしょう」
「そんなことないわ、今度は三十路女を社会的に抹殺するにはなにが手っ取り早いかのトレンドサーチよ」
「そんなトレンド、どこにあるってのよ」
「ここよ、ここ」
絵美はなにやら依頼らしい怪しいワードが集まった一覧表を持ってヒラつかせている。ちなみに焼き鳥の味付けは英子の好みですべてタレである。テリヤキに似たタレ味は帰国子女の英子に優しい味なのである。ありがとう、ジャパニーズ・グローバル・スタンダード。英子の前には日本酒の徳利がゴロンゴロンと転がっている。
「あんたも酒飲みなら焼き鳥は塩で頼みなさいよォ」
「いいじゃない。好きなんだから」
「おかげで全部タレで来ちゃって、私たちが食べられるのがないじゃない」
「タレで食べなさいよ、タレで。嫌ならあんたお金払いなさいよ。」
今日の飲み代はすべて英子の奢りなのである。それにつられてサブローは来たのであった。サブローにつられて、他の二人は来たのであった。サブローだけ来ると思っていた英子はのっけから不機嫌で、日本酒をどんどん注文したのである。
「それより、サブローさん、あたしの悩み、聞いてくれた?」
サブローは3人の女に圧倒されながらも、英子に答えた。
「ええ…つまり、英子さんは…、新しい会計システムを開発するって事なんですかね?」
「違うわよ、今のシステムを、新しいお客様に導入するプロジェクトよ!」
「いままでのお話を聞いていますと、そのように思いましたので」
「まったくどいつもこいつも、まともに資料も作れないって訳ぇ?」
「残念ながら…」
「何よ」
「資料作りをしてないものですから…何とも」
「もぉいいわよ〜、ちょっとさより、あんたも元プロジェクト要員でしょう、何かないの?」
「何かって言われても、そんな上流、あの頃のあたし達やってなかったじゃない」
「でも何か見たでしょう?。4年前、違うお客様にシステム導入したのだから」
「うーん、あたしがあの時いたのってプロジェクトが火を噴いてるからって整理を頼まれたって事が発端なのよね。開発当初からは、あたし達、居ないもの。社内の人に聞いた方が早いわよ」
「聞いたわよ、あのサンダースに」
「サンダース?!あのサンダースに?歯がキラーンって光るより重要な事言っていた?」
「"営業によく話を聞くように"と、で、聞いてみた結果がさっき話した内容ってワケ」
「結果が"ケイトーwww"と変わらなかったって事なのね?ところで"ケイトーwww"ってどういう意味なの?」
「知らないわよ」
「おそらく…」
「知ってるの?サブローさん」
「何をですか?」
「ケイトーwww」
「それは知らないです…資料というのは…」
「知らないならいいわよ、無理しなくても」
「わかりました」
それからしばらく、英子の普段の苦労話を聞いた。あまりにも難しく、そして激しい苦労話だったため、サブロー達は追加注文したマカロニサラダも喉を通らない思いがした。
すっかり酔っ払った英子は結局意識が長続きせず、勘定はサブローがバイト代を前借りする形で、絵美が払った。英子はもう歩けそうになかったのでタクシーに押し込んできた。
新橋から川崎だと〜、まぁ奢るつもりだったんだからそこそこ持ってるだろう。
「あっ」
「どうしたの?サブロー君」
「パソコンの比較表、お店に」
「いいじゃない、またプリントすれば」
「書き込みがしてあったもんだから。でも仕方がない、諦めるよ」
さよりはなんとなくホッとした気がした。なぜならここのところずっとサブローはあのシートばかり見ていたからである。




