文化祭到来
「なんで……なんでなの!?」
「見たまんまだろ」
テストを受けた翌日、早くも結果が返ってきた。反応を見れば察するかもしれないが、見事に刹那は俺に敗北を喫した。
「……カンニングしたんじゃないの」
俺が全教科100点取ったからってそんな疑いをかけてくるなんて……幼馴染の絆は何処に行ってしまったのやら。
「……するわけないだろ」
「何よその微妙な無言の間」
「急にあらぬ疑いかけられたから動揺しただけだっちゅーの」
というか今回俺にカンニングはほぼ不可能だ。夏休み明けの凶行のせいで俺に対する教師陣の目は厳しい。テスト中も不審な行動をしないかやけに見張られていたような気がする。
なのにテスト返却する度に先生が「お前、何かやったか?」って言われてこっちもたまったもんじゃない。その上幼馴染すらもそっち側で非常に悲しい。俺への信用は最早ないも同然だということを見せつけられてメンタルに深刻なダメージだよ全く。
「……本当の理由を知りたかったのに」
ボソッと呟く刹那の姿は誰が見ても不貞腐れている。その言葉の裏には恐らく俺に負けるなんてというショックの気持ちも含まれているだろう。油断と慢心は怖いねえ。
「ま、いいじゃないか。誰だって言いたくないことの一つや二つはあるだろ。それにもうそろそろ文化祭の準備が本格的に始まるし、そっちを楽しもうぜ」
俺のクラスは台車を作って、移動しながら乗った人が的にボールを当てるシューティングゲーム的なものをやる予定だ。夏休みの間も文化祭の準備に来れたんだが、部活があったり単純にやる気がなかったりでうちのクラスはあまり進んでいない。
文化祭本番は来週の土日、11日と12日だから準備はあと一週間。今日が終わったら授業は文化祭明けまでなくなり、準備に専念出来るからクラスメイトの大半は多分間に合うだろ、という楽観的な思考を持っている。かく言う俺もその一人。
「むぅ……」
俺の言葉は届かなかったのか、刹那はまだいじけている。
「いつか気が向いたら話すからさ」
「いつかっていつよ」
「……遠い未来かもしれないし、案外すぐ来るかもしれない」
「絶対話す気ないわよね!?」
だから秘密にしておきたことの一つや二つはあるって言ったよね!?それに刹那が条件飲んだんだから潔く諦めろよ!という言葉は喉元まで出かかって実際に口に出すことはなかった。余計に機嫌を損ねても俺が困る。
「じゃ、じゃあ中間考査で勝負しよう。刹那が勝ったら大人しく言うからさ」
「……わかったわよ」
刹那も自分が駄々こねている自覚はあるのか、意外と直ぐに引き下がってくれた。
「絶対、話してもらうわよ」
必勝の意思が籠った眼圧に俺は多少気後れする。
「あ、ああ」
それでも何とか言葉を返す。大分弱弱しい声だったとは思うが、返答に満足したのか刹那は自分席へと戻っていった。
今回は100点を取る自信があったからよかったものの、刹那方が基本的に頭いいんだから考査では絶対に刹那に負けるだろう。それでも大事なのは現在。現在の平穏を取り戻すことが最重要事項なのだ。だから未来の俺にこの問題は先送りする。
それに、勝負できる日が来るのかわからないしな。
「……次の授業の準備しなきゃな」
小さく言葉を漏らした後に俺は教室を出て、廊下に並んでいる個人用のロッカーに向かう。
「あー、やっちまった」
そこには何やら困った様子の晶がいた。
「晶?どうしたんだ?」
「いやちょっと、教科書を家に忘れてきちゃってさ」
「ほーん」
「興味なさそうな声だな」
「興味ないし」
晶が忘れ物をするのは珍しいことだとは思うが、そんなことは誰にでもあるだろうしな。
「親友のピンチだってのに酷いな」
「んなこと言われもな」
別に重大な問題じゃないし、俺にどうにかできるわけでもない。強いて言うとするなら自分の不注意を呪ってくれと言うぐらいだろこんなこと。
「しゃーないから他のクラスの奴に借りてくるわ」
「おう」
隣の教室へと走る晶を横目に、俺は自分のロッカーを開けて教科書を取り出した。
◆◇◆◇
「晶、一緒に帰ろうぜ」
授業が全て終わり、待ちに待った帰宅時間がやってきたので俺は晶を誘う。
「誰が学校の腫れ物と帰るって?」
「そんなの親友である晶ぐらいしかいないだろ」
「自分で言ってて悲しくないのか」
「ちょっと悲しい。けど、一人でもこんな俺に付き合ってくれる奴がいることの方が何十倍も嬉しいよ」
「はぁ……俺を口説いても何にもならないぞ」
呆れたような口調ながらも一緒に帰ってくれる晶には本当に感謝している。多分晶が思っているよりも。
ふと、刹那と目が合った。
「……」
「……」
その時間は一瞬に満たないぐらいで、刹那は何を思ったのかわからない。或いは何も思ってないのかもしれない。俺は……何だろうな。刹那に対してほんの少しの心配事を思っていたかもしれない。
「よし、帰るか」
「ああ」
自分でも把握しきれていない曖昧なその思考は直ぐに消えた。
◆◇◆◇
<9月5日(日)>
「なあ」
目の前にいる晶が俺に訝しげな眼を向けてくる。
「何だ友よ」
「蓮司って今日来る予定だったか?」
「いや?全然」
今日は学校が休みなはずの日曜日。しかし、文化祭準備のため生徒は学校に登校出来るようになっている。それでも今教室にいるのは俺と晶だけ。他の奴らは部活があったり単純にやる気がなかったり(二回目)。まあ人によっては午後から来る奴もいるだろう。だが、俺と晶は午前から来て作業を進めている。何て真面目なことなんでしょう。これにはスタンディングオベーション不可避。
「じゃあ、何で来たんだ?」
くだらないことを考えていたら疑問が飛んできた。まあその疑問はもっともだな。ここに来た理由は極論、ただただ自分のためなのだがそれを言った所で余計に怪しまれるだけだ。だから適当な理由をでっち上げる。
「今の俺って腫れ物だから行くつもりはなかったんだけどさ、家にいてもやることなくて暇で暇で。今日の午前なら晶がいるから行こうかなって。それだけの理由だよ」
クラスの文化祭実行委員が土日に誰が来るか把握するために、グループチャットに来るかどうかの投票をしていた。それを見てみると日曜の午前に来るのが晶と台車作りを担当する2人の計3名。台車作りの2人は木工室で作業するためこの時間帯ならば教室で作業するのは晶のみ。
「ふーん……ま、そうか」
何処か腑に落ちなそうな顔をしているが、特に反論は思いつかなかったのか視線を下げて作業に戻る。
ちなみに俺たちが今やっているのは的として使うイラストを書いたり、色を塗ったりといった所。絵心は2人ともなくはないといった感じ。
「そういえば昨日は買い出しに行ったんだな」
そう言って俺が視線を向けた先にあるのはペンキやボール、テープ、景品など買い出しで買ってきたものが置かれている机。
「ん?ああ、そうらしいな」
俺がおもむろに切り出した話に晶は反応しつつも少々不思議そうだ。
「……」
「……」
「……え?話の続きは?」
「……ごめん。自分で切り出しておきながら話す内容が何も思いつかなかった。ほとんど勢いだけで口に出しちゃった」
「いや、頑張って話を捻り出せよ」
「そう思えば思うほど何も出てこなくってさー」
「事前に考えておけ」
「本当に反省だわ。最近勢いオンリーで行動することが多くて困っちゃうよ本当」
「見てればわかる」
無鉄砲な話題から話は広がっていった。互いに共感する所もあれば、互いのセンスを疑ったり、他愛ない話をしながらも時間が過ぎる。いつの間にか手は止まっていて、12時を迎えようとしていた。
「絶対に太ももだね」
「いーや脇に決まっているだろ野蛮人」
「んだとごらぁ!」
「……埒が明かないな。そろそろ時間だし俺は帰るよ」
「……この続きはまた明日以降な」
最早何を経てこの話題に辿り着いたか記憶が曖昧だが、一時的な停戦協定を結ぶことにした。
そんな中、俺は今度こそしっかりと考えてから口を開く。
「……晶」
「なんだ?」
「お前がどう思っていようと俺は、晶のことを親友だと思っている。だから、出来ればこんな関係をいつまでも続けたいよ」
「……」
沈黙で返ってきた言葉に、晶がどんなことを思っているのか、俺がわかったことは一度もない。
◆◇◆◇
<9月11日(土)>
「もう文化祭当日ですか……」
俺は独り言ちた。ここは空き部屋で俺以外には誰もいない。
文化祭の準備はまあそれなりには順調に進んだ。俺は完全に腫れ物なので教室の隅で細々と作業していた。晶は俺以外にもクラスメイトとの友好関係がちゃんと残っているので四六時中俺とだべっているわけにもいかず、寂しい時間が多かった。
途中で何度かサボろうかなと思ったけど、真面目に作業してどうにか評価を取り戻すために頑張った。後は刹那が俺の事を定期的に見張っていたから。というかこっちの理由の方が9割9分。どういう嗅覚をしているのやら、サボろうとをした途端、鋭い視線が飛んでくるもんだから刹那がいないタイミングでしか安心して休憩出来なかった。
「サボタージュを行うのは正当な権利なはずだろ?それなのに鬼の如し刹那といったら……」
「誰が鬼だって?」
「ガハッ(精神的死亡)」
ば、バカなっ!警戒に警戒を重ねてこの部屋に忍び込んだはずなのに!?
「ど、どうしてここにいるんですかね東雲刹那さん?」
「簡単なことよ。やけに挙動不審な幼馴染がいたらまた何かやらかさないか心配で跡をつけるでしょ?」
部屋に入ったことで完全に気が抜けていたちょっと前の自分をぶん殴りたい。
「それで、何?さっきの鬼って言葉は?」
「いやそれただの真実……」
「ふんっ!」
「ガハッ(物理的死亡)」
こ、こいつ……本当に腹パンしてきやがった……合気道を習っていたとは聞いていたが、合気道って相手の力を利用したり、どっちかっていうと精神的な鍛錬が主なやつだろ!?なんでこんな重い打撃が打てるんだよ!?
「うぅ……」
そんな胸の内は一切吐き出すことが出来ず、俺は無様にも膝から崩れ落ちた。
「そんな大袈裟ね。あんまり力入れてないわよ」
「そ、それでこんな威力が、出るなら……十分、鬼じゃねえか」
「ああん?」
やっべ。つい本音を口に出してしまうという俺の悪癖が!
「はぁぁぁ……」
刹那は右膝を曲げて前に引き上げる。これは……膝蹴り?
……まずいまずい!体勢的に刹那の膝蹴りは俺の顔面に直撃する!そうなったら顔面複雑骨折間違いなし!
「待て待て!何か、何か好きなだけ奢るから!」
「……」
俺の必死の懇願が通じたのか刹那は膝を降ろしてくれた。
「じゃあ家庭科部がプリン販売しているらしいから行こっ?」
ん?さっきまでのとげとげしい雰囲気は何処へ?目の前にいる刹那は満面の笑みで俺ことを見下している。
「まさか、嵌められた?」
「嵌めてなんかないわよ。ただちょっと脅したら面白い返答が来るかもとは思ったけど」
し、しまった。あの膝蹴りは本当にするつもりはなかったんだ。確かに考えてみれば刹那は行動に一切の躊躇がない。本当にやるならわざわざ見せつけるかの如く、ゆっくりとした動作で膝を引き上げることなんてしないんだ。
「やっちまった……」
後悔の念が募るが今更撤回なんて出来ない。元を辿れば俺の発言が悪いんだし、ここでやっぱなしで……なんて言ったら本当に膝蹴りが飛んでくるだろう。
「そろそろお腹の痛みも治まってきたでしょ?」
「まだ粘り付いているんですが……」
「早く行こっ。人気だから売り切れちゃうよ」
「イエス、ユアマジェスティ」
有無を言わさぬその口調に、俺は早くも降伏し、家庭科部のもとへ向かった。
「んー、美味しい!」
刹那の笑顔が眩しい。美味しいそうでよかったよかった。
「あ、美味しい」
俺も自分用にちゃっかり購入したが確かに美味しい。舌の上でプリンが滑らかに踊り、次の瞬間には溶けている。口の中に残るのは控えめな甘さとカラメルの程よい香ばしさ。家庭科部すげえな。
「うーん、もっと頼めばよかったかな」
「それはちょっと勘弁を……」
既に刹那の机の上には5つのプリンが並んでいる。1つにつき500円で俺も1つ頼んでしまったから3000円の出費。学生にとっては痛い。
「冗談よ。頼みすぎて他の人が食べれなくなっちゃったら可哀想だしね」
追加注文が十分にあり得ると思っていた俺は盛大に安堵のため息を吐いた。本当によかった。
「ところで、大丈夫なのか?」
「体重のことを乙女に聞くのはナンセンスよ」
「いやそうじゃなくて……」
俺の言葉足らずで刹那の表情に怒気が僅かばかり浮かび上がるのを見た。しかし、目を逸らしていることから本人もちょっと気にはしているっぽい。
「俺が言いたいのは俺と一緒にいていいのかってことだ」
狂人と思われていそうな俺と一緒にいることが刹那に対する周りからの好感度を下げそうな気がするんだが。晶ならまだしも、刹那に実害が被るのは流石の俺でも結構気後れする。
しかし、返ってきた回答は案外あっさりしたものだった。
「別にいいわよ」
「別にいいって……」
「私がいいって思っているんだからいいじゃない。周りからどんな目で見られても私には関係ないわ」
毅然とした態度で言い放つ刹那に俺は苦笑をこぼす。やっぱり刹那は強い。
「そ、それと別にクラスのシフトとか公演の時間もまだだしね」
急に自分の発言が恥ずかしく思えてきたのか、とってつけたような理由も話し出した。まあ捉えようによっちゃあ俺と一緒にいたいって聞こえるもんなあ。
「ツンデレですかぁ?」
「すみませーん、プリン追加で」
「ちょちょ待ったぁ!」
危うく、更なる損害が身に及ぶ所だった。
ちなみに、俺はシフトがない。「ちょっと月城は……文化祭好きなだけ楽しんでこい」って言われちまった。俺と一緒に動きたくはないし、俺がいることで客が来ないことを避けたいんだなあとしみじみ感じる一言でした。
あと、刹那がさっき言った公演とは、ダンス部のショーのことで、何を隠そう刹那はダンス部なのである。何度も刹那のダンスを見たことがあるが、しなやかさの中にキレがあって見応えがある踊りだった。
「蓮司は公演に来るの?」
「ああ。行くつもりだよ」
何もなければ、な。
「わかったわ。……まだ時間あるし演劇とか見に行かない?」
「それいいな。俺は『追放された聖女ですが、隣国の冷徹皇帝に拾われて溺愛されています』が見てみたいな」
「いかにもなろう系の作品じゃない……」
名前からして地雷臭がするが、俺は演劇にこの作品を選んだ胆力を褒めたい。
「ま、いいけど。食べ終わったら行こ」
「やったぜ」
演劇は案外面白かった。




