性能
2「スペック」
榊原は数々のプロジェクトを成功に導いた事業推進のプロであり、英子の社内の相談相手の一人であった。
「榊原さん。いえ、ちょっと個人的な事です」
「ほう、仕事人間と思っていた君にも何かプライベートで悩ませるような人が現れたって事かな?HAHAHAHA」
「いえ、いえ、そういう色恋沙汰のようなものではありません。困った人たちの相手をさせられているってところです」
「まぁ、悩み事があるのならば、なんでも相談してくれたまえ」
「あ、そういえば」
「なんだね?」
「業社の選定について、ご相談したい事があります。なんだかどの会社も同じに見えてしまって」
「ああ、そういうのはよくあるだろう。大事なのは自分たちが何をしたいかだな。それさえわかれば、自ずと、どこにすれば良いかは見えてくる」
「はぁ、しかしやりたい事をこちらが提示しても、帰ってくる提案が似たり寄ったりなのです」
「そういう場合は、そうだな、営業とよく話し合うことだね」
「やっぱりそうなりますか」
「HAHAHA、わかりあうことが一番大事さ」
面倒だ。そもそも、会って話したいような営業もいない。榊原のように何度もプロジェクト成功をさせたネームバリューのある人間がプロマネであれば、相手も一目置いたり、話せる人間を送ってくるのだろうが、こちらはこれから立ち上げるプロジェクトが実質初めてのようなものだ。そんなヒヨッコ相手にじっくり話をするようなことはして来ないし、こちらも現時点でそこまでディープな話をする気もない。
「まぁ、ちょっと悩んでみるか、営業さんにもメールをしてみよう」
その頃、三郎とさよりは各々自宅事務所にて作業していた。さよりは音読を始めた。音読、結構大事だ。読んでみるとおかしい所がよく分かったりする。
「クラウドコンピューティングによるデータセンターの発展はすなわち将来的には多くのIT業界の人材をオペレーション業務からの解放を促すものであり、未来のIT業界の人材育成は・・・・・うーん」
「どうしたんだい?」
「あ、サブローくん。これからのIT人材ってテーマでね、今、原稿を書いているのだけれども」
「うん」
「電脳でできることがどんどん増えていって、やることも標準化されていくと、必要な人材はどんどんクリエイティブ業に近づいていくような気がするのよね、大企業も同じような仕事はどんどん外注化を進めてしまって、もっとやりたい業務に集中することになる。そうなってくると求められるIT人材は二分化され、その先には・・・・・」
「うん」
「わかってる?」
「わかってないかも」
「そうよね、私、こんなこと書こうとしているのに、世間にはパソコンの面倒見るだけって人が重宝されて生きているわけなんだから」
「そうだね」
「サブローくんのことよ」
「わかってる」
「サブローくん、最高」
「ありがとう」
「私にとってサブローくんは全て」
「うれしいよ」
さよりはそう言うとサブローにキスをねだった。二人はゆっくり唇を重ねた。なぜこうなってしまったのか。さよりは自分でもよくわからない。たしかにサブローはパソコンの問題を解決するだけの男である。その他に魅力があるのかと言われれば、中肉中背、ハンサムなわけでもないし、気の利いたことを言うわけでもない。簡単な料理は作れるが、上手というわけでもないし、ヒモだからお金持ちでもない。お金は自分が渡している。昔の同級生の依頼でバイトはちょっとしているが、家計の足しにしているわけでもない。
ネガティブなことを言い始めたら、それこそたくさんありすぎて数え切れない。でも最初に出会った時のあの背中がざわつくような感じ。あの感じがたまに蘇る。
「あの時は」
「ん?」
「ほんとすごかったんだから」
「そんなにかな?」
「バカ、その時じゃないわよ」
「あそう」
あの感じが一体どういうことで訪れたのか。それはもうどうでも良かった。さよりは恋しているのであった。誰にも何にも邪魔されたくないのであった。
「人の恋路を邪魔する奴は…」
「ん?」
「馬に蹴られて死んでしまえ…」
「痛そうだね」
「ところで、サブローくん?」
「さっきから何を眺めてるのかしら?」
「あ、これ」
「そう、それ」
サブローの手には一覧表が握られていた。綺麗な表で、パソコンの写真が貼ってある。またパソコンのことなのだろうが、一体なんの一覧表なのだろうか。
「バイト代が溜まったので、自分のコンピュータを更新しようかななんて、そう思ってるんだよね」
「今3台もあるのに?」
「台数を増やそうということじゃなくて、新しくしようかなと」
「3台全部?」
「3台全部」
「じゃあそれは欲しいパソコンの一覧なんだ」
「そうだね」
「どうやって作ったの?」
「各社の性能表から抜き出して作ったんだよ」
「どれがいいの?」
「まだわからない」
「どういうこと」
「ただ並べただけだからね。これからどれがいいのかをかんがえるんだ」
「へぇ、お店で売ってるのをただ買うんじゃないのね」
「パソコン男だからね」
「ちがうわ」
「パソコンヒモ男よね」
「そうかもね」
サブローはまた、さよりにキスすると、抱擁するようにして腕を伸ばして性能表を空にかざして眺めた。




