意識
3 意識の高い人々
1週間後、SAE社、20階プレゼンテーションルーム。
プレゼンターの加藤真一は、ジーンズに黒いセーターで下手袖から現れた。数日前から剃ってないだろうと思われる無精髭に、にこやかな笑顔。
「これまで、我々は、経理システムであるアルファ、アルファプラスを開発してきました」
「そして今日、我々は、経理システムを再発明します」
「入力・計算・出力を一体化した」
「アルファプラス・NEOです」
「・・・・・・・」
「なにも起きませんね」
「当たり前よ」
「何故ですか?」
「何故って言われても」
「湧くはずなんですけど、ここで」
「何が?」
「観客が」
「観客なんていないわ。報告先ならあるけれども」
「報告先?」
「ええ、先ず私に、なぜサイドテーブルで済む資料の相談に、時間100ドルのプレゼンルームを選んだのか?からかしら」
「今日は大事な資料の発表があるので、会議室取っておきますね?と言ったじゃないですか。観客を集められなかったのは上のミスでは?」
「たしかに、あなたに資料作成をお願いしたのは私のミスかもしれない」
「ははぁ、これはアレですね?」
「何よ」
「逆境です。優れた人間が必ず味わうという落胆シチュエーション」
「それを感じてるのはあなたではなく」
「はい?」
「わたしよ」
「言われた通りやったつもりなんですが」
「わたしは、各社が持ってきた提案資料を、”わかりやすく”まとめてちょうだいと言ったのよ」
「はい」
「なんでそれが、我が社の新しいシステムの開発発表になってるのよ」
「各社の資料を、わかりやすくしようとすると、このような発表になったのです」
「ちがうわ」
「なにがですか?」
「あなたは5社あった資料の言っていることを束ねて勝手にストーリーを作ってるのよ」
「それがまとめるという作業では?」
「ちがーう!。各社の言っていることや特徴を調べて、判断の材料にする、それがあなたの作成すべき、し・りょ・う!」
「だって英子さん悪いですよ」
「なにが悪いのよ」
「なんのお手本もないのに、そんなの急に」
「わかったわ、わかったわ悪かったわ。その点は」
「まったく、そんなことだから部下が苦労するんですよ」
「とりあえず、過去にやった形があるから、それをメールで送るわ。それを参考に作ってちょうだい」
「承知しました。最短1週間でいいですか?」
「なに言ってるの。もうあれから1週間経ってるのよ。3日よ、3日よ」
加藤の表情からは絶望が感じとれた。今度一体は何を作るつもりなのだろうか。
英子はプレゼンテーションルームを後にすると、次の打ち合わせに向かった。有力と思われるベンダーの営業に、資料を少しまとめてもらうようにお願いしてあるのだ。うまくいくようだったらこの会社にマネージメントをお願いしてもいい。
「本日手前どもが用意した資料です」
「ありがとうございます、これ次第によっては、御社の業務委託範囲を少し広げることも考えたいと思っています」
「左様でございますか。ありがとうございます」
「御社はこれまで、アルファ、アルファプラスと、経理システムを開発してきました」
「そして今プロジェクトでは、アルファプラスアルファを・・・・」
「・・・・・・」
なぜ、何故なの。ただ資料をまとめてほしいというお願いがそんなに難しいものなの?たしかに具体的な提示はしていないけれども、なんで新しいシステムを開発するなんて話になってしまうのか。その後自分のデスクに戻ると、加藤が新システムの開発をあちこちで吹聴していたらしく、さんざん同僚に茶化された。
あの榊原にまで
「英子くん、新システムの開発なら、コンペティションに申し込んではどうかね?」
と言われる始末。
英子はその後、後輩が残した足跡を消して回る仕事で1日を終えてしまったのであった。




